犬の生活
小山清



 私はその犬を飼うことにした。「神様が私にあなたのもとへゆけと告げたのです。あなたに見放されたら、私は途方に暮れてしまいます。」とその眼が訴えているように思われたので。またその眼はこうもっているように思われた。「あなたはいつぞや石をぶつける子供達から、私を助けて下さったではないですか。」私には覚えのないことだが、しかし全然あり得ないことではない。

 公園のベンチの上で午睡ごすいの夢からさめたら、私の顔のさきにその犬の顔があった。私が顔を覆うていた本はベンチの下に落ちていた。あるいは犬がその鼻づらで本をこづいて、その気配に私は眼をさましたのかも知れない。私がてのひらを出すと、犬はその前肢をあずけた。私が帰りかけると、後を慕ってきたのである。

 私はその犬を飼おうと思ったが、けれども、自分は軽はずみなことをしているのではないかという気もした。けれどもまた考えてみるに、私の過去は軽はずみの連続のようなもので、もはやそのことでは私は自分自身を深くとがめだてする気にもなれないのである。私はやはりいつもの伝でやることにした。私は犬の顔を眺めながら、「私さえ保護者らしい気持を失わないならば、お互いがお互いを重荷に感ずるようなことはまずないだろう。」と思った。自信のあるような、ないような気持であった。私はこれまで男の友達とは幾度か一緒に暮らしたことがあるが、いつも気まずい羽目になってしまったのである。

 私はこの武蔵野むさしの市に移ってきてから、三年ほどになる。私はある家の離れを借りて暮らしている。母屋おもやの主人というのは年寄の後家さんである。気丈な人で、独りで自炊をして暮らしている。ひとり娘が嫁いだ先には大きい孫があって、たまに孫たちが遊びにくる。

 私は散歩の途中、偶然この家の前を通りかかって、軒さきに「貸間あり」の札がさがっているのを見かけ、檜葉ひば生垣いけがきにかこわれているこの家のたたずまいになんとなく気をかれたのである。私は案外簡単に借りることが出来た。ひとつは私が勤人でなく、一日中家にいる商売なので、用心がいいと思ったのかも知れない。この離れには、私の前には、この近くの美術学校に通っていた画学生がいたそうである。

 私が借りている離れには土間がある。犬を飼おうと思ったとき、その土間のことが私の念頭に浮かんだ。犬は土間に這入ると、のどが乾いていたのだろう、そこにあったバケツの中の水をぴしゃぴしゃ音をさせてさもうまそうに呑んだ。私が上框あがりがまちに腰を下ろして口笛を鳴らすと、犬は私の足許に寄ってきて、いかにも満足そうに「ワンワン。」と二声吠えた。その様子は、「私達はもう他人じゃありませんね。」と云っているように見えた。そのときになって私は、犬を飼うには、私の一存だけではすまないことに気がついた。母屋の年寄の思惑が気になったのである。

 私は犬をつれて、お婆さんのいる座敷の縁さきへ行った。お婆さんは長火鉢のわきに坐って小さなお膳に向い、独りで花骨牌はなガルタを並べていたが、こちらに気づくと、

「おや、どこの犬ですか。」

「迷い犬らしい。」私は弁解するように云った。「公園から僕についてきたんです。」

 お婆さんは立って縁さきに来た。

「捨犬でしょう。」お婆さんは一寸調べるように見ていたが、「めすですね。」

 そう云われて、私は自分の迂闊うかつさにはじめて気がついた。私は自分で飼う気でいながら、その犬が牡であるか、牝であるかをまず確めることさえ忘れていたのである。私は軽はずみの例にれず、少しくとりのぼせていたのである。よく見ると、犬のくびには最近まで首輪をはめていた形跡がある。またその胸部に見える乳房は最前から眼に入っていたのだが、私はついうっかりしていたのである。お婆さんの一言は、犬の姿態に感ぜられる、牝らしい優しさを私に気づかせた。

 犬は沓脱石くつぬぎいしのわきにうずくまって、こちらの機嫌をうかがうように薄眼をあけたりしている。

「野良犬ではないようだ。」

「ええ。この辺の犬じゃありませんね。自動車にでも乗せてきて捨てて行ったのでしょう。からだも汚れていないし、そんなにひもじがっているようでもないですね。」

 お婆さんが犬に対してあまり冷淡な素振りも見せないので、私は少しほっとした。お婆さんはなお見しらべるような眼つきをしていたが、ふいに声をあげた。

「こりゃあ、もちだ。この犬は仔もちですよ。」

「え?」

「どうも妊娠しているようですよ。お乳の工合からなにから。」

「へえ、それはまた。」

「仔どもが出来たので、飼主が捨てたのでしょう。たいした犬じゃないししますしね。」

 私は少しく興ざめた。にわかに犬が不身持の女かなぞのように見えた。かりそめの出来心からとんだ厄介やっかいものをしょい込んだような気がした。お婆さんは犬の額に掌をのせて、無言のまま、やさしく撫でた。たいした犬ではないと云っておきながら、不憫ふびんがっているその様子に、私は心を惹かれた。人間が抱く感情の中で、やはり寛容は非難に優るものである。ひとを非難するということは、それがどんなに正当に見えるような場合でも、むなしい仇矢あだやを放つようなものである。お婆さんの態度には、いたずら娘をいたわっている母親のようなやさしさが感ぜられた。また人間と犬との違いはあっても、女は女同士といったようなところもあった。犬は眼を細くして、お婆さんの愛撫に応えている。そのほっとしているような様子を見ると、私もまた心をそそられた。

