振動魔
海野十三



     1



 僕はこれからず、友人柿丘秋郎かきおかあきろうが企てた世にも奇怪きわまる実験について述べようと思う。

 柿丘秋郎と云ったのでは、読者は一向興味を覚えないだろうと思うが、これは無論、僕が仮りにつけた変名であって、もしもその本名を此処に真正直ましょうじきに書きたてるならば、それが余りにも有名な人物なので、読者はッと驚いてしまうだろう。それにもかかわらず、敢えてジャーナリズムにそむき、彼の本名を曝露ばくろしない理由は──と書きかけたものの、僕は内心それに言及げんきゅうすることに多大の躊躇ちゅうちょを感じていることを告白せねばならない──彼の本名を曝露ばくろしない其の理由は、彼の妻君である柿丘呉子かきおかくれこを、此後に於ても出来得るかぎり苦しめたくないからなのである。呉子さんは野獣的な今の世に、まことに珍らしいデリケートな女性である。それをちょっと比喩たとえてみるなれば、柔い黄色の羽根がやっと生えそろったばかりのカナリヤの雛仔ひなを、ソッとのうちに握ったような気持、とでも云ったなら、ほのかに呉子さんから受ける感じを伝えることができるように思われる。庭のきり葉崩はくずれから、カサコソと捲きおこる秋風が呉子さんの襟脚えりあしにナヨナヨと生え並ぶ生毛うぶげを吹き倒しても、また釣瓶落つるべおちにちるという熟柿じゅくしのように真赤な夕陽が長いまつげをもったつぶらな彼女のそうの眼を射当いあてても、呉子さんの姿は、たちどころに一抹の水蒸気と化して中空に消えゆきそうに考えられるのだった。ああ僕は、あだしごとを述べるについて思わず熱心でありすぎたようだ。

 このようなたる麗人れいじんを、妻と呼んで、きたきた紅閨こうけいようすることの許された吾が友人柿丘秋郎こそは、世の中で一番不足のない果報者中かほうものちゅうの果報者だと云わなければならないのだった。し僕が、仮りに柿丘秋郎の地位を与えられていたとしたら──おお、そう妄想もうそうしたばっかりでも、なんという甘い刺戟しげきに誘われることか──僕は呉子さんのために、エジプト風の宮殿を建て、珠玉しゅぎょくちりばめた翡翠色ひすいいろの王座にしょうじ、若し男性用の貞操帯というものがあったなら、僕は自らそれを締めてその鍵を、呉子女王の胸に懸け、常は淡紅色たんこうしょく垂幕たれまくへだてて遙かに三拝九拝し、奴隷の如くに仕えることも決していとわないであろう。しかしながら友人柿丘秋郎の場合にあっては、なんというその身識らずの貪慾者どんよくものであろう。彼は、もう一人の牝豚夫人めぶたふじんというねたまれものと、切るに切られぬ醜関係を生じてしまったのだった。

 その牝豚夫人は、白石雪子しらいしゆきこと云って、柿丘よりも二つ歳上の三十七歳だった。だが、その外貌に、それと肯く分別臭ふんべつくささはあっても、およそ彼女の肉体の上には、どこにもそのように多い数字に相応ふさわしいところが見当らなかったのだった。とりわけ、頸筋くびすじから胸へかけての曲線は、世にもあでやかなスロープをなし、その二の腕といわず下肢かしといわず、牛乳をたっぷり含ませたかのように色は白くムチムチと肥え、もし一本の指でその辺を軽く押したとすると、最初は軟い餅でも突いたかのようにグッとくぼみができるが、やがてその指尖ゆびさきの下の方からみほぐすようないどんでくるような、なんとも云えない怪しい弾力が働きかけてくるのだった。それにまだ一度も子供を産んだことのない牝豚夫人は、この数年来生理的な関係か、きめの細かい皮膚の下に更に蒼白い脂肪層の何ミリかを増したようだった。夫人が急に顔を近付けると、彼女のふくよかな乳房と真赤な襦袢じゅばんとの狭い隙間から、ムッとむせぶような官能的な香気が、たち昇ってくるのだった。

 柿丘秋郎が、こんな妖花ようかかかわるようになったのは、彼の不運ともいうべきだろう。柿丘でなくとも、どのような男だって、雪子夫人のような女に出遭であうと、すくみでもしたかのように彼女から遠のくことが出来なくなるだろう。だが柿丘秋郎を永らく、雪子夫人の肉体への衝動を起させることなしに救っていたものは、実に柿丘秋郎にとって彼女は、恩人の令夫人だったからである。

 僕は柿丘秋郎の奇怪な実験について述べると云って置きながら、あまりに永い前置きをするのを、読者はもどかしく思われるかも知れないが、実はこれから述べるところの、一見平凡な事実が、後に至って此の僕の手記の一番大事な部分をなすものなのであるからして、そのお心算つもりで御読みねがいたい。

 さて、柿丘秋郎が恩人とあがめるという、いわゆる牝豚めぶた夫人の夫君は、医学博士白石右策しらいしうさく氏だった。白石博士は、湘南しょうなんに大きいサナトリューム療院を持つ有名な呼吸器病の大家だった。一般にサナトリューム療院といえば、軽症けいしょうの肺病患者ばかりに入院を許し、第二期とか第三期とかに入ったやや重症の患者に対しては、この療法が適しないという巧みな口実を設けて、ていよく医者の方で逃げるのだった。だが吾が白石博士の場合にかぎり、どんな重症の患者も喜んで入院を許したばかりではなく、博士独得の病巣固化法びょうそうこかほうによって、かなり高率の回復成績をあげていたのだった。それは世間によく知られているカルシウム粉末を患者の鼻の孔から吸入させて、病巣に石灰壁せっかいへきを作る方法といささか似ているが、白石博士の固化法では、病巣の第一層を、或る有機物から成る新発明の材料でもって、強靱きょうじんでしかも可撓かとう密着壁膜みっちゃくへきまくをつくり、その上に第二層として更に黄金おうごんの粉末をもって鍍金ときんし、病菌の活躍を封鎖したのだった。

