長崎
芥川龍之介



 菱形のたこ。サント・モンタニの空に揚つた凧。うらうらと幾つも漂つた凧。

 路ばたに商ふ夏蜜柑やバナナ。敷石の日ざしに火照ほてるけはひ。町一ぱいに飛ぶ燕。

 丸山の廓の見返り柳。

 運河には石の眼鏡橋。橋には往来の麦稈帽子。──たちまち泳いで来る家鴨あひるの一むれ。白白と日に照つた家鴨の一むれ。

 南京寺の石段の蜥蜴とかげ

 中華民国の旗。煙を揚げる英吉利イギリスの船。『港をよろふ山の若葉に光さし……』顱頂ろちやうの禿げそめた斎藤茂吉。ロティ。沈南蘋しんなんぴん。永井荷風。

 最後に『日本の聖母の寺』その内陣のおん母マリア。穂麦に交じつた矢車の花。光のない真昼の蝋燭の火。窓の外には遠いサント・モンタニ。

 山の空にはやはり菱形の凧。北原白秋の歌つた凧。うらうらと幾つも漂つた凧。

底本:「芥川龍之介全集 第九巻」岩波書店

   1996(平成8)年78日発行

入力:もりみつじゅんじ

校正:松永正敏

2002年517日作成

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