明治開化 安吾捕物
その三 魔教の怪
坂口安吾



 秋雨の降りしきる朝。海舟邸の奥の書斎で、主人と対坐しているのは泉山虎之介。訪客のない早朝を見すまして智恵をかりにきたのであるが、手帳をあちこちひッくりかえして、キチョウメンに書きこんだメモと首ッぴきに、入念に考えこんでは説明している。後先をとりちがえないためである。

「本件に先立ちまして、昨年暮に突発いたした奇怪事から申上げなければなりません。御記憶かと思いますが、昨年十二月十六日、茗荷谷みょうがだに切支丹キリシタン坂に幸三と申す若者がノド笛を噛みきられ、腹をさかれ臓物をかきまわされて無残な死体となっておりました。肝臓が奪われておりますので、業病やみの仕業と推定されましたが、生き肝を食うと業病が治るという迷信があるのだそうでございます。ところが、それより二ヶ月たちまして、本年二月中ごろに、又々同じような事件が起りました。音羽おとわの山林の藪の中に、佐分利ヤス、マサと申す母子が、ノド笛をかみとられ、腹をさかれ肝臓を奪われてことぎれておりました。母が三十五、娘が十八、どちらも大そう美人でありましたが、これを調べてみますと、久世山の天王会、俗にカケコミ教と申す邪教の信徒であることが分りました。先の幸三が同様にカケコミ教の信徒でございますから、ここに捜査方針が一転いたしましてございます。三人とも平信徒とはちがいまして、役附きの幹部級、いずれも夜更けて教会の帰路に殺害せられたのですが、幸三は久世山から大塚へ帰る途中、佐分利母子は雑司ヶ谷へ帰る途中でございました。護国寺界隈には業病人が集っておりますから、この見込みも捨てるわけにはいきませんが、カケコミ教が臭いというので、内偵をすすめることになりました。ところが、これがまことに難物、天王会には後援会がありまして、会長が藤巻公爵、副会長が町田大将、その他いずれも天下の名士ぞろいでございます。確たる証拠もなくムヤミに拘引して取調べると後の祟りが怖しゅうございますから、密偵を放って内偵をすすめることになりまして、牛沼雷象と申す武術達者な刑事を信者に化けさせて放ちましてございます。この者は当年三十歳、手前方の道場に師範代をつとめましたる第一の高弟にござります」

「それでは頭がわるかろう。密偵というものは、なまじ腕に覚えがあると出来る辛抱も破れがちなものさ。カケコミ教はそんなにイノチガケのところかえ」

 虎之介はギョッと海舟の目をよんだが、何食わぬ顔で話をつづけた。

「二三ヶ月たちますると、雷象の様が変りまして、上司に報告をだすどころか、カケコミ教の礼讃、宣伝、説教を致すように相成りました。手前どもの道場に於きましても、怪しき経文を唱えて踊り狂い、説教など致しまして、ほとほと困却いたしましてござります。やがて刑事はクビとなり、目下カケコミ教の風呂の釜焚きをいたしておるそうでございます」

 海舟も笑った。

「虎も釜焚きにされるから、カケコミ教には近づかない方がいいぜ。西洋の諺にミイラとりがミイラになるというが、虎には似合いの戒めだから、覚えておくがいいや。豪傑には頭の仕事は不向きなものだ。昔は武官が国政をやったから、国が大そう荒れたのさ。探偵なども、推理の頭とふんじばる豪傑はそれぞれ違った人がやるべきことだ。虎は捕方にまわる方が無難だぜ」

「探偵は馴れでござる。武術に於ても錬磨、馴れということを古人は第一に戒めてござった」

 虎之介は目をむいて唸ったが、直ちに目をとじて長々と気息をととのえ、再び静々と語りはじめた。

「あらたに牧田と申す密偵を放ちましたが、雷象の顔見知りでは不都合が起りますから、にわかに人選して採用いたした未経験者でござるが、書生あがり、小才の利いた文弱な若造でございます。彼が密偵に入ってすでに半年、なんらの見るべき成果もあがらぬうちに、三度目の怪事件が出来いたしてござります。月田銀行の頭取、月田全作の夫人まち子がカケコミ教会よりの帰るさに、ノド笛をかみとられ、腹をさかれ肝をぬかれて殺害されておりました。すでに捜査に四日目になりますが、知れば知るほどカケコミ教は奇怪事にみち、魔人魔獣跳梁し、まさしく人力を絶した不可思議が現実に行われておりまする。魔人は居ながらにして、魔獣を使い、道ゆくまち子のノド笛を食いとり、腹をさき肝をぬくものと思量いたすが、魔人の怪力は地をくぐり天を走り、人力未到の境地に至っておりますから、にわかに魔獣を使っての犯行と決しかねるところもあります」

「誰がそのようなことを思量したのだえ」

「拙者でござるよ」

「そうだろう。虎でなくッちゃア、そうは頭がまわらねえやな。魔獣というのは何だえ」

「さ。そのことでござるよ。大なること小牛のごとく、猛きこと熊も狼も及び申さぬ。世に奇ッ怪な大犬でござるよ。グレートデンと申す」

「グレートデンは西洋で名の通った普通の犬だ。だが、そのような犬が日本のカケコミ教にいるというのがおもしろいな。いろいろ曰くがありそうだ。だが神通力といえども必ず裏には仕掛があってのことだよ。水芸や西洋手品と同じことだアな。虎のようにこれを魔力と見てかかっては、裏の仕掛は分らないぜ。お前の主観が邪魔になるが、オレの目にありのままの現実が見えるように、写真機の如くに語ってごらんな」

 海舟は手をのばしてタバコ盆のヒキダシから、ナイフと砥石をとりだした。


          


 天王会は広大天尊、赤裂地尊という天地二神を祭神とする。この二神が宇宙天地の根元で、日本の神の祖親に当っているそうだ。この化身として世直しに現れたのが、別天王とよばれる世にも類い稀れな美貌の女、これが信徒の崇敬を一身にあつめる教祖なのである。

 別天王は俗名を安田クミと云って、当年三十五、亭主もあるし、子供もある。貧乏なトビの娘に生れて、十四の年にタタキ大工の安田倉吉と結婚し、翌年一子を生んだ。それ以来、夫婦の行いを嫌い、天地二神の来迎を目のあたり見るようになったのである。一子は後に千列万郎と改名し、教会の二代目をつぐべき人となっている。

 別天王の最初の信者になったのは亭主の倉吉である。裏長屋の自宅を教会に若干の信徒を集め、まもなくタタキ大工の倉吉が自分でたてた門構えの教会へ移り住んだが、そのころは若干の信徒だけに名が知れていたにすぎなかった。突如天王会の名が天下に知れたのは数年前、世良田摩喜太郎が洋行から帰って、別天王を信仰するようになったからだ。

 世良田は明治初年に地方の府県知事を二ヶ所歴任したあと、地方行政、税法、選挙制度など研究の任務をおびて洋行し、十一年間遊学して帰朝したのである。末は国政の柱石たるべき人と目されていたのに、本業をうッちゃらかして、別天王の一番番頭となってしまった。別天王の色香に迷い、籠絡されたという説が専らであったが、これが人気をよんで天王会は忽ち天下の注目をあつめた。十一年間西洋で仕込んだ政治学や手腕を天王会の布教に傾けたから教会が大をなすのは当然だ。

