いさましい ちびの仕立屋さん グリム Grimm 矢崎源九郎訳 Guide 扉 本文 目 次 いさましい ちびの仕立屋さん  ある夏の朝のことです。ちびの仕立屋さんが窓ぎわの仕立台にむかって、いいごきげんで、いっしょうけんめい、ぬいものをしていました。  すると、ひとりのお百姓さんのおかみさんが通りをやってきて、 「じょうとうのジャムはどうかね、じょうとうのジャムはどうかね。」 と、よばわりました。  この声が、ちびの仕立屋さんの耳に、いかにも気持ちよくひびいたのです。それで、仕立屋さんは小さな頭を窓からつきだして、よびとめました。 「ここへあがってきてくれよ、おかみさん、その荷がからになるぜ。」  おかみさんはおもいかごをかかえて、階段を三つあがって、仕立屋さんのところへきました。そして、いわれるままに、ジャムのつぼをのこらずあけてみせました。仕立屋さんはそのつぼをみんなしらべて、いちいちもちあげては、鼻をくっつけてみました。そのあげくのはてに、こういいました。 「よさそうなジャムだね、おかみさん。四ロート(一ポンドの約三十分の一)ばかりはかっておくれ。なに、四分の一ポンドぐらいあったってかまやしないよ。」  たくさん買ってもらえるとばかり思っていたおかみさんは、仕立屋さんのくれというだけをはかってわたしましたが、ぷんぷんおこって、ぶつぶついいながらいってしまいました。 「このジャムは、神さまがおれにめぐんでくださったんだ。」 と、仕立屋さんは大きな声でいいました。 「これで強い力をさずけてくださるんだ。」  仕立屋さんは戸だなからパンをだしてきて、大きなパンのかたまりからひときれ切りとって、その上にジャムをぬりつけました。 「こいつはにがくはないだろう。だが、食べるまえに、このジャケツをしあげちまおう。」 と、仕立屋さんはいいました。  そこで、仕立屋さんはパンをじぶんのわきにおいて、またぬいはじめました。けれども、うれしいものですから、つい、ぬいかたがだんだんあらくなってきました。  そのうちに、ジャムのあまいにおいが、ハエのたくさんとまっている壁をつたっていきました。ハエはにおいにさそわれて、パンの上にいっぱいあつまってきました。 「やい、やい、だれがきさまたちにきてくれっていった。」  仕立屋さんはこういって、よびもしないのにやってきたお客さんたちを追っぱらいました。けれども、ハエたちには、ドイツ語なんかわかりません。ですから、追いはらわれるどころか、だんだんになかまの数をふやしては、なんどもなんどももどってくるのでした。  こうしているうちに、とうとう、仕立屋さんのかんしゃくだまが爆発しました。仕立屋さんは仕立台の穴から布きれをつかみだして、 「待ってろ、こいつをくれてやる。」 と、さけぶがはやいか、そのきれで思いきってハエをたたきました。  仕立屋さんがきれをとってかぞえてみますと、ちょうど七ひきのハエが目のまえに死んで、手足をのばしています。 「なんて弱虫なんだ。」 と、仕立屋さんはいって、じぶんのいさましいのに、われながら感心してしまいました。 「こいつは、町じゅうに知らせてやろう。」  そこで、仕立屋さんはおおいそぎで、帯を一本裁って、ぬいあげました。そしてそれに、大きな字で、「ひと打ちで七つ」と、ししゅうをしました。  ところが、仕立屋さんは、 「ふん、町なんかなんだい。世界じゅうに知らせてやるんだ。」 と、いいました。  仕立屋さんの心臓は、うれしすぎて、まるで小ヒツジのしっぽみたいに、ぴくぴくうごいていました。  仕立屋さんはその帯をこしにまきつけました。これから、世のなかへでていこうというのです。だって、こんなしごと場なんか、じぶんのいさましさにくらべれば、あんまり小さすぎますもの。  でかけるまえに、仕立屋さんは、なにかもっていけるものはないだろうかと、うちのなかをさがしてみました。けれども、古いチーズがひとかけらしか見つかりませんでした。それで、そのチーズを、仕立屋さんはポケットにつっこみました。  町はずれの門のところで、一羽の鳥がやぶのなかにはいって、でられなくなっているのを見つけました。これもチーズといっしょに、ポケットにつっこみました。  それから、仕立屋さんは、いさましく、大またに歩いていきました。身がかるくて、すばしこいので、ちっともつかれませんでした。  そのうちに、道は山へさしかかりました。