「犬は好きですか。」

 とお婆さんが私に向って云った。私は一寸返答に困った。女は好きかと訊かれても、やはり私は同じように困惑するだろう。

「嫌いじゃありません。まだ一度も犬を飼ったことはないんです。」

「可愛いもんですよ。亡くなった連合つれあいが犬や小鳥の好きなたちでしてね。何度か飼ったことがございますよ。」

 お婆さんの声音こわねには、亡くなった人を懐しんでいる響があった。お婆さんの連合は、もう大分まえに、壮年のころに亡くなったようである。飾職だったという。お婆さんの部屋の長押なげしにはその人の肖像が額にしてけてある。私は一言か二言の中にその人のおもかげや生涯が彷彿ほうふつとしてくるような言葉をきくのが好きだ。たとえば電車の中などで、乗客のこんな話を耳にすることがある。「あいつも死んだね。」「いい気前の男だったがね。」「釣り好きだったね。」そんななんでもない会話にいわば浮世の味が感ぜられる。そんなとき私はなにか胸のつかえでも下りるような気がして、わけもなくこの世の中が有難味のあるものに思えてくるのである。お婆さんや犬を前にして、そのときも私は世の中に対する張合のようなものを感じた。私は云い出す折を得たような気がして、

「どんなもんでしょうか。出来れば飼ってやりたいと思っているんですが。」

「そうですね。」お婆さんは自分の胸に問うように、「せめてお産がすむまででもね。なに、それほど世話も焼けませんよ。」

 私はほっとした。このように容易たやすくお婆さんの許諾が得られようとは私は思っていなかった。

「この犬は二歳位でしょう。初産ういざんでしょうよ。」

 とお婆さんは云った。その初産という言葉が私の心にしみた。


 私は犬をメリーという名で呼ぶことにした、メリーは、お婆さんの云うように、たいした犬ではない。ありふれた雑種である。白と黒のぶちで、白地に、雲の形をしたようなのや、島の形をしたような模様がついているのである。人間ならば、中肉中背とでも云うところだろうか。どちらかと云えば、大柄の方である。被毛ひもうは長い方で、色艶はそんなに悪くない。からだつきは様子のいい方ではないが、さりとて不恰好というわけでもない。器量だってまんざらでもない。美人ではないが、よく見ると、可愛い顔をしている。なによりも、高慢こうまんらしい感じがしないのがいい。眼がいいのだ。メリーの眼は、ほんとにいい。眼は心の窓というが、メリーの眼を覗くと、メリーが善良な庶民の心を持っている犬だということが、よくわかる。そして、こういう動物達の方が、人間よりも、神様のそば近くに暮らしているということが、よくわかる。アンリー・ルッソーが在世ならば、彼にメリーの肖像画を描かせたい。ルッソーならば、メリーのいのちをそのままに画布の上に写すことが出来るだろう。私はまた、メリーの声が好きだ。どんな吠え声にも、感情がこもっていて、お義理で口をきいているようなところは、少しもない。また、その発声の源にあるものは愛情と善意だけなので、それがこちらの耳障みみざわりになるようなことは、少しもない。私が「メリー。」と呼ぶとメリーはすぐ私の正面にきて、私の顔を仰ぎ、尾を振りながら、「ワン、ワン。」とえる。その様子は、「私はあなたが、私を呼んでいるのだということをよく知っています。」と云っているようにも見え、また、「なんの御用ですか。」と云っているようにも見える。ふとして私が、メリーは前の飼主のことを思い出しているのではなかろうかとひがんだことを考えたりしていると、メリーは私の気持を察したかのように私にたわむれかかり、自分はいまの瞬間を楽しむことでいっぱいで他意はないのだというようなしなをして、私の気まずさを救ってくれる。私はこれまで誰からも、こんなふうにびられたことはなかった。メリーは前の飼主のもとでは、なんという名で呼ばれていたかは知らないが、いまはもう全く、私のメリー以外のものではない。前の飼主にしてからが、あるいはメリーを捨てたのだとしても、決して薄情な人ではなかったに違いない。やむにやまれぬ事情があったのであろう。その一家には、とくにメリーと仲良しの坊やがいたかも知れない。メリーを見ていると、そんな想像が湧いてくるのだ。


 こないだ私は手帳にこんなことを書きつけたばかりだったのだが。

「……私のもとにはほとんど訪問客はない。私もまた人をたずねない。私は生れつき引っ込み思案な性分なので、独りでいる方が勝手なのである。たまに人とおしゃべりをすると、こなれの悪い食物を食った後のように、しばらくは気色が悪い。『退屈して困る』ということをよく聞くが、私の日常などは凡そ退屈なものであるが、けれども私はそれだからといって、べつに困りはしない。私にとっては、退屈は困るというようなものではない。私にとっては『退屈』は気心の合った友達のようなもので、私は誰と共にいるよりも、『退屈』と共にいて、無聊ぶりょうかこっている方がいい。いわば私は退屈を楽しんでいるのである。思うに、徒然つれづれというものも、幸福感の一種なのかも知れない。」

