アラビヤンナイト
一、アラジンとふしぎなランプ
菊池寛
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昔、しなの都に、ムスタフという貧乏な仕立屋が住んでいました。このムスタフには、おかみさんと、アラジンと呼ぶたった一人の息子とがありました。
この仕立屋は大へん心がけのよい人で、一生けんめいに働きました。けれども、悲しいことには、息子が大のなまけ者で、年が年じゅう、町へ行って、なまけ者の子供たちと遊びくらしていました。何か仕事をおぼえなければならない年頃になっても、そんなことはまっぴらだと言ってはねつけますので、ほんとうにこの子のことをどうしたらいいのか、両親もとほうにくれているありさまでした。
それでも、お父さんのムスタフは、せめて仕立屋にでもしようと思いました。それである日、アラジンを仕事場へつれて入って、仕立物を教えようとしましたが、アラジンは、ばかにして笑っているばかりでした。そして、お父さんのゆだんを見すまして、いち早くにげ出してしまいました。お父さんとお母さんは、すぐに追っかけて出たのですけれど、アラジンの走り方があんまり早いので、もうどこへ行ったのか、かいもく、姿は見えませんでした。
「ああ、わしには、このなまけ者をどうすることもできないのか。」
ムスタフは、なげきました。そして、まもなく、子供のことを心配のあまり、病気になって、死んでしまいました。こうなると、アラジンのお母さんは、少しばかりあった仕立物に使う道具を売りはらって、それから後は、糸をつむいでくらしを立てていました。
さて、ある日、アラジンが、いつものように、町のなまけ者と一しょに、めんこをして遊んでいました。ところがそこへ、いつのまにか背の高い、色の黒いおじいさんがやって来て、じっとアラジンを見つめていました。やがて、めんこが一しょうぶ終った時、そのおじいさんがアラジンに「おいで、おいで」をしました。そして、
「お前の名は何と言うのかね。」と、たずねました。この人は大へんしんせつそうなふうをしていましたが、ほんとうは、アフリカのまほう使でした。
「私の名はアラジンです。」
アラジンは、いったい、このおじいさんはだれだろうと思いながら、こう答えました。
「それから、お前のお父さんの名は。」また、まほう使が聞きました。
「お父さんの名はムスタフと言って、仕立屋でした。でも、とっくの昔に死にましたよ。」
と、アラジンは答えました。すると、この悪者のまほう使は、
「ああ、それは私の弟だ。お前は、まあ、私の甥だったんだね。私は、しばらく外国へ行っていた、お前の伯父さんなんだよ。」
と言って、いきなりアラジンをだきしめました。そして、
「早く家へ帰って、お母さんに、私が会いに行きますから、と言っておくれ。それから、ほんの少しですが、と言って、これをあげておくれ。」と言って、アラジンの手に、金貨を五枚にぎらせました。
アラジンは、大いそぎで家へ帰って、お母さんに、この伯父さんだという人の話をしました。するとお母さんは、
「そりゃあ、きっと、何かのまちがいだろう。お前に伯父さんなんか、ありゃあしないよ。」と、言いました。
しかし、お母さんは、その人がくれたという金貨を見て、ひょっとしたら、そのおじいさんはしんるいの人かもしれない、と思いました。それで、できるかぎりのごちそうをして、その人が来るのを待っていました。
まもなくアフリカのまほう使は、いろいろめずらしい果物や、おいしいお菓子をどっさりおみやげに持って、やって来ました。
「なくなった、かわいそうな弟の話をしてください。いつも弟がどこに腰かけていたか、教えてください。」
と、まほう使は、お母さんとアラジンに聞きました。
お母さんは、いつもムスタフが腰かけていた、長いすを教えてやりました。すると、まほう使は、その前にひざまずいて、泣きながらその長いすにキッスしました。それで、お母さんは、この男はなくなった主人の兄さんにちがいない、と思うようになりました。ことに、このまほう使が、アラジンをなめるようにかわいがるのを見て、なおさら、そうときめてしまったのでした。
「何か、仕事をしているかね。」まほう使がアラジンにたずねました。
「まあ、ほんとうに、おはずかしゅうございますわ。この子は、しょっちゅう町へ行って、遊んでばかりいまして、まだ何にもしていないのでございますよ。」
お母さんが手をもみながら、そう答えました。
アラジンは、伯父さんだという人が、じっと自分を見つめているので、はずかしそうに、うつむいていました。
「何か仕事をしなきゃあいけませんな。」
まほう使は、こうお母さんに言っておいて、さて、こんどはアラジンに、
「お前はいったい、どんな商売がしてみたいのかね。私はお前に呉服店を出させてあげようと思っているのだが。」と、言いました。
アラジンは、これを聞くと、うちょうてんになってよろこびました。
あくる日、伯父さんだという人は、アラジンに、りっぱな着物を一そろい買って来てくれました。アラジンは、それを着て、この伯父さんだという人につれられて、町じゅうを見物して歩きました。