てっぺんについてみますと、そこには雲つくような大男がすわっていて、いかにものんびりとあたりをながめていました。仕立屋さんは勇気をだして、その大男のほうへ歩いていって、よびかけました。 「やあ、どうだね、きょうだい。おまえさんはそこにすわりこんで、ひろい世間をながめているってわけかい。おれもちょうどそのひろい世のなかへでていこうってとこさ。運だめしでもしようと思ってね。おまえさん、いっしょにいく気はないかい。」  大男は、ばかにしたように、仕立屋さんをじろっとながめて、 「きさま、どこの馬のほねだ。みっともない野郎だな。」 と、いいました。 「なんだと。」  仕立屋さんはこういって、上着のボタンをはずして、大男にあの帯を見せました。 「こいつを読めば、おれがどんな男か、わからあ。」  大男は「ひと打ちで七つ」と書いてあるのを読んで、仕立屋さんがうち殺したのは、てっきり人間だと思いました。それで、このちびすけをちっとはうやまう気持ちになりましたが、でもまあ、とにかくためしてやれ、と腹のなかで思いました。そこで、大男は石をひとつ手にとって、ぎゅうっとにぎりしめました。すると、その石からしずくがぽたぽたとおちました。 「きさまに力があるんなら、このまねをしてみろ。」 と、大男がいいました。 「なんだ、たったそれっきりかい。おれにとっちゃ、そんなこたあ、お茶の子だ。」  仕立屋さんはこういって、ポケットに手をつっこんで、あのやわらかいチーズをとりだしました。そして、それをぐいとにぎりしめましたので、しるがだらだらとながれだしました。 「どうだい、ちと、おれのほうがうわてだろう。」 と、仕立屋さんはいいました。  大男は、なんとこたえていいのか、わかりません。このちびすけに、こんなことができようとは、どうしても信じることができません。そこで、こんどは、石をひとつひろって、目ではほとんど見えないくらい高いところまでほうりあげました。 「さあ、ひよっこ野郎、おれのまねをしてみな。」 「うまくほうったな。」 と、仕立屋さんがいいました。 「だが、あの石は地面へおっこってきたじゃあないか。おれがいまほうってみせるのはな、二度ともどってこやしないんだぞ。」  仕立屋さんはポケットに手をつっこんで、あの鳥をつかむと、いきなりそいつを空へほうりあげました。  鳥は自由になったのをよろこんで、空へのぼっていきました。そして、どこともなくとびさって、二度ともどってはきませんでした。 「おい、きょうだい、こんなことでいいのかい。」 と、仕立屋さんがたずねました。 「ちょいとばかしなげるなあ、きさまも。」 と、大男がいいました。 「だが、こんどは、きさまにまともなものがかつげるかどうか、ためしてみようじゃないか。」  大男は仕立屋さんを、大きなカシの木が地べたにたおれているところへつれていきました。そして、 「きさまにほんとうに力があるんなら、おれに手をかして、この木を森のそとまではこびだしてくれ。」 と、さそいかけました。 「いいとも。」 と、ちびさんはこたえました。 「それじゃあ、おまえは幹のところをかつぎな。おれは大枝を小枝ごとかつぐからな。なんてったって、こいつがいちばんほねのおれるしごとさ。」  こういわれて、大男は幹をかつぎあげました。ところが仕立屋さんは、すましたもので、大枝の上にこしかけました。大男はうしろをふりむくことができませんから、大きな木をまるごと、おまけに仕立屋さんまでもいっしょにかついでいかなければなりませんでした。  うしろにのった仕立屋さんは、まことにごきげんで、陽気なものでした。木をかつぐのなんか、まるで子どものあそびだとでもいうように、 お馬にのった仕立屋さん 三人そろって町からでていった と、小唄を口笛でふいていました。  大男はかなりのあいだおもい荷物をひきずっていきましたが、もうどうにもそれいじょうすすめなくなりましたので、 「おい、木をおとすぞ。」 と、どなりました。  仕立屋さんはひらりととびおりて、両腕で木をかかえました。こうして、いままでずっとかかえていたような顔をして、大男にむかって、 「おまえさんは大きなずうたいをしているくせに、こんな木ひとつ、かつげないのかい。」 と、いいました。  ふたりは、それからまた、いっしょに歩いていきました。やがて、一本のサクラの木のそばをとおりかかりました。すると、大男はじゅくしきったサクランボのなっている木のてっぺんを、ひょいとつかんで、ひきおろしました。