独断一束
岸田國士



     思想

 芸術としての思想の魅力は、芸術家が、その思想を、軽く掌の上にのせてゐる時にのみ、われわれの心を動かす。


     時代意識

 時代意識がない、それで、その作品に、なにか大事なものが欠けてゐるやうに思ふのは、創作を深呼吸と間違へてゐるのだ。

 健康な小児の、静かな寝息がわからないか。

 慌てまいぞ、藪医者!


 去年の星は、断じて、今年の星ではない──真面目に。


     近代の日本

 機智が重い靴を穿き、フアンテジイが片肌を脱ぎ、下らないことをむきになつて下らながる近代の日本。


     喜劇

 喜劇のわからないことは最も喜劇的である──悲劇のわからないことが、屡々最も悲劇的であるやうに。


     遊戯

 芸術は遊戯に非ずと云ふもの、遊戯も亦芸術たり得る論理を知らなければならない。


     鑑賞

 知つてゐることしか解らない──これが俗衆の「眼」である。

 文芸の鑑賞は、もう一歩先から始まる。


     新しいもの

 旧いところがある、かう云つて新しいものを貶さうとする。

 新しいところがある、と云つて、旧いものが貶せるか。


     頭と心

 頭で書くのがいけないさうである。

 心は、それを聞いて、悲しむだらう。さもなければ、怒るだらう。

 頭と心とは、それほど別々なものではない。


     ある種の批評家に

 ──金を出せ。

 ──やる金はない。

 ──着物を脱げ。

 ──おれは裸でゐなければならない。

 ──貴様はおれの持たないものを持つてゐる。貴様はおれに何かを寄越す義務がある。

 ──何かを……それはわかつてゐる。だから、おれは、こんなに笑つてゐるぢやないか、泣きたいほどだのに。


     「人生よ」と叫ぶ若き作家に

 ──大丈夫ですよ、お母さん、××博士が、きつとなほすと云ひました。

 ──いゝや、今度は駄目だ。

 ──駄目ぢやありません。

 ──今年は、お父さんの三年忌だ。

 ──此の××日です。

 ──×月××日……お前は知らないんだね、三年忌には仏が迎へに来るといふことを……。

 ──仏……お父さんがですか。

 ──あたしは、どうしても、まだ死にたくない。

 ──お母さん、その涙を拭きませう。(心の中にて)父上よ、耳を塞いでゐて下さい。


     わが二三の読者に

 ──お父ちやん、遊ばない。

 ──何にして。

 ──ピンポン。

 ──うむ。もう少しあつちで遊んでゐな。今、お父さんは、仕事があるんだ。

 ──仕事……どんな仕事。

 ──いゝから、しばらく、向うへ行つておいで。

 ──だつて、母ちやんが……。

 ──よし、よし、お前は色んなことを覚えるな。どれ、その母ちやんは何処にゐる。

底本:「岸田國士全集19」岩波書店

   1989(平成元)年128日発行

底本の親本:「言葉言葉言葉」改造社

   1926(大正15)年620日発行

初出:「文芸時代 第二巻第二号」

   1925(大正14)年21

入力:tatsuki

校正:Juki

2009年316日作成

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