 ところで、メリーと共に暮らすようになってから、私の日常も多少あらたまってきた。私は無聊を託ってばかりもいられなくなった。まず私はこれまでのように朝寝坊が出来なくなった。メリーのために朝飯の支度をしなければならないので。私は自分の躯が寝床から、こんなにも思い切りよく離れられるものとは、思っていなかった。また早起きの味がこんなにも爽快そうかいなものとは知らなかった。焜炉こんろに火をおこし、メリーと自分のために野菜を煮るのだが、私の心はまるで幼妻のそれのようにいそいそしているのだ。お婆さんは「世話は焼けない。」と云ったけれど、それは全くそうなのだ。メリーのために何かをしてやるということは、私にとっては少しも厄介ではなかったから。メリーのために手足を働かすたびに、私は自分の心が活溌と鷹揚おうようの度合を増していくような気がした。

 私ははじめ土間の隅にわらを敷いて、そこにメリーを寝かしたが、その後小屋をつくった。私は果物屋から林檎りんご箱をいくつか譲ってもらって、それを材料にして小屋をこしらえた。私の上衣やズボンなども、躯よりは大きめの少しだぶだぶしているようなのが好きだ。私にとっては、なんによらず野暮やぼという様式位、居心地のいいものはない。私はメリーのためにも、少し大きめの小屋をこしらえた。やがては、仔どもも産れることだし。私は小屋の作製にまる二日を費した。随分不恰好ぶかっこうな小屋が出来上った。それはいわば大野暮とでも云うべき代物しろものであった。もともと私は手工は幼稚園時代から苦が手だったのだ。私は小屋を離れの戸口の前の柿の木の下に置いた。それでもよくしたもので、メリーは家畜の習性からか、そこをはじめから自分の住居と承知しているような顔つきで、いそいそと小屋の中に這入り込んだ。その満足そうにしている様子を見て、私はメリーにすまないような気がしたが、それでも嬉しくないことはなかった。私は慣れぬ仕事で掌にできた肉刺まめをなでながら、自分にもなにかがつくれるという喜びをかすかに感じた。それは遠いところからきた暗示のように、かすかに私に囁きかけた。なにかがつくれる。愛することだって、出来ない限りでもない。

 私はメリーを獣医の許に連れて行った。私の家から銭湯へゆく途中に犬猫病院がある。私はそれまでべつに注意もしなかったその看板が気になるようになり、そのうちいちどメリーを診察してもらっといた方がいいのではないかと思った。メリーはただの躯ではないのだから。私はメリーには出来るだけのことをしてやりたいと思った。お婆さんは首をかしげて、「そうねえ。それはてもらっておくに越したことはないでしょう。」と云った。お婆さんの眼の表情は私に向って、「あんたも案外愛犬家の素質があるようですね。」と云っているように見えた。

 獣医は柔和な顔をした青年紳士であった。診察室の壁には、ルッソーの「幸福なる四部合奏」の複製がかかげてあった。私はおやおやと思った。

「どうなさいました。」

「いいえ。健康診断をお願いしたいのです。」

 獣医は台の上にメリーをお坐りさせて、物慣れた手つきで、聴診器をメリーの躯にあてた。その間、メリーは全く従順にしていた。

「妊娠をしていますね。」

「はい。どんな工合でしょうか。」

 獣医は黙ったまま、こんどはメリーの後肢の内股のあたりを握って、懐中時計のおもてを見つめ、メリーの脈搏みゃくはくを数えた。人間も犬も変りはない、型どおりのものだと思いながら、診察の有様を見ていると、獣医が体温器をとりあげて水銀部にワゼリンをぬるとひとしく、それまでそばで黙って見ていた助手が、いきなりメリーの躯をおさえた。獣医は片手でメリーの尾をもちあげて、体温器をメリーの肛門にしずかにさし込んだ。瞬間メリーははじめて少しく抵抗を試みたが、すぐまたおとなしくなった。私にはその三、四分の間が随分ながく感ぜられた。私はメリーの顔と獣医の顔とを交互に見ながら、胸が熱くなった。神様は依怙贔屓えこひいきなしに人間の一人一人に、その素質にふさわしい使命を授けてくれるのだという気がしたのである。獣医は体温器を抜きとって、見しらべてから助手の手に渡した。

「異状はないようです。お産までには一月ありますね。」

 私はなにやらほっとすると共に、その一月という期間が長いようにもまた短いようにも感ぜられ、職業柄、締切日を宣告されたような気もした。締切日は私という愚かな鼠が落ちる陥穽かんせいのようなものであった。私はいつでも、まだ二十日もある、十日あると思いながら愚図愚図ぐずぐずしているうちに、ずるずると土壇場どたんばに追い込まれてしまうのがおきまりなのであった。メリーの生理と私の用意がうまく歩調を合わせてくれればいいがと思った。「まさかのときは神様が助けて下さるだろう。」私は意志薄弱者らしく心の中でつぶやいた。

