一九五〇年の殺人
海野十三



「旦那人殺しでがすよ」

「ナニ人殺しだって? 何処どこだッ、誰が殺されたのだッ、原稿のページが無いのだ、早く云え」

「そッそんなに急いでも駄目です。場所は向うの橋の下ですよ。手足がバラバラになっていまさあ、いわゆるバラバラ事件というやつでナ」

「被害者の人相に見覚えは無いかネ」

「ああバラバラじゃ、人相は判りっこなしでさあ」

「じゃ直ぐに行ってみよう。さあ急げッ」

 捜査課は総出で、現場へ急行した。なるほど橋の下に、惨虐ざんぎゃくの限りをつくして、バラバラの屍体したいが散らばっている。

「殺されているのは、一体誰だろう?」

「それはレッド親分にきまっていますよ」

「アレッ。人相は判らぬと先刻さっき云ったじゃないか」

「人相はモチ判りませんよ。しかしここに転がっている腕に『ケテー命』とあるからにゃ、レッド親分に間違いなしでサ」

「そんなの無いぞ、貴様!」と捜査課長は顔をふくらました。

「さあ、この屍体したいはガランの中に拾い集めて、本庁の手術室へ送って呉れ。……あとは犯人探しだ。さあ方向探知器を持ってこい。こうやって目盛めもりを合わせて、ボタンを押せばいい。ウム、出たぞ出たぞ。テレビジョンに犯人が現れた。なアんだ。これあ同じ渡世とせいの競争相手のヤーロの奴じゃないか。オヤ真青まっさおになって、四十番街を歩いているぞ。よオし、無線電話で交番を呼び出せ……ナニ出たって。早く逮捕を依頼しろ。なんだってもう捕えたというのかいヤーロの奴を。それじゃ一同、本庁へ引揚げだ。それ、呼子よびこの笛を吹くんだ、呼子の笛を……」

 ピリピリピリと鳴る笛の音に集った部下を引連れ、捜査課長はニコリともしないで凱旋がいせんについた。

「課長!」と玄関の石段をのぼるが早いか、もうA組の主任警部が待っていた。

「犯人ヤーロが待ち疲れています。早くお調べが願いたいと云ってやかましくて仕方がありません」

「そうか、五月蠅うるさい奴じゃ。紅茶を一ぱい飲んでからのことだ」

 紅茶に角砂糖を四つほうりこんだのを、さも美味おいしそうに飲み終ってから課長は調べ室の方へトコトコ歩いていった。

「では調べを始めるとしよう。被害者の用意は、もういいナ」

「はい、出来ています。連れて参りましょうか」

「まだいいよ。加害者のヤーロが先だ。ここへ引立ててこい」

 チェリーを一ぷくっているところへ、ヤーロ親分が留置場りゅうちじょうから連れられてきた。

「課長さん。早速さっそくですが自白じはくしますよ。レッドの奴をバラバラにしたなア、このあっしでサ。刑罰はどの位ですか」

「そんなことは、まだ云えない。それよりもお前は何故レッドを殺害したのか」

「ナーニね。あいつのつらがどうにも気にわねえんでサ。むしゃくしゃとして、やっちゃいました。それだけのことです」

「よオし。では次に被害者を呼べ。レッドを呼ぶのだ」

 ヤーロはそれを聞くと椅子から立ち上った。警官はかしこまって、隣室から被害者レッドを連れてきた。

「やッ、ヤーロ、ここにいたな」

「こらッ、静まれ、喧嘩をしちゃいかん。ところでレッド、被害者として何か申立たいことはないか」

「へえ、ありがとうごぜえやす。あっしを殺したこのヤーロの奴を、ウンと罰してやっておくんなさい。終り」

「それだけだナ。よし決まった。判決。ヤーロはレッドを殺害したる罪により、金五万円也の罰金に処す。但し二十日以内に納付のうふすべし」

「えッ五万円を二十日間に……。そりゃひどい。月賦げっぷにしておくんなさい。毎度のことじゃありませんか」

「駄目だ、毎度のことじゃから……。閉廷へいてい!」

 捜査課長は、木のつちたくの上をコツンと叩いた。加害者と被害者とはにらみ合ったまま、へやを出ていった。

 課長は手をのばして、葉巻を一本口へほうりこんだ。そして思わず独白ひとりごとした。

「外科が進歩するのもしだ。バラバラ屍体も二、三十分のうちに、元のピンピンした身体に縫いあげられる世の中では、殺人罪が流行はやりすぎてイカン」

 そのとき扉が開いて、警官が顔の色を変えて入って来た。

「課長、大変です。本庁の前で殺人です!」

「ホイ、また流行ったか」

「レッドがヤーロをバラバラにしてしまいました。先刻さっきと反対です。レッドの身体を本庁で縫い合わせたとき、肩の肉が途中で落したものか無かったため、穴ぼこになっているのです。そうなったのもヤーロのせいだというので、ヤーロの肩の肉をナイフで切り、そのついでにバラバラにしてしまったのです」

「仕方がない。早く両人を集めてこい。こんどは罰金をすこし高くしよう」

 それから二十一日経った。捜査課長はご機嫌はなはだ斜めだ。さっき総監からイヤな言葉をげつけられたのだ、「君のところには、取り立て未了みりょうの罰金がすこぶる多くて責任額にも達しないじゃないか。あまり成績が悪いと気の毒だが、退職して貰わにゃならぬぞ」とおどされたのである。

(よオし、こうなったらばむをん。最後の手を用いて、総監の鼻を明してやろう……)

 彼は机上のマイクロフォンを取りあげて、レッドとヤーロの逮捕を電命でんめいした。

 二人の親分が本庁に到着したのは五分の後だった。

「二人揃ったネ。揃ったら、そのまま此の手術室へ入れッ」

「なにをするんです、課長さん」

「罰金は二、三日うちに届けますよォ」

「黙って入らんか。わしの命令だッ!」

 レッドとヤーロが手術室の中に姿を消してから、約一時間の後ドアが明いて、一人の人間が出て来た。レッドのようでもあり、ヤーロのようでもあった。よく見ると縦半分たてはんぶんに切断した二人の身体を半分ずつぎ合わせてあった。右がレッドで、左がヤーロ。ちっとも足並が揃わず、二本の手は激しくつねり合っている。

「さあ、こっちへ来い」と課長は意地悪いみを浮べて云った。

「当分この状態で暮してみろ。不便で参ったら、例の罰金を調達ちょうたつしてこい。そうすれば元々どおり、レッドはレッド、ヤーロはヤーロの身体にしてやる。金が払えないうちは駄目だぞォ」

「課長、ひでえや。もう一人のあっし達はどうなるんで……」

「あれは人質にとっといて今日から下水掃除をさせる。辛けりゃ早く金をおさめて引取りに来い」

底本:「海野十三全集 第5巻 浮かぶ飛行島」三一書房

   1989(平成元)年415日第1版第1刷発行

初出:「モダン日本」モダン日本社

   1934(昭和9)年7月号

入力:tatsuki

校正:田中哲郎

2005年56日作成

青空文庫作成ファイル:

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