什器破壊業事件
海野十三
|
女探偵の悒鬱
「離魂の妻」事件で、検事六条子爵がさしのばしたあやしき情念燃ゆる手を、ともかくもきっぱりとふりきって帰京した風間光枝だったけれど、さて元の孤独に立ちかえってみると、なんとはなく急に自分の身体が汗くさく感ぜられて、侘しかった。
「つよく生きることは、なんという苦しいことであろうか?」
彼女は、日頃のつよさに似ず、どういうものかあれ以来急に気が弱くなってしまった。たったあれくらいのことで、急に気が弱くなってしまうというのも、所詮それは女に生れついたゆえであろうが、さりとは口惜しいことであると、深夜ひそかに鏡の前で、つやつやした吾れと吾が腕をぎゅっとつねってみる光枝だった。
彼女の急性悒鬱症については、彼女の属する星野私立探偵所内でも、敏感な一同の話題にのぼらないわけはなかった。だが、余計な口を光枝に対してきこうものなら、たいへんなことになることが予て分っていたから、誰も彼も、一応知らぬ半兵衛を極めこんでいたことである。
ところが、或る日──星野老所長は、風間光枝を自室へ呼んで、
「君はなにかい、帆村荘六という青年探偵のことを聞いたことがないかね」
と、だしぬけの質問だった。
帆村荘六──といえば、理学士という妙な畑から出て来た人物だ。それくらいのことなら光枝も知っているが、他はあまり深く知らない。そのことをいうと、老所長は、
「あの帆村荘六という奴は、わしと同郷でな、ちょっと或る縁故でつながっている者だが、すこし変り者だ。その帆村から、若い女探偵の助力を得たいことがあるから、誰か融通してくれといってきたんだ。どうだ、君ひとつ、行ってくれんか」
「はあ。どんな事件でございましょうか」
「いや、どんな事件か、わしはなんにも知らん。ただはっきり言えるのは、彼奴はなかなかのしっかり者で、婦人に対してもすこぶる潔癖だから、その点は心配しないように」
老所長の言葉は、なんだか六条子爵のことを言外に含めていっているようにも響いた。
とにかく風間光技は、日毎夜毎の悒鬱を払うには丁度いい機会だと思ったので、早速老所長の命令に従って、自分の力を借りたいという帆村荘六の事務所へでかけたのだった。
帆村の探偵事務所は、丸の内にあったが、今時流行らぬ煉瓦建の陰気くさい建物の中にあった。びしょびしょに濡れたような階段を二階にのぼると、そこに彼の事務所の名札が下げてあった。彼女は、入口に立っていちょっと逡巡したが、意を決して扉を叩いた。すると中から、
「どうぞ、おはいりください。扉に錠はかかっていませんから、あけておはいりください」
と、若々しいはっきりした声が聞えた。風間光枝は、吾れにもなく、身体がひきしまるように感じて、扉を押した。すると、室内には、入ったすぐのところに大きな衝立があって、向うを遮っていた。その衝立の向うから、ふたたび声がかかった。
「さあどうぞ。どうぞ、その椅子に掛けて、ちょっとお待ちください。ちょっといま手が放せないことをやっていますから、掛けてお待ちください」
「はあ、どうも。では失礼いたします」
風間光枝は、挨拶をかえして、入口を入った左の隅のところにある応接椅子に腰を下ろした。その傍に、別な部屋へいくらしい扉があって、閉っていた。その扉のうえには、どこかの汽船会社のカレンダーが「九月」の面をこっちに見せて、下っていた。
光枝の腰を掛けているところからは、やはり衝立の奥が見えなかった。彼女はしばらくじっとしていた。衝立の向うで声をかけたのは帆村であろうが、彼は一体なにをしているのか、ことりとも物音をたてない。
彼女は、すこし待ちくたびれて、眠気を催した。欠伸が出て来たので、あわてて手を口に持っていったとき、突然思いがけなくも、彼女が腰をかけているすぐ傍の扉が、カレンダーごと、ごとんと奥へ開いた。そして一人の長身の紳士が、ぬっと立ち現れた。その手には写真の印画紙らしいものを二三枚もっているが、いま水から上げたばかりと見えて水滴がぽたぽた床のうえに落ちた。
(奥から出てきたこの人は、一体誰だろう?)と、風間光枝は心の中に訝った。
「やあ、どうも。たいへん早く来てくだすってありがとう。星野先生は、ちかごろずっと元気ですか」
「はあ。さようでございます」
「それは結構です」といって、その長身の紳士は光枝の前の椅子に腰を下ろして、じろじろこっちを見た。まだ光枝が名乗りもしないのに、紳士の方では、彼女のことを先刻知っているといったような態度を示しているのだ。どことなく薄気味わるさが、彼女の背筋に匐いあがってくる。
「失礼でございますが、貴方さまが帆村──帆村先生でいらっしゃいますか」
「ははあ、僕が帆村です」と無造作に答えて、「風間さんの背丈は、皮草履をはいたままで一メートル五七、すると正味は一メートル五四というところで、理想型だ」