 もう一人、大野妙心という四十がらみの坊主が参謀についている。禅から天台、真言と三宗を転々、いずれも秘奥をきわめて仏教に絶望したという。文覚以来絶えてない那智の荒行をやって、十幾たび気を失い、天下に名をとどろかした怪僧であった。彼は世界各国の宗教の教理に通じていると云われ、又、その弁舌の妙、音声は朗々とたなびいてうなじをまき懐に入り手をくぐり、妙香の空中を漂うごとくであると云う。彼が別天王に帰依して以来、婦女子の信徒が目立って多くなったというが、婦人に対する彼の魅力は特に偉大をきわめるようで、その威力は謎であった。

 ここに哀れをとどめたのは亭主の倉吉で、次第に奥の殿から下へ下へと放逐されて、平信徒もその末席、教会の下男、その又下働きのようなものに成り下っている。風呂の釜たきの牛沼雷象と同格、教会の寄生虫なみに扱われていた。

 世良田摩喜太郎の政治的手腕によって、藤巻公爵を会長とし、町田大将を副会長とする後援会が組織されて天下の名士の名を並べているが、これは信徒とは関係がない。ただ名をかした程度であった。

 ただ一人、教会に入れあげて微禄した名士に山賀侯爵がいる。この侯爵はまだ三十五、大そう頭の良い人だと将来を期待されていた人だが、別天王にこりかたまると完全なバカになった。もっとも侯爵夫人かず子が輪をかけての狂信者で、侯爵夫人にひきずられて次第に深間へはまったといわれている。

 山賀侯爵はその宏荘な久世山の大邸宅をそッくり天王会の本殿に寄進してしまった。自身は、邸内の一隅にかねて弟達也の別居用につくっておいた質素な洋館へ引越し、わずかに残った株券で見る影もない生活をしている。弟達也は当年二十五、立派な青年紳士であるが、自分の住むべき家は兄貴に住まわれ、自分が割譲さるべき財産は兄貴に全部使い果たされ、やむを得ず兄の居候となって、不平満々の日々を送っている。天王会の本殿境内で唯一の異端者は彼であり、彼は天王会を目の敵にしていた。

 さて、月田銀行頭取全作の妻まち子(当年二十七)は山賀侯爵夫人かず子の妹であった。姉妹は深堀伯爵家の生れであるが、深堀家は暦日天地の陰陽吉凶の卦を司る家柄で、風雨を意のままにするところから天神の怒りをうけて、代々男児は白痴に生れ、女児は非常に美人であるが、これをめとる者の家に凶事をもたらすと伝えられている。その伝えの如くに姉妹は絶世の美女で、姉は婚家の産を破り、妹は殺害せらるるに至った。

 十一月十一日は赤裂地神を祭る天王会の祭日で、本殿は一日ごった返していた。月田家の車夫竹蔵は本殿の門の脇に車をよせてまち子の帰りを待っていたが、いつか本殿の物音はしずまり夜は更けて人の気配もなくなったのに、まち子の姿が現れない。たまりかねて本殿の玄関番にきいてみると、もうとッくにお帰りだぜ、という返事。それでは多くの人の往来にまぎれて主人の姿に気がつかなかったのかと慌てて主家へ戻った。女中にきいてみると、さア、お帰りのようではないが、という話。そのときはもう午前二時であった。

 翌朝、月田家の庭木戸の外の路上に、ノド笛をくいきられ、帯をといて着物をはがれ腹をさかれて肝臓をとられたまち子の死体がころがっていた。ところが、その場にはあまり血が流れていなかった。よそで殺して運ばれてきたことが一目瞭然であるから、血痕を伝って行くと、月田家の広い庭園のひっそりと林につつまれたアズマヤが血の海で、そのあちこちにまち子の下駄や帯や臓器の一部が四散しているのが発見された。まごう方なく殺人の場所である。意外。まち子は天王会の本殿にあらず、わが家の庭園中に於て殺害せられたのである。

 そのとき、目をさまして顔も洗わずとびだしてきたらしく、寝みだれ髪にナイトガウンを羽織った男が荒々しく現れた。まち子の良人おっと月田全作である。牛津オクスフォード大学卒業の新知識。親の遺産をついで活溌にうごきだした少壮実業家、金融界の逸材だ。

 彼は自分の進路に立つ者があれば、これを突き倒してシャニムニ真ッすぐ突きすすむような荒々しさで警官たちの方へ進んできたが、

「警官の責任者は誰れか」

 彼は横柄に一同を見廻した。妖しく光るような怖しい目の色である。事件は発見されて間もない時で、漸く土屋という警部がかけつけて指揮をとっていた。土屋はすすみでて、

「まだ警視庁から誰も見えておりません。やむなく自分が指揮をとっております。自分は土屋警部であります」

「妻の死体は?」

「検視をうけるまで現場にそのままに致してあります。庭の木戸をでた路上ですが、御案内いたしましょう」

 土屋はハラワタが凍るような気持がした。夫人の死に様もむごたらしいが、これをジッと見つめている良人の姿がとても人間とは思われなかったからである。怖しい目は食いこむように妻の死体を見つめている。やさしい感情のうごきなどは、どこにもない。身動きもせず見つめること一分あまり、クルリとふりむいて、土屋をアゴで指しまねいて、庭内へとって返した。

「妻を殺した者は判っている。カケコミ教の悪者どもだ。妻は数日前から、告白していたのだ。カケコミ教の隠し神にノドを食いきられ腹をさかれ肝臓をとられて死ぬだろうと。妻が邪教に命じられた献金をオレがズッと拒むようになったからだ。だが、何かと策を弄して献金していたようだ。セッパつまれば、奴めはオレを殺してでも、月田家の全財産を献金するツモリでいたのさ。奴めが殺されて、月田家は無事安泰というものさ。だが、オレが殺したのではない。ハッハッハ」

 全作は大木が風にゆれるように身をゆすり異様に底深い笑声をたてた。

「カケコミ教の全員をひッ捕えて、邪教をつぶしてしまうがいいぜ。だが、悪だくみの奴らだなア。まるでオレを下手人と見せかけるように、この邸内へひきいれて殺すとは、狡智きわまる細工ではないか。オレの云うことはそれだけだ。あとはお前らの働きだが、これだけ教えてやったのだから、マチガイもあるまい。この邸内からは、なるべく早く立ち去るがよい。甚しく目障りだから」

 彼は土屋を睨みつけて、さッさと戻ってしまった。


          


 新十郎の一行も到着して、さっそく捜査にかかったが、直ちに甚しい障壁にぶつかってしまった。天王会の信徒は、堅く口をつぐんで、誰一人一言半句の答をなす者もないからである。辛うじて牧田の口からかなり貴重な事実の数々が判明したが、イザという要所になると、平信徒の牧田では、どうにもならず、まったく確証があがらない。

 牧田は密々に捜査本部へ招ぜられて、新十郎からきわめてこまかな取調べをうけた。牧田は最高学府の教育をうけ私大の教師にまねかれるところを、密偵の話をきき、かねて邪教に興味をいだいていたところから、すすんでこの役をひきうけた変り者である。密偵とは卑しいことをする、と云って友人たちから甚しく蔑みをうけたが、たった一人かばってくれたのが坪内逍遥だったそうだ。しかし彼が有能な人材であったがために、この奇怪きわまる謎の解明が意外に早くなされることとなったが、牧田の正確な報告に加えて、新十郎に万人の見のがすカギをよく捕捉する学識と心眼が具っていたためであった。

