無題(九)
宮本百合子
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○温室の石井を呼びつける、
m 真中、右 石井(若い方 うなだれている)、左 石井
草の工合をきいているが 妙にからんで
「昨日よそへ行きましたら、カーネーションがのでんですっかりよく育って居りましたよ さし木をしてねエ、あれは温室でなくても育つと見えますねえ」
石「ずっと野天で生えているのをさし木すれば育ちます、種生はどうも……」
やがて
「奥さん、何かおこのみでこれを育てたいというような花がありましたら仰云って下さい」
「どうも 私どもは素人で一向わかりませんですが、主人がいろいろその方の専門家を知って居りますから……いつか博覧会の時でしたか 温室を専門にやった方で 今ではなかなかそちらの方のオーソリティーだという方を知っているのですが……石井さん、ききませんでしたか?」
「さア、承って居りませんですが」
「もし何でしたら その方にでも伺って見たら又 何とか……」
自分 たまらなくなって
「オーソリティーの問題じゃない」という。
m、きのう小声で「温室の石井ってのもインチキだね」という。
「何故?」
「だって、お前きっちり十二時に来るんだよ 一遍や二度ならだけれど……」
m、金を惜しくなって来た。それを、そうスラリと云わずに
「温室のことで怒ったりしては 彼の意志に反する」とか、又このようなカラミでやる。
つまり石井をことわったらしい。
○mが彼というとき、聞くものは体のどこかを突かれたような感じをうけ、いやで毒々しく感じた。英男とはまるで内容の違う彼 母流の彼(いやみな)を感じ、はずかしかった。
○その午後 バスケットに入れて 猫を貰って来た。
「幸福なところへ行くんだ」
ところが、逃げ出し いくらまってもかえって来ない。
「困ったね」
キク「本当に、お話も出来ませんね」
夜仕事をしていると「ハナレ」
「一寸お話がございますから」と来る。
「猫のことだがね、私の家には猫を飼わないよ、お前の家なら御勝手だが……」
「逃げちゃった」
「逃げたでいいならかまわないがね……」
「それから その机の上を片づけて、テーブルかけを出しておくれ」
何故そのテーブルかけがいるのかわけがわからない。
「今徹夜する程いそがしいのだから、二三日してすっかりかたづけましょう」
今机がいるのではないらしいから
「──私はもう行くよ」
「それなら尚問題ない」
「ああ、私が居なくなればいつも問題はないよ」
アセモに粉をふらしている。女中二人
「私のくびも出来た」というと
「へえ、お前のような強情な人はアセモの方がおそれをなすと思うと そうでもないね」
「やっぱり 人間の皮がはってあると見えるねエ」
「象の皮でもはってあるかと思うと……」
○テーブルかけのことにしろ イジわるい というのは成程こういうのかと思う。全然目的がわからない。
○女中たち だから感ぜず、鈍く、馬鹿になって動いている。働いているのではない。
○生活の恐ろしい侮辱である。
○こういうおふくろ
○父、なぐさまず、風流でもすく
金金と云って、娘とくうのはたのしみ
○妹よろしくたかる
○弟 長男根性
○よめ
○自分、
○ゴーリキイの伝をかいて居て自分の感じたことは、自分はまだまだ或人をその人として観る力に欠けているということである。
鋭く感じる、判断する、そして通りすぎるとしたら、作家であろうか。いい、わるい、すき、きらい。それでファイルすると、いつか感受性は鈍く、厚く、反復的となる。
つよさは底入れとなれ
敏感に──だがすぐかたづけるな
親父の薄はかさはここだ
○大衆的活動へのうつりかわり
重く、やっこらとトロッコを別のレールにのせるような努力。
底本:「宮本百合子全集 第十八巻」新日本出版社
1981(昭和56)年5月30日初版発行
1986(昭和61)年3月20日第2版第1刷発行
初出:同上
入力:柴田卓治
校正:磐余彦
2004年2月15日作成
青空文庫作成ファイル:
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