骸骨の黒穂
夢野久作



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 まだ警察の仕事の大ザッパな、明治二十年頃のこと……。

 人気にんきの荒い炭坑都市、筑前ちくぜん直方のうがたの警察署内で起った奇妙な殺人事件の話……。

 煤煙に蔽われた直方の南の町外れに、一軒の居酒屋が在った。周囲は毎年、遠賀おんが川の浸水区域になる田圃たんぼと、野菜畑の中を、南の方飯塚に通ずる低い堤防じみた街道の傍にポツンと立った藁葺小舎わらぶきごやで、型の如く汚れた縄暖簾なわのれん、軒先の杉葉玉と「一パイ」と染抜いた浅黄木綿もめんの小旗が、町を出外れるとぐに、遠くから見えた。

 中に這入はいると居間兼台所と土間と二室ふたましかない。その暗い三坪ばかりの土間に垢光りする木机と腰掛が並んで右側には酒樽桝棚、左の壁の上に釣った棚に煮肴にざかな蒲鉾かまぼこ、するめ、うでだこの類が並んで、あがかまちに型ばかりの帳場格子がある。その横の真黒くすすけた柱へ「掛売かけうり一切いっさい御断おことわり」と書いた半切はんぎりが貼って在るが、煤けていて眼に付かない。

 主人は藤六とうろくといった六十がらみの独身者の老爺おやじで、相当無頼なぐれたらしい。いれずみを背負っていた。色白のデップリと肥った禿頭はげあたまで、この辺の人間の扱い方を知っていたのであろう。坑夫、行商人、界隈の百姓なぞが飲みに来るので、一パイ屋の藤六藤六といって人気がよかった。巡査が茶を飲みに立寄ったりすると、取っときの上酒をソッと茶碗にいだり、顔の通った人事係おやかたが通ると、追いかけて呼び込んで、手造りの濁酒のをしてもらったりした。

 この藤六老爺おやじには妙な道楽が一つあった。それは乞食を可愛がる事で、どんなにお客の多い時分でも、表口に突立って這入らない人間が在ると、藤六は眼敏めざとく見付けて、眼に立たないように何かしら懐中ふところから出してやって立去らせるのであった。立去るうしろ姿を見ると老人、女、子供は勿論のこと血気盛んな……今で云うルンペン風の男も交っていた。

 お客の居ない時なんぞは、母子おやこ連れの巡礼か何かに、何度も何度も御詠歌を唱わせて、上口あがりぐちに腰をかけたまま聞き惚れているような事がよくあった。そのうちにダンダン感動して来ると、藤六の血色のいい顔が蒼白くしなびて、眉間に深いしわが刻み出されて、やがてガックリと頸低うなだれると、涙らしいものをソッと拭いているような事もあった。そんな場合には巡礼に一升ぐらいの米と、白く光るお金を渡しているのが人々の眼に付いた。

 麦の穂が出る頃になると藤六は、やはり店に人の来ない時分を見計らって、家の周囲の麦畑へ出て、熱心に麦の黒穂くろんぼを摘んでいる事があった。これも藤六老爺おやじの一つの癖といえば云えたかも知れないが、しかし近所の人々は、そうは思わなかった。やはり仏性ほとけしょうの藤六が、閑暇ひまさえあればソンナ善根をしているものと思って誰も怪しむ者なんか居なかった。

 とにもかくにもこの藤六老爺おやじが居るお蔭で、直方には乞食が絶えないという評判であったが、実際、色々な乞食が入代り立代り一パイ屋の門口に立った。「あの乞食酒屋で一パイ」とか「乞食藤六の酒は量りがえ」とか云われる位であった。


 その名物老爺おやじの藤六が昨年……明治十九年の暮の十一日にポックリと死んだ。

 炭団たどんを埋めた小火鉢の蔭に、昨夜喰ったものを吐き散らして、夜具の襟を掴んだまま、敷布団から乗出して冷めたくなっているのが、老爺おやじの心安い巡回の巡査に発見されたので、色々と死因が調べられたが別に怪しい点は一つも無かった。

 ただ一つ、盗まれたものはないかと家中うちじゅうを調べているうちに、押入の隅に祭ってある仏壇らしいものに線香も何も上げてない。その代りに白紙に包んだ麦の黒穂くろんぼの、枯れたのが、幾束も幾束も上げてあるのが皆を不思議がらせた。それからその仏壇の奥の赤い金襴きんらん帷帳とばりを引き開いてみると、茶褐色に古ぼけた人間の頭蓋骨が一個ひとつ出て来たので皆……ワア……と云って後退あとしざりした。しかし、それとても別段に藤六の死因とは関係がありそうに思えなかった。つまるところ、藤六の風変りな信仰であったろう。それとも藤六がどこかで発見した無縁仏の骸骨を例の仏性ほとけしょうで祭ってやっていたものかも知れない。黒穂くろんぼの束も、何の意味もなしに、持って来ただけ始末して仏様に供養していたのかも知れない……といったような話のほかに説明の付けようがなかったので、結局、藤六の死因は何かの中毒だろうという事になって片付いた。