 牧田は新十郎にこう報告した。

「私が与えられた任務は、今日の事件を予期してのことではなくて、神山幸三、佐分利ヤス、マサ、三名の変死の謎をさぐることでありました。それがはからずも今回の事件が起るに至って、はじめていくらか明瞭なリンカクを知り得たと申しましょうか。なぜかと申しますと、教団の奥のことは、信徒といえども臆測するのみで、その正体は鉄扉の彼方に距てられておりましたからです。はからずも十一月十一日は赤裂地尊の祭日で、この地神は荒ぶる神、一名赤裂血とも書き、血を最も愛する魔神とされているのですが、この魔神の怒りをやわらげて平和の守護神たらしめるためにイケニエを捧げる行事を「ヤミヨセ」と称し、信徒にとってはヤミヨセの言葉をきくだにふるえあがるほどの怖しい行事とされております。信仰の足らない信徒を狼に噛み殺させてイケニエにする行事だそうで、本殿の奥に於ては随時不信の徒をとらえて行われているそうですが、一般信徒に公開して行われるのは十一月十一日、赤裂地神の祭日、一年にただ一日だけであります。そして当日、一般信徒のとりかこむ真ッ暗闇の中で十数名の信仰足りぬ男女が次々と狼に噛み殺されたのですが、その一人に月田まち子も加えられておりました。彼らは次々と断末魔の悲鳴をあげて血の海の中で噛み殺されて行ったのですが、しかし燈火がついてみると、彼ら一同死せると同様気を失ってはおりますが、どこに怪我があるわけでもありません。一滴の血も流れてはおりません。やがて正気にかえりスゴスゴと自分の席へ戻ったのですが、月田まち子も例外なく正気にかえり、どこに怪我した様子もありませんでした」

「グレートデンを飼っているそうですが、それと狼と関係があるのですか」

「それは関係がないと思います。信徒の中にも何か関係があるように思っている向きもありますが、実は世良田摩喜太郎が帰朝のみぎり番犬用に買ってきたもので、ヤミヨセの行事には、噛まれる者のむごたらしい悲鳴慟哭はうちつづきますが、猛獣の音はきこえたことがありませんでした」

「ヤミヨセの行事は、それで無事終ったのですか」

「左様です。その他いろいろありましたが、無事終ったことにはマチガイございません。ですが、先程も申上げました通り、このヤミヨセの行事には、先の幸三、佐分利母娘の事件について暗示を与えるものがありましたのです。それには先ず天王会の教義を申上げる必要があるのですが、この教会では安田クミを教祖にたて、これを広大天尊、赤裂地尊の化身たる別天王と崇めることは一般に知れ渡っておりますが、このほかに快天王と称する隠し神があるのです。「隠し神」と申すのもこの教会の特殊な用語ですが、つまりこの神の本体が分らないのです。一説に赤裂地尊の荒ぶる姿であると申しますが、それも臆測にすぎません。快天王はヤミヨセの時に限って出現するものとされておりますから、一般信徒は一年に一度だけこの神の現れを見聞できるわけですが、これこそはあらゆる信徒をして一夜に白髪たらしめるに足る魔力を具備いたしておるのです。即ちかの恐怖にみちたヤミヨセの行事を司会するものは快天王であります。彼は世良田摩喜太郎の問いに答えて、ああせよ、こうせよと命じますが、その言葉はハッキリときこえて参りますが、いずこより来たる声か、それを発する言葉の主はついぞ知ることができません。あるときはモノノケの発する声の如く怖しく、あるときは悲しめる美女の如く哀切に、あるときは母を恋うる幼児の如く物悲しく、千差万別、泣くが如くむせぶが如しと思えば海山を裂くが如くにすさまじく、密偵たる私といえども、そのいずこより、又、いかにして発する声か知りうる術がありません。この謎は幹部といえども知るあたわず、ひたすら魔神の魔力の実在を信じ、これによって教団の基礎は不動のものの如くであります。つまり、信徒の不信を告発しその罪状をあばくのも、狼をよんでけしかけるのも、すべて快天王の声によってなされるからで、ヤミヨセの恐怖こそは快天王への恐怖にほかならず、信徒たるものの快天王を怖るることは言語に絶しておるのです」

「何者かサクラを使って発声せしめているのではありませんか」

「誰しも一度はその疑いをもつのです。いかな信徒といえども、無批判に魔神の実在を信ずるものではございません。しかし、快天王の声は、ある時は地下よりの如く、ある時は頭上よりの如く、しかし常に必ず中央のいずこよりか聴えて参るのです。即ち、ヤミヨセの行事は広間に円陣をつくり、中央に空地をのこし、空地の中央にただ一人世良田摩喜太郎が坐をしめて、快天王の出現を乞い、その告発を乞うのであります。即座にそれに応じて快天王の怖るべき告発が発せられますが、円陣のどこに坐しても、その声は自分の前方にきこえます。快天王の声は必ず額の前にきこえる、というのが信徒の常識となっておりますが、ひそかに私が実験して人知れず坐所を変えてみましても、かの声は常に額の前方に、したがって常に中央の上下いずこよりか発していることはマチガイございません」

「中央に坐しているのは世良田摩喜太郎一人ですか」

「左様です。そして告発をうけたものは、中央の空地へよびあつめられ、世良田の四囲をのたうちまわって狼に噛み殺されるのであります」

 さすがの新十郎も茫然と考えこんだ。大将がこの有様であるから、花廼屋はなのやや虎之介が面色を失ったのはムリがない。

 新十郎はいかにも力なく顔をあげて、

「どうも、牧田さん、あまりに奇ッ怪で、お話の一ツ一ツがはじめて耳にすることばかり。特に何を手がかりにお聞きしてよいのやら皆目見当もつきません。とても私などが特に質問すべきことは見当りませんから、あなたの御意見をそッくりきかせていただきましょう」

「心得ました。私にも、時にあまりに奇ッ怪で殆ど魔神の実在を信ぜざるを得ない場合があるのですが、見聞のありのままをお伝えすることに致します」

 そこで牧田は語りだしたが、あまり話が長すぎるので、その要点だけを読者にお伝えしておこう。


          


 天王会には「カケコミ」という行事がある。これをすまさないと信徒の列に加えてもらえない大切なもので、いったん教会へ通いだしてからカケコミをあげるまでの期間は素人(ソジン)と称して信徒と区別されている。

 つまりカケコミとは、わが家から教会へカケコムことではなく、精神的に神のフトコロへカケコムことの意であるが、そうと分るのは信仰をはじめてからのことで、一般の人々はわが家からカケコムせいだと考えている。これをいかにもそう思わせるような唄があった。ソジンがカケコンで信徒になるには荘厳な儀式を行う。そのときの唄が、

