孔雀
芥川龍之介



 これは異本「伊曾保いそぽの物語」の一章である。この本はまだ誰も知らない。

あるからすおのれが人物を驕慢けうまんし、孔雀くじやくの羽根を見つけて此処かしこにまとひ、爾余じよ諸鳥しよてうをば大きにいやしめ、わがうへはあるまじいと飛び廻れば、諸鳥安からず思ひ、『なんぢはまことの孔雀でもないに、なぜにわれらをおとしめるぞ』と、取りまはいてさんざんに打擲ちやうちやくしたれば、羽根は抜かれ脚は折られ、なよなよとなつて息が絶えた。

「そののちまたまことの孔雀が来たに、諸鳥はこれも鴉ぢやと思うたれば、やはり打ちつつして殺してしまうた。して諸鳥の云うたことは、『まことの孔雀にめぐりうたなら、如何いかやうな礼儀をも尽さうずるものを。さてもさても世の中にはせ孔雀ばかり多いことぢや。』

下心したごころ。──天下てんか諸人しよにん阿呆あはうばかりぢや。さえ不才ふさえもわかることではござらぬ。」

底本:「筑摩全集類聚 芥川龍之介全集第四巻」筑摩書房

   1971(昭和46)年65日初版第1刷発行

   1979(昭和54)年410日初版第11刷発行

入力:土屋隆

校正:松永正敏

2007年626日作成

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