春遠し
宮本百合子



 総選挙はひとまず終った。

 気づかわれていた婦人の棄権も案外にすくなく、棄権は全国平均して二割七分七厘。婦人候補者の四割八分は当選して二十八歳から六十六歳まで三十九名の婦人代議士が当選した。今回の総選挙で計四六四名の代議士が選出されたなかで、最高点を占めた婦人候補者が五名もいるのである。

 この結果は、誰にとっても、いくらか予想外の感じを与えている。婦人の進出の目ざましさは大変派手やかに写真入りで各新聞に語られているし、外人記者も、珍しいこととして注目している。進歩党や自由党の首領たちは、得票を婦人にくわれたと表現しているのである。

 日本の婦人は政治に無関心であると、どの位云われて来ただろう。婦人自身にしても、参政権などよりも、やすいおいもがほしいと云い、それどころか暇がなくて、と、何度云って来たことだろう。それにもかかわらずこういう結果があらわれた。婦人たちが、そんなに急に、自分たちの生活のひどさの理由を発見し、そんなに急に自覚して来たというわけなのだろうか。

 私たちは、自分たちの幸福のために今度の総選挙の結果を落ちついて吟味して見なければならないと考える。

 第一、今度の総選挙は、日本の民主化のための重大な国民の行事であった。そのために、四月十日は休日になった。それほど大切な投票であるのに、全国で十四万人余の選挙人名簿記載洩れが生じた。新聞は、婦人参政権のために、殆ど一生を費して来た市川房枝女史が、当日わざわざ遠方の投票所へ行ってはじめて記載洩れで投票出来ないことを発見した気の毒な実例を報じた。市川房枝さんの心持はどんなであったろう。そういう人が、何万人とあるわけである。青森市では、記載もれの市民大会が開かれ、市長以下責任者が退陣しなければならなくなった。長野の或るところでは、役場の責任者が、責任感から行方不明となり、自殺したかもしれないと云われている。

 このような大量な記載もれの生じた原因は、何だったのだろうか。役所では、隣組や町会に国民調査をまかした結果として、この次は各自申告をさせる、と云っている。しかし、ただ調査のやりかたの不十分というばかりではないと思える。やはり根本には、総選挙というものが、わたしたち一人一人の生活の打開のために、どれほど大切な関係をもっているかということについて役人たちがしんから真剣な気持をもっていなかったからであると思う。民主的な選挙がされなければ日本は破滅だということについて実感がなかったからであると思う。