せつないときは かけこみ かけこみ パッとひらいて 天の花

 この合唱には月琴、横笛、太鼓、三味線、拍子木、これにハープとヴァイオリンとクラヴサン(ピアノの前身のようなもの)が加わっている。これだけの楽器は儀式の表面へ現れて演奏されるが、この合奏の中絶した時にも常に妙なる好音が小川のせせらぎの如く野辺の虹の如く星ふる夜の物思いの如く甘美に哀切に流れていて、これは物蔭にあるオルゴールの発する音だという。

 さてカケコミの唄と音楽に合せてドッと津浪のように又山々のゆれるように無我境の踊りが起るのであるが、これは許されて信徒となった者のみが会得する果報な踊りと云われている。ソジンのうちはよくまちがえて、「パッとひらい天の花」というが、実は「パッとひらい天の花」このタとテの別が、ハッキリ分らなければ信徒にはなれない。又、その別が分るような現象があって、それを認知したもののみが信徒になれるという。そこで「ツレコミ」ということが起る。即ち、カケコミの儀式の末席に立会いを許された見物人のソジンの中から行事につれて会得する者が起り、自然にカケコンでしまうことを云うのであるが、カケコミの当人よりもツレコミの入信者がよい信者になれると云われている。

 パッとひらいて、のテが大切。即ち何かをパッとひらいて天の花を見るという意味らしいから、さては股をパッとひらいて果報を得るという意味さ、なぞと口サガない俗人どもに云いふらされ、いかにもそうのような、助平な邪教視する向きが多かったが、カケコミの行事にはそのようなワイセツなものはなかった。

 カケコミを成就すると、天がさけて虹がふる、と云われ、妙花天に遊ぶ果報をうると云われる。これが果報の第一課であるが、カケコミを成就したものはいかにも顔がハレバレして、妙花天に遊ぶ果報を得たことがうなずかれる。牧田はこれに苦労した。ウッカリ妙花天に遊んでしまうと、牛沼雷象の二の舞を演じなければならなくなる。さればといってカケコミを成就しないと信者の列に加えてもらえないから、カケコミの行事をつぶさに観察し、カケコンだ人の身ぶり顔ツキを充分に練習しておいて、入信の儀式にパスすることができた。

 さて信徒になると教会に来て日毎の行事に唄い踊って妙花天に遊ぶ果報にひたるのが人生最大の悦楽となり、自然に財産を寄進して無一物になるまでに至る。無一物になるにしたがって神に近づくと云われ、信心の深さによって幾つかの階級があり、一段ごとに荘厳厳格な儀式と許しを経て進むのである。牧田は辛うじて二段上ったばかりで、とてもその上へは進めなかった。

 山賀侯爵が全財産をあげて教会へ奉公して見る影もない生活に甘んじていることはすでに述べた通りだが、殺された神山幸三、佐分利母子、いずれも全財産をあげて寄進した人たちで、幸三は親が死んで継いだばかりの財産を一年足らずで、そっくり潰して、教会の教師の末席につらなり、佐分利も同じく亡夫の財産をつぶして母は教師の末席に、娘はミコになって奉仕していたのである。

 この人たちになると、教会の奥の院で特殊な宗教生活にひたることになるから、一般信徒にはその内情がうかがわれないが、いろいろと取沙汰は流布している。

 幸三は尊いミコに懸想けそうしたので、奥の院でヤミヨセに召されて狼にかみ殺され、それでもヨコシマな心が直らないので、現実にああいう悲惨な運命になったと云われている。

 しかし実際にヨコシマなのは幸三ではなくて、彼は海野ミツエという十八になるミコと恋仲になった。ミツエは別に「尊い」ミコという特別なものではなかったが、彼女の美貌に懸想したのが別天王の息子、千列万郎だという。別天王はまだ三十五の女盛りであるが、結婚が十四の年だから、千列万郎はもう二十一にもなっている。母の類い稀れな美貌にも拘らず、千列万郎は顔は醜く、セムシである。幸三は千列万郎の嫉妬によって咒われたのだとも云われている。そしてミツエは現に千列万郎の奥方であった。

 佐分利ヤスと娘のマサ子の場合も、彼女らの美貌がワザワイの元となったと云われていた。ヤスはフシギにも別天王と同年の三十五、娘のマサ子は千列万郎の嫁と同じ年の十八である。かてて加えて、両者いずれ劣らぬ絶世の美貌であった。

 快天王の音声が、時に百歳の老翁の如く、時に荒れ叫ぶ野獣の如く、又、美女の威ある如くむせび泣く如く、幼女の母を恋うるが如く、常に変幻ただならぬことは先に述べたが、主として美女の音声であることが多い。甚しく威ある時と、哀切をきわめる時と、美女の場合にも二ツあるが、特に威ある美女の声が甚しく印象的であるために、いつごろからか、隠し神の快天王も別天王と同じように女性の神であろうということが信じられるようになっていた。たまたま佐分利母子の出現によって、あれこそは隠し神の化身ではないか、という噂が起ったのである。

 しかし、これには更に深いワケがあるといわれ、教団の最高幹部の二派対立が、こんな噂を生ませたのだという取沙汰がある。

 二派というのは、世良田摩喜太郎と大野妙心の対立のことであるが、妙心はこの教団内に於ては世良田の声望に押えられて、それを凌ぐことができない。けれども彼は元来の宗教家であり、こと宗教に関する学識に於ては世良田の及ぶところではなく、又、宗団経営の見解、手腕についても、自分に独特の識見をそなえている。元々、禅、真言、天台と仏教だけでも三宗を転々としたほどの山師的、唯我的な男であるから、自分が一宗をひらきたいということは彼の念願であるに相違ない。と云って、新たに一宗をひらくというのは至難事であるから、カケコミ教の地盤をそっくり頂戴して、本家を乗っとるような策をめぐらしている、というのが信徒の浮説となっている。佐分利ヤスが隠し神の化身であるということは、妙心がいいふらしたことで、妙心とヤスとはネンゴロな関係にあるというのが一部の説なのである。

 妙心は婦人に対して特殊な魅力をもつ男、教団内部に於ける彼に対する婦人の信仰は熱烈で、信徒の美女は概ね彼の情婦の如きものであると云われているが、別天王と世良田の関係だけは特別で、さすがの妙心も別天王を手に入れることができない。元来が別天王は性的に普通とちがったところがあって、異常な潔癖性をもち、千列万郎を生んでからは良人の倉吉と夫婦の交りを断つに至ったぐらい、その神経が一風変っている。これが変り者の世良田とは合うけれども、万人向きの妙心とはダメで、妙心の魅力もまったく別天王をうごかすことができないのだという尤もらしい説をたてる者もあった。

 牧田は世良田、妙心対立の浮説に最も注目した。幸三は千列万郎の懸想する海野ミツエの恋人であったがために殺されたのかも知れないし、佐分利母子は別天王に対立する勢力になりかねない懸念のために殺されたのかも知れないのである。するとその犯人と目せられるのは、別天王と世良田を結ぶ一派でなければならないということになる。牧田はこう狙いをつけて、耳をすまし、目を光らせていたのであるが、いかんせん、教団の奥は鉄の扉に距てられて、とうていその現実を目のあたり知ることが不可能なのである。

