物のいわれ
楠山正雄
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目次
物のいわれ(上)
そばの根はなぜ赤いか
猿と蟹
狐と獅子
蛙とみみず
すずめときつつき
物のいわれ(下)
ふくろうと烏
蜜蜂
ひらめ
ほととぎす
鳩
物のいわれ(上)
そばの根はなぜ赤いか
一
あなたはおそばの木を知っていますか。あんなに真っ白な、雪のようなきれいな花が咲くくせに、一度畑に行って、よくその根をしらべてごらんなさい。それは血のように真っ赤です。いったいおそばの根は、いつからあんなに赤く染まったのでしょうか。それにはこんなお話があるのです。
むかし、三人の男の子を持ったおかあさんがありました。総領が太郎さん、二ばんめが次郎さん、いちばん末っ子のごく小さいのが、三郎さんです。
ある日、おかあさんは、町まで買い物に出かけました。出がけにおかあさんは、三人の子供を呼んで、
「おかあさんは町まで買い物に行って来ます。じき帰って来ますから、三人で仲よくお留守番をするのですよ。戸をしっかりしめて、みんなでおとなしくうちの中に入っておいでなさい。ひょっとすると悪い山姥が、おかあさんの姿に化けて、お前たちをだましに来ないものでもないから、よく気をつけて、けっして戸をあけてはいけません。山姥はいくら上手に化けても、声が、しゃがれたがあがあ声で、手足も、松の木のようにがさがさした、真っ黒な手足をしていますから、けっしてだまされてはいけませんよ。」
といい聞かせました。すると子供たちは、
「おかあさん、心配しないでもいいよ。おかあさんのいうとおりにして待っているからね。」
といったので、おかあさんは安心して出て行きました。
ところがじき帰って来るといったおかあさんは、なかなか帰って来ないで、そろそろ日が暮れかけてきました。子供たちはだんだん心配になってきました。「おかあさんはどうしたんだろうね。」とみんなでいい合っていますと、だれかおもての戸をとんとんとたたいて、
「子供たちや、あけておくれ。おかあさんだよ。お前たちのすきなおみやげを、たんと買って来たからね。」
といいました。
けれども子供たちは、しゃがれたがあがあ声をしているから、おかあさんではない。山姥が化けて来たにちがいないと思って、
「あけない、あけない、お前はおかあさんじゃあないよ。おかあさんはやさしい声だ。お前の声はがあがあしゃがれている。お前はきっと山姥にちがいない。」
といいました。
ほんとうにそれは山姥にちがいありませんでした。山姥は途中で、おかあさんをつかまえて食べてしまったのです。そしておかあさんに化けて、こんどは子供たちを食べに来たのです。けれども、子供たちが入れてくれないものですから、困って、村の油屋へ行って、油を一升盗んで、それをみんな飲んで、喉をやわらかにして、また戻って来て、とんとんと戸をたたきました。そして、
「子供たちや、あけておくれ。おかあさんだよ。みんなのすきなおみやげを、たんと買って来たからね。」
といいました。
こんどはそっくりおかあさんと同じような、やさしいいい声でした。けれども子供たちはまだほんとうにしないで、
「じゃあ、先に手を出してお見せ。」
といいました。
山姥が戸のすきまから手を出しましたから、子供たちがさわってみますと、それは松の木のように節くれだって、がさがさしていました。子供たちはまた、
「いいえ。あけない、あけない。おかあさんはもっとつるつるして柔らかな手をしている。お前は山姥にちがいない。」
といいました。
そこで山姥は裏の畑へ行って、芋がらを取って、手の先にぐるぐる巻きつけました。
そして山姥は三度めにうちの前に立って、とんとんと戸をたたいて、
「子供たちや、あけておくれ。おかあさんだよ。みんなのすきなおみやげを、たんと買って来たからね。」
といいますと、子供たちは中から、
「じゃあ、手をお見せ。ほんとうにおかあさんだか、どうだか、見てやるから。」
といいました。
山姥はまた戸のすきまから手を出しました。こんどは手がつるつるして柔らかだったので、それではおかあさんにちがいないと思って、子供たちは戸をあけて、山姥を中へ入れました。
二
おかあさんに化けた山姥は、うちの中に入ると、さっそくお夕飯にして、子供たちがびっくりするほどたくさん食べて、今夜はくたびれたから早く寝ようといって、いつものとおり末っ子の三郎を連れて、奥の間に入って寝ました。太郎と次郎は二人で、おもての間に寝ました。