「えっ、いつそんなことをお測りになりましたの」と、光枝は思わず愕きの声をあげた。
科学探偵の腕
帆村探偵は、一向平気な顔で、
「これは内緒ですが、貴女も探偵だからいいますが、僕のところでは、訪問者が入口のところに立ったとき、自動的に身長を測ることにしています。もちろん光電管をつかえば、わけのないことです。あの入口の上をごらんなさい。一・五七と、まるでレジスターのような数字が幻灯仕掛で出ているでしょうが」
「えっ、まあそんなことが……」光枝がふりかえると、なるほど入口の上の壁紙に、一・五七という数字がでている。
「こうすれば、消えます」なにをしたのか、帆村がそういうと、数字はぱっと消えた。まるで魔術を見ているような塩梅だった。なるほど帆村探偵という人は変っていると、光枝は感心した。
「貴女は内輪の人だから、もう一つこれも御なぐさみにごらんにいれるかな。さあ、この写真はどうです」そういって帆村は、手にしていた水のまだ切れない三枚の細長い写真の表をかえして、光枝の方に押しやった。
「あら、まあ!」光枝は、自分でも後で恥かしいと思ったほど、頓狂な声を出した。なぜといって、帆村がさしだした三枚の細長い写真には、表情たっぷりな光枝の半身像が五六十個も連続的にうつっているのであった。それは正面と横とが同時にとれていた。よく見るとなんのこと、それは今しがたこの部屋に入って、この椅子に腰を下ろすときから始まって、終りのところは、すこし睡くなって口をあいて欠伸をするところまで、いやにはっきりととれていたのであった。
「あら、まあ。あたくし、どうしましょう」風間光枝は、もう一度愕きの声を発した。
「きょう試験的に、この写真機を取付けてみたんです。ちょっと貴女を材料に使ってみましたが、なかなかうまく撮れる。一分間に六十枚まで撮れます。一つのレンズは、正面にあって、あの厚い辞書の中にあります。黒い紗のきれが前に貼ってあるから、こっちから見ても分りません。もう一つのレンズは、そのカレンダーの下の方に黒い波がありますが、そこに窓があいていて、扉の向うから撮るようになっている。いや案外簡単なものですよ」
そういっただけで、帆村は光枝の表情の変化などについても一言も批評らしい口をきかなかった。それだけ光枝の方では、間が悪かった。
「先生は、お人がわるいんですのね」
「いや、どういたしまして。これが商売ですからね、そうじゃありませんか」帆村は、そういった後で、光枝の姿をじっと眺めていたが、やがて、
「ときに貴女は、なかなかいい身体をしていますね。うまそうな女というのは貴女のことだ。ちょっとこっちへいらっしゃい。誰も居ないから、大丈夫です」帆村はそういって、腰をうかすと、いきなり風間光枝の手首を握って、ひきよせた。
「まあ、先生」光枝は、愕きのあまり呼吸が停りそうになった。ここへ来る前、星野社長はわざわざ、帆村の潔癖を保証したが、その話とはちがって、彼はとんでもない痴漢であった。六条子爵の場合よりも、もっともっと露骨で下卑ている。光枝は、帆村と抗争しながら、そのとき脳裏に電光の如く閃いたものがあった。それは、傍の衝立の向うに、なにか手の放せない仕事をしているといった男のことを思い出したのだ。あの男は、彼女がこの部屋に入ったときからあそこにいて、静かに仕事をつづけているらしい。なぜなら、彼はどこへ立った気配もないから、やはりあそこにいるにちがいないのだ。
「あっ、先生。およし遊ばせ。あの衝立の向うに仕事をしていらっしゃる所員の方に対しても、恥かしいとお思いにならないんですの」といって、帆村に握られた腕を無理やりに払った。
「えっ、所員ですって。そんな者はいませんよ。きょうは僕一人なんです」
「でも、さっきあの衝立の向うから……」
「あっはっはっ、あの声ですか。あれは所員がいて、声を出したわけではなく、録音の発声器なんです。自動式に、訪問客に対して挨拶をする器械なんですよ。嘘だと思ったら、こっちへ来て衝立の蔭をごらんなさい」
「そんなこと、嘘ですわ」と光枝はいったが、衝立の後を見ないではいられなかった。帆村が後にさったのを幸いに、素早くそこを覗いてみて、あっと愕いた。なるほど、衝立の後には、誰もいない。小さな卓子のうえに、なるほど録音の発声器らしいものが載っているだけだ。その附近には、人間の出ていく扉もなければ、人間の身体が隠れる物蔭もない。するとやっぱり帆村のいったとおりなのである。