 月田まち子については、まだこれという噂はないが、美女は大方妙心の情婦だという説によれば、彼女も妙心派。別天王の反対側の存在ということになる。奥の院へ自由に出入する女の中で、今や、まち子のほかに特に目に立つ美貌の持主はいないから、彼女の存在が妙心の策謀にとって重要なものであったかも知れないのである。その臆測を裏づけるのは、ヤミヨセに於て、まち子は快天王の怒りにふれ、狼にかみ殺されていることだ。

 問題は、快天王とは、何者の霊の働きによって生ずる怪現象であるか、ということであるが、事実に於て、これを突きとめることは不可能であるが、別天王がこの教祖である以上は、別天王乃至別天王流の霊者による心霊現象と見るべきではないか。

 しかし、こう結論してみても、ヤミヨセに於て狼に食い殺されたまち子は生き返っており、決して教団内部に於ては殺害されず、自宅の庭園内に於て殺されているではないか。教団の事情は、この謎に対する解答をまったくもたらしてくれないのである。牧田にとって、謎は深まるばかりで、何ら的確な手がかりはなかった。彼はただ知り得たことのみを正確に報告した。

「で、ヤミヨセに於きまして、快天王はいかなる罪状をあげてまち子を告発したかと申しますと、たとえばまち子の不信の理由として命ぜられた献金を調達することができなかったという事実があるにしても、決して俗世の俗事をそのまま述べたてて告発の理由とするようなことは致しません。誰を告発するにも、まるで突拍子もない神がかり的な表現できめつけるのです。それは真実の告発の理由と関聯がないかも知れません。ただ告発の理由はほかに確かに存在するが、告発に際しては何も正確に理由をのべる必要はない。ただ告発すること、狼にたべさせること、恐怖を与えることが主たる目的だから。私の目にはそんな風にうつりました。まち子は告発の理由として、キサマの身体は蛇になったぞ、蛇がウジャ〳〵まきついてるわ、というような怖しいことを荒々しい声で罵られたのですが、するとにわかにいずこともなく忍び泣くような悲しい幼女の声がして、アラ、ダメヨ、赤い頭巾をかぶせないで。目が見えないわ。ゴメンナサイ、ゴメンナサイ。そしてたまぎるように泣きました。ホウラ、こうして狼に食べられるわ、と、又、いずこよりか荒々しい声がしたのです。このように快天王の告発は、ある時は告発し、又あるときはそれにつづいて告発された者の悲しい運命を暗示したり、地獄におちて後の姿を語りきかせたり、あるいは地獄におちた者が自ら語る悲しい言葉をきかせたり、変化にとみ、妖気漂う怖しさ悲しさにみちみちているのです。告発せられた者は、それをきくだけで、すでに生きた心持を失い、死人の如く蒼白茫然としてしまうのです。まち子はこの告発をうけると、ひきだされ、やがて燈火が消され、狼がよばれて、むごたらしく食べられはじめたのです。狼をよんで食べさせる間は、いつも燈火が消されるのです」

 牧田の長い報告が終った。まるで食い入るように聴き入っていた新十郎は、ホッと我に帰って、

「ヤ。どうも、ありがとうございました。赤裂地尊の祭典には、諸国から集る信者も多かったとききましたが、ソジンや一般人は参拝できないのですか」

「参拝ぐらいはできますが、ヤミヨセには、信者以外はでられません。ソジンも出ることを許されません。そう云えば、たった一人、信者でない人が、ヤミヨセの座にまぎれこんでいるのを見ました」

「ハテ、誰ですか」

「山賀侯爵の弟、達也君です。邸が隣接しておりますから、時々見かけて顔を見知っているのですが、彼は天王会に最大の敵意をいだいているときいております。この日は地方から参集した信者も多いので、まぎれこむには便利に相違ないのです。しかし、彼一人ではありませんでした。若い婦人を同伴していたのです」

「それは誰ですか」

「私もはじめて見る顔でしたが、二十前後のまだ未婚かと思われる婦人で、さして美しくはありませんが、いかにも知的な、体格のよい女でした。身体つきや顔に特徴があるので、見忘れることはありませんが、あの教会では、ついぞ見かけたことのない婦人です」

 そこで、さッそく達也に出頭をもとめ、当夜の事情を問いただしたが、彼は自分がヤミヨセにまぎれこんだことは認めたが、婦人については堅く否認してゆずらない。

「私はかねてカケコミ教に大きな憎しみをもっておりましたが、かほど信者の心を奪い去る邪教の詐術さじゅつというものを一見したいと思い、元々かの本殿は勝手知ったるわが家ですから、ふと忍びこんでみたのです。同伴者がおったなどとは、とんだ迷惑、自分一人に毛頭相違ありません」

 あくまで否認をつづけるから、取調べをうちきって帰宅させた。

 そのとき土屋警部がためらいがちに、

「私は今朝皆さんのお見えになるまで月田邸の警備に当り、ズッとつききっていたのですが、月田全作の弟妹は分家したり嫁いだりした中に、たった一人、末娘のミヤ子という二十の娘がまだ未婚で、兄の家に同居いたしております。この娘をちょッと見かけましたが、いかにも体格のよい、ちょッと角ばった知的な顔をしているようです。まさかとは思いますが、御参考までに、申上げておきます」

「イエ、それは大そう興味津々たる事柄ではありませんか。さッそく牧田さんに首実検をおねがい致すことにしましょう」

 そこで牧田は二日間も張りこんで、とうとう首実検をすることができたが、果然、月田ミヤ子こそは達也の同伴した女に相違なしと判明した。


          


 捜査の目は改めて月田邸へ差しむけられることになったが、幸いに新十郎は遊学中にロンドンで顔を合して、月田全作とは全然知らない仲ではない。

「あの方は大そうガンコで人づきの悪い人と記憶しますが、まア、私一人で訪ねて行ったら会ってくれないこともありますまい。皆さんをお連れできないのは残念ですが、そんな事情ですから、私にまかせて下さい」

 そこで新十郎はただ一人、月田銀行を訪ねて、全作に会見することができた。

 だが全作は全くガンコで、知らぬ、存ぜぬの一点ばり、

「あの犯人はカケコミ教にきまっていますよ。まち子は自分の持ち物、宝石類や預金などをみんな寄進したアゲク、私に無断で多額の預金をひきだして寄進したこともあります。それが発覚して以来、私の預金や株券は、私以外の誰も現金に代えることができないような方法を講じましたから、奴めは窮して、宗達の屏風や雪舟の幅などを教会へかつぎこんで寄進しておったのです。それも発覚してからは、金庫のカギも土蔵のカギも、カギというカギは、私の身につけるか、銀行の金庫へ保管するかして、奴めの手出しの出来ない方法を講じてやりました。そこで奴めはカケコミ教に寄進ができなくなりましたから、教会にうとんぜられ、奴めはそれを私のせいにして、私を殺すことをたくらんでいましたよ。夫婦ですから、気配でハッキリ分ります。狂信者には、良人もなければ、人倫もありません。宗教あるのみです。どういうワケか知りませんが、奴めは最近に至って、カケコミ教に殺されると云っておりました。狼に食べられて腹をさかれるということを予言しておったのです。予言が実現したわけですが、かのカケコミ教は、私を犯人と見せるために、私の家の庭園中でまち子を殺したのです。私たち夫婦の不和や敵意などを、まち子の口からきいて知っていたからでしょう。かえすがえすも憎むべき狡智の邪教徒どもです」