その次の日もまた、まほう使はアラジンをつれ出しました。そして、こんどは、美しい花園の中を通りぬけて、田舎へ出ました。二人はずいぶん歩きました。アラジンは、そろそろくたびれはじめました。けれども、まほう使がおいしいお菓子や果物をくれたり、めずらしい話を次から次と話して聞かせてくれたりするものですから、大してくたびれもしませんでした。そんなにして、とうとう二人は山と山との間の深い谷まで来てしまいました。そこでやっと、まほう使が足をとめました。
「ああ、とうとうやって来たな。まず、たき火をしようじゃあないか。かれ枝を少し拾って来ておくれ。」と、アラジンに言いました。
アラジンはさっそく、かれ枝を拾いに行きました。そして、すぐ両手にいっぱいかかえて、帰って来ました。まほう使は、それに火をつけました。かれ枝は、どんどんもえはじめました。おじいさんはふしぎな粉を、ポケットから出しました。それから、口の中で何かぶつぶつ言いながら、火の上にふりかけました。すると、たちまち大地がゆれはじめました。そして、目の前の地面がぱっとわれて、大きな、まっ四角な平たい石があらわれてきました。その石の上には、輪がはまっていました。
アラジンはこわがって、家へ走って帰ろうとしました。けれども、まほう使はそうはさせませんでした。アラジンのえりがみをつかんで、引きもどしました。
「伯父さん、どうしてこんなひどいことをするんです。」アラジンは泣きじゃくりながら見上げました。
「だまって、私の言う通りにすればいい。この石の下には宝物があるのだ。それをお前に分けてやろうというのだ。だから私の言う通りにおし。すぐに出て来るからな。」
と、まほう使が言いました。
宝物と聞くと、アラジンは今までのこわさはすっかり忘れて、よろこんでしまいました。そして、まほう使の言う通りに、石の上の輪に手をかけると、石はぞうさなく持ち上りました。
「アラジンや、ごらん。そこに下へおりて行く石段が見えるだろう。お前が、その石段をおりきるとね、大広間が三つならんでいるんだよ。その大広間を通って行くのだが、その時、外套がかべにさわらないように気をつけなきゃあいけないよ。もしさわったが最後、お前はすぐに死んでしまうからね。そうして、その大広間を通りぬけると、果物畠があるのだよ。その中をまた通りすぎると、つきあたりに穴ぐらがある。その中に一つのランプがとぼっているからね、そのランプをおろして、中の油を捨てて持ってお帰り。」
まほう使はこう言いながら、おまもりだといって、まほうの指輪をアラジンの指にはめてくれました。そして、すぐに出かけるようにと命令しました。
アラジンは、まほう使の言った通りにおりて行きました。何もかも、まほう使が言った通りのものがありました。アラジンは三つの大広間と果物畠を通りぬけて、ランプのあるところまで来ました。そこで、ランプをとって油を捨てて、だいじにふところにしまってから、あたりを見まわしました。
アラジンは、ゆめにさえこんな見事な果物畠は見たことがありませんでした。なっている果物がいろいろさまざまの美しい色をしていて、まるでそこら一面、にじが立ちこめたように見えるのです。すきとおって水晶のようなのもありました。まっ赤な色をしていて、ぱちぱちと火花をちらしているのもありました。そのほか緑、青、むらさき、だいだい色なんどで、葉はみんな金と銀とでできていました。この果物は、ほんとうはダイヤモンドや、ルビーや、エメラルドや、サファイヤなどという宝石だったのですが、アラジンには気がつきませんでした。けれども、あんまり見事だったものですから、帰りにこの果物をとって、ポケットに入れておきました。
アラジンがやっと石段の下までたどりついた時、地の上では、まほう使が一心に下の方を見つめて待っていました。そしてアラジンが石段をのぼりかけると、
「早く、ランプをおよこし。」と言って、手をのばしました。
「私が持って出るまで待ってくださいな。出たらすぐにあげますから。ここからじゃとどかないんですもの。」と、アラジンは答えました。
「もっと手を持ち上げたらとどくじゃないか。さあ、早くさ。」
おじいさんは、おこった顔をしてどなりつけました。
「すっかり外へ出てから渡しますよ。」アラジンは同じようなことを言いました。
すると、まほう使は、はがゆがってじだんだをふみました。そして、ふしぎな粉をたき火の中へ投げこみました。口の中で何かぶつぶつ言いながら。そうすると、たちまち石がずるずるとふたをしてしまい、地面の上へかえる道がふさがってしまったのでした。アラジンはまっ暗な地の下へとじこめられてしまいました。
これで、そのおじんさんは、アラジンの伯父さんではないということがはっきりとわかりました。このまほう使は、まほうの力によって遠いアフリカで、このランプのことをかぎつけたのでした。このランプは大へんふしぎなランプなのです。そのことは、読んでゆくにしたがって、だんだん皆さんにわかってくるでしょう。しかし、このまほう使は、自分でこのランプをとりに行くことはできないのでした。だれかほかの人がとって来てやらなければ、だめなのでした。それで、アラジンにつきまとったわけです。そして、ランプさえ手に入ったら、アラジンを殺してしまおう、と思っていたのでありました。
けれども、すっかりあてがはずれてしまいましたので、まほう使はアフリカへ帰ってしまいました。そして長い長い間、しなへは、やって来ませんでした。