そしてそれを仕立屋さんの手にもたせて、サクランボを食べるようにいいました。でも、ちびの仕立屋さんでは、とてもその木をおさえているだけの力がありません。ですから、大男が手をはなしますと、とたんに木ははねかえって、それといっしょに、仕立屋さんも空へはねとばされてしまいました。  それでも、仕立屋さんがけがひとつしないで、おちてきますと、大男はいいました。 「なんだ、きさまには、こんなほそい枝をおさえているだけの力もないのか。」 「力がないんじゃない。」 と、仕立屋さんがいいました。 「おまえさん、ひと打ちで七つもやっつけた男に、こんなことがものの数にはいるとでも思ってるのかい。おれはな、下で猟師がやぶんなかへ鉄砲をうってるから、ちょいと木をとびこえただけなのさ。おまえさん、できるなら、おれのまねをしてとんでみな。」  大男はやってみましたが、木をとびこすことができないで、枝のあいだにひっかかってしまいました。こんなわけで、こんどもまた仕立屋さんの勝ちになりました。  大男はいいました。 「おまえがそれほどいさましい男だというんなら、いっしょにおれたちの岩屋へきて、とまってみろ。」  仕立屋さんは、待ってましたとばかりに、大男のあとについていきました。  岩屋についてみますと、そこには、ほかの大男たちが火のそばにすわりこんで、めいめい丸焼きにしたヒツジを一ぴきずつ手にもって、むしゃむしゃ食べていました。  仕立屋さんはあたりを見まわして、 (こりゃ、おれのしごと場よりずっとひろいや。) と、思いました。  さっきの大男は、仕立屋さんに寝床をひとつきめてやって、 「それにもぐりこんで、ゆっくりねろ。」 と、いいました。  でも、ちびの仕立屋さんには、その寝床は大きすぎました。ですから、仕立屋さんはなかへはもぐりこまずに、ほんのすみっこにはいこんでいました。  ま夜中ごろ、大男は、仕立屋さんがもうぐっすりねこんでいるものと思いました。そこで、大男はそっとおきあがって、大きな鉄の棒をひっつかみ、それで仕立屋さんのねている寝床をひとつ、ガンとなぐりつけました。そして、これで、あのバッタみたいなちびすけの息の根をとめたつもりでいました。  朝はやく、大男たちは森へでかけましたが、仕立屋さんのことなんか、もうすっかりわすれていました。ところがそこへ、ひょっこり、仕立屋さんがいかにもゆかいそうに、へいきな顔をしてやってきましたので、大男たちはびっくりぎょうてんしました。そして、仕立屋さんがじぶんたちみんなをなぐり殺すのではないかと思うと、こわくなって、おおあわてでにげていきました。  仕立屋さんは、じぶんのとんがった鼻のむくほうへ、ずんずん歩いていきました。長いあいだ歩いたのち、とある王さまのお城の庭にはいりこみました。仕立屋さんは、ひどくくたびれていましたので、草のなかにねころんで、そのままねむりこんでしまいました。  こうしてねているあいだに、お城の人たちがやってきて、四方八方から仕立屋さんをながめまわしました。そして、帯に「ひと打ちで七つ」と書いてあるのを読みました。 「はてと、こんな平和なときに、この大力の豪傑はここでなにをしようというのだろう。」 と、みんなは口ぐちにいいました。 「これはきっと、えらいさむらいにちがいない。」  みんなは王さまのところへいって、このことを話しました。そして、 「もし戦争でもはじまりますと、これは、きっとたいせつな、役にたつ人になると思います。ですから、どんなことをしても、よそへおやりにならぬほうがよろしゅうございます。」 と、意見をもうしあげました。  王さまも、この忠告をきいて、もっともなことだと思いましたので、仕立屋さんのところへおつきのものをひとりやりました。その男は、仕立屋さんが目をさましたら、さむらいになって、王さまにつかえるようにすすめろ、といいつかったのです。  使いのものは、ねむっている仕立屋さんのそばに立って、待っていました。やがて、ようやくのことで、仕立屋さんが、うんとひとつのびをして、目をあけました。そこで、使いのものは、王さまからいいつかってきたことをもうしでました。 「いや、そのためにこそ、わたしはこの国へまいったのです。いつでもよろこんで、王さまにおつかえいたします。」 と、仕立屋さんはこたえました。  こうして、仕立屋さんはうやうやしくむかえられました。そして、とくべつの住まいをひとついただきました。  ところが、ほかのさむらいたちにとっては、仕立屋さんがじゃまでなりません。