 この白石博士を、柿丘秋郎は恩人と仰いでいると、ここに誌したが、柿丘も実は博士のこの新療法によって、更生の幸福をつかんだ一人だった。そして柿丘が、もう一ヶ月遅く、博士の病院の門をくぐるか、乃至ないしはもう一ヶ月速く博士の診断をあおいだとしたら、彼は更生こうせいの機会を遂に永遠に喪ったことだろう。それと云うのが、博士がこの新療法に確信を得たばっかりのところへ柿丘は馳けつけたことになり、いわば博士の公式な第一試術患者となったわけで、また一面において柿丘の病状は第三期に近く右肺の第一葉をすっかりむしばまれ、その下部にある第二葉の半分ばかりを結核菌に喰いあらされているところだったので、しもう一と月、博士の門をくぐるのが遅かったとすると、流石さすがの博士もその回春かいしゅんについて責任がもてなかったのだった。

 ここに一寸だけ、柿丘秋郎の輪廓りんかくを読者に示さねばならぬ羽目になったけれど、柿丘秋郎は彼の郷里の岡山おかやまに、親譲りの莫大ばくだいな資産をもち、彼の社会的名声は、社会教育家として、はたまた宗教家として、年少ながら錚々そうそうたるものがあり、ことに青年男女間に於ては、湧きかえるような人気がある人物だった。ちょうど病気に倒れる直前には、その宗教団体の選挙があって、彼は猛然なる運動の結果、その弱年にもかかわらず、非常に重要な地位にいた。およそ宗教家とか社会教育家というものほど、奇怪な存在は無いのであって、彼等のうちで、真に神につかえ世の罪人を救うがためにおのれの一命をも喜んで犠牲にしようという人物は、たいへんまれであって、彼等の多くは、たまたま職業を其処にみいだしたのであって、それから後は無論のこと職業意識をもって説教をし、燃えるような野心をもって上役うわやく後釜あとがまねらみ、妙齢みょうれいの婦女子の懺悔ざんげを聴き病気見舞と称する慰撫いぶをこころみて、心中ひそかに怪しげなる情念に酔いしれるのを喜んだ。柿丘秋郎の正体もつきつめて見れば、此の種の人物だったが、割合に小胆者しょうたんものの彼は、幸運にも今までに襤褸ぼろをださずにやってきたのだ。これは僕がねたみごころから云うのではない。

 柿丘が、あの病気にかかってそのまま呼吸いきをひきとってしまったら、彼の競争者は、たちまちえたる虎狼ころうのごとくに飛びかかって、柿丘の地位も財産ものこらずたいらげてしまい、その上に不名誉な背任はいにんのかずかずまで、有ること無いことを彼のしかばねの上に積みかさねたことだったろう。柿丘秋郎は、その間の雰囲気を、十二分に知っていた。

(もうこれは駄目だ。最後の覚悟をしよう)とまで、決心した彼だった。そのような危機ピンチを、白石右策博士は見事にすくったのだった。柿丘にしてみれば、博士に救われたのは、病気ばかりではなく、彼の社会的地位も、彼の家庭も、彼の財産も、ことごとく博士の手によって同時に救われたことになるのだった。博士のサナトリューム療院から退院するという日、柿丘は博士の足許にひれふして、潸然さんぜんたるなみだのうちに、しばらくは面をあげることができないほどだった。

 柿丘秋郎と白石博士との両家庭が、非常に親しい交際つきあいをするようになったのは、実にこうした事情にたんを発していた。



     2



 この二組の夫婦は、しばしば一緒になってお茶の会をしたり、その頃流行はやり出したばかりの麻雀マージャンを四人で打ったり、日曜日の午後などには三浦みうら三崎みさきの方面へドライヴしてはゴルフにきょうじたり、よその見る眼もむつまじい四人連れだった。しかしながら、博士と雪子夫人と、柿丘と呉子くれこさんとの関係は、いつまでもそう単純ではあり得なかった。

 そのことを始めて僕が知ったのは、或る夏の終り近い一日だった。雪子夫人には、博士との間にどういうものか子種こだねがなかった。それで多量の閑暇かんかをもてあましたらしい夫人は、間もなく健康を恢復かいふくして更生こうせいの勢いものすごく社会の第一線にのりだして行った柿丘秋郎の関係している各種の社会事業に自らすすんで、世話役をひきうけたのだった。その夏は、海岸林間学校が相模湾さがみわんの、とある海浜かいひんにひらかれていたので、柿丘夫妻は共にその土地に仮泊かはくして、子供たちの面倒をみていた。一方雪子夫人は、東京の郊外を巡回する夏期講習会の幹事として、毎日のように、早朝から、郊外と云っても決して涼しくはない会場に出向いては、なにくれと世話をやいていたのだった。

 そこで僕自身のことを鳥渡ちょっとお話して置かねばならないが、僕は元来、柿丘と郷里の中学を一緒にとおりすぎてきた、いわゆる竹馬ちくばともというやつで、僕は一向金もなく名声もない一個の私立中学の物理教師にすぎなかったのであるが、幼馴染というものはまことに妙なもので、身分地位のまるっきり違った今日でも真の兄弟のように呼びかけたり、吾儘わがままを云いあうことができるのだった。僕は、この有名なるめる友人のお蔭で、そのやしきに出入しては、自分の財布に相談してはいつになっても得られないような御馳走にありついたり、たまには独り身の鬱血うっけつを払うために、町はずれの安待合やすまちあい格子こうしをくぐるに足るお小遣こづかいを彼からせしめたこともあった。彼が呉子くれこさんを迎えてからは、そうおおぴらには、せびることもできなかったが、彼の代りに出版の代作だいさくをしたり、講演の筋を書いたりして、その都度つど、学校から貰う給料に匹敵するほどの金を貰っていた。呉子さんはこの辺の事情を、うすうす知ってはいたのであろうが、生れつきの善良なる心で、僕をいろいろと手厚く歓待かんたいしてくれたのだった。