夜中にふと、太郎と次郎が目を覚ましますと、奥の間でだれかが、何だかぼりぼり物を食べているような音がしました。それは山姥が、末っ子の三郎をつかまえて食べているのでした。
「おかあさん、おかあさん、それは何の音ですか。」
と、太郎が聞きました。
「おなかがすいたから、たくあんを食べているのだよ。」
と、山姥がいいました。
「わたいも食べたいなあ。」
と、次郎がいいました。
「さあ、上げよう。」
と、山姥はいって、三郎の小指をかみ切って、子供たちの居る方へ投げ出しました。太郎がそれを拾ってみると、暗くってよく分かりませんけれど、何だか人間の指のようでした。太郎はびっくりして、そっと布団の中で、次郎の耳にささやきました。
「奥に居るのは山姥にちがいない。山姥がおかあさんに化けて、三郎ちゃんを食べているのだよ。ぐずぐずしていると、こんどはわたいたちが食べられる。早く逃げよう、逃げよう。」
太郎と次郎はそっと相談をしていますと、奥ではもりもり山姥が三郎を食べる音が、だんだん高く聞こえました。
その時次郎は布団から頭を出して、
「おかあさん、おかあさん、お小用に行きたくなりました。」
といいました。
「じゃあ、起きて外へ出て、しておいでなさい。」
「戸があきません。」
「にいさんにあけておもらいなさい。」
そこで太郎と次郎は逃げ支度をして、のこのこ布団からはい出して、戸をあけて外へ出ました。空はよく晴れて、星がきらきら光っていました。二人はお庭の井戸のそばの桃の木に、なたで切り形をつけて、足がかりにして木の上まで登りました。そしてそっと息を殺してかくれていました。
いつまでたっても、きょうだいがお小用から帰って来ないので、山姥はのそのそさがしに出て来ました。明け方の月がちょうど昇りかけて、庭の上はかんかん明るく見えました。けれどもきょうだいの姿はどこにも見えませんでした。さんざんさがしてさがしてくたびれて、のどが渇いたので、水を飲もうと思って、山姥が井戸のそばに寄ると、桃の木の上にかくれているきょうだいの姿が、水の上にはっきりとうつりました。
「小用に行くなんて人をだまして、そんなところに上がっているのだな。」
と、山姥は木の上を見上げて、きょうだいをしかりました。その声を聞くと、きょうだいはひとちぢみにちぢみ上がってしまいました。
「どうして登った。」
と、山姥が聞きますから、
「びんつけを木になすって登ったよ。」
と、太郎がいいました。
「ふん、そうか。」
といって、山姥はびんつけ油を取りに行きました。きょうだいが上でびくびくしていると、山姥はびんつけを取って来て、桃の木にこてこてなすりはじめました。
「それ、登るぞ。」
といいながら、山姥は桃の木に足をかけますと、つるり、びんつけにすべりました。それからつるつる、つるつる、何度も何度もすべりながら、それでも強情に一間ばかり登りましたが、とうとう一息につるりとすべって、ずしんと地びたにころげ落ちました。
すると次郎が上から、
「ばかな山姥だなあ、びんつけをつけて木に登れるものか。なたで切り形をつけて登るんだ。」
といって笑いました。
「そのなたはどうした。」
と、山姥が聞きますから、
「なたは井戸のそこに入っているよ。」
と、次郎はいってまた笑いました。山姥は井戸のそこをのぞいてみましたが、とても手がとどかないので、くやしがって、物置から鎌をさがして来て、桃の木のびんつけを削り落として、新しく切り形をつけはじめました。山姥が桃の木に切り形をつけはじめたのを見て、きょうだいは心配になってきました。そのうちどんどん山姥は切り形をつけてしまって、やがてがさがさ、やかましい音をさせながら登って来ました。子供たちは困って、だんだん高い枝へ、高い枝へと、登って行きました。とうとういちばん上のてっぺんまで登って行って、もうこれより先へ行きようがない所まで登りましたが、やはり山姥はどんどん上まで登って来ます。困りきってしまって、二人は大空を見上げながら、ありったけの悲しい声をふりしぼって、
「お天道さま、金ン綱。」
とさけびました。
すると、がらがらという音がして、高い大空の上から、長い長い鉄の綱がぶら下がってきました。太郎と次郎はその綱にぶら下がって、するする、するする、大空まで登って逃げました。