 私はメリーに代って、獣医から妊娠中の心得を聞いた。朝夕に適度な運動をさせてやるほかは、なるべくつないでおくこと。よその犬と喧嘩けんかをさせないようにすること。流産をする心配があるから。人間と同じように母犬もおなかがすくものだから、滋養食じようしょくをふだんよりは余計にやるようにすること。そのほか色々聞いた。

 獣医はメリーが捨犬でこないだ私に拾われたばかりだと聞くと、念のため狂犬病の予防注射をして置こう、飼犬の登録申請をする場合にも、その証明書が必要でもあるからと云った。

「予防注射などをしても、大丈夫でしょうか。」

 と私は訊いた。獣医はわからぬような表情をした。

「おなかの仔どもにさしつかえはないでしょうか。」

 獣医はいい眼つきで私を眺め、破顔はがん一笑した。

「心配はありません。」

 獣医はまた助手に手伝わせて、メリーの頸に注射をした。メリーは注射針を刺された瞬間、「キャン。」と一声悲鳴をあげたが、あとは薬液やくえきを注入しおわるまでじっとしていた。獣医は注射をした跡をアルコールをしめした綿でかるく摩擦まさつした。メリーもようやく自分が解放されたことを感じたらしく、私の顔を見上げて尾をはげしく振った。私は可憐かれんな気がして、メリーの頸を抱きその額をなでた。人前ではあったが、私はそうせずにはいられなかった。

 証明書を書くだんになって、獣医は私をかえりみて、

「名前は?」

「メリー。」

 私の頬には血がのぼり、私は自分の声音にメリーに対する自分の気持を確かめるような思いをさえ味わった。

 帰りぎわに、私は壁のうえの「幸福なる四部合奏」の絵の中にいる犬を指さし、獣医に訊いてみた。

「この犬は何種でしょうか。」

 獣医は他意のない微笑を見せた。

「さあ。テリアの一種でしょう。」

 私はこの絵が欲しかったのだ。離れの壁にこの絵をかけたいと思った。けれども、いきなり無心も出来なかった。

 家に帰って、私はメリーの小屋のわきにある柿の木にメリーを繋いだ。ことしは柿の当り年らしく、柿の木の梢には、枝もたわわに実が成っている。この実が色づく頃には、メリーは仔どもを産むのだと私は思った。


 私は市役所へ行って飼育の登録申請をし、また保健所へ行って、獣医の証明書を提出し、両方から一枚ずつ鑑札かんさつをもらった。鑑札を渡してくれるとき、係りの女の子は私に向い、この鑑札を必ず首輪に附けて置くようにと注意した。私はまだメリーに首輪を買ってやってはいなかった。

 私は駅前の繁華街にある刃物屋で、メリーのために首輪と鎖を買った。私は首輪に私とメリーの名前をらせた。私は奮発して、首輪も鎖も上等のを買った。私にはむかしから羊羹ようかん沢庵たくあんをうすめに切るくせがある。私はこの際自分のそういう性質を改良すべきだと思った。かえりに私は牛乳屋に寄り、毎日一本宛配達してもらうことにした。家に帰って私はメリーの頸に首輪をはめた。さあ、これで私達の間柄は、神様の前にも世間の前にも正当なものになったのだ。

 私ははじめ几帳面にメリーを鎖に繋いだが、その後は散歩に連れてゆくときのほかは、メリーの頸に鎖をつけなかった。メリーは全くわが家に馴染なじんで、ひとりでは外に出かけなかった。私が机に向い本を読んだり、小説を書きあぐんだりしているわきで、メリーは土間に寝そべっていたり、お婆さんのいる座敷の縁先に遠慮なく上りこんで日なたぼっこをしていたり、またお婆さんが庭に丹精して育てている草花のかげで昼寝をむさぼっていたりしている。私もメリーと共に暮らすようになってからは、家に落着くようになった。私はそれまでは独り者の気散じで、所在なくなると、ついぶらぶらと散歩にばかり出かけていたのだが。読書にんで本から眼をあげ、土間にいるメリーと視線があったりすると、私はなんとなく安心して、それこそアット・ホームな気持になる。メリーにしても、同じ思いではないかしら。私はそれをメリーの眼つきに感ずるのだ。

 私はメリーが魔法使のお婆さんのために犬に化せられた人間の娘で、やがていつかはその魔法がとけて再びもとの娘の姿にもどるのではないかしらと、そんな阿呆あほうなことを半ば本気で空想したりした。また逆に私の胸の中には魔法によってながい眠りにつかされている王子がいて、その王子を眠りからさまさせるためにメリーは私のもとに来たのだと空想したりした。魔法の霧がはれて、自覚していなかったさまざまの可能性が開花する日がきっとくると、私はそんな虫のいいことを思った。

 メリーがきてから、母屋のお婆さんと私の仲も親しみを増した。お婆さんは私にとっては、最も身ぢかな隣人でありまた世間であるが、これまで私はそれほど親しくはしていなかった。私は無愛想な口不調法な人間だし、お婆さんもあっさりした人柄だから。けれども、メリーがきてからは、私の人づき悪さが、メリーのために大分緩和されたような工合になった。私はメリーが私のために、世間に対して執成とりなしをしてくれるような気がする。云いかえれば、メリーのなかにある「庶民の心」をとおして、私自身も世間につながることが出来るのである。