 僕は、柿丘邸の門をくぐるときには、案内をわずに、黙って入りこむのが慣例になっていた。柿丘が呉子さんを迎えてからは、この不作法ぶさほうきわまる訪問様式を、厳格げんかくあらためたいと思ったのではあるが、どうも習慣というのは恐ろしいもので、格子こうしにちょいと手がかかると、僕はいつの間にやらガラガラとやってしまって、気のついたときには、茶の間の座蒲団ざぶとんの上にチョコナンと胡坐あぐらをかいているという有様だった。しかし僕は、柿丘邸の玄関と茶の間と台所と彼の書斎と、僕が泊るときにはいつも寝床をとってもらうことになっている離座敷はなれざしきとの外には、立ち入らぬ様にきめていた。しかし、たった一度、眼もめるような紅模様べにもようのフカフカする寝室の並んだ夫妻のベッド・ルームを真昼まっぴるのことだから誰も居ないだろうと思ってのぞきに行き、しかも失敗したことはあるが、まアそのような話は、しない方がいいだろう。

 さて、その夏の或る日のことだった。

 僕は講習会で、つまらぬ講義をすませてから(その講習会に、例の牝豚夫人が参加していたことは云うまでもない)、その夜のうちに、一寸読んで置きたい本があったので、その本が柿丘の書棚しょだなにあることをねて眼をつけておいたものだから、今日は行って借りてこようと思い、麻布本村町あざぶほんむらちょうにあるの柿丘邸に足を向けたのだった。

 玄関をガラリと開けると、僕はいつも履物はきものを見る習慣があった。並んでいる履物の種類によって、在宅中の顔触かおぶれも知れ、その上に履物の主の機嫌がよいか、それとも険悪けんあくかぐらいの判断がつくのであった。その日の玄関には、一足の履物も並んで居なかった。では、おんたい始め夫人まで、まだ海辺かいへんから帰っていないのだなと思ったことだった。

 それなら、ソッと上りこんで、茶の間で昼寝をしているかも知れない留守女中のおよし吃驚びっくりさせてやろうと思って、跫音あしおとを盗ませて入っていったのだった。ところが茶の間にはお芳の姿が見えなかったばかりか、勝手元までがピッシャリ締めてあり、座蒲団の位置もキチンと整頓していて、シャーロック・ホームズならずとも、お芳は相当長時間ちょうじかんの予定で外出したらしいことがわかった。だが、それにしては、何という不用心ぶようじんなことだ。現に僕という泥棒がマンマと忍びいったではないか。

 だが、このときだった。ボソボソいう声がどこからともなく聴えたように思った。耳のせいかしらと、疑いながら、じッと耳を澄ませていると、いやそれは空耳そらみみではなかった。たしかに人声がするのだ。しかもそれは此の家の中から洩れ出でる話声だった。

 柿丘夫妻はもう帰っていたのだったか。僕は立ちあがるとその声のする方へ、二三歩踏みだしたのだったが、およそ人間が、こういう機会にぶつかることがあったなら、十人が十人(悪いこととは知りながら)と言訳いいわけを吾れと吾が心に試みながら、そっと他人の秘密を盗みぎきするものなのである。僕の場合に於ても、たちまち全身を好奇心にほてらせながら、小さい冒険の第一行動をおこしたことだった。ああ、しかしそれは何という大きい衝動を僕にあたえたことだったろう。話し声の一人は柿丘秋郎にちがいなかったけれど、もう一人の話し相手は呉子さんではなく、なんとそれは白石博士夫人雪子女史だったではないか。

 勝手を知った僕は、逸早いちはやく身をひるがえして、書斎のカーテンの蔭にかくれることに成功した。そこからは隣りのベッド・ルームの対話が、耳をおおいたいほどあざやかに、きこえてくるのだった。

 そこに聴くことのできた話の内容は、一向に二人の関係について予備知識をもたなかった僕を、驚愕きょうがくふちにつきおとすに十分だった。読者は、次のくだりを読んで、僕の呆然あぜんたりし顔を想像していただきたい。


貴女あなたはどうしても、僕の希望に応じて呉れないのですか」

「いやなことですわ、ひどい方」

「こんなに僕が、へいつくばってお願いをするのに、それにおうじてはくださらないのですか」

「あたしは、どうあってもいやなんです」

「ほんの僅かな時間でよいのですから、この上に寝て下さい」

「いくらなんでも、貴下あなたの前に、そんなあられもない恰好をするのは、いやですわ」

「お医者さまの前へ行ったのだと思って我慢して下さい」

「お医者さまと、貴下とでは、たいへん違いますわ」

「なんの恥かしいものですか、僕が──」

 なにやら、せり合うような気配けはい

「暴力に訴えなさるのですか(とキリリとした雪子夫人の声音こわね、だが語尾は次第に柔かにかわる)まア男らしくもない」

「でも今を置いては、機会は容易に来ないのですから」

「あたしは、貴下の御希望に添う気持は、一生ありません。貴下も神につかえる身でありながら、まだ生れないにしても、一つの生霊せいれいみずから手を下して暗闇やみから暗闇やみにやってしまうなんて、残酷な方! ああ、人殺し……」

「大きい声をしないで下さい。どうしてこれだけ僕が説明をするのに判ってくれないんです。貴女が僕のたね宿やどしたということが判ったなら、僕は一体どうなると思うのです。社会的地位も名声も、灰のように飛んでしまいます。そうなると貴女とだって、今までのように贅沢ぜいたくを楽しむことが出来なくなるじゃありませんか。僕の病気が再発しても、最早もはや博士は救って下さいません。それを考えて、僕は愛していて下さるのだったら、僕の言うことを聞きいれて、この簡単な堕胎手術をうけて下さい」