 なおその騒ぎの最中に、帳場の掛硯かけすずり曳出ひきだしからボロボロになって出て来た藤六の戸籍謄本によって、藤六が元来四国の生れという事……それにつれて、藤六は、その近まわりに一人も身よりタヨリの無い男という事がわかったので、葬式は自然近所ともらいといった形になった。すると又それを聞いた直方のうがたの顔役が十円札を一枚投出してくれたので、それを便りに赤の他人が十人ばかり寄合って、今夜は通夜をしようという事になったが、もちろん念仏なんかはホンの型ばかり。仏が売り残した煮物類と酒樽の酒を相手に、いい加減酒の座が騒がしくなった日暮れ方のこと、真黒に日に焼けた行商人ていの若い男が、ノッソリと店先へ這入って来て案内を乞うた。

 その態度が乞食でもなく、酒買いでもないらしいので、上り口に居た若い男が取合ってみると、それは仏のおいと名乗る男で、叔父の藤六が死んだばかりと聞くと、上り框に獅噛しがみ付いて、手も力もなくグシグシと泣出したお蔭で、一座がシンとしてしまった。皆、どう処置していいか、わからなくなったのであった。

 そのうちに誰かが気を利かして警察へ知らせたらしく、暫く経つと巡査が一人来て取調べる事になった。……その様子を聞いてみると、その男の名前は銀次といって今年三十二歳であった。元来四国の者で、仏様……藤六の兄の藤十郎から十七の年に、勘当された放蕩者の一人息子で、中国筋を流れ流れて大阪へ着いた二十五の年に、初めて放蕩の夢から醒めたという。それから人足、手伝い、仲仕の類を稼いで、あらん限りの苦労をした揚句あげく鉋飴かんなあめ売りの商売を覚えて、足高盥あしだかだらいかつぎ荷ぎ故郷へ帰って来たが、帰って来てみると故郷は皆死絶えたり零落してしまったりしてアトカタもない。初めて今までの親不孝が身に沁みてわかった銀次は、そこでタッタ一人の叔父の藤六が、九州の直方で酒屋をやっているという話を風のタヨリに聞いたので、そのまま門司まで便船で来て、やっとここまで辿たどり付いたところで御座います……と云って又泣いた。

 そんな話は皆、藤六の戸籍謄本とピッタリ一致した。殊に日に焼けてこそおれ若い銀次の人相から骨組が、見れば見る程死んだ藤六に似ている事がわかったので、巡査は勿論、通夜の連中もモウ銀次を疑わなかった。それどころでなく、これも仏の引合わせとか何とかいうのでスッカリ感激した一同は、直ぐに銀次を引っぱり上げて施主の席に座らせた。銀次が仏の顔を見て又もサメザメと泣いている間に、皆ヒソヒソと耳打ちし合って、いくらかのお鳥目ちょうもくを出し合って包んだりした。

 それから間もなく、銀次が程近い町の顔役の所へ、お礼の挨拶に行って帰って来ると、通夜の席が又賑やかになった。銀次は明日あすから私がこの店を引継ぐように親分さんへも御挨拶して来ました。どうぞよろしく……というので巡査を上席に据えて盛んに酒を出した。そうして翌る朝になると銀次は、酔い倒れた連中を背負ってソレゾレのうちへ届けたり、人足を雇って仏を焼場へ持って行ったり、なかなかコマメに立働らき初めた。それに連れて「やっぱり親身のもんでないとなあ」とか「仏も仕合わせたい」とか近廻りの者が噂し初めた。


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 不思議な事に、その頃から直方のうがた附近に、眼に立って乞食がえて来た。それがアンマリ殖え過ぎて町の迷惑になる事が夥しいので、警察でも捨ておきかねてい散らし逐い散らししたものであったが、さながらに飯の上の蠅で追っても追っても集まって来た。一方に炭坑が景気付くに連れて殺人殺傷事件がグングン殖えて来たりしたので、警察ではスッカリ持て余してしまったが、しかしその乞食連中の中で町外れの藤六酒屋の軒先に立つ者が滅多に居なくなった事には誰も気が付かなかった。藤六と違って銀次は又、特別の乞食嫌いらしく、いつも邪慳に追払っていたので、そのせいだろう位に皆考えていた。

 銀次はそれからのち、商売にばかり身を入れて一歩もうちを出ないせいか、見る見る色が白くなって、役者のようないい男になって来た。自分では三十二と云っていたが、二十七八ぐらいにしか見えなかった。切れ上っためじりと高い鼻筋が時代めいて、どことなく苦味の利いた細長い顔が、暗い店の中からニッコリして出て来ると、男でもオヤと思う位だったので、大袈裟な意味でなしに直方中の女という女の評判になって来たものであったが、それでも銀次は固い人間と見えて、遊びに行くフリも見せなかった。どこまでもお客様大切、仏様大切といった恰好で、朝から晩まで暗い店の中で、物腰柔らかく立働らいたので、その翌る年の春頃になると、今までの店が狭くなるほど繁昌して来た。煮肴や何かも藤六と同じように朝早く自分で仕入れて来て、自分で料理するのであったが、それが仲々器用で美味うまいという評判であった。