みんなは、こんなちびすけはどこか千マイルも遠くへいっちまえばいいのに、とひそかに思っていました。 「いったい、どうなるんだ。」 と、みんなはいいあいました。 「おれたちがあいつとけんかをはじめるとする。あいつが切りかかる。すると、ひと打ちで七人やられてしまう。それじゃ、とてもかなわん。」  そこで、みんなはかくごをきめて、そろって王さまのまえにでて、おいとまごいをしました。 「わたくしどもは、ひと打ちで七人もうちたおすような男とは、とてもいっしょにはおられません。」 と、みんなはもうしました。  王さまは、たったひとりのために、忠義な家来をのこらずうしなってしまうのをかなしく思いました。そして、 (いっそのこと、こんな男が目にとまらなければよかったのだ。できることなら、ひまをやりたいものだ。) と、考えました。  でも、王さまには、思いきってひまをやるだけの勇気もありませんでした。なぜって、もしそんなことをしようものなら、この男が家来もろとも王さまをうち殺して、かわりに王さまの位につきはしないかと、それが心配でならなかったのです。  王さまは、長いこと、ああでもない、こうでもないと考えぬいたすえ、ようやくうまいくふうを思いつきました。そこで、仕立屋さんのところへ使いをやって、こういわせました。 「あなたが世にもすぐれた豪傑であるのを見こんで、ぜひたのみたいことがある。じつは、この国のある森のなかに、大男がふたり住んでいて、ものはぬすむし、人は殺すし、火はつけるし、とにかくひどい悪事ばかりはたらいているのだ。この男たちに近づくと、どんなものでも命があぶない。もしこのふたりの大男をやっつけて、殺してくれれば、王さまのひとりむすめを妻にあげるし、国の半分を持参金としてあげよう。なお、馬にのったさむらいを百人あなたにつけてやって、すけだちさせる。」 (こいつは、おれのような男にとって、やりがいのあるしごとだぞ。) と、仕立屋さんは心に思いました。 (美しいお姫さまと国を半分か、そうざらにあるしごとじゃあないな。)  そこで、仕立屋さんはへんじをしました。 「いいですとも。大男どもは、かならずわたしがやっつけておめにかけます。百人のさむらいはいりません。ひと打ちで七つをやっつける男には、ふたりぐらい、ものの数ではありません。」  ちびの仕立屋さんは、のこのこでかけていきました。百人のさむらいたちは、馬にのって、あとからついていきました。森のはずれまできますと、仕立屋さんはおともの人たちにいいました。 「いいから、ここで待っていてくれ。おれひとりで、かならず大男どもをかたづけてみせるから。」  それから、仕立屋さんは森のなかにとびこんで、右や左を見まわしました。しばらくたったとき、ふたりの大男のすがたが目にとまりました。大男どもは、とある木の下にねころんで、ねむっています。ところが、そのものすごいいびきのために、木の枝が上下にゆれています。  それを見て、仕立屋さんは、すばやく両方のポケットに石をいっぱいつめこんで、その木によじのぼりました。木のなかほどまでのぼりますと、するすると一本の大枝をつたって、ちょうどねむっている大男たちのま上のところまできて、そこにこしをおろしました。そして、かたいっぽうの大男の胸の上に、石をつぎつぎとおとしはじめました。  その大男は長いこと気がつきませんでしたが、それでもとうとう目をさまして、なかまをつっついて、いいました。 「なんでおれをなぐるんだ。」 「おまえ、夢でも見たんだろう。おれはなぐりゃあしねえもの。」 と、相手の男はこたえました。  それから、ふたりはまたぐうぐうねこんでしまいました。仕立屋さんは、こんどは、もういっぽうの大男をめがけて、石をひとつおとしました。 「なにをしやがる。」 と、その大男がどなりました。 「なんでおれに石をぶっつけるんだ。」 「おれはなんにもぶっつけやしねえよ。」 と、さいしょの大男がこたえて、なにかぶつぶついいました。  ふたりはちょっとのあいだ口げんかをしていましたが、つかれきっていましたので、まもなくなかなおりをして、またまたねこんでしまいました。  そこで、仕立屋さんはまたもやいたずらをはじめました。こんどは、いちばん大きい石をえらびだして、そいつをさいしょの大男の胸をめがけて、力いっぱいぶっつけました。 「なんてえひでえことをするんだ。」  