「何度おっしゃっても無駄よ、あたしはもう決心しているのよ。あたしがおなかにもっている可愛いい坊やを、大事に育てるんです」

「ああ、それでは、博士をいつわって、博士の子として育てようというのですか」

「まア、どうしてそんなことが……。右策うさくとあたしとの間に子供が無かったのは、右策自身が子胤こだねをもちあわさないからおこったことなんです。右策は、それを学者ですからよく知っているのです。だから、あたしが今、妊娠したとしたら、その場であたしの素行そこうさとってしまいます」

「だが、僕の子だかどうか判らないとも云える……」

莫迦ばかなことをおっしゃいますな。生れてきた胎児たいじの血液型を検査すれば、それが誰のたねであるか位は、何の苦もなく判ってよ、それに貴方あなた右策うさくとは切っても切れない患者と主治医しゅじいじゃありませんこと。あなたの血液型なんかその喀痰かくたんからして、もうとっくの昔に判っていることでしょうよ」

「ああ、それでは貴女はこれからどうしようというのです。この僕をどんな目にわせようとするのです」

「あたしは、貴方との間にできた坊やを、大事に育てたいんです。あたしは、もうすっかり決心しているのよ。右策うさくがこのことに気付いたときは、出て行けというなら出て行くし刑務所へ送りこんでやろうというなら送りこまれもする。しかしいつか、あたしは自由の身となって、坊やと二人で貴方があたしのところへ帰ってくるのを待つんです」

「ウン判った。さては生れる子供を証拠にして、僕の財産をすっかり捲きあげようというのだな。金ならやらぬこともない。だが、交換条件だ、その胎児を××しまって下さい」

「ほほほ、そううまくは行きませんことよ。お金よりも欲しいのは貴方です。この子供が生きている間は、貴方はあたしのふところから脱けだすことができないんですわ。あたしは、あなたの地位をきずつけなくてすむもっとよい方法も知っていますのよ。だけど、どうあっても貴方を離しませんわ。貴方はあたしの思うままに、なっていなければならないんですわ。そむけば、貴方の地位も名声もたちまち地にちてしまいますよ。あたしがしようと思えば、ね。だがそれまでは、貴方は無事に生きてゆかれるのよ。貴方の生命は、一から十まで、みんなあたしのうちに握られてしまってるのよ、今になってそれに気のついた貴方はどうかしてやしない……」

「……」

「アッ、貴方は短銃ピストルを握っているわね。あたしを殺そうというのでしょう。ええ判っているわ。でもお気の毒さまですわね。あたしを殺したら、その翌日と言わず、貴方は刑務所ゆきよ。貴方はあたしが殺されたときのことを準備していないようなぼんやり者だと思っているの? あたしが死ぬと同時に、一切が曝露ばくろするという書類と証拠が、或る所に保管されているのを知らないのねえ」

「ああ、僕は大莫迦者おおばかものだった」

 鳴咽おえつする柿丘の声と、みだらがましい愛撫あいぶの言葉をもってなぐさめはじめた雪子夫人の艶語えんごとをまま、あとに残して、僕はその場をソッと滑るように逃げだすと、跣足はだしで往来へ飛びだしたのだった。



     3



 その後、柿丘秋郎と、白石博士夫人雪子とは、すくなくとも外見的には、大変平和そうに見えた。室内にレコードを掛けて、柿丘と雪子とが相抱いて踊りはじめると、赭顔あからがおの博士は、柿丘夫人呉子さんをたすけておこして、あざやかなステップを踏むのだった。

 秋という声が、どこからともなく聞こえてくると、急に誰もが緊張した顔付をするのだった。柿丘秋郎は、かつての日の雪子夫人の恐迫きょうはくふるえあがったのを忘れたかのように、事業や講演に熱中した。だが、その度毎たびごとに、雪子女史の姿が影のようにつきまとっていたのは、むしろ悲惨であると云いたかった。

 柿丘秋郎が、自邸の空地の一隅いちぐうに、妙な形の掘立小屋を建てはじめたのは、例の密会事件があってから、三十日あまり過ぎたのちのことだった。その堀立小屋は、窓がたいへん少くて、しかもそれが二メートルも上の方に監房かんぼうの空気ぬきよろしくの形に、もうしわけばかりにいていた。小屋が大体、形をととのえると、こんどは電燈会社の工夫が入ってきて、大きい電柱を立てて、太い電線をひっぱったり、いかめしい碍子がいしじこんだりしたすえに、真黒で四角の変圧器まで取付けていった。それがすむと、厚ぼったいフェルトや石綿いしわたや、コルクの板がはこび入れられ、それはこの小屋の内部の壁といわず、天井といわず、床といわず、入口のドアといわず、六つの平面をすっかり三重張りにしてしまった。室内へ入ると、まるで紡績工場の倉庫の中に入ったような、妙にかびくさいむせるような臭気がするのだった。だがその割合に呼吸ぐるしくないのは、電気装置が働いて、室内の空気が、外気と巧みに置換ちかんせられているせいだったかも知れない。三重壁体へきたいも完成すると、機械台がいく台もかつぎこまれ、そのあとから、一台のトラックが、丁寧な保護枠ほごわくをかけた器械類を満載まんさいして到着した。若い技師らしい一人が、職工を指揮して三日ばかりで、それ等の器械類をとりつけると、折から、講演先から帰ってきた柿丘秋郎に、委細の説明をしたあとで、挨拶をして引上げて行った。

 一体これから此の部屋で、何が始まろうというのだ。

 柿丘が呉子さんに説明したところによると、今回協会の奨励金しょうれいきんを貰って、旅順りょじゅん大学の東京派遣研究班が、主として音響学について研究するということに決定きまったそうで、それには実験室を建てねばならないが、適当な地所が見付からないために、これも社会奉仕の一助として、柿丘は自分の邸内の一部を貸しあたえることにしたそうである。かたがた、柿丘自身も、かねてから、科学というものに大きいあこがれを持っていたこととて、これを機会に、初等科的な実験から習いはじめるという話だった。