 ところがその春頃になると又不思議な事に、あれ程執念深く直方に集中していた乞食連中がいつの間に、どこへ消えたのか殆んど一人も居なくなっていた。程近い英彦山ひこさん参りや、新四国参りの巡礼以外には探しても見当らなくなってしまった。人々はこうした現象を乞食の赤潮あかしおといって驚いていたし、警察側でもしきりに首をひねっていたが、しかし、こうした奇現象の原因は容易に考えられなかった。


 新暦の桃の節句の晩であった。

 いい月夜であったが店が割合に閑散で、珍らしく客が早く引けたので、銀次はチョット表に出て前後の往来を、月の光りで遠くまで見渡してみた。それからイツモの通りに慌しく表の板戸をおろして小潜こくぐりの掛金をシッカリと掛け、裏の雨戸を閉めて心張棒しんばりぼうを二本入れた。藤六の位牌いはいの前に床をべてすすけたラムプを吹き消そうとすると、トタンに表の戸をトントンとたたく女の声がした。

「すみません。あけて下さい」

 銀次はチョットの、その音を睨み付けて脅えたような顔をした。ラムプの下できっと身構えをしていたが、微かにチョッと舌打ちをすると寝間着の古浴衣のまま面倒臭そうに上り框を降りた。

 イザといえば直ぐにも飛掛りそうな身構えで、低い、狭い潜戸くぐりどを開けてやると、女は直ぐに這入って来た。

 十九か二十歳はたちぐらいの見るからに初々ういういしい銀杏髷いちょうまげの小柄な女であった。所謂いわゆる丸ボチャの愛嬌顔で、派手な紺飛白こんがすりあわせに、花模様の赤前垂まえだれ、素足に赤い鼻緒のげチョケた塗下駄ぬりげたを穿いていた。

 銀次は張合いが抜けたように、その姿を見上げ見下した。

 小女こおんなは美男の銀次に見られて真赤になってしまった。背後に隠していた一升徳利と十円札を銀次の鼻の先に差出しながら、消え入るように云った。

「お酒を一升。一番ええとこを……」

 銀次が無言のまま頭を下げてお金と徳利を受取ると、小女はよろめくように潜戸の端にりかかって頸低うなだれた。

 銀次は新しい酒樽からタップリ一升引いて小女に渡した。それからラムプをグッと大きくして、押入の端の小箪笥の曳出ひきだしから黄木綿きもめんの財布を引っぱり出して、十円のお釣銭つりを出してやった。

「姉さん、どこから来なさったとな」

 と顔をさし寄せて訊いてみたが、小女はチラリと上目づかいに銀次の顔を見たきり、首の処まで真赤になってしまった。無言のまま逃げるように潜戸の外へすべり出てしまった。

 あとをピッタリと閉めて、掛金をガッチリと掛けた銀次は、そのまま町の方へ去る小女の足音が聞こえなくなるまで聞き送っていた。ニンガリと笑い笑いつぶやいた。

「……ヘヘ……とうとう来やがった。可愛相だが悪魔デベル様の犠牲だ。ヘヘ。待っていたぞ畜生……うまく行けあ俺の信心は満点だ。大阪の金持以上の根性になれる。ヘヘ……義理も人情も、神も仏も踏殺して行けるんだ。怖いものなしになれるんだ。ヘヘ。立身出世自由自在だ。ヘヘ。待っていたぞ畜生……」

 そんな独言ひとりごとを云っているうちにタッタ一人で真青に昂奮したらしい銀次は、緊張した態度でセカセカと身支度を初めた。

 最初にへ来た時の通りの手甲脚絆てこうきゃはんに身を固めて、角帯をキリリと締め直すと、押入の前にキチンと坐った。藤六が居た時のままになっている粗末な仏壇の前に坐って、赤い金襴きんらん帷帳とばりの中から覗いている茶褐色の頭蓋骨を仰ぎながら、何かしら訳のわからぬ事をブツブツと唱え初めた。それから自分の頭の毛を両手でゴシゴシと掻きまわして礼拝し、礼拝しては掻きまわして四度ばかり繰り返すうちに、やがて猿のような卑しい冷笑を、顔一面に浮べながらスックリと立上ると、押入の反対側の隅の小箪笥から、もう一度、黄木綿の袋を引出して、かなりのたかの円札や銀銅貨を叮嚀に数えて胴巻に入れた。同じ曳出ひきだしの中に在った鋭いらしい匕首あいくちも中身をあらためてから懐中ふところへ呑んだ。やはり押入の向側から鉋飴売りの足高盥あしだかだらいを取出しかけたが又、押入の中へ投込んだ。