大男はこうわめきざま、気がくるったようにとびおきて、なかまの大男をどんと木のほうへつきとばしました。そのとたん、木はぐらぐらっとゆれうごきました。  相手もおなじようにしかえしをしました。それから、ふたりはいかりくるって、木をひっこぬいて、なぐりあいをはじめました。こうして、あばれまわったあげく、とうとう、ふたりともいちどきに地べたにぶったおれて、死んでしまいました。  さてそこで、ちびの仕立屋さんは地べたにとびおりました。 「こいつらが、おれののっかってた木をひっこぬかなかったのは、いやはや、もっけのさいわいというもんだ。」 と、仕立屋さんはいいました。 「さもなきゃ、リスみたいに、ほかの木へとびうつらなきゃあならないとこよ。もっとも、おれみたいなやつは、身がかるいからなあ。」  仕立屋さんは刀をぬいて、ふたりの大男の胸に二度、三度、ずぶりずぶりとつきさしました。それから、馬にのったさむらいたちのところへでていって、いいました。 「しごとはすんだぞ。ふたりとも、おれが息の根をとめてきた。だが、ちょいとほねがおれたぞ。やつらは、くるしまぎれに木をひっこぬいて、むかってきたからな。だが、おれみたいに、ひと打ちで七つもやっつけるものにむかっちゃ、歯もたたん。」 「それであなたは、おけがもなさらなかったんですか。」 と、さむらいたちはたずねました。 「うん、うまいぐあいにいったんだ。」 と、仕立屋さんはこたえました。 「あいつらに、おれの髪の毛一本おらせやしなかったさ。」  さむらいたちは、どうしてもそれを信じようとはしませんでした。そこで、みんなは森のなかに馬をのりいれました。すると、たしかに、仕立屋さんのいったとおり、大男どもが、じぶんたちのながした血のなかにひたっています。しかも、あたりには、ひっこぬかれた木がごろごろしているではありませんか。  ちびの仕立屋さんは、王さまから約束のごほうびをいただこうとしました。ところが、王さまは、まえにした約束のことを後悔して、どうしたらこの豪傑を追いはらえるだろうかと、またまた考えていたところでした。 「おまえは、わしのむすめと国を半分もらうまえに、もうひとつ、いさましい手なみを見せてくれねばならぬ。」 と、王さまは仕立屋さんにいいました。 「じつは、森のなかを(1)一角獣がかけまわっておって、ひどい害ばかりしておる。まず、こいつを生けどりにしてもらいたい。」 「一角獣の一ぴきぐらい、大男ふたりにくらべれば、なんでもありません。なにしろ、ひと打ちで七つというのが、わたしの手なみなんですからね。」  こういって、仕立屋さんはなわを一本と、おのを一ちょうもって、森にでかけていきました。そして、こんどもまた、おともの人たちには、そとで待っているようにいいつけました。  長いことさがすまでもなく、まもなく、その一角獣があらわれました。まるで、その角で仕立屋さんをあっさりつきさしてくれようとでもいうように、仕立屋さんめがけて、まっしぐらにおどりかかってきました。 「しずかに、しずかに。」 と、仕立屋さんはいいました。 「そうあっさりとはいかんぞ。」  仕立屋さんはそこにじっと立って、待っていました。けものがすぐ近くまできたとたん、ひらりと身をかわして、木のうしろへまわりこみました。  一角獣は、力いっぱい木につっかかっていったものですから、その角をぐさっと木の幹につきさしてしまいました。そして、もういちどそれをひきぬく力もなく、そのまま生けどりにされてしまったのです。 「それ、小鳥をつかまえたぞ。」  仕立屋さんはこういって、木のうしろからでてきました。そして、まず一角獣の首になわをかけ、それからおのでもって角を幹からひきはなしました。こうして、すっかりしまつがついたところで、そのけものをひっぱって、王さまのところへつれていきました。  王さまは、こうなってもまだ約束のほうびをやるつもりはありません。いよいよ、三つめの注文をだしました。仕立屋さんは、婚礼のまえに、森のなかでものすごくわるいことばかりしているイノシシをつかまえなければならない、もっとも、それには狩人たちに手つだわせるが、というのでした。 「けっこうですとも。」 と、仕立屋さんはこたえました。 「そんなことは、子どもだましみたいなものですよ。」  仕立屋さんは、森のなかまで狩人たちをつれていきはしませんでした。もっとも、狩人たちにしてみれば、そのほうが、ありがたかったわけです。