身についた可能の発見
宮本百合子
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今年はどんな一年として私たちに経験されてゆくだろう。
世界の動き、日本の動きは微妙複雑な程度を増しこそすれ、決して単調平坦な明け暮れがあろうとは思われない。婦人の生活も、世界的な波動の中で更にそれぞれの国の特別な事情に左右されながら、多くの経験を重ねて行くことだろう。女のおかれている条件もひととおりのものではないのである。
この頃、歴史について読書人の関心が目ざまされて来ている。漠然と現代の社会事情が維新時分の世相のありようと引きくらべられたりもしている。
けれども、果して歴史はくりかえすものであろうか。
歴史の上に、一つの国が全く同じ条件で同じ現象をくりかえすというようなことが現実にあるものだろうか。
私たちの祖母の代が女として過した一生の絵図を、きょうの若い女性の日々にくりかえされていると私たちは思っているだろうか。私たちの一生は祖母の代とは非常にちがう内容が過されるであろうし、或は母とも姉たちとも生活感情で深く違ったところをもって暮されて行くのが実際だろうと思う。
そして、種々様々な時代としての相異があるにしろ、やはり私たちの一生は自分にとって唯一度しかないものだということに、烈しい愛着を感じ、かくされている可能を信じようとする心は変りあるまい。
世界の歴史が激動し、国々の歴史が波瀾を重ねる間にも、私たちが歴史のために役立とうとすれば、窮極は自分という一個の女性を、最大の可能でそれぞれの道と部面とにおいて人及び女として成長させ、能力を発揮して行くことにほかならないということは意味ふかいことだと思う。
去年は世の中にいろいろと大きい動きがあって、若い生活力に溢れた女性たちは、何かどこからか新しい潮がさし入って来たように感じ、眼を瞠って動きにそなえたけれど、その動きが具体的にどうあっていいものなのかは、はっきり見定められなかったような状況だったと思う。
自分として改まって、さて何をどうしてよいか、ということで却ってわからなくなった気持もあって、それは決して若い女性たちだけの問題に止らなかった。女性の先輩たちの動きにその混迷が見られたし、文学、美術、科学の面でもそれぞれの形で同様のことがあった。
今年は、世相としては一層いりくんだ現象が見られるようになるであろうが、それが予想されるからこそ猶私たちは、自分の生活を内と外とから見て、自分に本当に身についた可能を発見して成長してゆくように骨折らなければならないのだと思われる。集団的な生活への関心もおこっているけれども、その一人一人がちゃんと自分と団体のすることとを見きわめての動きでなければ、結局は一つの流行に流されたということにもなる。流行に押しながされる女の姿は、パーマネントばかりにはなく、制服好きとなっても現れるのである。
当途のない気持をまぎらしに人のよっているところへひきよせられてゆく。その心理が映画館や喫茶店から○○会へ場所を変えたというだけであったら、格別の意味はないというしかないと思う。自分の判断やもののみかたの定らないひとほど他人の意見に追随するもので、女が英雄崇拝であると云われる原因も、そういうところにある。ひところはそれを理由として女性に冷静な判断力が乏しいから政治に関係する選挙権などは与えられないと云われたことがあった。
私たちは総力と云われているものの一部として自分たちを考えたとき、そういう云いかたのなかへむこうから引くるめて表現されるばかりでなく、真に生活的な力として自分をも成長させてゆく社会的な力として、女である自分たちが如何なる可能をもっているかということを真面目に考えてみることも無駄ではないと思う。具体的な何かの技術、何かの専門、また家庭の処理の方法にしてもそこに何かの工夫をもち計画をもっているということの確信、それがほしいことだと思う。
歴史の激しくうつりかわる時期には、標語めいたものはどんどんうつり変り、表面からそれを追えばそこには矛盾も撞着も生じる。時代の風波はいかようであろうとも、私たちが女として人間として、よく生きぬかなければならない自身への責任はどこへ托しようもない自身の責任なのである。歴史の幅は非常にひろいものである。私たちはそのことをよく知らなければならない。立役者だけで演じられる芝居というものはない。そのことも私たちはよく知っていなければならないことであると思う。
底本:「宮本百合子全集 第十四巻」新日本出版社
1979(昭和54)年7月20日初版発行
1986(昭和61)年3月20日第5刷発行
底本の親本:「宮本百合子全集 第九巻」河出書房
1952(昭和27)年8月発行
初出:「婦人画報」
1941(昭和16)年1月号
入力:柴田卓治
校正:米田進
2003年5月26日作成
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