從軍行 夏目漱石 Guide 扉 本文 目 次 從軍行 一 二 三 四 五 六 七 一 吾に讎あり、艨艟吼ゆる、       讎はゆるすな、男兒の意氣。 吾に讎あり、貔貅群がる、       讎は逃すな、勇士の膽。 色は濃き血か、扶桑の旗は、       讎を照さず、殺氣こめて。 二 天子の命ぞ、吾讎撃つは、       臣子の分ぞ、遠く赴く。 百里を行けど、敢て歸らず、       千里二千里、勝つことを期す。 粲たる七斗は、御空のあなた、       傲る吾讎、北方にあり。 三 天に誓へば、岩をも透す、       聞くや三尺、鞘走る音。 寒光熱して、吹くは碧血、       骨を掠めて、戞として鳴る。 折れぬ此太刀、讎を斬る太刀、       のり飮む太刀か、血に渇く太刀。 四 空を拍つ浪、浪消す烟、       腥さき世に、あるは幻影。 さと閃めくは、罪の稻妻、       暗く搖くは、呪ひの信旗。 深し死の影、我を包みて、       寒し血の雨、我に濺ぐ。 五 殷たる砲聲、神代に響きて、       萬古の雪を、今捲き落す。 鬼とも見えて、焔吐くべく、       劍に倚りて、眥裂けば、 胡山のふゞき、黒き方より、       銕騎十萬、莾として來る。 六 見よ兵等、われの心は、       猛き心ぞ、蹄を薙ぎて。 聞けや殿原、これの命は、       棄てぬ命ぞ、彈丸を潛りて。 天上天下、敵あらばあれ、       敵ある方に、向ふ武士。 七 戰やまん、吾武揚らん、       傲る吾讎、茲に亡びん。 東海日出で、高く昇らん、       天下明か、春風吹かん。 瑞穗の國に、瑞穗の國を、       守る神あり、八百萬神。 ──明治三十七年五月十日『帝國文學』── 底本:「漱石全集 第十二卷 初期の文章及詩歌俳句」岩波書店    1967(昭和42)年3月30日発行 初出:「帝国文学」    1904(明治37)年5月10日 入力:フクポー 校正:きゅうり 2019年12月27日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。