さて、地の下へとじこめられたアラジンは、どこかにげ道はないかと、あの大広間や果物畠の方へ行ってみましたが、地面の上へかえって行く道はどこにもありませんでした。二日の間アラジンは泣きくらしました。そして、どうしても地の下で死んでしまわなきゃならないのだと思いました。そして、両方の手をしっかりとにぎりあわせました。その時、まほう使がはめてくれた指輪にさわったのでした。
すると、たちまち大きなおばけが、床からむくむくとあらわれ出て、アラジンの前に立ちはだかりました。そして、
「坊ちゃん、何かご用でございますか。私は、その指輪の家来でございます。ですから、その指輪をはめていらっしゃる方のおっしゃる通りに、しなければならないのでございます。」と、言うのです。アラジンはとび上るほどよろこびました。そして、
「私の言うことなら、どんなことでも聞いてくれるんだね。よし、じゃ、こんなおそろしいところからすぐつれ出しておくれ。」と、こうたのみました。
そうすると、すぐに地面へ上る道が開きました。そして、あっというまに、もう自分の家の戸口まで帰っていました。お母さんがアラジンが帰ったので、涙を流してよろこびました。アラジンもお母さんにだきついて、何度も何度もキッスしました。それから、お母さんにこの間からのいちぶしじゅうを話そうとしましたが、お腹がぺこぺこでした。
「お母さん、何かたべさせてくださいな。私はお腹がぺこぺこで死にそうなんです。」と、アラジンが言いました。
お母さんは、
「ああ、そうだろうとも、ねえ。だがこまったよ、もう家の中には、少しぽっちの綿よりほかには何にもないんだよ。ちょっとお待ち、この綿を売りに行って、そのお金で何か買って来てあげよう。」と、言いました。
するとアラジンは、
「お母さん、待ってください。いいことがあります。綿を売るよりも、この、私の持って帰ったランプをお売りなさいな。」と言って、あのランプを出しました。
けれども、ランプは大へん古ぼけていて、ほこりまみれでした。少しでもきれいになったら、少しでも高く売れるだろうと思って、お母さんはそれをみがこうとしました。
しかし、お母さんが、そのランプをこするかこすらないうちに、大きなまっ黒いおばけが、床からむくむくと出て来ました。ちょうど、けむりのように、ゆらゆらとからだをゆすりながら、頭が天じょうへとどくと、そこから二人を見おろしました。
「ご用は何でございますか。私はランプの家来でございます。そして私はランプを持っている方の言いつけ通りになるものでございます。」と、そのおばけが言いました。
アラジンのお母さんは、このおばけを見た時、こわさのあまり気をうしなってしまいました。アラジンは、すぐお母さんの手からランプを引ったくりました。そしてふるえながら、自分の手に持っていました。
「ほんの少しでもいいから、たべるものを持っておいで。」
アラジンは、やっぱりふるえながら、こう言いました。おそろしいおばけが、やっぱり天じょうからにらみつけていたものですから。が、その時、ランプの家来は、しゅっとけむりを立てて消えてゆきました。けれども、またすぐに、金のお皿の上に上等のごちそうをのせて、あらわれて来ました。
この時、アラジンのお母さんは、やっと気がつきました。けれども、このごちそうをたべるのを、大へんこわがりました。そして、すぐにランプを売ってくれと、アラジンにたのみました。あのおばけが、きっと何か悪いことをするにちがいないと考えたものですから。けれどもアラジンは、お母さんのこわがっているのを笑いました。そして、このまほうのランプと、ふしぎな指輪の使い方がわかったから、これからは、この二つをうまく使って、くらしむきのたすけにしようと思う、と言いました。
二人は金のお皿を売って、ほしいと思っていたお金を手に入れました。そして、それをみんな使ってしまった時、アラジンはランプのおばけに、もっと持って来いと言いつけました。こうして、親子は何年も何年も楽しくくらしていました。
さて、アラジンの住んでいる町にあるお城の王さまのお姫さまは、大へん美しい方だということでした。アラジンも、このうわさを聞いていましたので、どうにかしてお姫さまを一度おがみたいと思っていました。それで、いろいろお姫さまをおがむ方法を考えてみましたけれど、どれもこれもみんなだめらしく思われるのでした。なぜかというと、お姫さまは、いつも外へお出ましになる時は、きまったように、深々とベールをかぶっていらっしゃったからであります。けれども、とうとう、ある日、アラジンは王さまの御殿の中へ入ることができました。そして、お姫さまがゆどのへおいでになるところを、戸のすきまからのぞいてみました。
それからアラジンは、お姫さまの美しいお顔が忘れられませんでした。そしてお姫さまがすきですきでたまらなくなりました。お姫さまは夏の夜のあけ方のように美しい方でした。アラジンは家へ帰って来て、お母さんに、
「お母さん、私はとうとうお姫さまを見て来ましたよ。お母さん、私はお姫さまをおよめさんにしたくなりました。お母さん、すぐに王さまのお城へ行って、お姫さまをくださるようにお願いしてください。」と言って、せがみました。
お母さんは、息子のとほうもない望みを聞いて笑いました。そしてまた、アラジンが気ちがいになったのではないかと思って、心配もしました。しかし、アラジンはお母さんが「うん」と言うまではせがみ通しました。
