夏の晩方あった話 小川未明 Guide 扉 本文 目 次 夏の晩方あった話 「おじさん、こんど、あめ屋さんになったの。」  正ちゃんは、顔なじみの紙芝居のおじさんが、きょうは、あめのはいった箱をかついできたので、目をまるくしました。 「ほんとうだわ、おじさん、あめ屋さんになったの。」と、花子さんもききました。 「ええ、あめ屋になりましたよ。」 「どうして?」 「紙芝居がたくさんになって、話では、はやりませんから、これからあめで、なんでも造りますから買ってくださいね。」と、おじさんは、いいました。  そこへ、英ちゃん、誠さん、年ちゃんたちが集まってきました。 「おじさん、さるでも、たぬきでも、なんでも造れて。」  英ちゃんは、不思議そうに、おじさんの顔を見ました。 「いつ、おじさんは、けいこをしたんだい。」と、誠さんが、ききました。 「おじさんは、もとから、このほうがお話よりもうまいんです。」と、おじさんが、笑いました。  正ちゃんは、お家へ駆け出してゆきました。年ちゃんも、つづいてゆきました。お母さんに、おあしをもらってくるためです。そのうち正ちゃんは、にこにこしながら、もどってきました。 「なにをこしらえてもらうかな。」と、正ちゃんが頭をかしげました。 「正ちゃん、うさぎがいいだろう。」と、誠さんがいいました。 「うきぎなんか、つまらない。それよりか、象がいいな。」 「ああ、象がいいわ。」と、花子さんが、いいました。  正ちゃんは、動物園で見た象のことを思い出して、それがいいと思ったから、 「おじさん、象をこしらえておくれよ。」と、おあしを渡しました。 「はい、はい、象をこしらえますかな。」と、いって、おじさんは、あめを管の先につけて、まるめたり、吹いたりして、やっと一ぴきの象ができ上がりました。  すると、これを見た、子供たちは、笑い出しました。 「おじさん、これが象なの?」 「象と見えませんか。」 「鼻が足みたいだ。」 「尾が、あんまり大きくて、みっともないよ。」  みんなは、げらげら笑い出しました。おじさんは、きまりが悪くなって、 「象は、下手ですから、なにか、ほかのものを造ってあげましょう。」といいました。けれど、子供たちは、もう、信じませんでした。 「おじさんは、やはり、お話がいいよ。」と、年ちゃんがいいました。 「ああ、お話がいいね。」と、みんなが、賛成しました。  夏の白い雲がうごく、空の下の原っぱで、子供たちは、おじさんを取り巻いて、かわいそうな子供のお話をききました。絵紙はなかったけれど、話が上手で、目に見る気がしてみんなは感心してきいていました。お話が終わると、おじさんは、あめを分けてくれました。 「おじさん、たぬきや、象をつくるより、よっぽどお話のほうがおもしろいよ。」 「もう、そんなもの、つくるのおよしよ。」 「じゃ、また明日から、紙芝居の道具を持ってきますかな。」 「僕たち、ほかの人のをきかないから。」 「ありがとうございます。」と、人のよいおじさんは、喜んで、箱をかついで、お家へ帰りました。  どんなに、おじさんは、やさしいみんなの心を、ありがたく思ったでしょう。 底本:「定本小川未明童話全集 10」講談社    1977(昭和52)年8月10日第1刷発行    1983(昭和58)年1月19日第6刷発行 ※表題は底本では、「夏の晩方あった話」となっています。 入力:特定非営利活動法人はるかぜ 校正:仙酔ゑびす 2012年5月6日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。