 それから銀次は上り口に飯櫃めしびつを抱え出して、残りの飯と、店に残った皿のもので、湯漬飯ゆづけめしを腹一パイガツガツと掻き込むと、仏が生前に帳場で使っていた木綿縞の古座布団を一つ入口の潜戸の前に投出した。ラムプを吹消して、手探りで草鞋わらじを穿いて、地面じべたへジカに置いた座布団の上にドッカリと坐って、潜り戸にりかかりながら腕を組んで眼を閉じた。

 月の光りを夜明けと間違えたのであろう。どこか遠くでとりの羽ばたきと、時を告げる声が聞こえた。


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 それから一時間ばかり経ったと思う頃、潜戸の外で微かに人の気はいがした。

 シンシンシンシンシンという軽い、小さいのこぎりの音が忍びやかに聞こえて、銀次の襟首へ煙のように細かい鋸屑のこぎりくずが流れ込んだ。最前の小女こおんなが凭りかかっていた処へ横一寸、縦二寸ばかりの四角い穴がポックリと切開かれた。そこから西に傾いた月の光りが白々とさし込んだ。

 銀次は潜り戸からすこし離れて坐ったまま一心にその様子を見ていた。

 やがてその穴から白い小さい手が横になってスウッと這入って来た……と思うと何かに驚いたようにツルリと引込んだ。

 銀次は動かなかった。なおも息を殺して四角い月の光りを凝視していた。

 今一度小さな手がスウッと這入って来て、掛金かけがねの位置を軽く撫でたと思うと又、スルリと引込んだ。

 銀次は依然として動かなかった。

 三度目に白い小さい手がユックリと這入って来て、掛金にシッカリと指をかけた時、銀次は坐ったまま両手を近づけてその手をガッシリと掴んだ。掴んだままソロソロと立上って手の這入って来た穴に口を寄せた。低い力のもった声でユックリとささやいた。

「……オイ……貴様は巡礼のお花じゃろ。……もうこうなったら諦らめろよ」

「……………」

「俺の顔を見知って来たか……」

「……………」

「俺がドレ位の恐ろしい人間かわかったか」

「……………」

「わかったか……阿魔あま……」

「……………」

「……俺の云う事を聞くか……」

「……………」

「聞かねばこのまま突出すがええか……警察は俺の心安い人ばかりだ」

 白い手の力がグッタリと抜けたようであった。

 銀次は片手で女の手首をシッカリと握り締めたまま油断のない腰構えで掛金を外した。黒覆面に黒脚絆、襷掛たすきがけの女の身体からだを潜戸と一所いっしょに店の中へ引張り込んだ。同時に水のように流れ込んで来る月明りに透かして女の全身を撫でまわすと、内懐うちぶところから竹細工用の鋭い刃先の長い、握りの深い切出小刀きりだしを一挺探り出して、渋紙のさやと一所に、土間の隅へカラリと投込んだ。ホッとしたらしく微笑して女の覆面を見下した。

「……俺の名前を知って来たんか」

 覆面が頭を強く振った。シクシクと泣出して、

「……すみまシェン。草鞋銭わらじせんに詰まって……」

 と云ううちに覆面をると、最前の小女の青褪めた顔を現わしながら銀次の胸にバッタリとすがり付いた。シャクリ上げシャクリ上げ云った。

「……貴方あんたを見損なって……」

 銀次は月明りを透かして外を覗きながら何かしら冷やかに笑った。今一度、猿のように白い歯を剥き出した醜い表情をしたと思うと、片手で潜戸を締めて掛金をガッキリと掛けた。落ちていた四角い木片きぎれで潜戸の穴をふさいだ。

 それから一時間ばかりの間、家の中には何の物音もしなかった。そのうちに二十分間ばかりラムプがアカアカといていたようであったが、それもやがて消えてシインとしてしまった。

 月がグングンと西へ傾いた。

 方々でにわとりが啼いて夜が明けて来た。


 突然、家の中からケタタマシイ叫び声が起った。魂消たまげるような女の声で、

「……何すんのかア──イ……」

「………」

「アレッ……堪忍してエ──ッ」

「……………」

「……嘘き嘘吐き。ええこの嘘吐き……エエッ。口惜しい口惜しい口惜しい口惜しい……」

 という叫び声と一所にドタンバタンという組打ちの音が高まったが、それがピッタリと静まると、やがて表の板戸が一枚ガタガタと開いて、頬冠りをした銀次の姿が出て来た。銀次の背中には、細引でグルグル巻にして、黒い覆面で猿轡さるぐつわをはめた小女をかついでいたが、そのまま月の沈んだ薄あかりの道をスタスタと町の方へ急いだ。

 女は銀次の背中でグッタリとなっていた。


       4


 直方署の巡査部長室の床の上に、猿轡を外された小女が、グルグル巻のまま寝かされていた。銀杏髷いちょうまげがグシャグシャになって、横頬を無残に擦剥すりむいていたが、ジッと唇を噛んで、眼を閉じて、横を向いていた。