 呉子さんは、柿丘の言葉に、これッぱかりの疑惑ぎわくもさしはさまなかった。一日のほとんど大部分の時間を、家庭の外で暮す主人を、実験室とはいえ自邸の一隅いちぐうにとどめることの出来るのは何となく気強いことだったし、食事についても、何くれとなくじょうこもった手料理などをすすめることが出来ることを考えて、大変嬉しく思ったほどだった。

 しかし、ありようを言えば、これは柿丘秋郎の奇怪きわまる陰謀にもとづく実験が、やがて開始されようとするのに外ならなかった。さて其の実験というのは、──

 さきに、雪子夫人から威嚇いかくされて、堕胎手術をはねつけられた柿丘秋郎は、その後、このことを思いとどまったかのように見せていたが、内心は全く反対で、あの時、夫人の深情しんじょう執拗しつような計画とを知ったときに、これはどんな犠牲を払っても、堕胎を実行しなければならないと思った。その方法も、夫人の生命をおびやかすものであってもならないし、しかも夫人が全く気のつかぬ方法でないと駄目である。それは、たいへんに困難な方法だ。いや一体、そのような方法があるものか無いものか、それが案ぜられもした。しかし自らの智恵ぶくろの大きいことに信念をもつ柿丘は、なにかしら屹度きっと、素晴らしい手段がみつかるだろうと考えた。

 彼は、或る時は図書館にこもって、沢山の書籍の中をあさり、また或る時はそれとなく医学者の講演会や、座談の席上に聞き耳をたてて、その方法を模索もさくしたのだった。夫人を美酒びしゅに酔わせるか、鴉片あへんをつめた水管の味に正体を失わせるか、それとも夫人の安心をかちえたエクスタシーの直後の陶酔境とうすいきょうじょうじて、堕胎手術を加えようか、などと考えたけれど夫人はいつも神経過敏で、容易に前後不覚ぜんごふかくおちいらなかったので、手術を加えても、その途中の疼痛とうつうは、それとたちまち気がつくことだろうと予測された。一度夫人に、手術を加えたことを嗅ぎつけられたが最後、すべては地獄へ急行するにきまっていることだった。なんとかして、雪子夫人が、全く気のつかないうちに、それは手術であるとも、彼の持った毒物であるとも感付かないように、極めて自然にことをはこばなければならないのだった。それは、いかに叡智えいちにたけた彼にとっても、容易なことで解決できる謎ではなかった。

 だが幸運なる彼は、とうとう非常にうまい方法を知ることができた。

 それは、物体の振動を利用する方法だった。いまドロップスの入っていたかんの蓋を払いのけて底に小さなあなをあけ、そこに糸をさし入れて缶を逆さに釣り、鉛筆のじくかなにかでコーンと一つ叩いてみるがいい。そうするとこの缶は形の割合には大きい音をたてて、グワーンと、ややしばらくは鳴り響いているだろう。強く叩けば更に大きい音響を発する。しかしその音色おんしょくは、いつも同じものである。それというのが、こうした箱やつぼめいたものには、その寸法からきまるところの振動数というのがタッタ一つきりあるので、一体振動数というのは音色そのものに外ならないものだから、それで同じうつわを叩けば、音の大小はあっても、音色はいつも同じなのである。

 そこで、もう一つのドロップのかんをとりあげて、前と同じように、糸でとめて、ぶら下げて置く、その上で、最初の缶を思いきり強く叩くのである。するとたちまち大きい音がするであろうが、音がした上で、手でもってその缶を握って振動を止めるのである。そのとき耳を澄ませて聴くならばいま叩いた缶は手でおさえて振動をとどめたにもかかわらず、それと同じような音色ねいろの音が、かなり強くきこえるではないか。はて、その音は、何処で鳴っているのだろうか。

 よく気をつけてみるなれば、あとから糸をつけてるした叩きもしないドロップの缶が、自然にグワーンと鳴っているのである。これを共鳴現象きょうめいげんしょうというが、二つある振動体が同じ振動数をもっているときには、一方を叩くと振動が空中をつたわって他のものを刺戟することとなる。その刺戟がもともと同じ性質の刺戟だもんで、棒で叩かれたと同じ効果ききめをうけ、そいつも鳴り出すのだ。ちょっと考えると、それは一方が鳴ると、それについて自然にこたえるかのように鳴り始めるようにみえるのだ。し、別にそっと釣して置いた振動体が寸法のちがうものであっては効果ききめがない。例えば大きい缶詰のいたものなんかでは駄目である。つまり振動数が同じでないものでは駄目である。

 あとは釣るした缶に、飯粒めしつぶかなんかを、ちょっと付着させた上で、もう一度始めに釣した缶をグワーンと、ひっぱたいてみると、あとから釣るした缶がたちまち振動して鳴りだすのは勿論のことであるが、見て居ると、かんの壁があまりに強く振動するものだから、其のうちにとうとう、密着していた飯粒ががれてポロリと下に落ちてくるのである。──こいつを使って堕胎だたいをやらせようというのが、柿丘秋郎の魂胆こんたんだった。

 子宮しきゅう茄子なすの形をした中空ちゅうくううつわである。そう考えると、子宮にもその寸法に応じた或る振動数がある筈だ。妊娠後タ月や三月や四月の胎児は、ドロップの缶に付着した飯粒めしつぶも同然で、ほんの僅かの力でもって子宮壁に付着しているのだった。注射器を使って子宮の中に剥離剤を注入すれば、その薬品が皮膚をおかすため、胎児と子宮壁とをつないでいる部分のやわらかい皮が腐蝕して脱落し、堕胎の目的を達するのだった。それを機械的にやるのが、柿丘秋郎のとろうという方法であって、雪子夫人の外部から、強烈な特定振動をもった音を送ってやると子宮はたちまち激しい振動をおこし、揚句あげくはてに彼と夫人との間にできた胎児たいじが、ポロッと子宮壁しきゅうへきからはがれおちて外部へ流れ出し、完全に堕胎の目的を達しようというのだった。