 お婆さんも、メリーを可愛がっている。お婆さんはいつも大抵、長火鉢のわきに坐って、前に小さいお膳を据えて、そのうえに花骨牌を並べている。年をとって後光のさしくるような人がいるが、このお婆さんがそうである。お婆さんがめくる骨牌の一枚一枚にはあたかも精が入っているかのよう。年寄の渋味というものを、一枚の絵にしたようである。お婆さんは年寄には珍しく愚痴ぐちをこぼさない人なのである。

 お婆さんは、こんなふうに云う。

「メリーの相手をしているのが、いちばんいいですよ。ほかのお客様とですと、ついひとさまのかげ口をきくようになりましてね。」

 私はお婆さんから、被毛の手入れの仕方を教わった。お婆さんはまずブラシで、メリーの頭から、頸、肩、背、腰、あしという順に丹念にマッサージをして、それから金櫛かなぐしで丁寧にいた。

「こうしてやると、毛の色艶がよくなりますし、それにのみしらみがたからなくなります。」

 とお婆さんは云った。その後もお婆さんは私に代って、ときどきメリーの手入れをしてくれている。お婆さんに面倒を見てもらっているメリーを見ながら、メリーはべつとして、私自身が不当にめぐまれているように思われ、これでいいのだろうかと、なんだか後めたいような不安な気持におそわれるのであった。

 私は路を歩きながら、犬に出逢うと、これまでになく気をつけるようになり、また犬が以前ほど恐くはなくなった。どんなに立派な優美な犬を見ても、私には私のメリーの方がよかった。メリーの顔と姿態はもはや私の心にしみついてしまっていた。人の子の親にとって、わが子の顔が絶対なものであることを、私はメリーをとおして学ぶことが出来た。

 そのことを私がお婆さんに告げると、お婆さんは云った。

「それは、あんた、情がうつるというものですよ。」

 私は夜外出するとき、離れの明りを、小さな電球にとりかえて、わざと消さずにおく。メリーはもはや自分のねぐらにいるが、そこから離れの明りが見える方が、メリーのためにも私のためにもいいような気が私にはするのである。私にとっても真暗にして留守にしてしまうよりは、その方がなんだか安心なのである。

 私の外出は割引から映画を見るか、呑み屋に寄るか、どちらかである。映画館のくらやみは、私にとっては居心地のいい場所の一つである。人込みの中に紛れ込んで、お互いに邪魔にもならず邪魔にもされずに、共にある一定の時間を過ごすことは、人間という群棲ぐんせい動物にとっては、やはり心やりの一つなのであろう。映画館に入るのは、映画を見るのが目当ではあるが、けれどもこれが自分ひとりで見ているのだとしたら、すこしも楽しくないであろう。私は画面を見ながら、夢み心地になったり、涙をながしたりするが、ひとから泣顔を見られる心配がないのがいい。私にとっていちばんいやなことは、ひとから見られることである。ひとから見られていると思うと、私はもうぎくしゃくして、なにをすることも出来なくなってしまうのである。

 ときたま呑み屋に行くことも、私にとっては欠くことの出来ない、いわば生活の要素である。呑み屋という場所も、私にとってはそんなに窮屈なところではない。私はひとと話の間のもてない方であるが、そこに酒というものが入れば、またべつである。

 私は呑み屋の暖簾のれんをくぐって、隅っこの方で、ちびりちびりやる。

「おや、いらっしゃい。久しぶりね。いい人が出来たんじゃないかと思って心配したわよ。」

「実は出来たんだ。」

「へえ。おどかさないでよ。」

「犬を飼ったんだ。メリーって云うんだ。」

「牝なのね。じゃ、あんた、この頃犬といるの?」

「犬といるなんて、同棲どうせいしているようなことを云うなよ。もっとも、同棲にはちがいないが。そのうち仔どもが産れるよ。」

「なに云ってんのよ。あんた、しっかりしなくちゃ駄目よ。早く、おかみさんをもらいなさいよ。」

「おれは正気だよ。もう帰る。」

「里心がついたのね。じゃ、またどうぞ。メリーさんに宜しく。」

 千鳥足で帰ってくると、離れの窓に明りのついているのが見える。その明りを見つめているうちに、私はその中にメリーがいるような、また自分がいるような気がしてくるのであった。


 私の家の近くにかしら公園がある。私は朝と夕方、散歩かたがた、メリーをそこへ運動に連れてゆく。私とメリーがはじめて邂逅かいこうした場所も、この公園である。

 私の家から公園の木立が見え、家の前の小路を抜けると、そこはもう公園である。ここはむかしから、都人の行楽地こうらくちとして有名である。戦争末期から戦後にかけては荒れていたが、いまは風致ふうちも整って、小綺麗になっている。日曜祭日などは家族づれでにぎわっているが、ふだんはそれほどでもなく、閑散としている。雨上りの後などに、池畔ちはんをぶらつく気分は悪くない。四季折々で、それぞれ風情があるが、私はとりわけ冬枯れの頃と青葉期が好きだ。紅葉のときも悪くないが。武蔵野市では、この公園の風致を保つために、常住人夫を入れている。