 彼はこう云いはるのみで、他は口をつぐんで答えない。見るからに精力的な、あくまで強情な人柄であるから、一たん云いはったら、テコでもうごくものではない。新十郎はあきらめて、

「では、妹御にお目にかからせていただきたいものですが、よろしいか」

「それは妹の自由です」

「では、さッそく留守宅を訪問いたしますから、悪しからずおききおき下さい」

「妹は兄にまけない強情な女ですからな。アハハ」

 全作の笑声を背中にきいて新十郎は戻ってきた。

 これを一同に報告して、重立った者のみが七八名で、竹早町の月田邸を訪ねた。久世山の教会から月田邸までは、歩いて十分あまりの距離でしかない。

 まず女中に乞うて、庭に入り、現場をつぶさに調べる。女中たちをよびあつめて、誰か深夜にそれらしい音はきかなかったかときくと、使用人の部屋はすべて庭の反対側に面しているから、庭の奥の物音はいかな深夜でもきこえないという返事である。なるほど、使用人の部屋から、アズマヤまでの距離は直線にしても甚大で、きこえないというのが当然のようだ。

 あいにく庭の裏手は道路を距てて広い校庭になっており、近所には人家が一軒もない。聞き込みの当てもないのであった。

 新十郎はしばし現場のアズマヤにたたずんで四方を眺めた。そこは大木にとりかこまれて、さながら深山幽谷にいるかのような趣き、四辺の木々はひっそりとしずまって、まるで一里の厚さにかこまれた森の中のようであった。彼はアズマヤの中へはいってアチコチ見まわした。藁ブキのアズマヤであった。

 新十郎は密森から明るい池の方へでて女中をよんで、

「ちょッとお嬢さんにおききしたいことがあるのだが、こちらへ来ていただいたものか、お嬢さまのお部屋へうかがったものか、御都合をうけたまわって下さい」

 月田邸へ到着するや、いきなりミヤ子に会いたいと云わなかったのは賢明の策。ミヤ子に会うのは主たる目的でも何でもないような様子を見せたから、それではおいで下さいと広間へ通された。ミヤ子は一同をむかえて、

「私に何の御用でしょうか」

「喪中にお騒がせいたしまして、無礼の段おゆるし下さい。今回はまことにおいたわしいことでした」

「いいえ、別にいたわしいことはございません。当家は別段喪に服してはおりません。変死人の死体は寺へ預けて一切任せてございます。兄は平常通り出勤いたしております」

「ヤ。そのような話は承っておりました。失礼ですが、お嬢さまは天王会の信者でいらッしゃいますか」

「いいえ。当家は代々法華宗を信仰いたしております。」

「これはお見それいたしました。天王会の赤裂地尊の祭日にお嬢さまが出席されておりますから、信徒とまちがえました。あの祭日の行事中、特にお嬢さまが御出席のヤミヨセには信者以外の者は列席を許されないときつい定めがございますが、お義姉ねえ様の特別のはからいで列席を許されなすったのでしょうか」

 ミヤ子の顔色はビクとうごいた気配もない。それでもしばし口をつぐんでジッと新十郎を見つめているのは、思わぬ急所をつかれたからであったろうか。やがて平然と答えた。

「そう。姉のはからいかも知れません。特に心霊的に解釈いたしましてね。姉があの日のヤミヨセという行事で狼に食いころされるかも知れないと大そう怖れているのを知りましたから、あの人が狼に食い殺されるならずいぶん面白い見モノだろうと思って、居ても立ってもいられなくなりましたのです。幸い天王会の本殿は元山賀侯の御本邸で、達也様なら内情におくわしかろうと御案内をたのみました。山賀侯爵家は当家の仇敵のようなものですが、達也様は天王会を目の敵にするお方ですから、二三度お会いしただけで親しい方ではありませんが、あつかましく御案内をたのみました。快く引きうけて下さいましたので、マサカと思っていましたが、狐憑きの血筋は争われないものですね」

 新十郎は笑って、

「お嬢さまはお考えちがいをなすッていらッしゃいます。当夜お嬢さまがヤミヨセに出席なさったことは、ほかに見ている人がいて教えてくれたのです。山賀達也さんは、当夜列席していたのは自分一人で女の連れなどはなかったと大そうかばっていらッしゃるのですよ。それで、ヤミヨセ見物の御感想はいかがでしたか?」

「大そう面白く拝見いたしました。本当に食い殺されたと思いまして喜んでおりましたが、生き返ったのでガッカリいたしました。しかし結局あの結果になりましたから、天王会の隠し神は案外正直でございます。当家の庭で殺したのはズルイやり方ですが、生き返ったままノコノコ戻ってくるのに比べれば、結構なことで、不平ものべられませんね。天王会には散々迷惑した当家ですが、これで恨みがいくらか軽くなったように思われます」

「あの晩は何時ごろお帰りでしたか」

「ヤミヨセが終るとさッそく帰りました。門の前まで達也さんに送っていただきましたが、帰ってみると零時ちょッと過ぎていました」

「庭に物音をおききになりませんでしたか」

「疲れてグッスリねましたので、目がさめるまで何一つ覚えがありません」

 これもまた荒ぶる神の親類筋のようなすさまじさ。神経が太いというのか、気象が荒いというのか、それとも余程利口なのか、兄と云い、妹と云い、一筋縄でいく人物ではない。一行は舌をまいて引きあげた。


          


 翌日一行が訪れたのは天王教会である。彼らが面会を求めたのは、別天王、千列万郎、その妻ミツエ、世良田摩喜太郎、大野妙心の大幹部全員だった。強硬な撃退に会うものと覚悟をきめてその時の用意もしていたが、案に相違、奥の院の一室へ招ぜられ、世良田と妙心が現れて、礼も厚く茶菓のモテナシである。それも会ってみれば当然とうなずけることで、世良田は世にきこえた政治的手腕の持ち主、妙心は人心シュウラン術の大家弁舌の巧者である。何者であれ人をもてなすにソツのあろう両者ではない。

「別天王とその御子息夫妻は天地二神の化身、天王教の尊い神におわすから軽々に信徒ならぬ人々にお会わせするわけに参らぬ。特別の儀がなければ、我ら両名が代って返答いたすから、左様心得てほしい」

 と、柔和な話しぶりの中にも、鉄の筋金入りのような逞しい意志で、高圧的に押えてかかっている。強く争うのは無用であるから、新十郎はそれにこだわらず、

「英国に遊学中、世良田先生が巴里パリに御逗留の由うけたまわり一度御高説を拝聴したいと思っておりましたが、お目通りの機を得ませんで甚だ不本意の思いを致しておりました。本日参上いたしましたのは余の儀ではございませんが、我々未熟者に御教育の厚志をもって、まげてヤミヨセの儀を拝見させていただけますまいか。と申しますのは、すでに当教会の信徒四名があたかも狼にノド笛をかみ殺されたかのような変死を致しておりますからで、ヤミヨセは霊力によって信徒が狼に食い殺される様を演ずると承りましたが、何者か悪者がいてヤミヨセの儀を悪用し、これに似せて人を殺している節があるからでございます。信徒ならぬ我々がまことにムリムタイなお願いとは重々心得ておりますが、これも国法を守る者の切ない義務。兇悪犯人をあげるために必死の努力をなす者の苦心をあわれんで、まげてお聞き届けを願いあげます」