山姥はそれを見ると、くやしがって、同じように空を見上げて、
「お天道さま、腐れ縄。」
と大声を上げてわめきました。
するとすぐ、ぼそぼそという音がして、高い大空の上から、長い長い腐れ縄がぶら下がってきました。山姥はいきなりその縄にぶら下がって、子供たちを追っかけながら、どこまでもどこまでも登って行きました。するうち自分のからだの重みで、だんだん縄が弱ってきて、中途からぷつりと切れました。
山姥は半分縄をつかんだまま、高い大空からまっさかさまに、ちょうど大きなそば畑の真ん中に落ちました。そしてそこにあった大きな石にひどく頭をぶっつけて、たくさん血を出して、死んでしまいました。その血がそばの根を染めたので、いまだにそれは血のように真っ赤な色をしているのです。
猿と蟹
ちょうど田植え休みの時分で、村では方々で、にぎやかな餅つきの音がしていました。山のお猿と川の蟹が、途中で出会って相談をしました。
「どうだ、あの餅を一臼どろぼうして、二人で分けて食べようじゃないか。」
さっそく相談がまとまって、猿と蟹は餅を盗み出すはかりごとを考えました。
一軒のうちへ行ってみると、うち中の人が残らずお庭へ出て、ぺんたらこ、ぺんたらこ、夢中になって餅をついていました。お座敷には赤んぼが一人寝かされたまま、だれもそばには居ませんでした。
蟹はその時、のそのそと縁がわからはい上がって行って、赤んぼの手をちょきんと一つはさみました。すると赤んぼはびっくりして、痛がって、「わっ。」と火のつくように泣き出しました。お庭に出ていた人たちは、どうしたのかと思って、びっくりして、臼も杵も残らずほうり出して、お座敷へかけつけますと、もうその時分には、蟹はのそのそ逃げ出して行ってしまいました。みんなは赤んぼがどうして泣いたのか、さっぱり分からないので、ぶつぶついいながら、またお庭へ戻って行きますと、つきかけの餅が一臼そっくり、臼のままなくなっていました。みんなは二度ばかにされたので、くやしがって、外へ追っかけて出てみましたが、こんども何も見えませんでした。
蟹は坂の上まで行って、猿の来るのを待っていますと、猿は大きな臼をころがしながらやって来ました。
「どうだ。うまくいったじゃないか。さあ、食べよう。」
と、蟹がいいますと、
「うん、なかなか重いので骨が折れたよ。だがこれですぐ食べては、楽しみがなくなっておもしろくないなあ。どうだ、この臼をここからころがすから、二人であとから追っかけて行って、先に着いた者が餅を食べることにしよう。」
と、猿がいいました。
すると蟹は口からあぶくを吹きながら、
「猿さん、それはだめだよ。駆けっくらをしたって、わたしがお前にかなわないことは分かりきっているではないか。そんないじの悪いことをいわずに、仲よく半分ずつ食べよう。」
と、こういいましたが、猿は聴かないで、
「いやならよせ。おれが一人で食べてしまう。重い思いをして、臼をかついで来たのはおれだからなあ。」
といいました。
「だって、わたしだって赤んぼを泣かして、みんなをだまして、お前にしごとをさせてやったのじゃないか。」
と、蟹がいいました。でも猿は、
「ぐちをいうな。それよりか駆けっくらで来い。」
といって、かまわず臼を坂の上からころがしました。臼はころころころがって行きました。猿もいっしょに追っかけて行きます。しかたがないので、蟹もむずむずあとからはって行きますと、ちょうど坂の中ほどまで行かないうちに、餅は臼の中からはみ出して、道ばたの木の根にひっかかりました。そして、臼ばかりころころ下までころげて行きました。そんなことは知らないものですから、猿もいっしょに臼を追っかけて、どこまでもころがって行きました。
蟹は途中、木の根に白いものが見えるので、ふしぎに思ってそばへ寄ってみますと、つきたての餅でしたから、「これはうまい。」と思って、一人でおいしそうに食べはじめました。猿はせっかく下まで駆けて行ってみると、空臼だったものですから、がっかりして、
「こらこら、早く餅をころがさないか。」
と下からどなりました。すると蟹はあざ笑って、
「つきたての餅が坂をころがるものか。今に堅くなってお鏡餅になったら、ころがしてやろう。」
といいました。猿は腹を立てましたが、自分からいいだして、したことですから、しかたなしに蟹にあやまって、おしりの毛を抜いて蟹にやって、半分餅を分けてもらいました。それでいまだにお猿のおしりには毛がなくなって、蟹の手足には毛が生えているのだそうです。