 私はメリーの首輪に鎖をつけてそれを握り、メリーをひっぱったり、またメリーにひっぱられたりしながら、池の周囲をひと廻りしてくる。

 野口雨情もかつて武蔵野市に住んでいて、この井の頭は雨情が朝夕散歩をしていた処のようである。一昨年の秋だったか、池畔に雨情を偲ぶ碑が建てられた。碑面には雨情の作になる井の頭音頭の一節が刻んである。


いてさわいで

ごろ

よし行々子よしきり

はなりやせぬ


 雨情自身の筆蹟だが、一寸判読し難い。その後、碑の傍らに、文字を明記した表札が立てられた。雨情がこのうたをんだのは、大分むかしのことであろう。いまはよしきりの鳴声もきかれない。葦も池の輪郭りんかくせばまって池の水が小さな流れになる、上に井の頭線の鉄橋がかっている辺に、わずかに見られるばかりである。

 晩年の春だったか、池の中ほどにある橋が改築されて、七井橋なないばしと呼ばれるようになった。橋のたもとには、こんな表札が立てられた。

「この池の水は大昔から飲料水、田用水に利用されています。特に徳川初期、神田上水が江戸の町民に使われ出すと、その水源として名高くなりました。後玉川上水が開かれると、その溜池ためいけにもなったが、今は東京都水道の補助水になることもあります。徳川三代将軍家光の牟礼野田猟むれのかりの時、御殿山に休息して池の泉にかついやしてから、弁財天べんざいてん堂宇どううも立派にされました。池の中の七箇所から清水が湧いてひでりの時もれることがないので、『七井池なないのいけ』といいます(江戸名所図絵)。また『神箭かみやの水』ともいいますが(新編武蔵風土記稿)これは池畔から石鏃いしやじりが沢山出たからでしょう。土地の人は『井の頭池』といいます(庶民史料)。この橋は、池の名の一つをとって七井橋といいます。」

 この辺はむかしは将軍家の鷹狩たかがりの場所だったようである。池の中の七箇所から清水が湧いたというが、いまは大分減ったにちがいない。それでも水量はゆたかで、水の色も澄んでいる。

 この池には浮藻が簇生ぞくせいしている。その繁殖力は相当なものらしく、池に舟を浮かべて人夫が藻を除去する作業をしているのをよく見かける。雨情の碑のあるあたりの岸に、引上げられた藻が積んであって、そのそばを通ると、藻の匂いが鼻を刺戟しげきする。私はことしはじめて浮藻の花を見た。私ははじめそれを季節ときならぬ桜の花びらが、水面に散り敷いているのかと錯覚した。

 池にはまたにおがいる。可愛い鳥である。小粒で臆病気で、人の気配がすると、すぐ水にもぐる。キュルルルルルルとけたたましい鳴声を立てて、水面を滑走する。一羽でいることは殆どない。いつも二羽連れ立っている。どちらがどちらとも判別しないが、雌雄しゆうなのかも知れない。私は鳰の浮巣というのを見たいと思っているが、まだお目にかからない。

 メリーは私と連れ立って散歩するのが好きらしい。鼻づらで地面をかぐようにしながら、嬉々としてゆく。池畔をめぐりながらメリーは、藻の匂いに鼻をくんくんいわせたり、鳰の鳴声に肝を消したような顔つきをする。池をひとめぐりすると、私は公園の西のいずれのいぬしでの木立のある丘にゆき、そこにあるベンチに腰かけて休み、メリーの首輪から鎖をはずしてやる。そして私の姿が見える範囲内でメリーをひとり勝手に遊ばせてやる。

 私はひごろからこの場所が好きなのである。私は都会育ちで木や草には馴染みがうすく、とんとうとい方なのだが、いつかいぬしでの樹に親しみを感ずるようになった。その暗灰色の樹の肌や、丈高く細長い伸びようをしている幹の姿態を見ると、なにかの動物にでも接しているような親しみが湧く。いぬしでの冬木立ふゆこだちはよかった。裸になったこずえの発揮する生気はなんとも云えなかった。また、その梢に新芽がえだしたときの初々しさといったら、なかった。青葉の頃、ベンチに腰かけて上を仰ぐと、私の頭上高く、緑の天蓋てんがいが覆いかぶさっていて、私はうっとりとしていい気分になるのであった。メリーをはじめて見たときも、私はベンチに仰向けに寝ころんで梢を仰ぎ、いつか夢路に入って、眼がさめてメリーの顔を見て、私ははじめそれをまだ夢のつづきのように思っていたのだったが。