また新たなその大きな愕きと、そしていよいよこの部屋の中に、自分は帆村と二人きりなんだと思うと、俄にぞくぞくとしてくる或る危険に対する戦慄! 光枝は、とんでもないところへ来たものだと、胸がどきどきだ。はじめから安心しきって来ただけに、彼女はこの不意打に狼狽するしかなかった。あの入口には、きっともう、扉をしめるとがちゃんと閉る自動錠がかかっているのであろう。壁はこのとおり厚いし、第一窓というものがない。いくら喚いたって、もうどうにもなるまい。こうなるのも運命だ。彼女は、すっかり観念して、目を閉じた。
奇妙な任務
そのとき帆村の声が光枝の耳に入った。
「いや、どうも失礼しました。これからお願いする仕事に関して、予め貴女の処女性反撥力といったようなものを験しておきたかったのです」帆村は、急に意外なことをいいだした。
「えっ、まあそんな……」
「でも、こいつばかりは話だけでも信用がなりません。やっぱり実験してみなくちゃね。さあ、そこへもう一度掛けてください」
光枝は、腹が立つというのか、それとも俄に安心をしたというのか、妙な気持で、再び椅子に腰を下ろした。この年齢になるまで──といって彼女はお婆さんだという意味ではない、これはそっと読者に知らすわけだが、風間光枝の本当の年齢は、当年とってやっとまだ二十歳なのである。──とにかく、こんなに愕きの連発をやったことがなかった。彼女は、改めて帆村の顔をぐっと睨みかえした。このまま部屋を出ていってやろうかと思ったほどだが、女探偵ともあろうものがと、どうにかこうにか自分の激情をおし鎮め、帆村の次なる言葉を待った。
「うむ、僕は満足です。貴女なら、きっとうまくやるだろう」と、帆村はもとの冷い顔になって、しきりにひとりで肯いて、
「──さて、貴女に頼みたい仕事のことなんですがね。或るお屋敷で、主人公が小間使をさがしているのです。尤も、前にいた小間使の娘さんは、僕が買収して、親の病気だと申立てて辞めさせたんです。そこで後任の小間使が要るわけだが、ぜひ貴女にいって貰いたいのです」いよいよ帆村は、こうまで彼女に手間どれた重大事件について語りだした。
「ねえ、ようがすか。そのお屋敷は、最近建てたばかりの洋館です。貴女は今もいったとおり小間使だが、こんど主人公の希望に従って、貴女は洋装をしてもらわねばならない。明朗な娘になるのです。いま国策で問題になっているが、これも仕事のうえのことだから、ひとつ思い切って猛烈なパーマネントに髪を縮らせてください」
光枝は、最初はなにいってるかと思って聞いていたが、聞いているほどに、だんだん興味を覚えてきた。これはなかなか念のいった冒険劇のようである。
「そこで、向うへいって貴女のする仕事だが、もちろん小間使なんだから、インテリくさい顔をしてはいけない。ほら、いまどき銀座通を歩けば、すぐぶつかるような時局柄をわきまえない安い西洋菓子のような若い女! あの人たちの表情を見習うんですな。いや、これは女性の前で、ちと失言をしたようだ」
光技は、またむらむらとしてきたものだから、何もいわずにいた。
「いいですか。向うへいったら、気をつけて、物を壊すんです。さかんに壊すんです」
「あらまあ、どうしてでしょう」向うへいったら、さかんに物を壊せ、気をつけて物を壊せといわれて、光枝はひどく愕いた。どうも帆村のなすこと云うことは突飛すぎて、常識ではついていけない気がする。
「コーヒー茶碗とか、花瓶とか、灰皿とか、スタンドとか、そういったものを、あれっとか、あらっとかいいながら、じゃんじゃん下に墜として壊してください」
「そんなことをすれば、私はすぐ馘になってしまいますわ」
「なあに大丈夫。貴女なら馘の心配はないから、どしどし壊してください」
「弁償しなくていいのですか」
「弁償なんか、心配無用です。ただ心懸けておいてもらいたいのは、行ってから二三日以内に、本棚のうえにおいてある青磁色の大花瓶を必ず壊すこと、これはぜひやってください。そしてその翌朝、貴女は自分でハガキを入れにポストまで持って出るんです。いいですか」
「大花瓶を壊すことは分りましたが、翌朝ハガキを投函にいくといって、なんのハガキをもって出るのですか」
「誰あてのでもいいですよ。──それから大事なことは、けっして女探偵だと悟られないように振舞ってください。ものを壊すにしても、良心にとがめるといったような菩提心を出さないで、こんな壊れ物を扱わせるから壊れるんじゃないの……ぐらいの太々しさでやってください。なにしろすこしにぶい小間使らしく振舞ってください」と、帆村は自分の脳天に指をたてた。
「まあ、たいへん骨が折れますのねえ」
「まあ、そういわないで、やってください。主人公が何をいっても何をしても、例のすこしにぶい小間使の要領でいくんですよ」
「そんなことをして、どうしようというんですの。一体どんな事件なんですか。あたしにすこしぐらいお明かしになったっていいでしょう」
