猿かに合戦
楠山正雄



     一


 むかし、むかし、あるところに、さるとかにがありました。

 ある日さるとかにはお天気てんきがいいので、れだってあそびに出ました。その途中とちゅう山道やまみちさるかきたねひろいました。またしばらくくと、かわのそばでかにはおむすびをひろいました。かには、

「こんないいものをひろった。」

 とってさるせますと、さるも、

「わたしだってこんないいものをひろった。」

 とって、かきたねせました。けれどさるはほんとうはおむすびがほしくってならないものですから、かににかって、

「どうだ、このかきたねりかえっこをしないか。」

 といました。

「でもおむすびのほうが大きいじゃないか。」

 とかにはいました。

「でもかきたねは、まけばが出て木になって、おいしいがなるよ。」

 とさるいました。そうわれるとかにもたねがほしくなって、

「それもそうだなあ。」

 といながら、とうとう大きなおむすびと、小さなかきたねとをりかえてしまいました。さるはうまくかにをだましておむすびをもらうと、せびらかしながらうまそうにむしゃむしゃべて、

「さようなら、かにさん、ごちそうさま。」

 とって、のそのそ自分じぶんのうちへかえっていきました。


     二


 かにはかきたねをさっそくおにわにまきました。そして、

はやせ、かきたね

さぬと、はさみでちょんるぞ。」

 といました。するともなく、かわいらしいがにょきんと出ました。

 かにはそのかって毎日まいにち

はやく木になれ、かきよ。

ならぬと、はさみでちょんるぞ。」

 といました。するとかきはずんずんのびて、大きな木になって、えだが出て、しげって、やがてはなきました。

 かにはこんどはその木にかって毎日まいにち

はやがなれ、かきの木よ。

ならぬと、はさみでちょんるぞ。」

 といました。するともなくかきの木にはたくさんがなって、ずんずんあかくなりました。それを下からかには見上みあげて、

「うまそうだなあ。はやく一つべてみたい。」

 といって、をのばしましたが、せいがひくくってとどきません。こんどは木の上にのぼろうとしましたが、よこばいですからいくらのぼってものぼってもちてしまいます。とうとうかにもあきらめて、それでも毎日まいにち、くやしそうに下からながめていました。

 するとある日さるて、すずなりになっているかき見上みあげてよだれをたらしました。そしてこんなにりっぱながなるなら、おむすびとりかえっこをするのではなかったとおもいました。それをてかには、

さるさん、ながめていないで、のぼってってくれないか。おれいにはかきすこげるよ。」

 といました。さるは、

「しめた。」

 とわないばかりのかおをして、

「よしよし、ってげるからっておいで。」

 といながら、するする木の上にのぼっていきました。そしてえだえだとのあいだにゆっくりこしをかけて、まず一つ、うまそうなあかかきをもいで、わざと、「どうもおいしいかきだ。」とい、むしゃむしゃべはじめました。かにはうらやましそうに下でながめていましたが、

「おい、おい、自分じぶんばかりべないで、はやくここへもほうっておくれよ。」

 といますと、さるは、「よし、よし。」といながら、わざとあおかきをもいでほうりしました。かにはあわててひろってべてみますと、それはしぶくって口がまがりそうでした。かにが、

「これこれ、こんなしぶいのはだめだよ。もっとあまいのをおくれよ。」

 といますと、さるは「よし、よし。」といながら、もっとあおいのをもいで、ほうりました。かにが、

「こんどもやっぱりしぶくってだめだ。ほんとうにあまいのをおくれよ。」

 といますと、さるはうるさそうに、

「よし、そんならこれをやる。」

 といながら、いちばんあおかたいのをもいで、あおむいてっているかにのあたまをめがけてちからいっぱいげつけますと、かには、「あっ。」とったなり、ひどく甲羅こうらをうたれて、目をまわして、んでしまいました。さるは、「ざまをみろ。」といながら、こんどこそあまいかき一人ひとりじめにして、おなかのやぶれるほどたくさんべて、その上両手りょうてにかかえきれないほどって、あとをもずにどんどんげてってしまいました。