 新十郎が赤誠をあらわしてこう頼みこむと、世良田はジッと考えていたが、

「なるほど。お前の職務にそれが必要とあれば、これも国のため、まげて別天王様にお願いしてあげてもよい。幸いヤミヨセは別天王様がその場に出御あそばすわけではなく、代り身として私一人が座に出ておればよろしいのだから、それ以上にムリなお願いをたのむことがなければ、お願いしてあげよう」

「それはもう、それ以上何も望みません」

「それでは別天王様にお願いしてくるから待っていなさい」

 奥へ去ったが、やがて現れて、

「大そうむつかしいことであったが、幸いお許しがでたよ。支度に少し時間がかかるが、ここで待ちなさい」

 と三十畳敷ぐらいの一室へ案内された。この部屋の板戸を堅くしめきり黒幕を下すと一筋の光ももれず、真の暗闇となってしまった。一同は命じられたように円陣をつくる。まもなく世良田が数名のミコや男女老幼雑多の信徒をひきつれてはいってきて、再びピッタリと外の光をさえぎってしまった。部屋をてらしているのは、ただ一本の大ロウソクである。彼は信徒をかえりみて、

「さア、お前方もそこに円陣をつくって坐すがよい。隠し神様が誰をイケニエにお選びになるか知れないが、散々イケニエを召し上って間もないのに、御大儀であろう」

 世良田は一人中央にすすんでピタリと坐った。シンと一座がしずまってしばし物音というものがない。やがていずこからか、ウォー、ウォー、という狼の遠吠のようなものがかすかにひびいてきた。と、ミコの姿が一様にグラグラゆれだす。ミコだけではない。信徒も一様にいつのまにかゆれだしている。サッとミコたちが跳ねるように立ち上った。すると隣室の方から奏楽が起った。それにつれて信徒がグラグラ上体をゆりながら唄いだす。ミコが世良田をめぐって踊り跳ねつつ走りまわる。全員狂乱の有様であるが、各自骨もロレツも失ってグニャ〳〵と勝手放題狂いたてているようでいて、何かしら大きなところでピタリと呼吸が合っているのである。

 潮がひくように奏楽が終った。すると狼の遠吠が次第に近づいてくるのがきこえた。それをきくと、信徒もミコもアッと恐怖の叫びをあげてバタバタと伏してしまった。狼がついに部屋に到着したらしく、ウォッという荒い叫びが部屋いっぱいにとどろいた。

 世良田はキッと身構えて、タイマツのような目をひらいて、

「快天王ノミコト。快天王ノミコト。夜叉払うのミコト。かしこみ。かしこみ。きこしめしたまえ」

 これを二度三度唱えて、口と目を同時にピタリと閉じる。するとどこかに小犬のワンワンなく声がして、次に小さな男の子の声で、

「風呂番はいないか。風呂番はいないか。風呂番はでてこい」

 声につれて信徒の列から一人の大男か亡者のように蒼ざめ、死刑の絶望のために半ば気を失いながら、脂汗をしたたらせて、よろめいて、いざりでてきた。見ると先の密偵、牛沼雷象である。これを見てガタガタふるえだしたのは泉山虎之介。必死にふるえを止めようとするが、止まらない。

 にわかに子供の声はおびえたって、

「こわいよう。ごめんよう。目をくりぬいちゃイヤ。舌をぬいちゃイヤ。焼火バシを目にさしこむのごめんよう。ア、ア、ア」

 なんという怖しい子供の断末魔の悲鳴であろう。地獄の責苦をうけているのであろうか。きく者はゾッと身の毛がよだつものすごさ。雷象がアッと気を失いかけると、

「ウォ、ウォッ」ととびかかる狼の声。ギャギャッとたまぎる雷象の悲鳴。大ロウソクの光がパッと消えてしまった。ミコが立ってサッと消してしまったのである。

 すべては闇の底に沈んだが、雷象の息絶え絶えの苦悶によって、目に見るよりもむごたらしい死の情景がありありと分った。雷象は血の海の中をころがりまわっていた。彼のノドはすでに食いとられ、今や腹を存分に食い荒されているのである。かすかな悲鳴を一つのこして雷象の息は絶えた。

 光がついた。雷象は死んでいた。どこにも傷もなかったが、まさしく、月田まち子がノド笛を食いとられ、腹をさかれて惨死したとちょうど同じ恰好で、息絶えていたのである。

 ミコが立って、彼の身体をさするうちに、彼は息を吹きかえした。ふと気がつくと、世良田の姿はすでにそこには見えなかった。


          


 虎之介は長い話を語り終った。話が長いところへ、今まで見聞のなかった特殊な事柄を語るのだから、一々メモと首ッぴきに長考連続、ついに半日語りつづけた。

 すでにしぼる血をしぼりつくした海舟、しかし寸分の油断もなく耳をすまして聞き終ったが、静かに熟考しばし、フッと我に返って、虎之介の顔をなでるように打ち眺め、

「実に意外な事件だなア。世良田摩喜太郎は小藩の出ながら稀代の逸材、よく薩長とレンラクして倒幕にはたらいた奇才であったが、そのころ二十一二の小僧だったそうな。薩長の生れならばつとに国家の柱石たる人物だとオレは睨んでいたが、生れが悪いと、根性もひがむ。今日ここに至ったのも、大藩の出でなかったことが、彼をして世にすねさせたのだろうよ。幸三と佐分利母子、この三名斬殺した者は、言うまでもなく世良田摩喜太郎さ。彼はいかに落ちぶれても、大本の心棒に於て狂いを生じる男ではない。彼はむろん別天王と通じているぜ。彼はゾッコン惚れているのさ。だから妙心が別の美女を快天王に仕立てて別天王を蹴落すのを見ていることができない。不具の子、不肖の子ほど可愛いと云うが、別天王もセムシでブ男の千列万郎がひとしお哀れであったろうさ。又その悲恋のむごたらしさに堪えがたかったであろうよ。世良田はそれが見るに忍びなかったのだ。いかな丈夫といえども環境によってとるべき手段に狂いを生じるのは、人間のさけがたいところだ。邪教という環境に住みなれて、世良田ほどの男も別天王を救うに人を殺す暗愚な手段を用いてしまったが、恋に盲いると、頭の冴えの非凡なるものも一朝にして曇るのが人間の常でもあるのさ。さすがに世良田は利口者だから、この三名から肝をぬいて、いかにもそこいらの業病人が生き肝をぬいたように見せかけたが、ノド笛なんぞ噛みきらなきゃアよかったものを、しかし、ここがカンジンだアな。これには深い曰くがあるぜ。即ち彼が人を殺したのは別天王を救うため、又、悪者をこらしめるためだ。彼にとっては、別天王を苦しめる者は悪者さね。そこで別天王の懲しめによって悪者は狼にノド笛をかみきられるという正しい行事の形式を踏まなければ気持がおさまらなかったのが一ツ。又一ツには、奴はメスメリズム(催眠術)を用いているぜ。ヤミヨセに信徒が踊り狂いのたうちまわるのがメスメリズム。狼に食われたと思うのもメスメリズム。メスメリズムにかけておいて、なんなくノド笛をかみきって殺したのだ。さすれば死ぬ者の抵抗がないからだ。これが幸三と佐分利殺しの実情さ。月田まち子を殺したのは、全作、もしくは全作の妹ミヤ子、もしくは両者の共犯なのさ。ミヤ子が見てきたヤミヨセの実景に似せて、カケコミ教の犯罪と見せるために、同じような殺し方をしておいたのさ。そしてアベコベにカケコミ教のはかりごとだと見せかけたのだよ。これがまち子殺しのカラクリさ。ついでに附言しておくが、快天王の声というのは、世良田が術を使っているのさ。なに、腹話術といって、西洋に遊んだ者は諸方に見かける陳腐な芸さ。場末の寄席芸人が演じて見せる芸だアさ」