 その周囲を五六人の警官が物々しく取巻いて、銀次の陳述に耳を傾けていた。

 中央に立った銀次は、すこし得意そうに汗を拭き拭きお辞儀をしては、横の火鉢に掛かっている薬鑵やかん白湯さゆを飲んだ。

「……ヘエ……おめに預るほどの手柄でも御座んせんで……ヘヘ。あんな離れた一軒家で、前の藤六から以来このかた小金こがねの溜まっているような噂が立っているそうで御座いますから、いつも油断しませずに、出入りのお客の態度ようすに眼を付けておりましたお蔭で御座いましょう。ヘエ。……この小女あまっちょが這入って来た時に、この界隈の者でない事は一眼でわかります。第一これ位の縹緻きりょうの娘は直方には居りませんようで……ヘヘ。それから一升買いに十円札をん出す柄じゃ御座んせんで……どう考えましても……ヘエ。それで一層気を付けておりますとこの小女あまっちょえ、潜り戸にもたれかかる振りをしてマン中の桟から掛金までの寸法を二本指で計ってケツカルので……ヘエ。それから私が十円札の釣銭つりを出すところを、うつむいたまま気を付けている模様ですから、私はイヨイヨ今夜来るなと思いました。来たら出来るだけ身軽にしとかんと不可いかんと思いまして、慣れた者の飴売りの身支度をして待っておりますと……ヘエ。ツイ一時間ばかり前の事で御座います。掛金の上の処を切抜きました小女あまっちょが手を入れましたけに、直ぐに引っ掴まえて引っくくり上げて、ここまで担いで参りましたので……ヘエ」

「成る程のう。貴様は気が利いとるのう。素人には惜しい度胸じゃ。アハハハハ……」

「フーム、コンナ常習犯の奴の手口は、アイソ、サグリ、ノリと云うて、三度手を入れてみるものじゃがのう。最初に手を入れた時に捕えようとしても決して捕えられるものじゃないがのう」

 これは銀次と肩を並べている痩せ枯れた胡麻塩鬚ごましおひげの巡査部長の質問であった。しかし銀次は平気で答えた。

「ヘエ。そげな事は一向存じまっせんでしたが、ただこの外道げどうと思うて待ち構えておりますところへ、遣って参りましたので思い切り引っ掴んでしまいましたが……ヘヘヘ……」

「オイオイ……女……それに相違ないか」

 巡査部長が靴の先で小女こおんなの頭をコツコツと蹴った。

 小女はヤット眼を見開いて、冷やかに頭の上を見た。噛んでいた唇を静かにめまわすとハッキリした声で云った。

「……この縄……ほどいてくんさい。白状するけに………」

「……ナニ……縄を解け……?……」

「……アイ………」

「そのままで云うてみい」

「イヤイヤ、このままならイヤぞい。痛うて物が云われんけに……どうぞ……」

 小女は又もシッカリと眼を閉じて唇を噛んだ。訊問に慣れているらしい巡査部長は、くぼんだ眼でマジリマジリと小女の顔色を見ていたが、やがて大きく一つうなずいた。傍の巡査をあごでシャクッた。

「オイ。解いてやれ」

「ハッ」

 若い巡査が二人で女を抱え起して泥だらけの板張の上に横座りさせた。

 これを見た銀次はチョット狼狽したらしかった。巡査達の顔を素早くツラリと見渡したまま固くなっていたが、やがて覚悟をきめたらしく、軽いため息を一つ鼻から洩らすと、縄をく邪魔にならないように、すこし横に立退たちのいた。入口に立っている巡査の背後をスリ抜けて一気に表へ飛出せる位置に立った。古ぼけた博多の角帯の下に、右手の拇指おやゆびを突込んで直ぐに結び目を前へ廻わせる準備をしていたのを誰も気付かなかった。

 キチンと座り直した小娘はそうした銀次の態度をジロジロと横目で見ているようであった。巡査に取捲かれたまま縄を解かれると、すぐにたすきを外して、肩のあたりをシキリにんでいた。それからすそをつくろいながら中腰に立上って、膝を揉んだり押えたりした。そうして又もペッタリと座り込むとびんのホツレを指先で掻上げながら咳払いを一つ二つした。

「……すみません。お湯一パイくんさい。咽喉のどがかわいてかなわぬけに……」

 と頭を下げて、カンカン起った火鉢の上の大薬鑵に手をかけると、思い切って立上りさま天井を眼がけて投上げた。灰神楽はいかぐらがドッと渦巻き起って部屋中が真白になった。思わず飛退とびのいた巡査たちが、気が付いた次の瞬間にはモウ銀次と小女の姿が部長室から消え失せていた。