 さるが行ってしまったあとへ、そのときちょうどうら小川おがわともだちとあそびに行っていた子がにがかえってました。るとかきの木の下におやがにが甲羅こうらをくだかれてんでいます。子がにはびっくりしておいおいしました。きながら、「いったいだれがこんなひどいことをしたのだろう。」とおもってよくますと、さっきまであれほどみごとになっていたかきがきれいになくなって、あおあおいしぶがきばかりがのこっていました。

「じゃあ、さるのやつがころして、かきっていったのだな。」

 とかにはくやしがって、またおいおいしました。

 するとそこへくりがぽんとはねてて、

「かにさん、かにさん、なぜくの。」

 ときました。子がには、さるおやがにをころしたから、かたきをちたいといますと、くりは、

「にくいさるだ。よしよし、おじさんがかたきをとってやるから、おきでない。」

 といました。

 それでも子がにはいていますと、こんどははちがぶんとうなってて、

「かにさん、かにさん、なぜくの。」

 ときました。

 子がにはさるおやがにをころしたから、かたきをちたいといました。するとはちも、

「にくいさるだ。よしよし、おじさんがかたきをとってやるから、おきでない。」

 といました。

 それでも子がにがまだいていますと、こんどは昆布こんぶがのろのろすべってて、

「かにさん、かにさん、なぜくの。」

 ときました。

 子がにはさるおやがにをころしたから、かたきをちたいといました。すると昆布こんぶも、

「にくいさるだ。よしよし、おじさんがかたきをとってやるから、おきでない。」

 といました。

 それでも子がにがまだいていますと、こんどはうすがころころころがってて、

「かにさん、かにさん、なぜくの。」

 ときました。

 子がにはさるおやがにをころしたから、かたきをちたいといました。するとうすも、

「にくいさるだ。よしよし、おじさんがかたきをとってやるから、おきでない。」

 といました。

 子がにはこれですっかりきやみました。くりはち昆布こんぶうすとは、みんなよって、かたきちの相談そうだんをはじめました。


     三


 相談そうだんがやっとまとまると、うす昆布こんぶはちくりは、子がにをれてさるのうちへ出かけて行きました。さるはたんとかきべて、おなかがくちくなって、おなかこなしに山へでもあそびに行ったとみえて、うちにはいませんでした。

「ちょうどいい。このあいだにみんなでうちの中にかくれてっていよう。」

 とうすいますと、みんなはさんせいして、いちばんにくりが、

「わたしはここにかくれよう。」

 とって、はいの中にもぐりみました。

「わたしはここだよ。」

 といながら、はちは水がめのかげにかくれました。

「わたしはここさ。」

 と、昆布こんぶ敷居しきいの上に長々ながながそべりました。

「じゃあ、わたしはここにっていよう。」

 とうすって、かもいの上にはいがりました。

 夕方ゆうがたになって、さるはくたびれて、そとからかえってました。そしてばたにどっかりすわんで、

「ああ、のどがかわいた。」

 といながら、いきなりやかんにをかけますと、はいの中にかくれていたくりがぽんとはねして、とびがって、さる鼻面はなづらちからまかせにけつけました。

「あつい。」

 とさるはさけんであわてて鼻面はなづらをおさえて、台所だいどころへかけしました。そしてやけどをひやそうとおもって、水がめの上にかおしますと、かげからはちがぶんととびして、さるの目の上をいやというほどしました。

「いたい。」

 とさるはさけんで、またあわてておもてへしました。すひょうしに、敷居しきいの上にていた昆布こんぶでつるりとすべって、はらんばいにたおれました。その上にうすが、どさりところげちて、うんとこしょとおもしになってしまいました。

 さるあかかおをありったけあかくしてくるしがって、うんうんうなりながら、手足てあしをばたばたやっていました。

 そのとき、おにわすみから子がにがちょろちょろはいしてきて、

おやのかたき、おぼえたか。」

 といながら、はさみをふりげて、さるくびをちょきんとはさみではさんでしまいました。

底本:「日本の神話と十大昔話」講談社学術文庫、講談社

   1983(昭和58)年510日第1刷発行

   1992(平成4)年420日第14刷発行

入力:鈴木厚司

校正:大久保ゆう

2003年82日作成

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