若い世代の実際性
宮本百合子
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男にとっても女にとっても結婚がむずかしい時代になって来ている。一般的にいえばこれはきのうきょうの現象ではなくて、この十年ぐらいの間にだんだんたかまって来ていることなのだが、この頃の事情には戦争を中心として複雑な困難性が加って来ている。そしてその新たな困難さの性質は、経済上の面では男にも重くかかっているが、対手の選択という点で女の方がはるかに深刻な困難に面していると思われる。そこには、常識で女の婚期と考えられている期間が割合短い制限を持っていることもあるし、数の上で男の少くなって来ている今日の現実にもかかわっている。
そういう今日の若い男女が自分たちのこととしての結婚についてどんな心持ちや考えを抱いているのだろうか。
この間ある婦人雑誌をみていたら、現代の青年はどんな若い婦人を妻に望むかということで集めた回答がのせられていて、目をひいた。
第一に健康で心の明るい婦人をというような共通性のほかに、数年前はインテリ型の婦人が求められていたようですが、今日は家庭的な婦人が求められるようになって来ていると思います、という答えがあって、何となし奥行きのある暗示を感じた。答えているのは専門学校出の青年であった。
この答えは何心なく書かれていて、しかも本人が自覚していない社会感情の今日の現実を示していると思った。数年前に求められていたインテリ型というのはどういう実際の内容が意味されているのかはっきりしないけれども、だいたいは読書を愛したり、音楽や映画にも趣味をもったり、いろいろ人生ということについて良人とも語り合いたい心をもった若い女のことというほどのことであろう。それに対して、昨今は家庭的な婦人が妻として求められているといえば、文学のことだの人生のことだのということはどうでもいいから、先ずスフの洗濯が上手で南京米をうまく炊いて、やりくりをともかく良人に苦労かけずにやってくれる妻、物価高の生活に耐えてくれる妻、そういう妻を求めている傾向だというわけであろう。
この希望には、確に今日の現実の根拠がある。生活に眼を開いている青年ならば、つまらない都会性やモダン性が、日本の経済の実情でどんな根のない廃頽に咲いているかを感じるのは当然と思う。それよりは、家庭にしっかり足をおいてゆける婦人をと望むのは自然であり健全でもある。
しかしながら、その青年がひどく簡単に女のインテリ型と家庭的という二つをわけてしまって自分も安心している心理の、現代的なありようはどういうことであろうか。家庭的な女を妻に求めている現代の青年として自分のそのような心をちっとも自分では見ていないで対手だけを見ての要求としていっている、その気持のきめの荒さに、今日の社会や文化のきめの荒さがいかにもまざまざと反映しているように思われる。いうところのインテリ型というものと家庭的というものと、その二つの要素が女にとって別々のものではないではないかという程度の凝視もこの青年は試みていない。自分の外で移り変ってゆく風俗をでも語るように語っていて、自分の望みは理想なのか実際の便法なのか、その区分の自覚もされていない。要求そのものとしてはいかにもはっきりとしていて、しかもその要求をめぐってゆく心は何となし厚皮していて怠惰だという現代の低い心理を、青年のために悲しむのは私が作家だからばかりではないと思う。
若い女のひとが結婚の相手として、先ず経済上の安定をもち出して、共稼ぎをしてやって行こうというよりは、この物価の高いとき五十円六十円では赤坊も育てては行かれないと、妙につよく主張する心持の底にも、その程度までは目があいて来てしかもそれから先のことは見えずに止って、情をこわくしている女の今日の低さがある。
さっきの青年が家庭的な若い婦人を、という場合、月給袋の重さで笑顔のちがうような心理の今日の若い女も、自分を候補としておしすすめて来るのは明らかだ。家庭的ということも、ある種の女の心理の底では、男を働き蜂のように見る冷酷さに至っていることを、さっきの青年は知っているだろうか。そして、現代の目先の不安に追われている若い女の心のなかで家庭というものがますます愛の表現としてよりは、日常の安定の台として見られる傾向をつよめていることも見のがせない。家庭というものの本質の崩壊が案外こういう底流によって導かれる。若い世代は結婚への自分の理想を持ちなおすように鼓舞されなければならないと思う。
底本:「宮本百合子全集 第十四巻」新日本出版社
1979(昭和54)年7月20日初版発行
1986(昭和61)年3月20日第5刷発行
底本の親本:「宮本百合子全集 第九巻」河出書房
1952(昭和27)年8月発行
初出:「日本学芸新聞」
1940(昭和15)年5月25日号
入力:柴田卓治
校正:米田進
2003年5月26日作成
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