春近き日 小川未明 Guide 扉 本文 目 次 春近き日  お母さんが、去年の暮れに、町から買ってきてくださったお人形は、さびしい冬の間、少女といっしょに、仲よく遊びました。  それを、どうしたことか、このごろになって、お人形は、しくしくと泣いて、お嬢さんに願ったのであります。 「どうか、私をお母さんのところへ帰してください。」と申しました。  少女は、どうしていいかわかりませんでした。お人形のお母さんがどこにいるかということもわからなければ、せっかく仲よく遊んだお人形に別れることも悲しかったからです。 「私は、お母さんに聞いてみます……。」と、少女は答えました。  すると、かわいらしいお人形は、目をまるくして、 「どうか、お嬢さま、そのことはだれにも話さないでくださいまし。」と、頼みました。 「おまえのお母さんは、どこにいらっしゃるの? それがわかれば、帰してあげてもいいわ。」と、少女は申しました。  お人形は、たいそう喜びました。 「毎朝、この窓のところへ、べにすずめがきます。あれに言づけしてもらえば、お母さんは、だれかきっと私を迎えによこしてくれます。どうかお嬢さま、私を明日の晩方、野原のところまでつれていってくださいまし。」と、真っ黒な目で見上げてねがいました。  その晩は、いい月夜でした。もうじきに春のくることを思わせました。  翌朝、べにすずめが窓にきて鳴きました。  晩方、少女は、お人形を抱いて村はずれへきました。まだ、遠くの山々には、雪が光っていました。このとき、どこからともなく美しい馬車が前へきて止まりました。お人形は、その馬車に乗って、お嬢さまにお別れを申しました。やがて、黒い馬は、美しい馬車を引いて、あちらへ駆けていってしまったのです。 底本:「定本小川未明童話全集 4」講談社    1977(昭和52)年2月10日第1刷発行    1977(昭和52)年C第2刷発行 底本の親本:「海から来た使ひ」岡村書店    1926(大正15)年7月 初出:「子供之友」    1926(大正15)年3月 ※表題は底本では、「春近き日」となっています。 入力:特定非営利活動法人はるかぜ 校正:栗田美恵子 2019年2月22日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。