無題(六)
宮本百合子



 私が見境いなくものを読みたがり出した頃は、山田美妙の作品など顧られない時代になって居た。一つも読んだことはないが、感情の表現を大体音声や言葉づかいの上に誇張して示したらしい。雲中語の評者たちから、散々ひやかされて居るが、同じ明治三十年に新小説に発表した「平八郎」の評 文学生。 市之進がお国の自殺を見たときの詞は、実に修辞の妙を極めて居るから、少し抜いて同好の士に示してやりたい。曰く

「旦、御新造、やれまツ、自、害か、馬ツ、何といふ、いけませんか、療治は、助かりませんかな、やれ、もツ、こんな綺麗な首に、こ、こんな石榴のやうな痍ツ、(中略)仕様ン無いなア、死ぬなんて、まツ、えツ、も、どうしたら、よう、やい、ひよウ、いけないかなア、助からないかなア、ち、畜生だなツ、ほんとうにイツ」悔しいが我々には、ち、畜ツ、ちえツ、もツ、お、及ばなイツ。

口まね。 ハツ、ヘツ、ヘイ八郎の評でござるか、チツ残念だツ、まツ、ほんとにイツ、びツ、びツ、美妙斎とも云はれる人が、こ、こんなものを書くとは、アツ、もう、仕様ン無いなア。

○この時代、一般にまだ義太夫口調の趣味失せず。美妙のどったんばったん的措辞も幾分その余波にや


○雲中語に、紫琴という女流作家の名が見える。誰であろう。よい作品はなかったらしいが。


○鷸翮掻、三人冗語、雲中語をとびとびによみ、明治文学史のよいのが一日も早く出ることを希う。

底本:「宮本百合子全集 第十八巻」新日本出版社

   1981(昭和56)年530日初版発行

   1986(昭和61)年320日第2版第1刷発行

初出:同上

入力:柴田卓治

校正:磐余彦

2004年215日作成

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