          


 とっくにひるをすぎている。虎之介がとんで帰ると、すでに新十郎の一行は出動したあとである。アッと驚くとたんに帯がとけてしまったのを、ひきずりながら一目散に走りだそうとすると、書生の晏吾がよびとめて、

「オットット。虎大人。どこへ飛んで行くツモリだね」

「ヤ。しまった! オレの行く先はどこだ」

「カケコミ教だよ。帯ぐらいしめるのを忘れなさんな」

「ナムサン、シマッタ!」

 せっかく種を仕込んで来たのに先手をうたれては助からない。神楽坂から久世山までは谷を一ツ越すだけだが、走っても二十分はかかる。ふとっているから心臓の働きがまことに不充分で、カケコミ教へ辿りついた時には顔面蒼白、全身強直してヒキツケを起しそうである。哀れや、おそし。すでに警官百名、今や隊伍をととのえてひきあげるところ。すでに事件は終ったのである。

「どうした? 世良田摩喜太郎をひッとらえたか」

 警官隊の先頭に立つ剣術の弟子に向ってきくと、

「ハッ、世良田と別天王は見事に自害して果てました」

「ムムム」

 と歯をくいしばって、白目を返し、虎之介はドスンとその場へひっくり返った。精魂つき果てたのである。

 その晩、新十郎の書斎へ集った虎之介と花廼屋は、新十郎が海舟の推理をくつがえすのをウットリときき入っていた。

「いいえ。全作とミヤ子は事件に関係がないのですよ。三回にわたる殺人事件は、全部世良田の単独犯行でした。勝先生は実際の捜査にたずさわっておられませんから、全作、ミヤ子を第三回目の犯人と見立てられたのですが、これはまことに当然。私とても、当初はテッキリそうだろうと見込みをたてていたのです。しかし牧田さんからヤミヨセの話をきかせていただいているうちに、次第に事の真相が分ってきたのです。あの死体を一見すれば、傷は二ヶ所しかないことが分ります。一ヶ所はノド笛をかみきった傷、一ヶ所は腹をさいた傷。しかし腹をさいたのは、着物の上からではなく、帯をとき、着物をまくって、腹をさいております。さすればノド笛をかみきられたのが先にできた致命傷、あるいは致命傷にちかい抵抗不能の状態を与えるに足る深傷ふかでであったと分るのですが、ノド笛にかみついた以上は被害者の真ッ正面から抵抗をうけなければなりません。即ち被害者は死にもの狂いの力で敵の毛をむしり着衣をむしり肉をむしり肉にかみつき、当然犯人に相当の傷を与えた上に手に何か握りしめているとか、あたりに何かが落ちているとかしそうなもの、しかるに何の抵抗の跡もなく、人の毛も犬の毛も、あたりに一本落ちているのを見かけることもできません。この無抵抗の状態が何によって起るかと云えば、メスメリズム、即ちかのヤミヨセに於て信徒が夢見心持に踊り狂い怖れ伏すのや、狼に食われたと思うのや、すべてこれをメスメリズムの現象と申すのです。したがってこの犯人はメスメリズムを知らなければなりませんが、かの月田夫婦の如く甚しく不和の夫婦仲でメスメリズムをかけるのは不可能なこと、即ちメスメリズムの術者たる犯人は当然教団に関係ありと見なければなりません。ヤミヨセの司会者世良田は明らかにメスメリズムの術者であります。のみならず、牧田さんの正確無比の観察によれば、まち子をヤミヨセにかけるとき、快天王は弱々しい幼女の声で、こう叫ばれたと云います、即ち、アラ、ダメヨ、赤い頭巾をかぶせないで。目が見えないわ。ゴメンナサイ。ゴメンナサイ。そして幼女の声はたまぎるように泣きだしたそうです。ヤミヨセの他の例から判断して、この幼女はまち子自身であり、幼女の言葉はまち子の宿命を語っているのだと思われます。快天王の告発や呪いは主として事実や宿命と関聯なくデタラメに怖しいことをのべたてる場合が多いかも知れませんが、まち子の場合に限って他の人の場合とは異りまして、今夜これから殺すばかりの時に際しての予言であり、世良田の言葉に実感がこもっていたのは自然だろうと思います。少くとも、こう見ることによって、全てがあまりに事実と一致しているのです。快天王はまち子に赤頭巾をかぶせると云われましたが、これはフランスに有名なシャルル・ペロオの童話、フランス人なら日本人のカチカチ山と同じように知らない人のない童話です。赤頭巾は森のお婆さんの病気見舞に行って狼に食い殺されてしまうのですが、あの殺人の現場、あの深山の密林のような静かさと藁屋根のアズマヤこそは、赤頭巾の殺された森の中の小屋をいかにも暗示している如くではありませんか。私はこの予言によって第三の殺人も世良田こそ唯一の下手人と断定しました。尚蛇足ながら、快天王の声は世良田の発しているもので、西洋で腹話術というごく有りふれた芸なのです」


          


 虎之介から真犯人の報告をきいて、海舟は苦笑して言った。

「そうかい。なんのことだい。第一第二の殺人に被害者が抵抗なく殺されているのはメスメリズムのせいだというのは、オレがちゃんと見ていたことだが、第三の場合に限ってそれを忘れたとは、バカなことがあるものだ。だが新十郎はチミツな頭だよ。オレがバカなのさね。つまりは、全作とミヤ子のそれらしさに眩惑されたのがバカ。つづいて無抵抗がメスメリズムのせいであるのを、この場合に忘れたに至っては大バカさ。イエさ。大そう学問になりましたよ。こんなマチガイをしでかすのは、単にその時に限ってのウカツさではすまされません。つまりこの方にいまだ至らざるところがあるからさ。これはどうも実に判然とその事実を認めないわけに、いきませんやね」

 虎之介は海舟の自戒の深さに敬服し、あわせて、居ながらにしてほぼ大過なく事の真相を見てとっている心眼の深さに敬服、ああ偉なる哉と目をとじ頭をたれて言葉を忘れているのである。

底本:「坂口安吾全集 10」筑摩書房

   1998(平成10)年1120日初版第1刷発行

底本の親本:「小説新潮 第四巻第一三号」

   1950(昭和25)年121日発行

初出:「小説新潮 第四巻第一三号」

   1950(昭和25)年121日発行

※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※表題は底本では、「明治
開化
安吾捕物」となっています。

※初出時の表題は「明治
開化
安吾捕物 その三」です。

入力:tatsuki

校正:松永正敏

2006年511日作成

2016年331日修正

青空文庫作成ファイル:

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