もずとすぎの木 小川未明 Guide 扉 本文 目 次 もずとすぎの木  若い元気なもずが、風の中をすずめを追いかけてきました。すずめは、死にもの狂いに飛んで、すいと黒くしげったかしの木の中へ下りると、もずはついにその姿を見失ってしまったので、そばの高いすぎの木の頂に下りて止まりました。 「ああ、ばかな骨おり損をしてしまった。」といって、いまいましそうに、もずは、くちばしを木の枝でふいていました。  これを聞いたすぎの木は、 「いいことをなさいましたよ。」といいました。もずは、目を光らして、 「私は仕損じてがっかりしているのに、なんでいいことをしたというのですか?」と、すぎの木に向かって、たずねたのです。 「あのすずめの母親は、病気なんですよ。そしてあの子すずめは、感心な親思いで、きっと母に食べさせる餌をさがしに出かけたのでしょう。あのすずめが、あなたに捕まったら、病気の母すずめは、悲しくて死んでしまうにちがいありません。」と、すぎの木は、答えたのでした。  これをきくと、もずは、はじめて、そんな感心な子すずめであったのかと思いました。 「そうですか、それは、いいことをした。もうすこしで私のつめは、あの子すずめの体にさわったのだ。いまごろどんなに驚いていることだろう。まだ、私が、ねらっていると思うだろうから、私は、そんなことを忘れてしまったと知らせるために、唄をうたってやりましょう。」  若い、元気なもずは、すぎの木の頂で、風に吹かれながら、青空に向かって、高い、そして鋭い声で、おもしろそうな唄をうたったのであります。その声は、遠くまでひびいたのでした。 「ごらんなさい。いままで、方々にきこえていた小鳥たちの声が、あなたの声をきくとぴったりと止まって、静かになったじゃありませんか、みんなあなたを怖れているのです。」と、すぎの木は、いいました。  このとき、木の下の方で、人の声がしました。もずが見ると、かきの木があって、赤い実がたくさんなっていました。そのそばに、一軒のわら家があって、六つばかりの女の子が、 「あの鳥は、なんという鳥なの?」といって、おじいさんに、きいていました。おじいさんは、眼鏡をかけて、日の当たる縁側でご本を見ていられましたが、 「あれは、もずという小鳥だよ。あの鳥は、秋になると、飛んできて、高い木に止まって鳴くのだよ。」と、おっしゃいました。  女の子は、じっと木の頂を見ていましたが、 「私は、あの鳥が大好きよ。また来年も、あの木へきて鳴くといいわね。」といって、ながめていました。  もずは、これまで自分をいやな鳥だとか、乱暴な鳥だとか、いううわさをきいていましたが、いま、このかわいらしい女の子に、好きといわれたので、たいそう機嫌をよくしました。 「すぎの木さん、ここの景色はすばらしいじゃありませんか? 私は、きっとまた来年もやってきますよ。」といいました。 「もずさん、来年といえば、長い間ですが、諸国を飛びまわるあなたは、どうぞ体にお気をつけなさい。」と、すぎの木は、旅をつづける小鳥の身の上を心配していったのです。 「ありがとうございます。あなたの身の上にもしあわせのあるように祈っています。」といって、もずは、青空を飛んで、どこへか姿を消してしまいました。  いつしか、冬がきて、また春となり、夏が過ぎて、とうとう約束の翌年の秋がめぐってきました。もずは、山から山へ旅をつづけているうちに、ふと去年のことを思い出しました。 「あのすぎの木は、どうなったろう?」  そう思うと、つぎからつぎと去年のことが思い出されて、なつかしくなりました。もずは、野原を越して、山を越して、見覚えのある村へと飛んできました。あちらに川があって、きらきらと金色の日の光に輝いていました。 「去年も、あの川を越したのだな。」と、もずは、思いました。  やがて高いすぎの木が、目に入りました。つづいて赤いかきの木が目に入りました。そのそばにわら家があって、すべてが去年のままの景色でありました。  もずは、一声高く鳴いて、すぎの木の頂に止まりました。 「ご機嫌よう、すぎの木さん。」 「おお、去年いらしたもずさんですか。」  もずが朗らかに鳴くと、かしの木のしげみの中ですずめは、耳を傾けて、 「みんなここへおいで、私を追いかけたもずがきましたよ。けっして、この木から外へ出てはいけません。」と、いつしか、親すずめとなったすずめが、子すずめたちにいいきかせていました。また、下の家では、 「おじいさん、もずがきましたよ、きっと去年のもずですね。」と、女の子がいっていました。女の子は、お友だちと縁側で、お人形を出して遊んでいました。 「ああ、みんな私を覚えていてくれて、こんなうれしいことはない。」と、もずは喜びました。 「すぎの木さん、また来年もやってきますよ。」と、やがてもずは、すぎの木に別れを告げて、飛んでゆきました。  三年めの秋が、めぐってきたときに、もずはもう年をとっていました。しかし、もう一度あのすぎの木や、子供を見たいと思いました。彼は、野原を越え、山を越えてくると、光った川がいつものごとく目に入りました。けれど、どうしたことか、なつかしいすぎの木や、赤い実のなったかきの木をさがしましたけれど、どこにもそれらの姿が見えませんでした。そしてそこには新しい工場が建ち、高い煙突から黒い煙が流れていました。 底本:「定本小川未明童話全集 11」講談社    1977(昭和52)年9月10日第1刷発行    1983(昭和58)年1月19日第5刷発行 底本の親本:「小学文学童話」竹村書房    1937(昭和12)年5月 初出:「台湾日日新報」    1937(昭和12)年4月16日 ※表題は底本では、「もずとすぎの木」となっています。 ※初出時の表題は「百舌と杉の木」です。 入力:特定非営利活動法人はるかぜ 校正:酒井裕二 2017年11月24日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。