 この世にも奇抜な惨忍きわまる方法を見つけだした柿丘秋郎は室内をねまわって歓喜したことだった。彼は二万円近くの金を犠牲にし、旅順大学の研究班をダシにつかって、その邸内ていない一隅いちぐうに、実験室外には音響の洩れないという防音室を建て、多くの備付器械そなえつけきかいのうちに、あらかじめ、子宮の寸法から振動数をきめて、そのような都合のよい音を出す器械を混ぜて購入したのだった。その機械の据付も終った。器械は、彼があやつるのに便利なように、一切の複雑な仕掛けを排し、押釦おしボタン一つをグッと押せば、それで例の恐ろしい振動が出るように作らせることを忘れなかった。もっともこの器械を作った人は、魔人のような彼の使用目的をすこしも知らなかったのだった。

 さてこの上は、何とか言葉をかけて、雪子夫人をこの実験室に引き入れることができればよいのだった。それはなんの造作ぞうさもないことだった。彼が唯一言、夫人にむかって、「奥さん、例の旅順大学に使わせる実験室がすっかり出来上って、今日の夕方までには、机も器械も全部とりつけが出来るんですよ」とさえ云えばよかった。あとは夫人の方で心得て、

「あら、そお。それじゃ、あたし夜分やぶんに、ちょっと、お寄りするわ。ね、いいでしょう、あなた」

 と云うに違いないのだった。そして事実はすべてその筋書どおりに、とりはこばれたのだった。時計が七時をうつと、実験室のドアがコトコトと打ち鳴らされた。室内にひとりで待ちかまえていた柿丘は、その音を聞くと、ニヤリと薄気味の悪いわらいをうかべて、やおら、椅子の上から立ちあがった。

 内部から柿丘がドアを開くと、とびつくようにしてよろめきながら、雪子夫人が入ってきた。

「貴女お独り?」

 と、柿丘はきいた、念のために……。

「ええ独りなのよ。どうしてさ、ああ、奥さんのことなの。奥さんなら、いまちょいとお仕事が、おあんなさるのですって」

 雪子夫人は、お饒舌しゃべりをしたあとで、娼婦しょうふのように、いやらしいウインクを見せたのだった。

「奥さん、今夜はどうかなすったんですか、お顔の色が、すこし良くないようですね」

「あら、そお。そんなに悪い?」

「なんともないんですか」

「そう云われると、今朝起きたときから、頭がピリピリ痛いようでしたわ。きっと、しんが疲れきっているのねえ」

「用心しないといけませんよ。今夜はなるく早くおかえりになっておやすみなさい」

「ええ、ありがとう、秋郎さん」

 そう云って、夫人はそっと額に手をやった。夫人は、巧みにも柿丘の陰謀から出た暗示にかかってしまったのだった。

 それから柿丘は、室内をめぐり夫人を案内して廻った。最後に二人が並んで立ったのは、例の奇怪なる振動を出すという音響器の前だった。柿丘は出鱈目でたらめの実験目的を説明したうえで、右手を押釦おしボタンの前に、左手を、振動を僅かの範囲に変えることの出来る装置の把手ハンドルに懸けた。これは、万一計算が多少の間違いをもっていたときにも、この把手をまわすことによって振動数を変え、例の恐ろしい目的を果そうという仕組みだった。

「じゃ、ちょっと、その音響を出してみますよ。たいへん奇妙な調子の音ですが、よく耳を澄ましてきいていると、なにかこう、牧歌的ぼくかてきな素朴な音色があるのです」

 柿丘秋郎は、とらえた鼠をなぶってよろこぶ猫のような快味を覚えながら、着々とその奇怪な実験の順序を追っていったことだった。

「まアいいのねえ、早くやって頂戴な」

 と恐ろしいのろいの爪が、おのれの身の上に降るとも知らない様子で、雪子女史は実験を待ちわびるのだった。

「では始めますよ。ほーら、こんな具合なんです……」

 柿丘は右手の指尖ゆびさきでもって、押釦をグッとおしこんだ。たちまち鈍いウウーンという幅の広い響きが室内に起ったが、その音は大変力の無い音のようで居て、その癖に、永く聴いているとなにかこう腹の中に爬虫類はちゅうるいの動物が居て、そいつがムクムクと動き出し内蔵を鋭い牙でもって内側からチクチクと喰いつくような感じがして、流石さすがに柿丘も不愉快になった。だが手軽くこの音響をやめては、折角の堕胎作用も十分な効目を奏さないことだろうと思って、我慢に我慢をして押釦から指尖を離さなかった。

「なんだか、やけに地味な音なのねえ」

「どうです、この牧歌的ぼっかてき音色ねいろは……」

「牧歌的なもんですか、地面の下でもぐらうごめいているような音じゃありませんか」

 そう云うと、夫人はこの実験台の前から、スッと向うへ歩みはじめた。柿丘はホッとして押釦おしボタンから指尖ゆびさきを離した。

 夫人は真直に歩いて片隅へまで行ったが、やがてそのまま柿丘の方へ帰ってきた。

「ねえ、このお部屋に、御不浄ごふじょうはないのですか?」

 夫人は顔をすこしばかりしかめ、片手を曲げて下ッ腹をグッと抑えるようにしていた。その言葉を聞いた柿丘は、頭がグラグラとするのを覚えて、思わず、手尖てさきにあたった実験台の角をギュッと握りしめたのだった。そして、言葉もとみに発し得ないで、反対の側の片隅を、無言むごんうちに指した。そこには黒い横長の木札の上に、トイレットという文字が白エナメルで書きしるされてあった。

 雪子夫人は、吸いつけられるように、その便所のドアの方に歩みよった。

 柿丘は、化物のような大口おおぐちを開いて、五本の手の指をグッと歯と歯の間にさし入れると、笑いとも泣いているとも分つことの出来ないような複雑な表情をして、ワナワナとその場にうちふるえていた。

