幸福のために
宮本百合子
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いよいよ、四月十日も迫って参りました。私たち二千九十一万余人の婦人有権者は、生れてはじめて、自分たちの政治のために、一票を投じる日を迎えることとなりました。
婦人ばかりでなく、男の方たちにしろ、今度の選挙に対しては、これまでと全く違うこころもちでいらっしゃるでしょうと思います。御自分の一票が、日本のこの有様をどう変えて行くだろうか、ということについて、考えていない方はなかろうと思います。今度の選挙は、その点からも日本の私たちすべてにとって、新しい特別な意味をもっております。
この間うちから、ラジオはくりかえし、くりかえし、各政党立候補者の政見発表演説を送っております。うちにいて、働きながら、各政党の演説が開けるのは、まことに便利です。黙ってきいていると、政策が語られずに、詩吟をする候補者まで出て来ます。これは世界にも余り類のないことでしょう。
私たちの毎日は、悠暢なものではありません。モラトリアムで、国民の経済が救われそうに話されましたが、一ヵ月たった今日では、万事がまるで逆になって来ています。米、味噌、醤油のような生活必需物資の値段は、私たちが使えるお金に制限をうけてから、グッと三倍に上りました。勤めにゆくため、学校へゆくため、是非乗らなければならない省線、都電、バスなど、交通費もみんな三倍になりました。今の配給だけで、やって行ける家庭が一軒でもあるでしょうか。
今日、この有様の中でも、銀行家や金持ちは、コモかぶりを置いて暮しているという話をきくとき、私たち女の正直な心は、おどろいて目を見張ります。
そんなことがあって、いいものでしょうか。みんなが飢えて死にそうだというとき、それでいいものでしょうか。私たち女は、思わず自分の胸にしっかり我が子を抱きしめて、この恐ろしさから、命を守ろうとします。
こんどの戦争で、良人や父、兄弟を失った不幸な婦人たちは、何十万あるでしょう。まだ復員して来ない留守を、女の手で支えている健気な婦人たちが、何万人あることでしょう。その方々は、どういう思いで、今日を送り迎え、自分の投票を考えていらっしゃるでしょう。
私たちは、今日の日本の立て直しと、自分たちの生活改善の実際の必要に立って、その立場から政党を選んでゆくのが、一番正しいと知っております。
例えば、今私たちの目の前に河があります。流れは急で、一人一人ではとても歩いて渡れません。うしろからは、飢餓という獣の大群が、刻々迫って来ます。生きるために、どうしてもこの河一つは越さなければならない。
こういう危急の時に、爪先も濡らさず岸に立って、諸君、まず、橋を作る材木を出し給え。マァ、何の彼のいわず、材木だけは、ともかく僕にわたし給え。いずれ橋はかけてやると、筋の通った将来の計画も誠意もなしに演説している者を、誰が対手にするでしょう。これが、既成政党の姿です。
このとき、ザブザブと胸まで急流にふみこんで来た男があります。その人は運べるだけの材木、俵、繩などを自分からもち出して、叫んでいます。オーイ、みんな、手持ちの材料をもち寄ろう。早く橋をかけてここを渡るんだ。人筏こしらえよう。女、子供は、先に渡すんだ。そう合図をしています。
私たちは、その声に答えずにはいられません。すぐ男は肩組みして水に入り、弱いものは中にはさんで、働きはじめるでしょう。
日本共産党は、先ず身をもって自分から河へふみこんで来ているこの男のように、誠実で、献身的な政党だと思います。
日本を今日の破滅におとしいれた何よりの原因は、戦争です。今になって、これを知らないものはありません。この戦争が、日本の全国民を不幸にし、経済を破壊し、飢えさせるものであることを、はっきり見とおして、十何年も前、そもそも戦争のはじまりから、この戦争に反対し、戦争をもたらす日本の天皇制の政治のやりかたに反対して来た政党は、日本共産党だけでした。今日、平和日本の建設または民主日本の誕生などといっている政党のほとんど全部は、戦時中の議会で、すべての軍事費に賛成して来た人々の集りです。
真心から婦人の幸福を思い、差別ある待遇を改善しようとして、あらゆる場面で、ともども闘って来た日本共産党が、人間味のない党であると、どうして思えるでしょう。たとえ、イワシにしろ、今日、現実に、私たちの食膳へ配給されるようになった食糧の人民管理の方法は、共産党が生活問題解決の一歩として、既に実行で示している一つの例です。
共産党という名がきらいだわ、という婦人もどっさりあります。ほかの意見には全部賛成だけれども、天皇制を廃止しようというのだけが気に入らない、という方もあります。
けれども、しずかに考えてみると、この好き、きらいの感情は、よほど吟味してかからないと、とんだ私たちの不幸であると思います。
共産党が、戦争を間違ったことであると主張したとき、戦争気分に煽られた人々は、たしかにその意見を、きらいだ、と思ったのです。にくらしい、と思ったのです。
ところが、今日の現実は、共産党の見とおしが、全く正当であったことを証明しております。
本当に、日本が民主の国柄となり、男も女も、笑って働いて、生きて行ける国になるために、今日共産党が、真の民主主義を求めて、主権が君主にある制度に反対していることは近い将来において、必ずや正当であったことを、歴史の事実によって証明されるでありましょう。
現実の刻々を鋭く見とおして、長い未来に及ぶ国民の幸福の建設のために、計画を立て、一つ一つと実行にうつしているところに、日本共産党のたのもしさがあると思います。
フランスでも、日本と同じように、今度初めて、婦人に参政権が与えられました。昔からその優美さで世界にしられているフランスの婦人たちは、第一回の選挙に、どう投票したでしょう。
彼女たちは、百五十三名の、共産党代議士を選び出して、共産党を第一党としました。その中には十七名の婦人代議士が加っており、他のどの政党よりも、多くの婦人が当選しました。何人かの未亡人があるというのも、何と意義深いことでしょう。
フランスの婦人たちは、この戦争によって流した無限の涙と、引き裂かれ失われたすべての愛のなきがらの中から、再び人民を戦争に追い立てるような権力のとりのぞかれた世界を創ろうと決心して、自分たちの党、共産党を選んだのでした。
日本の婦人のやさしさ、忍耐づよさは、決して愚かさと等しいものではありません。
世界の眼が、日本の総選挙に、注意ぶかく向けられております。
連合軍司令部は、総選挙の結果によっては、もう一度議会を解散させる方針であるということを、アメリカの新聞から伝えられました。
私たちが、まだ十分自覚し用意していないすきに乗じて、再び人民に軛をかける金持、地主、ダラ幹の政党が、バッコしようとしている気配があるからです。
皆さん!
私たちの一票は、是非とも私たちの幸福のために使いましょう。
きのうの見とおしにおいて正しかったように、明日においても私たちを裏切ることのない、日本共産党を支持しましょう。
底本:「宮本百合子全集 第十五巻」新日本出版社
1980(昭和55)年5月20日初版発行
1986(昭和61)年3月20日第4刷発行
底本の親本:「宮本百合子全集 第十二巻」河出書房
1952(昭和27)年1月発行
初出:第一回総選挙、日本共産党政見放送(NHKラジオ)
1946(昭和21)年4月4日放送
「新しい婦人と生活」の再版に収録、文連文庫、日本民主主義文化連盟
1947(昭和22)年11月初版
1948(昭和23)年12月再版
入力:柴田卓治
校正:米田進
2003年6月4日作成
青空文庫作成ファイル:
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