 その日の夕方、私はいつものようにメリーを連れて池をひとめぐりし、いぬしでの木立のある丘にきて、メリーを解放し、ベンチに腰をおろしてぼんやりしていた。私の胸の中に幽閉ゆうへいされている眠れる王子は、永遠に目ざめるときが来ないのではなかろうかと、私はそんなことをぼんやり考えていたのである。すると不意に「キャン、キャン。」というただならぬメリーの悲鳴がきこえた。びっくりして見ると、一匹の図体ずうたいの大きな赤毛の犬が、逃げるメリーを追いまわしているのである。私は肝をつぶして、その場にかけつけ、メリーをうしろにかばって、ぐっと赤毛の犬をにらみつけた。一瞬、私とそやつの目が噛みあったが、そのとき私はぞっとするものを感じた。赤毛の犬はいきなり私を目がけて飛びかかってきたのである。私は自分の躯に赤犬がぶつかるのを感じ、はずそうとして思わずそこに尻餅しりもちをついた。私はしまったと思い、そのとき脱げた下駄をつかむと、無我夢中に横に払った。手応てごたえ充分であった。私は赤犬の横腹をいやというほどなぐりつけたらしかった。案ずるほどのこともなかった。赤犬は「キャン。」と一声悲鳴をあげると、後をも見ずに逃げ去った。私はほっとした。やれやれ。見るとメリーは気づかわしそうに私を見守っている。いい塩梅あんばいにメリーはつつがなかった。気がついてみると、私は負傷をしていた。右掌の小指の下のところにうすく歯型がついて紫色になっていた。赤犬は狂犬ではないだろうか。そうだとすると、ことだと思った。それと同時にメリーの躯のことが気になった。いまのショックはメリーのおなかの中の仔どもに悪い影響を及ぼしはしないだろうか。若しかしたら、流産しはしないだろうか。黒雲がもくもくと立ちこめ、前途が真暗になったような気がした。私はその足で獣医のもとに行った。

 獣医は私の話をきき、一応メリーの躯を診察したが、異状はないと云った。私の負傷の方はてんで問題にもしなかった。それはかすり傷にはちがいなかった。それでも獣医は私の気を休めるように、傷に薬をつけ繃帯ほうたいをまいてくれた。赤犬は狂犬ではないだろうと獣医は云った。

「狂犬でなくとも、ひとを噛むものでしょうか。」

「噛みますとも。恐怖から。憎悪から。嫉妬から、愛情から。」

 いやに人間臭いことを云うなと私は思った。横眼でれいの「幸福なる四部合奏」の絵を見ながら。

 その夜私は夢を見た。

 ……私が外出から帰ってくると、メリーの小屋の前に、赤犬が立ちはだかっているではないか。見ると、赤犬は私がメリーのために用意しておいた、肉と野菜のまぜめしをがつがつ頬張ほおばっている。メリーはと見れば、小屋の奥の方に小さくなっている様子である。私は足音あらく赤犬のそばにつめより、「こら。」と一喝いっかつをくらわした。ふしぎなことに、私の口からは「ワン。」という声がもれた。私は自分がいつのまにか一匹の白犬になっていることを確認した。赤犬は私の方をふりむき、私達は互いに睨みあった。私は赤犬の眼を見つめているうちに、なんだか見覚えがあるなと思った。そう思うと同時に、眼前の赤犬の顔のなかから、私の小学校時代のある同級生の顔が二重写しのように見えてきた。あいつだ、と私はうなった。(あいつ。それは私の小学校時代のある同級生である、五年生のときであった。ある日、私が教室でその日文房具屋で買った新しい雑記帳を机から取り出して、いそいそとひろげてみると、自分ではまだなに一つ書いた覚えのないその真新しい頁のはじめに、鉛筆でまるで蜘蛛の巣を見るようにいたずら描きがしてあった。またある日、私は母の手縫いの仕立下ろしの着物をきて学校へ行ったが、家に帰ってきて見ると、その着物の背なかにガムがへばりついていた。またある日、学校でおひる時間に、私が弁当箱をあけてみたら、おかずの玉子焼を誰かが食いかじった形跡があった。これらの犯人が誰であるか、私にはうすうす見当がついていた。それは教室で私のすぐうしろの席にいる生徒であった。その生徒はある金持のせがれであった。彼は私の顔を横眼で見ながら、「玉子焼、玉子焼。」と自分からほのめかすようなことを云ったりしたのである。けれども、はっきりしたことではないので、私は彼に向って抗議を申し込むことは控えていた。ある日私が休み時間に、忘れてきたボールをとりに教室にもどると、人気のない教室の中で彼が私の机の上に屈み込んでいた。そばに行ってみると、彼は私の読本を机の上にひろげて、その挿画にクレヨンで出鱈目でたらめなぬり画をしているのであった。私はとうとう現場を押さえたのである。けれども驚いたことには、彼は私に見つけられたことに対して、少しもひるむ色を見せなかった。反ってまざまざとあざけりの色を満面に浮かべて私を見た。私はそのとき子供ながらにぞっとした。彼の眼色は私に対する悪意で燃えていたから。けれども、その後は彼も私に対してわるさをしなくなった。私はいまだに彼がどうして私に対してあんな真似をしたのか、というよりは敵意を抱いたのか見当がつかないのである。(ずっと後になって私は、ある新聞記事に「××首相はきょうは夕食になだ生一本きいっぽんでまぐろのさしみを食べた。」と書いてあるのを読んだとき、なんとつかず彼のことを思い出した。もとより彼が成長して新聞記者となり、その記事を書いたというように想像したわけでもなかったが。まぐろのさしみが私の玉子焼を聯想れんそうさせたのかも知れない。)赤犬は、いや、あいつは私が見覚えのある眼色でっと私を見つめた。私は子供のとき教室でこの眼を見たときの感情が、自分のうちによみがえるのを感じた。あいつはかつて私の新しい雑記帳をよごしたように、いままた私とメリーの生活にけちをつけにやってきたのだろうか。あいつはあのときのように満面に敵意を浮かべて唸り声をあげた。「お前のような奴がいるから、世の中が住みにくくなるのだ。」私はその唸り声に打ちひしがれそうになった。同時に私の心にはじめてはげしいいきどおりがこみあげてきた。どこやらのことわざにも云うではないか。「女房と城と犬とは他人に貸すな。」と。私はあいつが私に向けて投げつけた言葉を、そのまま熨斗のしをつけて返上してやろうかと思った。けれども私にはそれが出来なかった。ひとに向ってそんな言葉を云うほどならば、しっぽを巻いて退却した方がいい。私は前にすすめず後にもひけない状態で、あいつの前に立っていた。私は自分が全身すきだらけであることを感じた。いま若しあいつが飛びかかってくるならば、私はのど笛をみきられることだろう。