 バタンと、荒っぽく便所の扉のしまる音がして、雪子夫人がヨロヨロと立ち現れた。その面色かおいろ蒼白そうはくで、唇は紫色だった。ひょいと見ると夫人は右手に何かをぶら下げているのだった。

「秋郎さん」夫人の空虚うつろな声が呼びかけた。

「……」

「あなたの祈りは、とうとう聞きいれられたのよ。あたしたちの可愛いい坊やは──ホラあなたにも会わせたげるわ」

 ピシャリと、柿丘の頬に、まぬるいものが当ると、耳のうしろをかすめて、手帛ハンカチらしい一つかみほどのものがパッとひるがえって落ちた。

ッ──」と声をあげて、柿丘は頬っぺたを平手でぬぐったが、反射的に、その生まぬるいものの付着したを、グッと顔の前にさしだした。うわッ、血だ、血、血、ぬらぬらとした真紅な血塊けっかいだった。

 柿丘はその場に崩れるように膝を折って倒れると、意識を失ってしまった。

 どの位、時間が経ったのか。彼が再び気がついたときには室内に白石夫人の姿は最早見えなかった。

かく、うまく行った。真逆まさか、なにがなんでも、音響振動で夫人に堕胎をさせたとは、気がつくまい。胎児さえ流れてしまえば、もうこちらのものだ。おい柿丘、お前の勝利だぞ。一つ大きい声で愉快に笑え!)

 そう自分の心を激励したものの、声を出そうとしても、胸が抑えつけられるようで、思うようにはならなかった。気がつくと、咽喉の下あたりと思われるあたりに、何か南瓜かぼちゃのようなものがつかえるようで、気持がわるかった。そいつを吐こうと思って、あごをグッと前に伸ばす途端とたんに、咽喉の奥が急にむずがゆくなってエヘンといたらば、ドッと温いものが膝頭ひざがしらの前にとび出してきた。

「こいつは、失敗しまった!」

 柿丘秋郎には、普通の眼には見えない胸の奥底おくそこがハッキリ見えた。そのうちにも、あとからあとへと激しいせきに襲われそのたびにドッドッと、鮮血せんけつを吐き散らした。柿丘の前の血溜ちたまりは、見る見るうちに二倍になり三倍になりしてひろまって行った。それとともに、なんとも云えないやな、だるい気持に襲われてきた。すると、全身がガタガタと震えだして、いくら腕をおさえつけても、むということなく、ついには、実験室全体が大地震おおじしんになったかのように、グラグラ振動をはじめたと錯覚さっかくをおこした。けつくような高熱が、全身からきだした。

奔馬性結核ほんませいけっかく!」

 彼は床の上に転倒しながら、ハッキリ彼自身の急変を云いあてたのだった。



     4



 吾が柿丘秋郎は、なんという不運な男であったことだろう!

 折角せっかく苦心に苦心を重ねた牝豚夫人の堕胎術には成功したのだったが、その夜彼は突如として大喀血だいかっけつに襲われ、急に四十度を超える高熱にとりつかれて床についてしまった。彼の意識は、もうかなり朦朧もうろうとしてしまったが、吸入の酸素瓦斯さんそガスを、もっと強く出してくれるようにということと、どんなことがあっても主治医である白石博士を呼んではならないということを、家人に要求したのだった。何故に名医白石博士を謝絶したのであるか。生命をかけてまで、排撃はいげきしたのであるか。

 それについて、柿丘は遂に言葉をつぎたすことなく、二日後に長逝ちょうせいしてしまった。ここになみだなくしては眺めることの出来ないものがある。それは、二十年の春を、つい此の間迎えたばかりの呉子さんが、早や墨染すみぞめの未亡人という形式にほうむられて、来る日来る夜を、寂滅じゃくめつ長恨ちょうこんとに、止め度もないなみだしぼらねばならなかったことだった。

 身寄りのすくない呉子さんに、何くれとなく力添ちからぞえをすることの出来るのは、僕一人だった。白石博士も、雪子夫人も急によそよそしくなって、まれにしか、呉子さんの許を訪ねて来はしなかった。僕は、亡き友人柿丘になり代って、いや柿丘のなし得たその幾層倍の忠実さをもって、呉子さんをなぐさめたのだった。呉子さんも、僕を亡き良人おっとの兄弟同様の人物として、何事につけ僕を頼り、たとえば遺産相続のことまでも、すこしも秘密にすることなく、僕に相談をかけるという有様だった。呉子さんと僕との心が、いつとは無しに相寄あいよって行ったのは、誰にもいて貰えることだろうと思う。

 柿丘の死後二ヶ月経った晩秋ばんしゅうの或る朝、僕はその日を限って、呉子さんの口から、或る喜ばしい誓約をうけることになっているのを思い浮かべながら、新調の三つ揃いの背広を縁側えんがわにもち出し、早くこれに手をとおして、午後といわず、直ちに唯今から、呉子さんを麻布あざぶの自邸に訪問しようと考えた。

 僕は、帯をほどいて衣服をうしろにかなぐり捨てると、猿股さるまた一枚になって、うららかな太陽の光のあたる縁側にとび出し、、ほの温い輻射熱ふくしゃねつを背中一杯にうけて、ウーンと深い呼吸をして、まぶたをとじた。