「ううん、それがいけない」と帆村は大きく頭をふり、
「そのように貴女が探偵気どりでいちゃいかんです。あとのことは僕がうまくやるから、貴女はなにも愕かないで筋書どおりやってください。どこまでも、うぶな娘さんのつもりでいてください」
「そして低脳ぶりを発揮しろとおっしゃるんでしょう」そういって風間光枝は、横眼をつかって、さも憎らしげに帆村をじろりと見た。
破壊作業
その日の夕方、風間光枝はすっかり仕度をととのえ、口入屋の番頭に化けた帆村に伴われて、問題のお屋敷の裏門をくぐった。
裏門から裏玄関へ。裏玄関といっても、なかなか堂々たるもので、家賃百円を出してもこれくらいの玄関はついていまいと思われる大した構えだ。
「ああ大木屋か。たいへん遅いもんだから、もう他へ頼んじまった。用はないから、帰れ、帰れ」この家の主人公にちがいない五十を二つ三つも越えた肥満漢が、白い麻のゆかたを着て、裏玄関までのこのこ出て来た。よほど暑がり屋と見える。
「へえ、どうも相済みませんでございました。じつはこちらさまにきっとお気に入ること大うけあいという上玉がありましたもんで、それを迎えに行っておりましたような次第で──ところがこれが埼玉の在でございまして、たいへん手間どれました。ここに控えておりますのが、その一件でございまして、在には珍らしい近代的感覚をもちました娘でげして……」
「こら、大木屋。こんどだけは特に大目に見てやるが、この次から容赦せんぞ。この次は絶対出入差止めだ。特にこんどだけは──おい、なにをぐずぐずしとる。早くその──ええソノ阿魔っ児を上へあげろちゅうに」
旦那様は、たいへんな騒ぎ方であった。
帆村は、わざとなんにもこの旦那様について説明をしなかったが、玄関の段でもって、この旦那様のこれまでの半生がはっきり分ったような気がした。なにかぼろい大仕事をして成上った人物で、教育なんぞはないくせに、尖端的文化の乱食者であることが、絵に描いてあるように、光枝にははっきり見えるのだった。
そこで光枝は、早速その夜から、旦那様づきの小間使として、まめまめしく仕えることとなった。
「ふふふん」ときおり光枝のうしろで、そういう咳ばらいとも呻り声ともつかないものが聞えた。そのようなとき、光枝がふりかえってみると、必ずそこに旦那様のきらきらした眼があって、とたんに旦那様は犬にとびこまれた鶏のようにばたばたと狼狽なされるのであった。
旦那様は、非常に無口の方であった。但しこれはあたらしい小間使の光枝に対してだけの話で、その他のお手伝いさんや使用人は、方言まじりの言葉で、こっぴどく叱りつけられていた。
その夜のうちに、光枝は廊下のうえにコーヒー茶碗をおとして、がちゃんと割った。それが開業式だった。早速その夜のうちにこの仕事を始めておかなければ、その次の日になってやりだすには、ちとやりにくいだろうと思い、ともかくも一発だけはその夜のうちにやっておくことに決心したからであった。
がちゃんと、たいへんな音がして、コーヒー茶碗の皿がたくさんの小片に分れて、あたりに飛びちった。茶碗の方は、小憎らしくも、把手が折れたばかりだった。
「な、な、な、なにをしおった?」と、居間から旦那様の叫喚! つづいて廊下をずしんずしんと旦那様の巨躯がこっちへ転がってくる気配がした。反対の方からは、雇人の一隊が、それというので駆けつける。これは茶碗が破れた音に愕いたというよりも、旦那様の怒声に対応して駆けつけたのであった。
「うううう、なんだギンヤがやったのか」
ギンヤ──というのは、銀やと書くべきか銀弥と書くべきか、よくわからないが、ともかくもこれがこの邸における風間光枝の源氏名であった。──旦那様は、呶鳴りつけるつもりだったらしいが、新任の楚々たるモダン小間使のやったことと分ると、くるしそうにえへんえへんと咳ばらいをして、早々奥へひきあげていった。その代り、他の雇人隊が、口を揃えて光枝の不始末を叱りつけ、があがあぶつぶつはいつ果つとも見えなかった。するとまた、奥の方からずしんずしんどんどんと、旦那様の豪快なる跫音が近づき、
「こりゃ、いつまでも騒々しいじゃないか。壊れたものはしようがない。早く片づけて、しずかにしろ。このバルシャガルどもめ!」なにがバルシャガルどもめか、なにしろこの旦那様のいう言葉の中には、時として訳の分らない言葉がとびだす。
とにかく、ギンヤこと風間光枝の什器破壊業の店開きは、こうして行われた。
そのとき光枝が感じたことは、物を壊すことは、案外気持のいいことである。もちろん物資愛護の叫ばれる現下の国策に背馳する行為ではあったが、しかし光枝の場合は、壊すための理由があった。つまりそれは、帆村探偵から頼まれて、なにかの事件解決のためやっていることゆえ、国策に背馳するものだとはいえない安心があった。すなわち、がちゃーんの音を聞く瞬間、光枝の胸の中に鬱積した不満感といったようなものが、一時的ではあったが、たちまち雲散霧消してしまうのを感じたことであった。
