作者の言葉(『貧しき人々の群』)
宮本百合子
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「貧しき人々の群」は一九一六年、十八歳の秋に発表された。書きはじめたのは、一年ばかり前のことであった。福島県のある村に祖母が住んでいて、孫のわたしは五つぐらいのときからちょいちょいその東北の村で生活をした。少し大きい小学生となってからは、ひとりで夏休みじゅう、おばあさんのところで暮した。その村の年よりたち、牛や馬、犬、子供たち、ばかの乞食、気味のわるい半分乞食のようなばあさん、それらの人々の生活は、山々の眺望や雑木林の中に生えるきのことともに、繭が鍋の中で煮えている匂いとともにわたしの少女時代の感覚の中に活々と存在していた。
段々トルストイの小説をよむようになり、「コサック」や「ハジ・ムラート」に感動した。深いその感動は、自分のうけている村の自然と人間の生活の姿を強烈にわたしの心に甦らし、それを描き出したいこころもちにみたした。そこで、書き出したのがこの小説であった。小説らしい形にまとまった最初の作品であった。一九一六年の夏のはじめに書き終ったが、誰に見せようとも思わず、ひとりで綴じて、木炭紙に自分で色彩を加えた表紙をつけた。けれども、しまっておけなくて、女学校のときからやはり文学がすきで仲よしであった坂本千枝子さんという友達が、白山の奥に住んでいた、そこへもって行ってよんで貰った。その友達は心からよろこんでほめてくれた。次に、母にみせた。丁度、夜で、もう母は小さい弟と床の中にいた。そこへもって行って、よんでおいて、と云った。一二時間たって、もう自分がねようとしていたら、わたしが机を置いていた玄関わきの小部屋へ母が入って来た。母は感動していた。そして、涙をおとした。
「農民」という題をつけて書いたその小説は、やがて父が紹介者をもっていたという関係から私の知らないうちに坪内雄蔵氏のところへ送られた。そして、中央公論に紹介され、そこに発表されることにきまった。坪内雄蔵氏の注意で、二百何十枚かあったところを百五十枚ほどに整理し、かなづかいや字のあやまりを訂正した。題をそのとき「貧しき人々の群」とつけ直した。
今日よみかえしてみると、「貧しき人々の群」はいかにも十八歳の少女の作品らしい稚なさ、不器用さにみちている。けれども、何とまたその年ごろの感覚でしか描き出せないみずみずしさに溢れているだろう。すべての穢らしさが、現実的につよく作品の中に描かれているが、その穢なささえ、よごれた少年の顔のようにやっぱりその地は、人生のよろこびで輝やいている。ロマンティックな情感とともにリアリスティックに、成長的に現実にふれてゆこうとしている幼い作者の努力をくみとることが出来る。
この作品は、作者が年若い少女であったことと、その少女の生活環境にあわして社会的に積極的な取材であったこと、単純だが濁りのない人間感動などによって、その時代の文学に一つの話題となった。しかし、このことは、作者の生活を着実に大人の女として発展させてゆくためには深刻な害悪の多い刺戟となった。一人の少女は、自分をまともに女として、作家としてひっぱってゆくためには、一篇の小説を発表したことによって自分の内と外とにひきおこされたあらゆる不自然な力とたたかいつづけなければならなかった。その意味で、この作品は、一人の少女の生活と文学との可能性がそれによって進み終せるか、夭折させられるかという、重大な危期をその第一歩からもたらしたのであった。
この小説の中には、素朴なかたちではあるが、おそらく作者の全生涯を貫くであろう人生と文学とに対する一つの基調が響いている。どういう風に社会に生き、人生を愛し、そして文学を生んでゆきたいと思っているか、ということが暗示されている。「貧しき人々の群」の中で、悲しい兄弟よ、と歎息した作者の心情は、その後永い歳月と波瀾を経て、社会史的な観点と未来の幸福の建設の具体的な方向とをつかむようになって来ている。この作品の背景となった農村の生活は、その後、作者の生活の大きな曲り角の一つ一つに、背景となってちらり、ちらりと現れて来ている。「伸子」の或る部分に。「播州平野」の或る部分に。それぞれ、日本の歴史の波が、この農村の生活そのものをも変化させているその姿において。──
わたしは、いつか、この「貧しき人々の群」の発展したものとして農村の小説が書いてみたい。しんから、ずっぷりと、暗く明るく泥濘のふかい東北の農村の生活に浸りこんで、そこに芽立とうとしている新鮮ないのちの流動を描き出してみたいと思っている。
一九四七年四月
底本:「宮本百合子全集 第十八巻」新日本出版社
1981(昭和56)年5月30日初版発行
1986(昭和61)年3月20日第2版第1刷発行
底本の親本:「宮本百合子全集 第十五巻」河出書房
1953(昭和28)年1月発行
初出:「貧しき人々の群」新興出版社
1947(昭和22)年6月発行
入力:柴田卓治
校正:磐余彦
2004年2月15日作成
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