それで、お母さんは、あくる日、王さまへのおみやげに、あのまほうの果物をナフキンにつつんで、ふしょうぶしょうにお城へ出かけて行きました。お城には、たくさんの人たちがつめかけて、うったえごとを申し出ておりました。お母さんは何だかいじけてしまって、進み出て自分のお願いを申し上げることができませんでした。だれもまた、お母さんに気がつきませんでした。そうして、毎日々々、お城へ出かけて行って、やっと一週間めに王さまのお目にとまりました。王さまは大臣に、
「あの女は何者だな。毎日々々、白いつつみを持って、来てるようだが。」と、おたずねになりました。
それで大臣は、お母さんに王さまの前へ進むように申しました。お母さんは、少し進んで、地面の上へひれふしてしまいました。
お母さんは、あんまりおそれ多いので、何も言うことができませんでした。けれども、王さまが大そうおやさしそうなので、やっと勇気を出して、アラジンにお姫さまをいただきたいとお願いしました。それから、
「これはアラジンが王さまへのささげ物でございます。」と言って、まほうの果物をつつみから出して、さし上げました。
あたりにいた人々は、こんなりっぱな果物を生れて一度も見たことがなかったものですから、びっくりして声を立てました。果物はいろいろさまざまに光りかがやいて、見ている人たちがまぶしがるほどでした。
王さまもおおどろきになりました。そして大臣を別のへやへお呼びになって、
「あんなすばらしいささげ物をすることができる男なら、姫をやってもいいと思うが、どうだろうな。」と、ご相談なさいました。
ところが大臣は、ずっと前から、お姫さまを自分の息子のおよめさんにしたいと思っていたものですから、
「そんなにいそいで約束をあそばないで、もう三月ほど、待たせなさいまし。」
と、申し上げました。王さまも、なるほどそうだとお思いになりました。それで、アラジンのお母さんに、もう三月待ったら、姫をやろう、とおっしゃいました。
アラジンは、お姫さまがいただけると聞いて、自分くらい仕合せ者はないと思いました。それからは、一日々々が矢のように早くすぎてゆきました。ところが、それから二月もすぎたある夕方、町じゅうが大そうにぎやかなことがありました。アラジンは何事かと思って人にたずねました。するとその人は、今晩、お姫さまが、大臣の息子のところへおよめにいらっしゃるからだ、と教えてくれました。
アラジンはまっ赤になっておこりました。そしてすぐ家へ帰って、まほうのランプをとり出してこすりました。すると、じきにあのおばけが出て来て、何をいたしましょうかと聞きました。
「王さまのお城へ行って、お姫さまと、大臣の息子をすぐつれて来い。」と、言いつけました。
たちまちおばけは御殿へ行って、二人をつれて帰って来ました。そしてこんどは、
「大臣の息子をこの家からつれ出して、朝まで外で待たしておけ。」と、命令しました。
お姫さまはこわがって、ふるえていました。けれども、アラジンは、けっしてこわがらないでください、私こそはあなたのほんとうのおむこさんなのでございます、と申し上げました。
あくる朝早く、アラジンの言いつけた通りに、おばけは、大臣の息子をつれて家の中へ入って来ました。そして、お姫さまと一しょにお城へつれて帰りました。
それからまもなく王さまが、
「お早う。」と言って、お姫さまのおへやへ入っていらっしゃいますと、お姫さまは涙をぽろぽろこぼして泣いていらっしゃいました。そして大臣の息子は、ぶるぶるふるえていました。
「どうしたのかね。」と、王さまがおたずねになりました。けれども、お姫さまは泣いていて、何にもおっしゃいませんでした。
その晩もまた、同じようにアラジンはおばけに言いつけて、二人をつれて来させました。そしてもう一度、大臣の息子を家の外に立たせておきました。
次の日もやはり、お姫さまが泣いていらっしゃるのを見て、王さまは大そうおおこりになりました。そして、お姫さまが何を聞いても、やっぱりだまっていらっしゃるので、なおなおおこっておしまいになりました。
「泣くのをおやめ、そして早くわけをお話し。話さないと殺してしまうよ。」と、おしかりになりました。
それで、やっとお姫さまは、おとといの晩からの出来事を、すっかりお話しになりました。大臣の息子はふるえながら、どうぞおむこさんになるのをやめさせてくださいまし、とお願いしました。もうもう一晩だって、あんな目にあうのは、いやだと思ったものですから。
そういうわけで、ご婚礼はおとりやめになりました。そしていろんなお祝いもないことになりました。
さて、いよいよ約束の三月の月日がたってから、アラジンのお母さんは、王さまの前へ出ました。それで、やっと王さまは、お姫さまをこの女の息子にやると、お約束なすったことを、お思い出しになりました。
「それでは、わしが言った通りにすることにしよう。だが、わしの娘をおよめさんにする者は、四十枚の皿に宝石を山もりにして、それを四十人の黒んぼのどれいに持たせてよこさなければいけない。そして王さまの召使らしい、りっぱな着物を着た西洋人のどれいが、その黒んぼのどれいの手を引いて来るのだぞ。」
と、おっしゃいました。
アラジンのお母さんは、こまったことになったと思いながら家へ帰って来て、アラジンに王さまのお言葉をつたえました。
「アラジンや、そんなことは、とてもできないことじゃないかね。」
そう言ってため息をつきました。するとアラジンは、