 このいい加減な気分は、もっと大きく、選挙の結果にあらわれている。

 自由党 一四一名  進歩党 九三名  社会党 九二名  共産党  五名

 協同党  一四名  諸派  三九名  無所属 八〇名  計  四六四名

 右の表を見て、誰が今度の総選挙が、民主の勝利した選挙であったと考えるであろう。当選した各党代議士の職業をひととおり見わたそう。

 職業   自由 進歩 社会 共産 協同 諸派 無所属

 社長重役 五七 二九  六  ─  三 一三  一〇

 弁護士  一七  九 一九  ─  ─  一   三

 会社員   三  三  七  ─  ─  一   二

 医師    五  一  ─  ─  ─  三   一

 農業   一四 二一  五  ─  六  三   三

 役人    九  三  一  ─  二  一   六

 漁業    三  一  ─  ─  ─  ─   二

 酒造業   一  五  ─  ─  一  一   二

 著述業   四  二 一〇  四  ─  二   六

 教員    八  三  三  ─  一  二  一七

 無職    六  四  四  ─  一  四   六

 其他   一一 一二 三五  一  ─  八  二〇

 僧侶    三  ─  二  ─  ─  ─   二

  計  一四一 九三 九二  五 一四 三九  八〇

 こうして見ると、一番多くの代議士を出している自由党が、ひと手に五十七人もの社長重役をもっている。これは自由党の当選者一四一人の殆ど半数が、そういう資本家たちで占められているということである。次に、「無職」というのが二十五名もいる。今のこの世の中で働かず稼がず無職で暮せているということは、その人々がわたし達の生活と全くちがう経済の足場をもって不労所得で生きているということを物語っている。生きているばかりでなく、金のかかる選挙にのり出しているとすれば、この「無職」が失業でないということは実に明白である。自由党、進歩党にそういう人々がかたまるのは、その政党が、矛盾だらけの今の世の中の仕組みを押しとおそうと主張しているのだから、はっきりしている。けれども、社会主義の即時断行というスローガンをかかげている日本社会党に、こういう「無職其他」が最も多いということは、なかなか意味深いことである。社会党が、勤労人民の味方のように演説をしながら、勤労人民の苦痛の原因となっている旧い日本の君主に主権のある政治の形をどこまでも守ろうとしていて、それが所謂「民意」であるかのように見せているわけもこの表を見ると、全く肯けて来る。社会党九二名中三九名の「無職其他」、六名の社長重役、一九名の弁護士と並んだところをみて、この党が勤労人民の利益のために奮闘する政党であると思う者は先ずなかろう。

 ラジオの政党放送で、共産党の悪口を云わない政党は殆どなかった。自由党、進歩党は、それだけを自分の党のよりどころとして、共産党の悪口を演説したのであったが、開票の結果、共産党は、代議士こそ婦人一名こめて五名だけであったが、大体二百万票近く投票されていることがわかった。共産党が一つの政党として人々の前にあらわれてから、僅か六ヵ月足らずしかたっていない。しかも全く地盤というものをもたず、妨害と悪口のさなかで、こういう結果を見たことは、深く私たちを考えさせずにはおかないのである。

 外国記者が、開票後、議員の資格再審査をしなければならないと云っているのは当然である。おどろくほど戦争協力者がまぎれ込んでいる。軍需参与官やら、海軍司政官までが当選しているし大日本婦人会の理事で当選している婦人もある。

 婦人代議士は、三九名も選出された。そして、今のところ、人気の焦点となっている。けれどもしんみりと考えたとき、私たち婦人のこころに湧いて来る思いは、果して新聞の人気に等しい頼もしさであろうか。

 連記制のために、婦人が意外に当選していると云われている。選挙そのものが人気投票のような気分で行われ、人民の生活について政治的にはまるで逆の考えを抱いている党の、ただ有名な人の名を並べたということが云われている。婦人のこのような多数の当選は、一般の政治に対する理解が深まっているというよりも、却って程度が余りひくいので、映画女優の人気投票でもあるかのような結果になった。

 当選した婦人代議士たちの抱負について読むと、この批評の当っていることを認めないわけにはゆかない。食糧問題についても、三合配給、お菜をたっぷり、牛乳を子供へ、などと語られているが、現在の配給機構へ実際婦人が入って改善してゆくためには、婦人の公民権が認められなければならないと主張している婦人代議士は一人もいない。山口シヅエという婦人代議士は、公約を果すといってバケツを下げてビラはがししている。代議士の仕事は、そこにはないはずである。東京都が市街の清掃位出来るように努力してゆくことこそ代議士の仕事である。同一労働に同一賃銀を云う婦人代議士もある。しかし、根本をなす憲法改正案に対して定見を示していない婦人代議士が、どうして、それだけの大事業をなしとげられよう。まして、自由党以下共産党以外の政党は、日本の旧体制の支持者であるとき、婦人代議士ばかりが、民主的であることが出来ようか。「女は女で」──投票はそれで集められたろうけれども、政治の実際に当って、例えば五人の自由党婦人代議士が自由党の立場にどれだけの変化を与えられよう。婦人代議士は超党派でということは夢である。三九名の婦人代議士の殆ど全部は名流婦人と云われる人々である。僅かに柄沢とし子(共産)山崎道子(社会)が現実の勤労生活に結びついている位である。

 私たちは、今回の教訓から非常に多くのことを学ばなければならない。まだまだ日本の民主化と婦人の幸福には遠い総選挙であることを知り、しっかりと代議士の活動を監視し、次のより民主的な選挙に用意しなければならないのである。

〔一九四六年四月〕

底本:「宮本百合子全集 第十五巻」新日本出版社

   1980(昭和55)年520日初版発行

   1986(昭和61)年320日第4刷発行

底本の親本:「宮本百合子全集 第十二巻」河出書房

   1952(昭和27)年1月発行

初出:「働く婦人」再刊号、日本民主主義文化連盟

   1946(昭和21)年4月発行

入力:柴田卓治

校正:米田進

2003年64日作成

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