狐と獅子
むかし、日本の狐がシナに渡って、あちらのけだものたちの仲間に入ってくらしていました。
ある時、けだものたちが、大ぜい森の中に集まって、めいめいかってなじまん話をはじめました。するとみんなの話を聞いていた獅子が、さもさもうるさいというような顔をして、
「だれがなんといったって、世界中でおれの威勢にかなう者はあるまい。おれが一声うなれば、十里四方の家に地震が起こって、鍋釜に残らずひびがいってしまう。」
といいました。
すると、虎が負けない気になって、
「なんの、おれが一走り走れば、千里のやぶも一飛びだ。くやしがっても、おれの足にかなうものはあるまい。」
といいました。
その時、日本の狐も、負けない気になって、
「どうして、からだこそ小さくっても、君たちに負けるものか。」
といばっていいました。
すると、獅子がおこって、
「生意気をいうな。ちっぽけな国に生まれた小狐のくせに。よし、そこにじっとしていろ。一つおれがうなってみせてやるから。きさまのちっぽけな体なんか、ひとちぢみにちぢんで、ごみのように吹ッ飛んでしまうぞ。」
こういいながら、獅子はおなかに力を入れて、一声「うう。」とうなりはじめました。さすがにいばっただけのことはあって、それはほんとうに、そこらに居る者の体ごと、吹き飛ばしそうな勢いでしたから、狐はあわてて、地びたに小さな穴をほって、その中に小さくなって、もぐり込みました。そして、うなり声がやむと、ひょいと中から飛び出して来て、
「なんだ、獅子さん、大そういばったが、それだけのことか。ごみのように吹き飛ばされるどころか、このとおり貧乏ゆるぎもしないよ。」
とさんざんにあざけりました。すると獅子は、こんどこそ、ほんとうに体中の毛を逆立てておこって、力いっぱい意気張って、一声「うう。」とうなりますと、あんまり力んだひょうしに、首がすぽんと抜けてしまいました。狐は、そこでいよいよとくいになって、こんどは虎に向かい、
「どうしたね。わたしにさからえば、獅子だってこのとおりだ。君もいいかげんにおそれいるがいいよ。」
といいますと、虎はなかなか承知しないで、
「よし、そんなら千里のやぶを、かけっこしよう。」
といいだしました。狐は困った顔もしないで、
「うん、いいとも。」
といって、さっそく競争の支度にかかりました。やがて一、二、三のかけ声で、虎と狐は駆け出したと思うと、狐はひょいとうしろから虎の背中に、のっかってしまいました。虎はそんなことは知りませんから、むやみに駆けるわ、駆けるわ、千里のやぶもほんとうに一ッ飛びで飛んで行ってしまいますと、さすがに体中大汗になっていました。するとそれよりも先に狐は、ひょいと虎の背中から、飛び降りて、二三間前の方で、
「おいで、おいで。」
をしていました。それで虎も勝負に負けました。
狐は大いばりで獅子の首を背負って、日本に帰って来ました。これが、今でも、お祭りの時にかぶる獅子頭だということです。
蛙とみみず
むかし、むかし、大昔、神さまが大ぜいの鳥や、虫やけだものを集めて、てんでんが毎日食べて、命をつないでいくものをきめておやりになりました。何万という生き物が、ぞろぞろ神さまの所へ集まって来て、めいめい、おいい渡しを受けました。その中で、蛇は、いちばんおなかをすかしきっていて、ひょろひょろしていましたから、だれよりもおくれて、みんなのあとからのたりのたりはって行きました。すると、そのあとから、蛙がぴょんぴょん元気よくとんで来ました。蛙はずんずん蛇を追いこして、
「蛇さん、ずいぶんのろまだなあ。おいらのしりでもしゃぶるがいい。」
と悪口をいいながら、またずんずん行ってしまいました。蛇はくやしくってたまりませんけれども、どうにもならないので、だれよりもいちばんあとにおくれて、のろのろついて行きました。蛇が神さまの前に出た時は、大抵の生き物が、それぞれ食べ物を頂いて、にこにこしながら、帰って行くところでした。神さまは、蛇がおくれて来たのをごらんになって、
「どうしてそんなに遅くなったか。」
とお聞きになりました。そこで蛇は、おなかがへって、どうにも早く歩けなかったこと、途中で蛙があとから追いついて来て、おしりでもしゃぶれといったことを残らず訴えました。すると神さまは、大そうおおこりになって、いったん帰りかけた蛙をお呼びもどしになりました。そして、蛇に向かって、