「いいえ、お母さん、だめじゃありませんよ。王さまにはすぐおおせの通りにしてごらんに入れますよ。」と、いさぎよく言いました。
それから、まほうのランプをこすりました。そしておばけが出て来た時、宝石を山もりにした四十枚のお皿と、王さまが言われただけのどれいをつれて来いと言いつけました。
さて、それから、このりっぱな行列が町を通ってお城へ向いました。町じゅうの人々はぞろぞろと見物に出て来ました。そしてみんな、黒んぼのどれいが頭の上にのせている、宝石を山もりにした金のお皿を見て、びっくりしました。お城へついて、どれいたちは王さまに宝石をさし上げました。王さまはずいぶんおおどろきになりましたけれど、また大そうおよろこびになって、アラジンとお姫さまとがすぐに婚礼するようにとおっしゃいました。
お母さんが帰って、このことをアラジンにつげますと、アラジンは、すぐにはお城へ行かれないと言いました。そして、まずランプのおばけを呼んで、香水ぶろと、王さまがお召しになるような金のぬいとりのある着物と、自分のお供をする四十人のどれいと、お母さんのお供をする六人のどれいと、王さまのお馬よりもっと美しい馬と、そして、一万枚の金貨を十箇のさいふに分けて入れて持って来いと命じました。
さて、これらのものがみんなととのってから、アラジンは着物を着かえてお城へ向いました。そして、りっぱな馬に乗って四十人のどれいを召しつれて行くみちみち、両がわに見物しているたくさんの人たちに、十箇のさいふから金貨をつかみ出しては、ばらばらとまいてやりました。見物人たちは、きゃっきゃっと言って大よろこびで、それを拾いました。しかし、その中のだれにだって、昔、町でのらくらと遊んでばかりいたなまけ者が、こんなになったとは気がつきませんでした。これはきっと、どこかの国の王子さまだろうと思っていました。
こんなものものしいありさまで、アラジンがお城へつきますと、王さまはさっそくお出迎えになって、アラジンをおだきになりました。それから家来たちに、すぐお祝いの宴会と、婚礼の用意をするようにとおっしゃいました。するとアラジンは、
「陛下、しばらくお待ちくださいまし。私はお姫さまがお住みになる御殿を立てますまでは、婚礼はできません。」と、申し上げたのでありました。
そうして、家へ帰って、もう一度ランプのおばけを呼びよせました。そして、
「世界一のりっぱな御殿を作れ。その御殿は、大理石と、緑色の石と、宝石とで作らなければいけない。そしてまん中に、金と銀とのかべとまどが二十四ついている大広間を作るのだ。それからそのまどは、ダイヤモンドだの、ルビーだの、そのほかの宝石でかざらなければいけない。けれども、たった一つだけは何にもかざりをしないで、そのままにしておけ。それから、また馬やも作らなければいけない。そして、御殿の中には、たくさんのどれいもいなければいけない。さあ、これだけのことを早くやってくれ。」
と、言いつけました。
あくる朝、アラジンは、世界一かと思われるほどの御殿が立っているのに気がつきました。御殿の大理石のかべは、朝日の光を受けて、うすもも色にそまっていました。まどには宝石がきらめいていました。
アラジンはさっそく、お母さんと一しょにお城へまいりました。そして、きょう婚礼をさせていただきたいと申し入れました。お姫さまはアラジンをごらんになって、アラジンと仲よくしようとお思いになりました。町じゅうはお祝いで大にぎわいでした。
そのあくる日は、王さまの方からアラジンの新御殿をおたずねになりました。そしてまず大広間へお通りになって、金の銀とのかべと、宝石をかざりつけたまどとをごらんになって、大へんご感服なさいました。そして、
「これは世界で一ばん美しい御殿にちがいない。わしには、この御殿の中にあるたった一つのものでさえ、世界第一の宝物のように思われる。だが、ここにたった一つ、かざりつけをしてないまどがあるのは、どういうわけだね。」
と、おたずねになりました。するとアラジンは、
「陛下、それは、陛下のとうといお手で、かざりつけをしていただきたいと存じまして、わざわざ残しておいたのでございます。」
と、お答えしました。
王さまは、大へんおよろこびになりました。そしてすぐにお城の装飾がかりの人たちに、このまどをほかのまどと同じようにかざりつけるように、お言いつけになりました。
装飾がかりの人たちは、何日も何日も働きました。そして、まだ、まどのかざりつけが半分もできないうちに、持っていた宝石をすっかり使ってしまいました。王さまにこのことを申し上げますと、それでは自分の宝石をみんなやるから使うように、とおっしゃいました。それを、使いはたしても、なおまどは出来上りませんでした。
それで、アラジンは、かかりの人たちに仕事をやめさせて、王さまの宝石を全部返してしまいました。そして、その晩もう一度ランプのおばけを呼びました。それで、まどは夜のあける前に出来上りました。王さまと、装飾がかりの人たちは、おどろいてしまいました。
けれども、アラジンはけっして自分のお金持であることをじまんしませんでした。だれにでもやさしく、礼儀ただしくつきあっていました。そして貧乏人にはしんせつにしてやりました。それでだれもかれもアラジンになつきました。アラジンは、また王さまのために、何度も何度も、戦争に行っててがらを立てました。それで、王さまの一番お気に入りの家来になりました。
