情景(秋)
宮本百合子
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秋の景色(十一月初旬)
○曇り日 日曜。ちっとも風がない。
○すっかり黄色くなった梧桐の葉、
○その落葉のひっかかっている槇の木の枝
○きのうの雨でまだしめっぽく黒く見えている庭木の幹。
離れの方から マンドリンとピアノの合奏がきこえて来る。
◎ひどく雨が降っている。
○遠くの方で、屋根越しに松の梢がまばらに大きく左右へはり出した枝を ゆすっているのが雨中に見える。
○柿の木がすっかり葉をおとし、いくつかの熟した実を盛に雨にうたれている。
◎バスにのって戸塚の方へ出たら雨がザーザーふっている。バスの前方のガラスを流れている。
降りる頃には またやんでしまっていた。
◎芝居のかえり。初日で十二時になる(群盗。)アンキーとかいう喫茶。バーの女給。よたもん。
茶色の柔い皮のブラウズ。鼠色のスーとしたズボン。クラバットがわりのマッフラーを襟の間に入れてしまっている。やせぎすの浅黒い顔、きっちりとしてかりこんだ髪。つれの女の子、チェックのアンサンブル(赤、緑、黒的)黒いハンドバッグと手袋とをその男がもってやっている。このよた、ちっとも笑顔をせず。
「あっちへつけときましたから」
「おつけになって下さいましたの?」
「ええ」
〔欄外に〕
バアの女給。十二時頃 tea Room でポタージュをたべ トウストをたべる。ヴィンナ、トウストマダムという女 朱 赤と薄クリームの肩ぬき的な洋装、小柄二十四五位
夕方五時すぎ。
電車道のところを見るとさほどでもないが濠の側を見ると、濃くもやが立ちこめて四谷見附に入る堤が ぼんやりかすんで見える。電燈はそれにとけ込んでいる。
○電柱に愛刀週間の立看板
◎右手の武者窓づくりのところで珍しく門扉をひらき 赤白のダンダラ幕をはり 何か試合の会かなにかやっている
黒紋付の男の立姿がちらりと見えた。
○花電車。三台。菊花の中に円いギラギラ光る銀色の玉が二つある
能の猩々。
子供の図
あとから普通の電車に赤白の幕をはったのがついてゆく。新議事堂落成祝のため。
〔欄外に〕
○皇太子の生れてよろこびの花電車(1933の暮)春日町のところで会った。こちら自動車。ダーやられたとき あの感じを思い出した。
遭遇の場面
○新響のかえり。銀座。男二人女一人
アラ! ああやっと見つけたという工合だわ
アミノ と。
◎若松に入ってゆく、奥へゆく。右手に若い男二人こっち側、あっち側に緑郎
鶴「いとこさんがいるよ」
見ると、しきりに何か喋っている
一人がしきりにこっちを見ている、
やがて気がつく。笑う。やがて緑 帽子をぬぐ。(何か自然で、おとなしく しつけよい感じ)
鶴「あのひともこの頃顔がなかなかしっかりして来たね」
「うん、いろいろ書いてやっているからね」
林町の通りへ入ったら後から Head light、そうかな。こっち止る、うしろも止る。すると緑が出て来てドアを外からあけてくれる。そういうものごしの中にある スラリとして細かいところ。
秋の夕映
午後五時頃、
廊下へ出て見るとまるでつき当りの窓が赤い。
空を見ると
冴えた水色とすこし澱った焔のような紅色とが横だんだらに空じゅうひろがっている。何だか他の季節の夕やけのように光の暖みを感じられず 只色どりの激しさのみ感じられ、変に不安を刺戟されるような印象である。
その横まだらの空に 葉を半ば落したサイカチの梢がそびえている。
○十一月の或小雨もよいの午後四時。
暗いので部屋に灯がついている。
入った右手の安楽椅子のところに紀 ラクダ毛布を引かついで眠をぶっている。
㋜紫矢がすり 赤い友禅のドテラ引かぶって櫛のハの通っていない髪 青い半ぐつした。
室中に何とも云えず重い懶い雰囲気がこめている。
その同じ娘が 人中では顔も小ぢんまり 気どる。スースーとモダン風な大股の歩きつきで。
それに対する反感。
十一月初旬の或日
やや Fatal な日のこと。
梅月でしる粉をたべ。
午後久しぶりでひる風呂、誰もいず。髪をあらう、そのなめらかな手ざわりのなごやかさ。
日当ぼっこ、髪かわかしカンヷス椅子
柿モギの声 昔の家のことを思う
夜。暗い屋敷町
歩いている男 ホームスパン的な合外套の襟を立てて靴の音、
横丁から出て来た犬と少女。すぐつづいて男と女。
ずっと歩いていて、煙草のすいガラをパッとすてた、火の粉が暗い舗道の上に瞬間あかるくころがる。
夕暮。もう家のなかはすっかりくらい。留守で人の居ない庭へ面してあけ放たれている さっぱりした日本間。衣桁の形や椅子の脚が、逆光線で薄やみの中に黒く見える。つめたいさむさ。土の冷えが来るような 庭のしめり。
○西日のよくあたる梢の上かわだけ紅葉しているもみじ。
○すっかり黄色い七分どおり落ちた梧桐、
○銀杏の葉のふきだまりが土蔵の横に出来ている。
○便所にいる。
ギャーギャーとまるで お上でものをいうのとはちがった声色で ふざけ笑っている女のこえ。
午後
サイレンはついききおとしたが 方々の寺で鐘がなり、それに合わせるように 裏通りで 豆腐屋のラッパがしきりに鳴る、そういうあたりの活気をひろ子は 物珍しく感じた。
頭をあげて そとを見た。
曇った日
となりで
アアちゃん
という声、シャラシャラおまつりのたすきに鳴るような鈴の音がしている。
或女の人相
そのひとはどこが変っているというのではないが 目玉が丸く黒くなったようで 瞼の間にある艷やかさが ぬけてしまっている。寂しく不安なような表情、紅がついている小さい口がよく動き たっぷりした頬に白粉があるだけ却って。
底本:「宮本百合子全集 第十八巻」新日本出版社
1981(昭和56)年5月30日初版発行
1986(昭和61)年3月20日第2版第1刷発行
初出:同上
入力:柴田卓治
校正:磐余彦
2004年2月15日作成
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