だが、なにゆえに、什器破壊作業をやらなければならないか、その理由の本体については光枝は何にも知らなかったし、なんにも思い当ることがなかった。
犠牲の大花瓶
小間使ギンヤの什器破壊作業は、その第二日にいたって、俄然猖獗を極めた。まず起きぬけに、電灯の笠をがちゃーんとやったのを手始めに、勝手元ではうがいのコップを割り、それから旦那様の部屋にいって灰皿を卓子のうえから取り落し(たことにして実は指先でちょいとついたのだった)、たちまち旦那様をベッドの上から下へ顛落させたのだった。
「わーあ、な、な、なにごとじゃ」
「どうもすみませんでございます」
「おお、ギンヤか。なに、灰皿を壊した。朝っぱら大きな音をたてちゃ困るね。わしはこの節、心臓がすこし弱っとるんで、物を壊してもなるべくしずかにやってくれ」そういって、旦那様はまたベッドにもぐりこんでしまった。光枝が見ると、旦那様は、壁の方に向き伏して、その大きな肉塊が、早いピッチでうごめいているのを認めた。
「あんた、なんか業病があるんじゃない。だって指先に一向力がはいらないじゃないの」責任者のお紋というのに、光枝はたっぷり皮肉をいわれた。
「病気なんてありませんけれど、あたし、そそっかしいのですわ。これから気をつけます」
「そそっかしいのも、病気の一つだよ。子供じゃあるまいし、十六七にもなって──ちょいとお前さん、年齢はいくつだっけね、わたしゃ洋装の女の子の年齢がさっぱり分らなくってね」
「あら、いやですわ。あたし、もっと上ですわ」
「じゃあ十八てえとこ?」
「ほほほほ、ほんとはもう一つ上の十九ですけれど」と、光枝は嘘をついた。
「へえー、お前さん、十九かい。まああきれたわね。わたしゃ十六七とばかり思っていたよ。じゃあもう色気もたっぷりあって──旦那様もなかなか作戦がしっかりしていらっしゃるわね。へえ、そうかい、十九とは……」お紋は、ひとりで感心していた。
「あのう、うちの旦那様の御商売は、なんでいらっしゃいますの」
「ああら、あんたそれを知らないで来たの」
「ええ」
「ずいぶん呑気な娘ね。知らなきゃ、いってきかせるが、うちの旦那様はやまを持っていらっしゃるのよ」
「え、やま? 鉱山のことですの」
「そうそうその鉱山よ。金銀銅鉄鉛石炭、なんでも出るんですって。これは内緒だけれどね、うちの旦那様は、お若いときダイナマイトと鶴嘴とをもって、日本中の山という山を、あっちへいったりこっちへきたり、真黒になって働いておいでなすったんですとさ。つまり、鉱夫をなすっていらっしゃったのよ。そんなこと、わたしが話したといっちゃいやーよ。わたしゃお前さんが好きだからおしえてあげたんだがね」お紋は、ふふふふと鼻のうえに皺をよせて気味のわるい笑い方をした。
(鉱山成金だったのか?)帆村探偵ときたら、仕事を自分に頼んでおきながら、これから働かせる家の主人公がなにを商売にしているかも教えなかったんだ。お紋がこれだけ喋れば、もういい。帆村探偵なんか、間抜けの標本みたいなもんだと、光枝はひそかに鼻を高くしたことだった。
だが一体、鉱山業のこの家の主人公と、そして帆村が苦心しつつある探偵事件と、どういう事柄によって繋がっているのであろうか。それについて光枝はすこしの手懸りも持ち合わせていなかったが、彼女も女探偵のことであるから、この興味ある事実をそのうちにきっと探し当ててみせるぞと、心の中で宣言したことだった。
こうなれば、早い方がよかろうと思って、光枝は帆村から頼まれた大花瓶を、その日の午後、見事にがちゃーんと壊してしまった。なにしろ旦那様の居間は、床が煉瓦で敷いてあったから、下におとせば必ず失敗の虞れなく完全に壊れてしまうのだった。もっともその煉瓦のうえには、立派な絨緞が敷いてあったが、それは小さくて、本棚の下は煉瓦だけがむき出しになっていた。
「あれえ──」光枝は、大花瓶を手から離すときに、もっともらしい声をかけておいた。それから手を離したのであるが、なにしろ大きな花瓶のことであったから、かなり派手な音がして破片はあたりに飛び散り、その一つが彼女の脚に当った。とたんにびりびりと灼きつくような痛味である。
「あっ、怪我をした!」チョコレート色の絹の靴下は、見るも無慙に斜に斬れ、その下からあらわに出た白い脛から、すーっと鮮血が流れだした。
(あ、困った)そのとき、厠の扉が、はげしく鳴りひびき、中から旦那様が、茹蛸のような頭をふりたてて出てきた。