けれども、遠いアフリカでは、アラジンをいじめる悪だくみが、ずっと考えつづけられていました。あの伯父さんだといってだました悪者のおじいさんのまほう使は、まほうの力によって、自分が地の下へとじこめてしまった男の子が、あれから助かって、大へんな金持になったということを知ったからであります。そして、おこって自分のかみの毛を引きむしりながら、
「あいつめ、きっとランプの使い方をさとったのにちがいない。おれは、ランプをとり返す方法を考えつくまでは、いまいましくって、夜もおちおちねむることができない。」
と、どなっていたのでありました。
それから、やがてまた、しなへやって来ました。そしてアラジンの住んでいる町へ来て、すばらしい御殿を見ました。御殿があんまり美しいのと、アラジンがお金持らしいのに腹が立って、息がとまってしまうほどでした。そこで、まほう使は商人にばけました。そして、たくさんの銅で作ったランプを持って、
「ええ、新しいランプを古いランプととりかえてあげます。」
町から町へ、こう言いながら歩きました。
この呼び声を聞いて、町の人たちは、ばかげたことだと笑いながらも、めずらしそうにまほう使のそばへたかって来ました。こんなことを言う男は、気ちがいかもしれないと思ったものですから。
ちょうどこの時、アラジンはかりに出て、るすでした。お姫さまはただ一人、大広間のまどによりかかって、外の景色をながめていらっしゃいました。町から聞えてくる呼び声が、耳に入ったものですから、さっそくどれいをお呼びになりました。そして、
「あれは何と言っているのか聞いておいで。」と、おっしゃいました。
すぐにどれいは聞いて帰って来ました。そして、さもさもおかしくてたまらないというふうに笑いながら、
「ずいぶん、へんなおじいさんなのでございますよ。新しいランプを古いランプととりかえてあげます、と申すのでございます。そんなばかげたあきないがございますでしょうかねえ。ほほほ……」と、申し上げたのでございました。
お姫さまも、これをお聞きになって、大そうお笑いになりました。そして、すみの方のかべにかかっていたランプを、指さしになって、
「そこにずいぶん古ぼけたランプがあるじゃないか、あれを持って行って、そのおじいさんが、ほんとうにとりかえてくれるかどうか、ためしてごらん。」と、おっしゃいました。
どれいはランプをとりおろして、町へ走って行きました。まほう使は、まほうのランプを両手でしっかり受けとってから、
「どれでも、おすきなのをお持ちください。」
と言って、新しい銅のランプをたくさんならべたてました。そして古いランプをだいじそうにだきしめて、ほかのことは何にも気がつかない様子でありました。このどれいが、新しいランプをみんな持って行ったって、きっと気がつかなかったでしょう。
それからまほう使は、少し歩いて、町はずれへ出ました。そして、だれも通っている人がないのを見すまして、まほうのランプをとり出しました。そしてしずかにこすりました。するとたちまち、あのおばけが、目の前へ立ちはだかって、「何のご用ですか。」と聞きました。
「お姫さまを入れたまんま、アラジンの御殿を、アフリカのさびしいところへ持って行って立ててくれ。」と、まほう使が言いました。
すると、またたくまにアラジンの御殿は、お姫さまや、家来たちを入れたまんま、見えなくなってしまいました。まもなく、王さまが、お城のまどから外をおながめになって、アラジンの御殿がなくなっているのにお気づきになりました。
「しまった。アラジンはまほう使だったのだな。」
王さまはこうおっしゃって、すぐに家来を召して、アラジンをくさりでしばってつれて来い、とお命じになりました。家来たちは、かりから帰って来るアラジンに行きあいましたので、すぐにつかまえて、王さまの前へつれて来ました。町の人々は、アラジンになついていたものですから、アラジンが引かれて行くそばへよって来て、どうか、ひどい目にあわないようにと、おいのりをしてくれました。
王さまはアラジンをごらんになって、大へんおしかりになりました。そして家来に、すぐアラジンの首を切れとおっしゃいました。けれども、町の人たちがお城へおしかけて来て、そんなことをなすったら、しょうちしません、と行って王さまをおどかしました。それで仕方なく王さまは、アラジンのくさりをといておやりになりました。
アラジンは、どうしてこんな目におあわせになったのかと、王さまにおたずねしました。王さまは、
「かわいそうに、何にも知らないのか。まあここへ来てごらん。」と、おおせになりました。
そしてアラジンをまどのところへつれて来て、アラジンの御殿が立っていたところが原っぱになっているのを、指さして教えておやりになりました。
「お前の御殿はともかく、姫はどこへ行ったのだろう。わしのだいじなだいじな娘はどこへ行ったのだろう。」と言って、王さまはお泣きになりました。
アラジンはおどろきのあまり、しばらくは口がきけませんでした。どこへ御殿が行ってしまったのだろうかと、原っぱを見つめたまんま、だまって、ぼんやり立っていました。
しかし、しばらくして、やっと口をきりました。
「陛下、どうか私に一月のおひまをくださいませ。そして、もしもその間に私がお姫さまをつれもどすことができませんでしたならば、その時、私をお殺しになってくださいませ。」
と、申し上げたのであります。
