可愛いポール
北條民雄



 ミコちゃんの小犬は、ほんとうに可愛いものです。丸々と太った体には、綿のように柔かい毛がふかふかと生えています。

 名前はポールと言います。これはミコちゃんが、三日も考えてつけたのでした。ポールと言うのは、フランスの美しいお歌を作る先生のお名前です。

 ミコちゃんはポールが大好です。ポールもミコちゃんの言うことは何でも良く聞きます。又ミコちゃんの行く所へは、どんな所でも家来のようにいて行きます。

「ポール! ポール。」

 と呼ぶと、どこにいてもポールは一目散に駈けて来て、ミコちゃんの命令を待っています。

 御近所のおばさん達も、ポールを見ると

「可愛いポール。可愛いポール。」

 と呼んでは、ポールの一等好きなカルケットをごちそうしてくれます。そしてミコちゃんを見ると

「なんと言うお利口なミコちゃんでしょう。」

 と言って、口々にほめてくれるのです。それはポールがまだミコちゃんのお家へ来ない前ポールを助けてやったからです。


 ミコちゃんがポールを助けたのは、雪でも降りそうな寒い日の夕方でした。お父様のお手紙を持ってミコちゃんはポストまで行かなければなりませんでした。北風がヒューヒュー吹いて手でも足でも凍ってしまいそうです。それでも元気よく駈けて行きました。

 すると赤いポストの横で、大勢の人が、何か口々にわいわいと言っています。それに混って大変悲しそうな犬の声も聞えて来るのでした。

 どうしたのかしら? と思って側へ近寄って見ると、それは野犬狩をしているのでした。

 この寒いのに、一人は頭に穴のあいた麦藁帽子をかむって、太い棒を持っています。もう一人はベトベトとよごれたオーバアを着て、恐しい眼つきであたりをにらんでいます。手には強そうな綱を持っています。

 すぐ横には荷車が一台止めてあります。荷車の上には、大きな箱がのせてあって、犬をつかまえると、この箱の中へ押し込んでしまうのです。

 恐しい眼つきをした男が言いました。

「まだ朝から二十匹しか捕らんぞ。」

 穴あき帽子をかむった方が答えました。

「うん。もう十匹は捕りたいなあ。」

 それを聞いて、ミコちゃんは、思わずぞっとしました。

 車の上の箱の中からは、苦しそうにうんうんうなる声や、お母様のおちちがほしくなったのでしょう、仔犬の泣き声が、キャンキャンと悲しそうに聞えて来ます。

 その時、まだ生れて間もないようなちいちゃな仔犬が、ちょこちょこと駈けて来ました。

 きっと箱の中の、お友達の泣き声を聞いて、どうしたのか、と思って出て来たのでしょう。仔犬は大きな箱を眺めて、不思議そうに考え込みました。

 恐しい二人の犬殺は、やがてこの仔犬を見つけてしまいました。

「おや、こんな小さいのが出て来たぞ。」

「これはすてきだ。どれ、捕えてやろうか。」

 二人の犬殺は、両方から、仔犬をかこんで、はさみうちにしようとしています。

「まあ、可哀そうだわ。」

 ミコちゃんは思わず声を出してしまいました。すると、その声を聞いたのか、仔犬は急に走って来て、ミコちゃんの足にじゃれつきました。急いでミコちゃんは仔犬を抱き上げました。

 それを見た二人の犬殺は

「こら! 早く犬を出さんと、お前も、箱の中へぶち込むぞ!」

 と叫んで、ミコちゃんをにらみつけました。

「いや、いやだわ。」

「どうしても出さんと言うんだな!」

 大声で犬殺はそう言うと、無理にミコちゃんの手から仔犬をもぎ取ろうとします。ミコちゃんは力一パイに仔犬を抱いていましたが、大きな男にかかっては、かないません。とうとう取り上げられてしまいました。

「さあ箱の中へはいっておれ!」

 可哀そうに、仔犬は首をつかまれて箱の中へ投込まれました。

 ミコちゃんは可哀そうで可哀そうでなりません。なんとかして助けてやろうと決心しました。

「ね、おじさん。あたいがその犬飼うわ。だから下さいな。ね、おじさん、いいでしょう。」

 ミコちゃんは一生懸命にたのみました。けれどだめです。

 箱の中へ入れられた仔犬は、急に悲しくなったのか、キャンキャンキャンと泣いて、のどが破れて血が出るかと思われる程です。早くお家へ帰って、お母様のおなかの下で温まりたくなったのでしょう、箱の中から、板を引っ掻いては泣くのでした。けれど仔犬の力ではどうすることも出来ません。

 それを見ていると、ミコちゃんも、なんだか悲しくなって来ました。

 その時、黒いマントを着たやさしいおまわりさんが来て、ミコちゃんの頭をなでながら、

「感心な児じゃ。よしよし。おじさんが助けて上げよう。」

 と言って、箱の中から、さっきの仔犬を出してくれました。さあ、ミコちゃんは大よろこびです。

「おじさん、ありがと。おじさん、ありがとう。」

 と、いくどもいくども頭を下げてお礼を言いました。

 この可哀そうな仔犬がポールだったのです。それからミコちゃんとポールは大の仲好になりました。ポールは何時も、ミコちゃんのお家で幸福そうに遊んでいます。

 それを見るとミコちゃんは、あの時ポールを救ってやって、ほんとうに良かったと、思うのでした。

底本:「定本北條民雄全集 上」創元ライブラリ、東京創元社

   1996(平成8)年920日初版

入力:もりみつじゅんじ

校正:松永正敏

2002年517日作成

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