「なんじゃ、なんじゃ。やっ、またギンヤか。なにを壊した。えっ、その棚のうえにあった大花瓶か。うーむ、それは……」とたんに旦那様の顔から血がさっと引いた。
「ううむ。──」と、旦那様は急にそわそわして、壊れた花瓶には目もくれず室内をぐるっと見まわした──が、そこで胸を拳でとんとん叩きながら、
「ああ、おどろいた」と呻くようにいった。
そこへ責任者のお紋をはじめ、お手伝いさんの一隊がばらばらと駆けつけた。
「あらまあ、またオギンさんが壊したの。きょうはこれで七つ目よ」
光枝は光枝で、傷口をおさえて、その場に坐りこみ、
「あいたたた」と叫ぶ。旦那様は、光枝の負傷にやっと気がついた。
「おう、えらい怪我をやったな。そりゃ早く手当をせんといかん。ほら、この莨をもんで傷口につけろ。このハンカチでおさえて、そして医者を呼べ」
「あらまあ、オギンさん、怪我をしたの。天罰覿面よ」
「こら、なにをいっとるか。早くハンカチで結えてやれ、それからこの壊れ物を早く片づけて──」と、旦那様はいったが、どうしたわけか急にまた周章てて、
「おい、皆、早く向うへいけ。片づけるのはあとでいいから、早く向うへいけ」
「はい、はい」といいながら、お紋は光枝の怪我した脚にハンカチを結きつけようとしているのを見て、旦那様はさらに大きな声で、
「こら、ここで結えなくともいい。ギンヤを早く向うへ担いでいけ。こら、早くせんか」
旦那様が目に入れても痛くない筈のギンヤまで、矢庭に退場を命ぜられるとは、このとき旦那様の胸に往来するよほどの不安があったものらしい。その不安とは?
中間報告
光枝は、かねて帆村との約束で、大花瓶破壊事件の騒ぎが一通りかたづくと、その足でハガキを出しに屋敷を出た。彼女がポストに近づいたとき、ポストの向うから、
「やあ、だいぶん涼しくなりましたねえ」と声をかけたものがある。もちろんそれは帆村荘六だった。光技は、どぎまぎして、
「あら、まあ先生」と叫んだ。
「さあ早いところ伺いましょう。もう大花瓶を壊したんですか」
「あら、早すぎたかしら」
「そんなことはありません。大いに結構です。ところで貴女は探偵だから分るでしょうが、あの大花瓶を壊されてから主人公は、なにか室内の什器の配置をかえたということはありませんか」
「あーら、先生は都合のいいときばかり、あたくしを探偵扱いなさるのですね。そんな勝手なことってありませんわ」と、やりかえしたが、心の中ではいよいよ事件の核心にふれてきたんだわと光枝はひそかに胸をどきどきさせた。
「そんなことはどうでもいい。あとで皆一つに固め貴女の抗議をうけることにしましょう。──で、いまの返事は、どうなんですか。まさか貴女は、それについてなんにも気がつかないというわけではありますまい」帆村は、日頃の彼にも似合わず、妙に焦り気味になっていた。
「そうですわねえ」と光枝はわざと間のびのした返事をして、帆村がじれるのを楽しみながら、「旦那様のお居間の什器で、位置の変ったものといえば──」
「なんです、その位置の変ったものは?」
「木彫の日光の陽明門の額が、心持ち曲っていただけです」
「ふむ、やっぱりそうか。その外に変ったものがもう一つあるでしょう」
「いいえ、他にはなんにもありませんわ」
「いや、そんなことはない。きっと有る筈ですよ。それとも貴女の鈍い探偵眼には映らないのかもしれない」
「まあ、──」と光枝は、むかむかとしたが、
「なんとでもおっしゃい。ですけれど、他にはなんにも変ったものはありませんのよ」
「そんな筈はないんだ。そこが一番大切なところなんだが──ちぇっ、仕方がない」と帆村は無念そうに唇を噛んで、「とにかく壊れた什器は、至急補充します。それから大花瓶は、ちゃんと元のところに置くようにしてくださいね」
「だって大花瓶は、きょう壊してしまったんじゃありませんか」
「だから、至急あとの品を補充するといっているじゃありませんか」
「ああ、また新しい花瓶がくるのですか」
「貴女も案外噂ほどじゃないなあ」
光枝は、それが聞えないふりをして、
「そして先生が持っていらっしゃるの」
「そんなことは、貴女が心配しなくてもいいです」
「先生、それから……」
「頼んだことだけはやってください。もっと気をつけているんですよ。失敬」帆村は、はなはだ不機嫌で、ろくに光枝の言葉を聞こうともせず、向うへいってしまった。
光枝は、妙にさびしい気持をいだいて、お屋敷へかえった。そのさびしい気持は、やがて一種の劣等感と変った。
(果して自分は、帆村のいったように探偵眼が鈍くて、当然旦那様の居間に起っているはずの什器の位置変化に気がつかないのだろうか)