王さまはおゆるしになりました。アラジンはそれから三日の間は、気ちがいのようになって、御殿はどこへ行ったのでしょうか、とあう人ごとにたずねてみました。けれども、だれも知りませんでした。かえって、アラジンが悲しんでいるのを笑ったりしました。それでアラジンは、いっそ身を投げて死のうと思って、川のほとりへ行きました。そして、土手にひざまずいて、死ぬ前のおいのりをしようとして、両手をしっかりとにぎりあわせました。その時、知らずにまほうの指輪をこすったのでした。するとたちまち、指輪のおばけが目の前につっ立ちました。
「どんなご用でございます。」と、言うのです。アラジンは大そうよろこびました。そして、
「お姫さまと、御殿を、すぐにとり返して来てくれ、そして私の命を助けてくれ。」
と、たのみました。ところが、指輪の家来は、
「それは、あいにく、私にはできないことでございます。ただ、ランプの家来だけが、御殿をとりもどす力を持っているのでございます。」と、答えたのであります。
「それでは、御殿があるところまで私をつれて行ってくれ。そして、お姫さまのへやのまどの下へ立たせてくれ。」
アラジンは仕方がないので、こうたのみました。この言葉を、言いきってしまわないうちに、もうアラジンはアフリカについて、御殿のまどの下に立っていました。
アラジンは大へんくたびれていたものですから、そこでぐっすり寝こんでしまいました。しかし、ほどなく夜があけて、小鳥の鳴く声で目をさましました。その時は、もうすっかり、もとのような元気になっていました。そして、こんな悲しい目にあうのは、きっとまほうのランプがなくなったせいにちがいない、だれがぬすんだかを見とどけなければならぬ、と、かたく決心しました。
さて、お姫さまは、この朝は、ここへつれて来られてからはじめて、きげんよくお目ざめになったのでした。太陽はうらうらとかがやいて、小鳥は楽しそうにさえずっていました。お姫さまは、外の景色でもながめようと思って、まどの方へ歩いておいでになりました。そして、まどの下にだれか立っている者があるのを、ごらんになりました。よくよく見ると、それはアラジンでありました。
お姫さまは声を立てておよろこびになって、いそいで、まどをお開きになりました。この音でアラジンは、ふっと上を見上げたのであります。
それから、アラジンは、いくつもいくつもの戸をうまく通りぬけて、お姫さまのへやへ入って行きました。そして、うれしさのあまり、お姫さまをしばらくだきしめていましたが、やがて顔を上げて、
「お姫さま、あの大広間のすみのかべにかけてあった、古いランプがどうなったか、ご存じではございませんか。」と、申しました。
するとお姫さまは、
「ああ、だんなさま、私どうしましょう。私がうっかりしていたので、こんな悲しいことになってしまったんです。」と言って、あのおじいさんのまほう使が、商人の風をして来て、新しいランプと古いランプととりかえてあげると言って、こんなことをしてしまったお話をなさいました。そして、
「今も持っていますよ。いつだって、上着の中へかくして、持ち歩いていますよ。」と、おっしゃいました。
「お姫さま、私はそのランプをとり返さなきゃなりません。ですから、あなたもどうか私にかせいしてくださいませ。今晩、まほう使があなたとご一しょに、ごはんをたべる時、あなたは一番いい着物を着て、そしてしんせつそうなふうをして、おせじを言ってやってくださいまし。それから、アフリカのお酒が少し飲みたいとおっしゃいませ。するとあの男が、それをとりに行きますからね。その時が来たら、私がまたあなたのおそばへ行って、こうこうしてくださいませ、と申し上げますから。」
と、アラジンが申しました。
さてその晩、お姫さまは一番いい着物をお召しになりました。そして、まほう使が入って来た時、にこにこして、いかにもしんせうそうなふうをなさいました。まほう使が、これはゆめではないかと思ったほどでした。なぜかというと、お姫さまは、ここへつれて来られてからというものは、いつもいつも悲しそうな顔をしているか、そうでない時は、おこった顔をしていらっしゃるかでしたから。
「私、たぶん、アラジンは死んでしまったのだろうと思いますの。ですから、私、あなたのおよめさんになりたいと思っています。まあ、それはともかく、さあ、ごはんにしましょう。おや、きょうもやっぱり、しなのお酒ですのね。私、しなのお酒にはもうあいてしまいましたから、アフリカのお酒を持って来てくださいな。」
と、お姫さまがおっしゃいました。
アラジンは、そのまに、粉を用意して来て、お姫さまに、ご自分のおさかずきの中へ入れてください、とたのみました。そして、まほう使がアフリカのお酒を持って帰って来た時、お姫さまは、粉を入れたおさかずきに、そのお酒をなみなみとおつぎになりました。そして、これから仲よくなるしるしですから飲んでください、と言って、まほう使におさしになりました。まほう使はよろこんで、それに口をつけました。しかし、それをみんな飲みほさないうちに、床の上にたおれて死んでしまいました。
アラジンは、かくれていた次のへやからとんで出て来て、まほう使の上着の中をさがしまわしました。そして、まほうのランプをとり出して、大よろこびでそれをこすりました。
おばけが出て来ますと、すぐに御殿をしなへ持って帰って、もとの場所に立てるようにと言いつけました。
