新緑の庭
芥川龍之介
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桜 さつぱりした雨上りです。尤も花の萼は赤いなりについてゐますが。
椎 わたしもそろそろ芽をほごしませう。このちよいと鼠がかつた芽をね。
竹 わたしは未だに黄疸ですよ。…………
芭蕉 おつと、この緑のランプの火屋を風に吹き折られる所だつた。
梅 何だか寒気がすると思つたら、もう毛虫がたかつてゐるんだよ。
八つ手 痒いなあ、この茶色の産毛のあるうちは。
百日紅 何、まだ早うござんさあね。わたしなどは御覧の通り枯枝ばかりさ。
霧島躑躅 常──常談云つちやいけない。わたしなどはあんまり忙しいもんだから、今年だけはつい何時にもない薄紫に咲いてしまつた。
覇王樹 どうでも勝手にするが好いや。おれの知つたことぢやなし。
石榴 ちよいと枝一面に蚤のたかつたやうでせう。
苔 起きないこと?
石 うんもう少し。
楓 「若楓茶色になるも一盛り」──ほんたうにひと盛りですね。もう今は世間並みに唯水々しい鶸色です。おや、障子に灯がともりました。
底本:「芥川龍之介全集 第十一巻」岩波書店
1996(平成8)年9月9日発行
入力:もりみつじゅんじ
校正:松永正敏
2002年5月17日作成
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