山へ登った毬
原民喜
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史朗は今度一年生になりました。まだ学校へ行く道が憶えられないので、女中が連れて行きます。女中は史朗の妹を背に負って行くのでした。妹は美しい毬を持っています。その毬は姉が東京から土産に買って来たものでした。毬には桃の花の咲いた山の絵が描いてあります。
さて、ある日、先生が「今日はこれから山へのぼりましょう」と申しました。皆はそれでワイ〳〵と喜びながら、学校の門を出ました。山は学校のすぐ側にあったので、すぐ登れました。草原にちらかって遊びました。桃の花が咲いていました。史朗も妹も、みんなその辺で遊びました。暫くして山を下りました。史朗は女中に連れられて家へ戻りました。
戻って気がつくと、妹の毬が無くなっているのでした。どうしたのだろう、どこへやったのかしらと大探ししてもありません。毬は、山へ連れて行かれたので急に元気になって勝手にはね廻って、ころ〳〵、転んで、そのまゝ、「この山は僕の絵と似てるな」と云って、ねころんでしまったのでしょうか。
底本:「原民喜戦後全小説下」講談社文芸文庫、講談社
1995(平成7)年8月10日第1刷発行
底本の親本:「定本原民喜全集2」青土社
1978(昭和53)年9月20日初版発行
入力:Juki
校正:土屋隆
2007年11月15日作成
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