なぜって、狩人たちはこのイノシシのためにはもうなんどもひどいめにあっていましたから、イノシシを追いかけるなんてことは、ごめんだったのです。  イノシシは仕立屋さんのすがたをひと目見るなり、口からあわをふき、きばをといで、仕立屋さんめがけてとびかかってきました。仕立屋さんを地べたにつきたおそうというのです。  けれどもそれよりはやく、このすばしっこい豪傑は、そばにあった礼拝堂にとびこんで、すぐまた上の窓からピョンとひととびでそとへとびだしました。  イノシシのほうは、仕立屋さんのあとを追って、なかにとびこみました。ところが、仕立屋さんはそとがわをピョンピョンとびまわって、イノシシのうしろから扉をピシャンとしめてしまったのです。  なかでは、イノシシがさかんにあばれまわりましたが、からだがおもすぎるうえに、無器用なものですから、窓からとびだすこともできず、とうとう生けどりにされてしまいました。  ちびの仕立屋さんは狩人たちをよびよせて、このえものをよく見せてやりました。それから、この豪傑は王さまのところへもどっていきました。こうなっては、さすがの王さまも、まえにした約束を、いやでもおうでもまもらないわけにはいきません。そこで、仕立屋さんにじぶんのむすめと国の半分をやりました。  もしも王さまが、じぶんのまえに立っている男は、豪傑どころか、ただの仕立屋にすぎないことを知ったなら、きっと、もっとくやしがったことでしょうよ。  そこで、婚礼はたいそうりっぱに、といっても、みんなからは、あまりよろこばれもせずに、とりおこなわれました。こうして、仕立屋さんからひとりの王さまができあがったのです。  しばらくたってから、わかいお妃さまは、夜中に夫が夢を見て、こんなねごとをいっているのをききました。 「小僧、ジャケツをこしらえろ。それから、ズボンをつくろえ、やらないと、ものさしで横っつらをひっぱたくぞ。」  これをきいて、お妃さまには、わかい王さまがどんな横町の生まれのひとか、よくわかりました。そこで、あくる朝、おとうさまにこのなやみを話して、 「あのひとは仕立屋にちがいありません。どうかおとうさまの力で、あのひとからあたしをすくってくださいませ。」 と、おねがいしました。  王さまはお妃さまをなぐさめて、いいました。 「今夜はおまえの寝室の扉をあけておきなさい。わしは家来たちをそとに立たせておく。あの男がねこんだら、ふみこんでいって、しばってしまい、船にのせて、遠くへつれていかせよう。」  お妃さまは、これで満足しました。ところが、王さまの刀持ちがそばでこの話をのこらずきいていたのですが、この男はわかい王さまがすきでしたので、このたくらみをわかい王さまにすっかり知らせてしまったのです。 「よし、そんならじゃましてやれ。」 と、ちびの仕立屋さんはいいました。  夜になりますと、仕立屋さんはいつもの時間に、お妃さまといっしょにベッドにはいりました。  お妃さまは、仕立屋さんがぐっすりねこんだころを見はからって、そっとおきあがりました。そして、へやの扉をあけてきて、またもとのようにベッドに横になりました。  ちびの仕立屋さんは、ねむっているようなふりをしていただけだったのですから、ふいに、はっきりした声でどなりだしました。 「小僧、ジャケツをこしらえろ。それから、ズボンをつくろえ。やらないと、ものさしで横っつらをひっぱたくぞ。おれさまはな、ひと打ちで七つをやっつけ、大男をふたりも殺したんだ。そればかりか、一角獣をひっぱってきたこともあるし、イノシシを生けどったこともあるんだ。そのおれさまが、なんでそとにいるやつらをこわがるものか。」  仕立屋さんがこういうのをききますと、みんなはすっかりこわくなって、まるで魔王の軍勢に追われてでもいるように、われさきにとにげだしました。そしてそれからは、もうだれひとり、仕立屋さんに手むかおうというものはありませんでした。  こうして、ちびの仕立屋さんは、一生のあいだ、ずうっと王さまでいました。 (1)一角獣というのは、馬のかたちをした、ひたいに角が一本ある、伝説上の動物のこと。 底本:「グリム童話集(1)」偕成社文庫、偕成社    1980(昭和55)年6月1刷    2009(平成21)年6月49刷 ※表題は底本では、「いさましい ちびの仕立屋さん」となっています。 入力:sogo 校正:チエコ 2019年12月28日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。