町田狂太まちだきょうたさん」

 不意に、庭の方から人の近づく気配がした。眼をまぶしく開くと、三十あまりの若い青年紳士が、こちらを向いてニコヤカに笑いながら、吾が名を呼びかけた。

「僕は町田ですけれど、貴方あなたは、どなたでしたかね」

 僕も、ついつい笑いにさそわれて、ほがらかに云ってのけた。

「ちょいとお話をうかがいたいことがあるんですが……。僕は、こういう者なんでして」

 そう云って青年紳士は、一葉いちようの名刺をさしだした。とりあげて読んでみると、

「私立探偵 帆村荘六ほむらそうろく

 こんな名刺なんか、破いて捨てちまえだと思った。しかしそんなことは色にも出さず僕は云った。

「どんな御用か存じませんが、まアお掛けなさい。一寸着物を着ますから……」

 そう云って僕は、着物のある奥座敷の方へ、とび込もうとすると、

「いや、動くと、一発。よこぱらへ、お見舞い申しますぞ」青年は、おちついて云った。

 ふりかえってみると、青年紳士の右手にはキラリと、ブローニングが光っているのだった。

 僕は、裸のままで、新調の洋服をソッと傍へのけると、縁側えんがわに腰を下ろした。

「もう、お覚悟はついたことでしょうが、柿丘秋郎殺害犯人として、貴方あなた捕縛ほばくします。令状は、ここにちゃんとあります」

 帆村と名乗る私立探偵は、白い紙きれを、僕の方に押しやった。

「莫迦なことを云っちゃいかん」

 と、僕は云った。

「柿丘は僕の親友でもあり、兄弟同様の仲なんだ。怪しい人物は、彼をめぐる女性たちそれから藪医者やぶいしゃなんか、沢山あるじゃないか」

「そんなことは、貴方のお指図さしずをうけません。知りたければ云ったげますが、僕は柿丘夫人から依頼をうけて、もう一と月あまり、あらゆる捜査をやってきたんです。このに及んで、そうじたばたすることは、貴方の虚名きょめいけがすばっかりですよ。神妙になさい。

 貴方は、音響振動によって、婦人の堕胎だたいをはかったり、結核患者の病巣びょうそうにある空洞くうどうを、音響振動を使って、見事に破壊し、結核病を再発させるばかりか、その一命をとうという恐ろしいくわだてをした人なんです。しかも、柿丘氏には、すこしもそんな話をせずに、夫人を堕胎だたいさせることばかりに注意力を向け、おのれの空洞くうどうが激しい振動をおこして、結締織けったいしきを破壊させ、自分の生命を断ってしまうなどということを一向に注意してやらなかったのです。無論、すべては、物理教師だった貴方の悪知恵だったのです。貴方はそのことを、巧みに隠していましたね。

 貴方は、柿丘氏死亡の責任を、主治医の白石博士に向けるように故意にさまざまの策動をしたり、博士夫人が痴情ちじょう関係から加害でもしたかのように仕むけました。

 だが、すべては私達商売人にとって、あまりに幼稚なお膳立てでした。

 それに貴方は、一つの重要な失策をしている。貴方は、細心さいしんの注意を払ったにもかかわらず、柿丘氏の日記帳を処分することを忘れていた。或いは、貴方はこの日記帳を読んだことはあるのだが、柿丘氏が、あのことについては、ほんのちょっぴりも日記帳に記述をさけているのを見て、すっかり安心されたのかも知れませんね。

 だが、この私は、重大な一行を見遁みのがしはしなかった。それは、柿丘氏が今年の秋の始めに、日×生命の保険医の宅で、正面からと側面からとの、二枚のレントゲン写真を撮ったという記事だったのです。

 レントゲン写真は、正面又は背面から撮影するものであって、けっして側面からうつすようなものじゃない。そこを私は、不審に思ったのです。それから私は、日×生命の保険医を訪ねて、いろいろと絞った揚句あげく、貴方があの保険会社の外交員と、保険医とをうまく買収して、あの奇抜なレントゲン写真をとらせ、その種板を持ってゆかれたことを知りましてねえ、町田狂太さん、貴方は、正面と横とから、柿丘氏の右胸部にある大きい空洞くうどうの体積を、くわしく計算なすったのでしたね。その結果、なんと皮肉なことにも、柿丘氏の結核空洞は、白石博士夫人の子宮腔しきゅうこうの大きさと、ほぼ等しい大きさをなして居ることを発見したのです。

 一石にして二鳥、なんにも知らぬ柿丘氏の手を借りて、その人を自滅させると同時に、その美しい呉子夫人をおのが手に収めようとした貴方だったのです。敏感びんかんなる夫人は、健気けなげにも、みずから進んで貴方の懐中ふところに飛びこみ、或る程度の確信を得られると、早速さっそく私に真相を探求してもらいたいという御依頼があったのです。

 さて、貴方の買収された保険外交員と保険医とは、私と一緒について、この垣の向うにひかえて居ります。もし久濶きゅうかつじょしたいお思召ぼしめしがあるなら、早速さっそくひきわせしようと思いますが、如何でしょうか。

 その間に私は家宅捜査をさせて頂いて、振動魔しんどうまの貴方が、計算せられた紙ぎれや、また柿丘氏には不合格になったと思わせた生命保険に、貴方が莫大ばくだいな保険金を契約して、柿丘氏を殺したあとで巨額の死亡支払金を詐取さしゅしたその証拠書類やらを発見させて頂きたいんです。なにか、私に仰有おっしゃることはありませんか」

 その青年探偵帆村荘六と名乗る男は、痛快に僕の正体をあばいてしまったのだった。

 それから、満二ヶ年の歳月が流れて、公判のあとに公判が追いかけ、ついに先頃、大審院の判決もすんで、ここに一切の訟訴手続しょうそてつづきが閉鎖されることになった。それから僕は、このつたな懺悔録ざんげろくを書きつづりはじめたのだったが、不思議なことに、どうやらやっと書き終えた今夜は、僕が味わうことの出来る最後の夜らしい。そのことは前日から感付いていたので、別におくしもしない。

 この思い出ふかい夜が静かに明けはなれると共に、この監房を立ちいでて、高い絞首台にのぼらねばならないのである。

底本:「海野十三全集 第1巻 遺言状放送」三一書房

   1990(平成2)年1015日第1版第1刷発行

初出:「新青年」博文館

   1931(昭和6)年11月号

※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

入力:taku

校正:土屋隆

2007年829日作成

青空文庫作成ファイル:

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