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 部長室から飛出した銀次は、広間の事務室の卓子テーブルの上に飛上った。手に触れた硯箱すずりばこを追いすがって来る小女めがけてタタキ付けると、書類を蹴散らしながら机の上を一足飛びに玄関へ出た。その腰に獅噛しがみ付いた小女は、いつの間に奪い取ったものか銀次の匕首あいくちを、うしろ抱きにした銀次の肋骨あばらの下へ深く刺し込んだまま、ズルズルと引擦られて行った。

「父サンの仇讐かたき……丹波小僧……思い知ったか……丹波小僧……」

 と叫び続けていた。そうして銀次とからみ合ったまま玄関の石段を真逆様まっさかさまに転がり落ちると、小女は独りでムックリと起き上って、頭から引っかむせられた銀次の着物と帯をはねけた。倒れた椅子をけ避け追いかけて来る警官を振り返って、擦り剥けた顔でニッコリと笑った。

 それから血に染まった匕首と両手を、向家むかいのペンペン草を生やした屋根の上の青空の方向に高く挙げて力一パイ叫んだ。悲痛な甲高い声で、

「……皆の衆……皆の衆すみまっせん。私はお花じゃが……もう私は帰られんけに……帰られんけに……」

 と云ううちに、銀次の身体からだに腰をかけたまま、血染の匕首を両袖で捲いて、白い自分の首筋にズップリと突込んだ。そのまま涙をハラハラと流して、唇からプルプルと血を吐き吐きグッタリとなった。銀次と折重なって倒れようとしたところを走りかかって来た巡査たちに抱き止められた。

「馬鹿ッ……」

「何をスッか……」

「馬鹿ッ……」

 という巡査たちの怒号のうちに、太い血の筋を引いた二つの死骸が、事務室の中へ引っぱり込まれた。

 警察の門前から、玄関先まで間もなく人の黒山になったが、やがて走り出て来た巡査が、群集を追払って、表門と玄関をピッタリと閉め切ってしまった。

 そのうちに玄関の石段と敷石に流れた夥しい血が、小使の手で洗い流されてしまうと皆立去ってしまったが、それでも、

「何じゃったろかい」

「何じゃったろ何じゃったろ」

 と口々に云い交わしながら、近所の人々は皆、表に立っていた。


須崎すさき監獄へ行って取調べてみますと、どうも意外な事ばかりで驚きました」

 出張から帰って来たらしい胡麻塩鬚の巡査部長が、大兵肥満の署長の前に、直立不動の姿勢をって報告をしていた。事件後、四五日目の正午頃の事であった。

「第一、先般、御承知の一パイ屋の藤六老爺おやじが死にました時に仏壇の中から古い人間の頭蓋骨と、麦の黒穂くろんぼが出た事は、御記憶で御座いましょう」

 署長はこの辺の炭坑主が寄附した巨大な、革張りの安楽椅子の中から鷹揚おうようにうなずいて見せた。

「ウムウム。知っとるどころではない。それについてここの小学校の校長が……知っとるじゃろう……あの総髪に天神髯てんじんひげの……」

「存じております。旧藩時代からの蘭学者の家柄とか申しておりましたが」

「ウムウム、中々の物識りという話じゃが、あの男がこの間、避病院の落成式の時にこげな事を話しよった。……人間の舎利甲兵衛しゃりこうべえに麦の黒穂くろんぼを上げて祭るのは悪魔を信心しとる証拠で、ずうと昔から耶蘇やそ教に反対するユダヤ人の中に行われている一つの宗教じゃげな。ユダヤ人ちうのは日本の××のような奴どもで、舎利甲兵衛に黒穂くろんぼを上げておきさえすれば、如何どげな前科があってもれる気遣いは無いという……つまり一種の禁厭まじないじゃのう。その上に金が思う通りに溜まって一生安楽に暮されるという一種の邪宗門で、切支丹きりしたんが日本に這入って来るのと同じ頃に伝わって来て、九州地方の山窩さんかとか、××とか、いうものの中に行われておったという話じゃ」

「ヘエッ。それは初耳で……私が調べて参りました話と符合するところがありますようで……」

「フウム。それは面白いのう。あの藤六が死んで、舎利甲兵衛と黒穂くろんぼの話が評判になりよった時分に、ちょうど避病院の落成式があったでのう。校長の奴、大得意で話しよったものじゃが、何でもこの直方のうがた地方は昔からの山窩の巣窟じゃったそうでのう。東の方は小倉の小笠原、西は筑前の黒田からわれた山窩どもが皆、この荒涼たる遠賀川の流域を眼ざして集まって来て、そこここに部落を作っておったものじゃそうな。藤六はやっぱりその山窩の流れをむ者じゃったに違わんと校長は云いおったがのう。吾輩は元来、山窩という奴を虫が好かんで……悪魔を拝むだけに犬畜生とも人間ともわからぬ事をしおるでのう。ことに藤六は、あの通りの人物じゃったけに真逆まさかに山窩とは思われぬと思うて、格別気にも止めずにおったのじゃがのう」

