国際婦人デーへのメッセージ
宮本百合子



 みなさま。

 一九五〇年ということしの国際婦人デーこそ、世界のあらゆる国々で、平和を愛し、民族の独立をねがう婦人たちが、心からの願いに立って発言し、行動する日であると思います。

 これまで婦人デーというと、社会主義の思想をもつ一部の婦人たちの間で行われる行事であるかのように考えられて来ました。そして、またそのように考えさせるために、昨年なども、いろいろの宣伝が行われました。三月八日に婦人デーをするなどということは、共産主義者のやることだ。日本には「日本の婦人デー」がある。それは、日本の婦人に参政権の与えられた四月十日である、という風に。実際去年は、二つの婦人デーがあったのです。

 けれども、考えてみれば、これは何と変なことでしょう。ポツダム宣言は一九四五年八月十五日という日づけで受諾したのではなかったでしょうか。昭和二十年とかいてなければ、日本のうけとるポツダム宣言ではないとは、当時の政府も云いませんでした。

 クリスマスが十二月二十五日に祝われることは、キリスト教の国々の習慣ですが、「日本のクリスマス」が外国と同じ十二月二十五日に行われることに反対する人は、ひとりもないことに気がつきます。国際的な婦人の日を三月八日に記念するのは、日本の婦人らしくない、という意見に立っているその人が、去年の十二月二十四日の夜令嬢づれでクリスマスの買物をしていた写真を、わたしたちは忘れておりません。

 中国は中華人民共和国になって、旧い年号というものを廃止しました。日本にも年号を廃止してもよいのではないかという説が出て来ています。これは、当然そうあっていいことだと思います。なぜならば、こんにち世界の人民は、ヨーロッパでも、アジアでもまったく共通な一つの切実な課題の前に立たされているのですから。それは、帝国主義の物狂おしい世界制覇の欲望に抗し、世界人民の平和と民族の独立を守らなければならないということです。

 とくに、アジア大陸に向って、ひとつらなりの弓のようにはられている島国、日本の人民の運命は、世界平和の要求がたかまるにつれ、アジア大陸の民主勢力が拡大されるにつれ、一層力づよく平和のためにたたかわなければならない立場になりました。

 わたしたちの誰が、またもう一度、しかもあの恐ろしい経験に幾十倍かする新しい戦禍に見まわれたいと思うでしょう。どんな母が、妻が、そして愛人たちが、またふたたび愛する息子、大事な父親、将来の夫を、どこか知れない山の奥、ジャングルの泥沼に死なせてよいと思っているでしょう。

 戦争というものは、平和を愛し、勤勉に働いて家庭生活を愛している人民の一生を、じかに、無惨に、破壊するものです。そうだからこそ、こんにち、ラジオや出版物で戦争を挑発し、戦争ヒステリーに感染させようとしている者どもは、この地球のどこかに、この次の戦争に利用されていい民族、あるいは人民の群が存在してでもいるかのような云いかたをしています。自分のところは無傷で、よその国を軍事基地化し、そこの人民を傭兵として、それで戦争をやるのだ、という風に。──

 しかし、みなさま。

 この地球のどこに、他国の軍事基地となるために存在して来た国があるでしょう。

 そして、みなさま。

 傭兵とされるために、辛苦とたたかってその子を生み育てている母が、世界のどこの国にいるでしょうか。

 この訴えこそ、日本の人民の訴えであり、二百万人ばかりの戦争未亡人をふくむ日本の婦人の叫びです。同時に、永年にわたる植民地人民としての屈辱から立って、民族の独立を告げつつある全アジアの人民と婦人の声です。

 アメリカやイギリスの各地でも、きょうの三月八日という日には、平和こそ人類がこんにち必要としているものであることを明らかにして、国際婦人デーが行われておりましょう。

 アジアと東ヨーロッパの社会主義国家、人民民主主義国家が、ことしの三月八日の婦人デーを、世界平和のためにつよい一歩を前進させる日としていることは明瞭です。十億の人民が、平和のために立っているのです。


 こんにち、各国との全面的な講和によって日本の平和が保証されなければならないという問題は、ぴったり、わたしたち一家の問題です。思想の問題ではなく、生きるか、死ぬか、生存の問題です。税がはらえなくてこんなに自殺する人々がふえているきょう。失業と生活苦とがひとしお深刻になっているきょう。学校へゆけない学童のふえているきょう。人民の生活をこういう状態におとしておく政府が、世界を攪乱する戦争挑発に協力していないという証拠を、わたしたちは、どこに見出すことができるでしょうか。

 みなさま。

 平和のために、というひとつのねがいは、太陽のように、世界の諸人民の間に運行しています。三月八日の婦人の日が、一部のひとの策動だなどと宣伝されることの真相は、おのずからあきらかとなりました。戦争で世界をかきまわそうとする人々は、世界の人民が平和のために結集することをいつもおそれ、憎悪します。おくれた国々とされていたアジアの諸民族と、その婦人たちの目ざめを欲しません。けれども、わたしたちにいるのは平和です。わたしたち人民にいるのは、世界の良心にしたがって生きることのできる条件のもとに独立した民族の社会です。

 みなさま。

 わたしたちは遠慮することは、やめましょう。遠慮しないで、はっきりと求めるものを求めましょう。わたしたち世界の人民に必要なのは、平和と独立である、と!

〔一九五〇年三月〕

底本:「宮本百合子全集 第十五巻」新日本出版社

   1980(昭和55)年520日初版発行

   1986(昭和61)年320日第4刷発行

底本の親本:「宮本百合子全集 第十五巻」河出書房

   1953(昭和28)年1月発行

初出:国際婦人デーへのメッセージ

   1950(昭和25)年38日開催

入力:柴田卓治

校正:米田進

2003年64日作成

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