 私は眼がさめた。私は全身にびっしょり寝汗をかいていた。危いところだったと私は思わず心の中でつぶやいた。夢の中で白犬になった自分の姿は、眼がさめてからも、私の眼にありありと残っていた。これがいわば自分を客観的に見たということになるのではなかろうかと私は思った。客観的に見た「私」なるものは、どうしてなかなか可愛げのある代物であった。主観的反省では、私はいつも墨汁ぼくじゅうでもすするような自己嫌悪を味わうのであったが。私には夕方のことも夢のように思われたが、それは夢でない証拠には、私の掌には繃帯が巻かれてあった。雨戸をくると、外はもう明るかった。庭に出て、メリーの小屋の前にゆくと、私の足音をききつけて、メリーは小屋から出てきて、私の足に躯をこすりつけた。私はそこにしゃがんで、メリーの頸を抱きよせ、その眼差しに見入りながら、自分の頭が妄想もうそうから洗われていくのを感じた。


 メリーのおなかは日ましにふくれてきた。同時に乳房も膨れてきて、ちゃんと乳首が出来てきた。試みに乳首をしぼってみると、白いお乳がじわじわと、わき出すように出てくる。かるくおなかに掌をあてると、なかの仔どもの動くのが、こちらの掌に伝わってきた。メリーの眼はもうすっかり母親の眼になっていた。その眼は、「ね、わかりますか。」と私に問いかけているように思われた。

 私はメリーを運動に連れ出すことをやめた。メリーの動作は目に見えてにぶくなってきた。なにをするのもけだるいといった様子で、庭先の陽あたりのいい場所に、ただぐったりとして寝ころぶようになった。お婆さんは不憫がって、そういうメリーのおなかをそっと撫でてやったりしていた。そうされると、いくらか切なさが緩和されるらしく、メリーは眼をほそくして喜んだ。

「なんだか、孫でも産まれるような気持がします。」

 とお婆さんは云った。

 私はメリーの産室には、離れの土間をあてることにした。私はまた果物屋から林檎箱をわけてもらって、それで産床うぶどこをこしらえた。

 離れの前の柿の実があらかた色づいた頃、メリーは無事に仔どもを産んだ。仔どもは五匹で、牡が二匹で、牝が三匹であった。被毛はみんなメリーに似ていた。

 メリーの表情には、はじめて母親になった喜びが輝いていた。お婆さんもほっとしたし、私もほっとした。

 その後、仔どもはみんな順調に発育している。仔どもがそろって互いにもぐりっこをしながら、メリーの乳房にとりついているところは、なんとも云えず可愛い。掌のうえにせてやると、険難けんのんがって鼻をくんくんいわせる。その様子はまるで人間の子供が、「もういい。もういい。」と云っているように見える。

 メリーは仔どもに乳を与えながら、誇らしげに私の顔を見上げる。その眼は私に向い、「ね、みんないい仔でしょ。」と自慢しているように見える。

 こないだ、お婆さんの孫達が遊びにきたが、そのとき持参のカメラで、私がメリー達と共にいるところを写真にとってくれた。送ってくれた写真を見ると、メリー達のそばに、まぬけづらをした人間が写っていて、それはどうやら私のようであった。それこそ客観的判断の見本かも知れなかった。けれどもその写真を見て、私はチャップリンの「犬の生活」という古い映画のことを思い出した。その映画が上映されたのは、私がごく幼い頃のことで、私はその映画を見たようにも思うけれど、あるいは見なかったのかも知れないのだ。私はその映画がどういう筋書のものであったかも覚えていないし、またどんな場面があったかも覚えていないのである。けれども、私はその映画の一枚のスチールを見ていて、それを記憶しているのだ。それはれいの浮浪者の扮装ふんそうをしているチャップリンが一匹の野良犬とならんでいる写真なのだ。その後も私はずっとその写真のことを、なんとなく忘れずにいる。筋書も覚えていない、あるいは見なかったのかも知れない映画の一枚のスチールを。「犬の生活」というその題名と共に。

底本:「落穂拾い・犬の生活」ちくま文庫、筑摩書房

   2013(平成25)年310日初版第1刷発行

底本の親本:「小山清全集」筑摩書房

   1999(平成11)年1110日増補新装版第1刷発行

初出:「新潮 第五十二巻第二号」新潮社

   1955(昭和30)年21日発行

入力:kompass

校正:酒井裕二

2018年928日作成

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