光枝は、旦那様の居間へはいっていった。旦那様は、そこにいらっしゃらなかった。どこにいかれたのであろうか。来客かもしれない。機会は今だと思った彼女は、あたりを見まわして、誰もいないことを確かめると、つと木彫の日光陽明門の額の前に近よった。そもそも、この額一枚が、あの大花瓶の破壊以後に位置の変化をやった唯一の品物なのである。この額に、なにか重大なる意味がひそんでいるのだ。それは一体なんであろうか。
伸びあがって光枝が見ていると、その額はずいぶん大した彫物細工であった。額の奥から、一番前に出ている陽明門の廂まで、奥行が二寸あまりもあって、極めて繊細な彫がなされてあった。これはよくある一枚彫なのであろうが、このように精巧緻密なものにはじめてお目にかかった。
だが、彫を感心しているばかりでは仕方がない。なにかこの額に関して秘密があるのである。それはなんの秘密であろうか。
「ああ、もしかすると……」そのとき光枝の頭に閃いたのは、この部厚い一枚彫の陽明門が、じつは一枚彫ではなくて、陽明門のあたりだけが、ぽっくり嵌めこみになっているのではあるまいか。そしてそれを外すと、この額が実は一つの箱になっている。つまり秘密の隠し箱である。
「きっと、そうかもしれないわ」光枝はそれをたしかめるために、つと手を額の方に伸ばした。そのとたんであった。彼女の背後にえへんと大きな咳払いが聞えた。
(失敗った!)と思ったが、もう遅い。あの咳払いは、旦那様だ。
意外なる収穫
「ギンヤ、そこでなにをしているのじゃ」
「はい。この額がすこし曲って居りますので」
「なに、曲っていたか。はっはっはっ、曲っていてもいい。そのままにしておけ」
「でも、すぐでございますから」
「いや、手をふれることならん。すこしの曲りを直すつもりで、とたんに下に落されて、額がめちゃめちゃに壊れてしまっては大損じゃからな。わしはもういい加減懲りとるでな」
「どうもすみません」
「なあに、謝まらんでもいい、壊されるのには懲りていながら、あんたに居てもらうというは、そこにソノ……」といっているとき、廊下の向うから、呼ぶ声がしたので、光枝は毒蛇の顎をのがれる心地して、旦那様の前を退った。
それから暫くして、光枝は、菊の花を一杯生けこんだ大花瓶をもって現れた。そしてそれを本棚の上にそっと置いた。そして電気をつけた。
旦那様は、安楽椅子に寄懸って、もう居睡をしてござった。だがそれは狸寝入らしく、ときどき瞼がぴくぴくと慄えて、薄眼があく。もちろん旦那様の視線は、光枝の着物のうえから身体をつきさしている。
「旦那様、御入浴をどうぞ」
「いや、きょうはわしは、はいらんぞ」
眠っている筈の旦那様が、はっきり返事をした。あの入浴好きの旦那様が、いつになくはいらないとおっしゃる。
光枝は、ははあと思った。
(ああそうだったのか。帆村先生が、もう一ヶ所、位置の変ったものがある筈だとおっしゃったのは、この意味だったか)
──というのは、外でもない。たしかに、或る一つの重要物件が、あの陽明門の額から取出されたのだ。そしてこの居間の、他のいずれかの場所に移されたのだ。帆村はその移された場所を光枝に質問したのだ。ところが光枝は、知らないと答えたので、帆村が悲観したのであるが、まさかその重要物件が、陽明門の額から出て、旦那様の懐中に移されたとは、さすがの帆村も気がつかなかったのであろう。しかるに光枝は一歩お先に、そのことに気がついた。
まだ帆村探偵の知らない事実を、風間女探偵は知っているのだ。彼女はちょっと得意であった。
だが、その重要物件というのがなんであるか、光枝には分っていなかった。帆村は大体知っているのであろう。知っていればこそ光枝などをこんなところへ住込ませて、大袈裟な捜査陣を張っているのだ。
(いいわ、こっちで先生よりもお先へ、その重要物件を失敬してしまおう)。そう決心した光枝は、その夜更けて、朋輩の寝息を窺い、ひそかに旦那様のベッドに近づこうとした。だがそれは失敗だった。ベッドの置かれてある主人公の居間は、錠がちゃんと下りていて、明ける術がなかった。
その翌朝のこと、光枝は旦那様の居間へはいっていった。旦那様は、起きて莨を喫っていた。彼女は挨拶をして、朝刊新聞をベッドのところへ持っていった。
旦那様は、きょうは不機嫌と見えて、常に似ず一言も冗談さえいわない。そして蒼い顔をして、眼が血走っていた。その間にも光枝は、この室内を一応隅から隅までぐるっと見廻すことを忘れなかった。
(あっ、あそこだわ!)炯眼なる彼女の小さな眼に映じた一つの異変! それは高い天井の隅にある空気抜きの網格子が、ほんのちょっと曲っていたことである。それに気がついて、大理石の洗面器の傍にかかっているタオルを見ると、これが真黒になってよごれていた。
(たしかにそうだわ。例の重要物件は、旦那様の懐中を出て、あの空気抜きの網格子をあげて、天井裏に隠されたのにちがいない!)