「蛙がおしりをしゃぶれといったのならかまわない。これから、おなかのへった時には、いつでも蛙のおしりからまるのみにのんでやるがいい。」
とおっしゃいました。そこで蛇は大そうよろこんで、いきなり蛙をつかまえて、おしりからひとのみにのんでしまいました。これで蛇の食べ物がきまったので、神さまがお帰りになろうとしますと、小さな声で、
「もし、もし。」
と呼びながら、地の中から出て来たものがありました。それは、目の見えないみみずで、目が不自由なものですから、こんなに来るのに手間をとってしまったのです。
「もし、もし、神さま、わたくしは、何を食べたらよろしゅうございましょうか。」
とみみずがいいました。神さまのお手には、なんにももう残ってはいませんでした。そこで、めんどうくさくなって、
「土でも食べていろ。」
とおっしゃいました。すると、みみずは不足そうな顔をして、
「土を食べてしまったら、何を食べましょうか。」
としつっこくたずねました。すると神さまはかんしゃくをおおこしになって、
「夏の炎天にやけて死んでしまえ。」
とおしかりつけになりました。そこで、みみずは土を食って生き、夏の炎天に出ると、やけ死んでしまうのだそうです。
すずめときつつき
むかし、すずめがせっせと鏡に向かって、おはぐろをつけていますと、おかあさんが死んだという知らせが来ました。びっくりして、おはぐろを半分つけかけたまま、すずめはおかあさんの所へ駆けつけて行きました。神さまはすずめの孝行なことをおほめになって、
「すずめよ、毎年これから稲の初穂をつむことを許してやるぞ。」
とおっしゃいました。でもおはぐろは、つけかけたまま途中でやめたので、すずめのくちばしは、いまだに下だけ黒くって、上の半分はいつまでも白いままでいるのです。
それとはちがって、きつつきは、おかあさんの死んだ知らせが来ても、鏡に向かって紅をつけたり、おしろいをぬったり、おしゃれに夢中になっていて、とうとう親の死に目に合わなかったものですから、神さまがおおこりになって、
「お前は木の中の虫でも食べているがいい。」
とお申し渡しになりました。それできつつきはいつも木の枝から枝を渡り歩いて、ひもじそうに虫をさがしているのです。
物のいわれ(下)
ふくろうと烏
むかし、ふくろうという鳥は、染物屋でした。いろいろの鳥がふくろうの所へ来ては、赤だの、青だの、ねずみ色だの、るり色だの、黄色だの、いろいろなきれいな色に体を染めてもらいました。烏がそれを見て、うらやましがって、もともと大そうなおしゃれでしたから、いちばん美しい色に染めてもらおうと思って、ふくろうの所にやって来ました。
「ふくろうさん、ふくろうさん。わたしの体を、何かほかの鳥とまるでちがった色に染めて下さい。世界中の鳥をびっくりさせてやるのだから。」
と、烏がいいました。
「うん、よしよし。」
とふくろうは請け合って、さんざん首をひねって考えていましたが、やがて烏をどっぷり、真っ黒な墨のつぼにつっ込みました。
「さあ、これでほかに類のない色の鳥になった。」
とふくろうはいいながら、烏を引き上げてやりました。烏はどんな美しい色に染まったろうと、楽しみにしながら、急いで鏡の前へ行って見ますと、まあ、驚きました、頭からしっぽの先まで真っ黒々と、目も鼻も分からないようになっているではありませんか。そこで烏は、よけい真っ黒になっておこりながら、
「何だってこんな色に染めたのだ。」
といいますと、ふくろうは、
「だって外に類のない色といえば、これだよ。」
といって、すましていました。烏はくやしがって、
「よしよし、ひとをこんな目に合わせて。今にきっとかたきをとってやるから。」
とうらめしそうにいいました。
その時から烏とふくろうとは、かたき同士になりました。そしてふくろうは烏のしかえしをこわがって、昼間はけっして姿を見せません。
蜜蜂
むかし、むかし、大昔、神さまがいろいろの生き物をお作りになった時に、たくさんの蜂をお作りになりました。そのたくさんの蜂の中に、蜜蜂だけが針を持っていませんでした。蜜蜂は不足そうな顔をして、神さまの所へ行って、
「ほかの蜂はみんな針を持っておりますが、わたくしだけは針がありません。どうか針をつけて下さい。」
といいました。