「ヘエ。そのお話を今少まちっと早よう伺っておりますると面白う御座いましたが……」

「ふうむ。やっぱり藤六はここいらの山窩の一人じゃったんか」

「ハイ。山窩には相違御座いませぬが、ここでは御座いませぬ。元来、高知県の豪農の息子じゃったそうで御座いますが、若気の過ちで人を殺しまして以来、アチコチと逃げまわった揚句あげく石見いわみの山奥へ這入りまして、関西でも有名な山窩の親分になっておりました者だそうで……」

「フウーム。どうしてそこまで探り出した」

「……こんな事が御座います。あの丹波小僧と巡礼お花の死骸を、共同墓地の藤六の墓の前に並べて仮埋葬にしておいたので御座いますが、その埋めました翌る日から、女の死骸を埋めた土盛りの上には色々な花の束が、山のように盛上って、綺麗な水を張った茶碗などが置いてありますのに、銀次の土盛の上は、人間の踏付けた足跡ばかりで、糞や小便が垂れかけてあります。夜中に乞食どもがした事らしう御座いますが……」

「ふうむ。その気持はイクラカわかるのう。山窩とても人情は同じことじゃで……」

「ところがその親の藤六の墓は、ずっと以前から何の花も上がりませぬ代りに、枯れた麦の黒穂くろんぼを上げる者が絶えませぬそうで……どこから持って来るか、わかりませぬが……」

「成る程のう。その理屈もわかるようじゃ。校長の話を聞いてみるとのう」

「私はそのようなお話を存じませぬものですけに、いよいよ不思議に思うておりまするところへ今度の事件で御座います」

「ウムウム」

「この辺の者は麦の黒穂くろんぼの事を外道花げどうばなと申しておりますので、藤六の墓に黒穂くろんぼが上がるのは不思議じゃ。何か悪い事の起る前兆しらせではないか……というこの界隈の者の話をチラと聞いたり致しましたので、イヨイヨ奇怪に存じておりまするところへ一個月ばかり前の事で御座います。有名な窃盗犯で鍋墨なべずみの雁八という……」

「ウムウム。福岡から追込まれて来て新入坑の坑夫に紛れ込んでおったのを、君が発見して引渡したという、あれじゃろ……」

「ハイ。彼奴あいつが須崎の独房で、毎月十一日に腥物なまぐさを喰いよらんチウ事を、小耳に挟んでおりましたけに……十一日は藤六の命日で御座いますけに……」

「成る程……カンがええのう」

「それがで御座います。何をいうにも二人とも死んでおりますために手がかりが一つも御座いませんので困りました。署員の意見を尋ねてみましても、ただこの事件と例の乞食の赤潮との間に、何か関係がありはせぬかという位の、まことにタヨリない意見で、事件の真相の報告書の書きようが御座いませぬ。そこで、ほかに手蔓てづるらしい手蔓は無いと思いましたけに、雲を掴むようなお話では御座いましたが、御留守中独断で福岡へ出張致しまして、只今の鍋墨雁八の口をむしりに参りました訳で御座いましたが、その時に私は思い切って、お花が死にました時の模様を詳しく雁八に話して聞かせますと、それならばと申しまして雁八が、残らず真相どろを吐きました。涙をボロボロ流しておったようで御座いますが……つまり今度、巡礼お花に殺されました丹波小僧と、鍋墨の雁八とは、ズット以前に石見の山奥で、藤六の盃を貰うた兄弟分で御座いましたそうで……しかも雁八が聞いた噂によりますと、丹波小僧というのは藤六の甥どころではない。藤六が天の橋立の酌婦に生ませた実の子らしいという話で……」

「……ううむ。おかしいのう。それでは……何が何やらわからんようになるがのう」

「それがその……それを知っておったのは藤六だけで、本人は知らんじゃった筈と雁八は云うておりましたが……藤六はそんな風にして方々にを生み棄てて来た男だそうで……」

「おかしいのう。それでも……」

「もうすこしお話しがあります」

「話いてみい」

「……ところが、それからのち、藤六はその丹波小僧と雁八を一本立にして手離しましたアト、だんだん年をって仏心が附いたので御座いましょう。今一人居ります娘が、九州で巡礼乞食に化けて、女白浪おんなしらなみを稼いでいるのに会いたさに、自分の縄張を鬼城おにがじょうの親分に譲って、石見の山の中から出て来て、この直方まで来て、落付いておりましたものらしく、集まって来た乞食共の中には、藤六の跡を慕うて来た奴どもが相当居ったものらしう御座います。……と申しますのは、つまり藤六が悪魔様に上げている黒穂くろんぼを頂くと、自分の前科が決してバレぬ。一生安楽に暮される守護符おまもりになる……というので……もっとも雁八はその貰うた黒穂くろんぼ白湯さゆで飲んだと申しましたが……ハハハ……」