光枝の胸は、またどきどきしてきた。じつに大発見である。
光枝は、じっとしていられない気持になって、ハガキを握ると、ポストのところへいってみた。まさかこの早朝から、そこに帆村が来ているとは思わなかったけれど、家にじっとしていることには耐えられなかったのだ。
「やあ、とうとう突留めたかね」ポストのかげから、帆村がぬっと顔を出して、いきなりそういったものだから、光枝はびっくりした。
光枝の報告は、帆村を躍りあがって悦ばせた。そして二人は、連立ってお屋敷の方へ引返した。その途中、帆村が早口にいった話によると、
「もう隠す必要はないだろうが、あの大将は、じつはもう一人の仲間と協力して探しあてた或る重要資材の鉱脈のことを、内緒にしているんだ。その仲間というのは、山の中で縊死自殺の形で白骨になっているのを発見されたが、遺書もなんにもない。ただその生前一枚のハガキが、その遺族の許に送られていたが、それによると、あの大将と最近大発見をしたから、やがて大金持になって、これまでお前たちにかけた苦労を一ぺんで取返すということが書いてあった。だが、何を発見し、どこで発見したのか、それについては一言も触れてなかった。そこで仕方なく、あの大将の身辺から秘密を探しだす必要が生じたのだ。何を発見し、それをどこから発見したか。これからいって、のっぴきならぬ証拠をつきつけて、あの大将の口から聞くんだ。さあ、君はさきへ帰りたまえ。僕は表門から案内を乞うから」と、帆村ははじめて事件の内容を語ったのだった。
光枝がお屋敷へ戻ってみると、ただならぬ様子である。なにごとが起ったのか。
「いや、お前さん。たいへんなんだよ。旦那様のお居間で、大きな音がしたんだけれど、皆で入っていこうとしても、扉に錠がかかっていて明かないんだよ。窓にもカーテンが下りていて、中は見えないしさ、困っちまうね。それに中には旦那様がいらっしゃる筈なのが、しーんとしているんだよ。気味がわるいじゃないかねえ」
お紋はぶるぶる慄えていた。でも、男たちが窓を外から破って、室内へはいった。
「おい、たいへんだ。旦那様が縡切れておいでだ」扉を内側から開けて、下男たちがいった。
旦那様は、たしかに居間の絨緞のうえに大の字にのびて死んでいた。
その傍には、小卓子や椅子などが倒れており、大きな桐の箱なども転がっている。
そのとき室内へ組立て梯子を担ぎこんできたものがあったが、それは別人ならぬ帆村だった。彼はするすると身軽にそのうえにのぼって、天井裏の網格子を外して、そこから小袋をとりだした。
「うむ、これだ」
小袋の口を明けて逆にしてみると、黄色っぽい鼠がかった鉱石が転がり出た。
「ふん、これは水鉛鉱だ。珍らしくなかなか良質のものだ。光枝さん、大手柄だぞ」
さてここに隠されていた鉱石は現れたが、その鉱脈の所在を書いた地図も書類も、ついに見当らなかったので、光枝はがっかりした。だが帆村は、光枝の耳にそっと口をよせて、
「まだ悲観するのは早い。もう一つ、取って置きのタネがあるんだ」
「まあ、それはほんとですの。そのタネは、なあに」
「それはあの新しい大花瓶の中にあるんだ」
「えっ」
「つまりあの大花瓶の中に、君をいつか愕かせた録音の集音器が入っているんだ。昨夜一晩、あの集音器はこの居間にいて、主人公の寝言を喰べていたんだ。僕はその寝言の録音に期待をもっているんだよ」
「まあ、そんなことをなすったの」
光枝の愕きはのちに帆村が大花瓶の中に仕掛けた録音線から、主人公の寝言を摘出したときに絶頂に達した。例の不正な鉱脈の秘密が知られるかと気がかりの主人公は、ついに寝言のうちに、いくたびかその鉱山の位置を喋っていたのであった。ここに事件は解決した。
光枝は、この事件で立役者ではなかったけれど、科学探偵帆村の活躍ぶりに刺戟されて、元のように朗かな気分の女性に返った。
底本:「海野十三全集 第7巻 地球要塞」三一書房
1990(平成2)年4月30日第1版第1刷発行
初出:「大洋」
1939(昭和14)年9月号
※底本は表題に「什器破壊業事件」とルビを付しています。
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:tatsuki
校正:土屋隆
2007年7月24日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。