次の朝、王さまは大そう早く目をおさましになりました。王さまは悲しくておねむりになることができなかったのです。そして、まどのところへ行ってごらんになると、アラジンの御殿が、もとのところに立っているではありませんか。王さまは、うそではないかとお思いになりました。それで何べんも何べんも目をこすっては、じっと御殿の方をごらんになりました。
「ゆめではないのかしら。朝の光を受けて前よりももっと美しく見える。」とおっしゃいました。
それからまもなく、馬に乗って、アラジンの御殿をさして、走っていらっしゃいました。そして、アラジンとお姫さまとを両手にだきしめて、およろこびになりました。二人はアフリカのまほう使の話をしてお聞かせしました。アラジンはまた、まほう使の死がいもお目にかけました。
それからまた、昔のような楽しい日がつづきました。
しかし、まだもう一つアラジンに心配が残っていました。それは、アフリカのまほう使の弟も、やっぱりまほうを使っていたからです。そして、その弟は、兄さんよりももっと悪者だったからであります。
はたして、その弟がかたきうちのために、しなへやって来ました。アラジンをひどい目にあわせて、まほうのランプをぶんどって来ようと決心して来たのであります。そして、しなへつくとすぐに、こっそり、まずファティマという尼さんをたずねて行きました。そして、上着とベールとを、むりやりにかしてもらいました。それから、このことがほかの人に知られてはいけないと思って、尼さんを殺してしまいました。
さて、この悪者のまほう使は、尼さんの上着とベールとをつけて、アラジンの御殿の近くの町を通りました。町の人々は、ほんとうの尼さんだと思って、ひざまずいてその上着にキッスしました。
まもなく、お姫さまは、ファティマが町を通っているということをお聞きになりました。それで、すぐ御殿へ来てくれるようにと、使をおやりになりました。お姫さまは、ファティマをしじゅう見たい見たいと思っていらっしたものですから、尼さんが来た時、大へんていねいにおもてなしなさいました。そして大広間へつれておいでになって、同じ長いすに腰かけながら、
「このへやがお気に召しまして。」と、お聞きになりました。
まほう使はベールを深くかぶったままで、
「ほんとうに、目がさめるほどおきれいでございますこと。ですけれども、私このおへやに、たった一つほしいと思うものがございますのよ。それはほかでもございません、ロック鳥の卵が、あの高い天じょうのまん中からぶらさがっていたら、もう申し分なしだと思いますわ。」と、答えました。
これをお聞きになってお姫さまは、何だか急に、この大広間がものたりないように思いはじめになりました。そして、アラジンが入って来た時、大へん悲しそうな顔をしていらっしゃいました。アラジンは、何事が起ったのですか、とたずねました。お姫さまは、
「私、この天じょうから、ロック鳥の卵がぶらさがっていなきゃあ、何だか悲しいんですもの。」と、おっしゃいました。
「そんなことなら、ぞうさないじゃございませんか。」と、アラジンはこともなげに言ってランプをおろして、廊下へ出てあのおばけを呼びました。
けれども、ランプのおばけは、その命令を聞くと、大へんおこりました。顔をぶるぶるふるわせながら、アラジンをしかりつけました。
「大ばか者、そんなものを私がやられると思っているのか。お前は私のご主人を殺して、あの天じょうからぶらさげてくれというのか。そんなばかは、死んでしまうがいいや。」
おばけの目は、まるで石炭がもえている時のように、まっ赤になっていました。しかし、やがて言葉をやわらげて、
「だけれども、それはお前の心から出た願いでないということを、私はよーっく知っているのだよ。それは尼さんの風をしている、悪者のまほう使が言わせたのだろう。」
と、言いました。そして、おばけは消えました。アラジンは、お姫さまが待っているへやへ、いそいで行きました。そして、
「私は、ずつうがしてなりません。尼さんを呼んでくださいませんか。あの方のお手でさすっていただいたら、きっとなおるだろうと思います。」と、お姫さまに申しました。
すぐに、にせのファティマが来ました。アラジンはとびついて、その胸へ、短刀をつきさしました。
「どうなすったのです。まあ、あなたは尼さんを殺すのですか。」
お姫さまは泣き声でとがめました。
「これは、尼さんではございません。これは私たちを殺しに来たまほう使です。」と、アラジンが申しました。
こんなにして、アラジンは二人の悪いまほう使の悪だくみからのがれました。そして、もうこの世の中には、だれもアラジンの仕合せのじゃまをする者はなくなりました。
アラジンとお姫さまは、長い間たのしくくらしました。そして、王さまがおかくれになった時、二人はとうとう、王さまとおきさきさまになりました。そして国をよくおさめました。いつまでもいつまでもその国はさかえたということであります。
底本:「アラビヤンナイト」主婦之友社
1948(昭和23)年7月10日初版発行
※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の表記をあらためました。
入力:大久保ゆう
校正:京都大学点訳サークル
2004年11月2日作成
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