「いいや、お前は人間に飼われるのだから、針はいらない。ぜひほしいというなら、針をやってもいいが、人間を刺すことはならないぞ。もし間違えて刺したら、針が折れて、命がなくなるぞ。」
と、神さまがおっしゃいました。
「けっして刺しませんから、どうぞ針を下さい。」
と、蜜蜂がいいました。
「それなら針をやろう。」
と、神さまがおっしゃって、蜜蜂に針を下さいました。そこで約束のとおり、蜜蜂には針はあっても、人間を刺しません。刺せば針が折れて、命がなくなるのです。
ひらめ
むかし、いじの悪い娘がありました。ほんとうのおかあさんは亡くなって、今のは後から来たおかあさんでした。それで何かいけないことをして、おかあさんにしかられると、おかあさんが自分をにくらしがってしかるのだと思って、いつもうらめしそうに、おかあさんをにらみつけていました。
ところがあんまりおかあさんをにらみつけていたものですから、いつの間にか目がだんだんうしろに引っ込んで、とうとう背中の方に回ってしまいました。そして娘はひらめというお魚になってしまいました。
そういえばなるほど、ひらめというお魚は、目が背中についています。ですから今でも、親をにらめると、平目になるといっているのです。
ほととぎす
むかし、二人のきょうだいがありました。弟の方は大そう気立てがやさしくて、にいさん思いでしたから、山へ行ってお芋を取って来ると、きっといちばんおいしそうなところを、にいさんに食べさせて、自分はいつもしっぽのまずいところを食べていました。けれどもにいさんは目が見えない上に、ひがみ根性が強かったものですから、「弟がきっと自分にかくしていいところばかり食べて、自分には食いあましをくれるのだろう。ひとつおなかを裂いて見てやりたい。」と思って、とうとう弟を殺してしまいました。
けれども弟のおなかの中には、お芋のしっぽばかりしかはいっていませんでした。正直な弟を疑っていたことがわかると、にいさんは大そう後悔して、死んだ弟の体をしっかり抱きしめて、血の涙を流しながら泣いていました。
すると、死んだ弟の体から羽が生えて、鳥になって、
「がんくう。がんくう。」
と鳴いて、飛んで行きました。
「がんこ」というのはお芋のしっぽということです。弟は「お芋のしっぽをたべている。」ということを、「がんくう。がんくう。」といって、鳴いたのでした。
すると兄はいよいよ弟がかわいそうになって、これも鳥になって、
「ほっちょかけたか、おっととこいし。」
と、鳴き鳴き弟のあとを追って飛んで行きました。
毎年うの花の咲くころになると、暗い空の中で、しぼるような悲しい声で鳴いて飛びまわっているほととぎすは、人によって「がんくう。がんくう。」と鳴いているようにも聞こえますし、「ほっちょかけたか、おっととこいし。」と鳴いているようにも聞こえます。これは鳥になったきょうだいが、やみ夜の中で、いつまでも呼び合っているのだということです。
鳩
鳩もむかしは親不孝で、親のいうことには、右といえば左、左といえば右と、何によらずさからうくせがありました。ですから、親鳩は子鳩に山へ行ってもらいたいと思う時には、わざと今日は畑へ出てくれといいました。畑へ下りてもらいたいと思う時には、わざと、今日は山へ行ってくれといいました。
いよいよ親鳩が死ぬとき、死んだら山のお墓に埋めてもらいたいと思って、その時もわざと、
「わたしが死んだら、川の岸の小石と砂の中に埋めておくれ。」
といい残しました。
親鳩に別れると、子鳩は急に悲しくなりました。そしてこんどこそは親のいいつけにそむくまいと思って、そのとおり河原の小石と砂の中に、親のなきがらを埋めて、小さなお墓を立てました。
ところが川のそばですから、雨がふって、水がふえて、河原に水が流れ出すたんびに、小石と砂がくずれ出して、お墓もいっしょに流れていきそうになりました。子鳩はよけい親鳩をこいしがって、ぽっほ、ぽっほといつまでも悲しそうになきました。
せっかく孝行な子供になろうと思っても、親のいなくなったのを、鳩は今でもくやしがっているのだそうです。
底本:「日本の諸国物語」講談社学術文庫、講談社
1983(昭和58)年4月10日第1刷発行
※底本の「物のいわれ(上)」「物のいわれ(下)」をひとつにまとめました。
入力:鈴木厚司
校正:大久保ゆう
2003年9月29日作成
青空文庫作成ファイル:
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