       6


 署長は感慨深そうに腕を組んで眼を閉じた。

「成る程のう。それでわかったわい。ツイこの頃までこの筑豊地方に限って、小泥棒こぬすとが一つも居らんじゃった理由わけがわかったわい」

「……ハイ……藤六という奴は余程エライ奴じゃったと見えます」

「そうすると丹波小僧の銀次も、藤六のアトを慕うて来た仲間じゃな」

「いや、違います。丹波小僧は、藤六の処を出て、鍋墨の雁八とも別れてからのち、大阪地方専門の家尻切やじりきりになりましたが、或る処で居直って人を殺したお蔭で、手厳しく追いこくられましたので、チョット商売にオジ気が付きましたものか、飴売に化けてこっちへ流れて来ましたが、偶然に藤六の店に目を付けてみますと、思いがけない藤六が住んでいる。しかもスッカリ耄碌もうろくしている上に、相当の現金をシコ溜めていることがわかりましたので、それこそ悪魔の本性を現わしましてコッソリの一軒屋に忍び込み、藤六の夜食の飯の中へ鼠取薬ねずみとりぐすりか何かを交ぜて、毒殺して後を乗取った……」

「……エッ……そんなら親殺しじゃな」

「ハイ。知らずに殺しました訳で……」

「それでもしからん話じゃ。あの時に診察した医者は誰じゃったな」

「ハイ。この間坑夫と喧嘩して殺されました新入しんにゅうの炭坑医で」

「ウハッ。あの若い医師いしゃか……」

「ハイ。狃染なじみの芸者が風邪を引いているのを過って盛り殺した奴で……」

「……そうかそうか……あの医者にかかっちゃ堪まらん……フムフム。それからドウなった」

「それと知りました藤六の乾児こぶんどもが、皆この直方に集まって来て評議をしました。それが、あの乞食の赤潮で……それから皆で手分けをして、本四国を巡礼しておりました藤六の娘のお花を探し出して、相手が実の兄である事をかくいて、仇討をさせようとした……それを銀次が感付いて、裏を掻いて逃げようとしたのが今度の騒動の原因であったと雁八が申しますので……話の模様を考え合わせてみますと、どうやら雁八が黒幕らしう御座いますが……」

「ウムウム。ようよう経緯すじみちが、わかったようじゃ。彼奴等あいつどもは復讐心が強いでのう」

「道徳観念が普通人と全く違いますようで……」

「……それもある……が……しかし……」

 と云ううちに署長は何やら考え込んだ。いつもの癖で、椅子の中に深く身を沈めると、中禿ちゅうはげの頭を撫で上げながら、自慢の長いひげ自烈度じれったそうにヒネリ上げヒネリさげした。

「フム。それで……自殺の原因は……」

「ハイ。それがで御座います……ソノ……」

 巡査部長は困惑したらしく額の汗を拭いた。

「……わかりませんので……その……僅かの隙に致しました事で……全くその……私どもが狼狽致しましたので……縄を解けば白状すると申しましたので……その……」

「ウムウム。それは聞いちょる。……問題は自殺の原因じゃ。復讐を遂げると直ぐに自殺しよった原因じゃ」

「……………………」

「死に際に何も云わんじゃったか。巡査どもは何も聞かんと云いよったが」

「私は聞きました。皆の衆。すみません……と……」

「皆の衆……その皆の衆というのは山窩の連中に云うたことじゃろう……表の群集の中に怪しい者は居らんじゃったか。様子を見届けに来たような者は……」

「ハッ。それは居らなかった筈……と雁八が申しました。お花という女は、まだ生娘きむすめでは御座いましたが、ナカナカのシッカリ者で、わたし一人でキット親のかたきを討って見せるけに一人も加勢に来る事はならんと云うておりましたそうで……又、誰か仲間が見ておりますれば、警察までかつがれて参りまするうちに、途中でお花を助け出します筈……」

「ウムウム。それは理屈じゃが……しかしお花は、丹波小僧が実の兄という事を、どうかして察しておりはせんじゃったかな」

「イヤ。そんな模様には見受けませんでした。御承知の通りツイ夜明け方の一時間ばかりの間の出来事で御座いますけに……丹波小僧が何もかも先手を打って物を云う間もなく猿轡を噛まして、担いで来たと申しておりましたが……実地検査の結果もその通りのようで……」

「フーム」と署長は考え込んだ。

彼奴あやつどものする事は一から十までサッパリわからん。切支丹と似たり寄ったりじゃ」

「……………」

「ウム。まあえ。それ位のところで調書を作ってくれい。自殺の原因は発狂とでもしておけ。警察の中で人を殺したのじゃからナ……ハッハッ……」

 それから署長は椅子の中で伸び伸びと大欠伸あくびをした。両手を高々と天井に突き伸ばして顔を真赤にした。

「アア……アア……ッと……厄介な奴どもじゃ──」

底本:「夢野久作全集4」ちくま文庫、筑摩書房

   1992(平成4)年924日第1刷発行

初出:「オール読物」

   1934(昭和9)年12月号

入力:柴田卓治

校正:土屋隆

2005年917日作成

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