きれいなきれいな町 小川未明 Guide 扉 本文 目 次 きれいなきれいな町  あるところに、かわいそうな子どもがありました。かね子さんといって、うまれたときからよく目が見えなかったので、お母さんは、たいそうふびんに思っていらっしゃいました。  あちらにいい目のおいしゃさまがあるといえば、そこへつれていき、またどこそこにいい目のおいしゃさまがあると聞けば、そこへつれていきました。  けれど、どのおいしゃさまも、はっきりなおるとうけあった人はなかったのです。 「お母さん、わたしは目が見えなくても次郎さんがあそびにきてくださるから、ちっともかなしくはありません。」と、かね子さんはいいました。 「ほんとうに次郎さんは、やさしいいいお子さんですね。あんなにしんせつなお子さんはありませんよ。」と、お母さんもおよろこびになりました。  毎日、次郎さんはあそびにきてくれました。 「かね子さん、ぼく、おもしろいご本をもってきたのだよ。いま読んであげるからきいていてごらん。」  そういって次郎さんは、浦島太郎のお話を読んできかせました。 「かね子さん、おもしろい?」 「おもしろいわ、太郎は助けたかめをにがしてやったのでしょう。」 「そうすると、かめがおれいにやってきたのだよ。どうかわたしの背中にのってください、龍宮におつれ申しますといったのさ。」といって、次郎さんはご本のきれいな絵をながめていました。 「やあ、きれいだな。青や赤やでぬったご門があって、龍宮ってこんなきれいなところかなあ。」と、次郎さんは感心していました。  けれど、かね子さんには、その絵がわかりませんでした。 「次郎さん、どんなきれいな絵がかいてあるの?」と、なみだぐんでききました。  次郎さんは、かね子さんが目の見えないのに気がつくと、 「ああ、悪かった。うらやましがらせるようなことをいわなければよかった。」と、後悔をしました。  そして、どうしたらかね子さんの目がよくなるだろうと思いました。 「ねえ、かね子さん、泣くのはおよし。ぼく悪かった、かんにんしておくれ。」 「いいえ、次郎さんが悪いのではない。わたしの目はなおらないって、お母さんがおっしゃったので、かなしいのよ。」 「ぼく、どうかして見えるようにしてあげるからね。」と、次郎さんがいいました。  浦島太郎は、かめを助けたために龍宮へいって、おとひめさまにであったのだから、ぼくもこれから殺生をしないことにしようと、次郎さんは思いました。 「あっちからきたのは勇ちゃんらしいな。」  次郎さんは、往来に立ちどまって見ていました。やはり勇ちゃんでした。もちぼうを持ち、片手にとんぼのかごをぶらさげていました。 「勇ちゃん、とんぼが取れた?」と、次郎さんはききました。 「むぎわらとんぼが二匹と、やんまを取ったよ。」と、勇ちゃんは、とくいになって答えました。 「やんまを取ったの?」  次郎さんは、うらやましそうにかごの中をのぞくと、大きなやんまがいました。 「どこでやんまを取ったの?」 「あっちの梅の木にとまっていたのだよ。」  黒い目のくるくるした、黄色なすじのある、いいやんまでした。  次郎さんはふところから、浦島太郎のご本をだして、 「勇ちゃんは、こんな絵本を見たことがある?」と、ききました。  勇ちゃんは、きれいな本だと思いました。 「見たことがない。おもしろいかい?」 「これはおもしろいよ。見せてあげるから、勇ちゃん、とんぼをみんなにがしておやりよ。」と、次郎さんがいいました。勇ちゃんはびっくりして、 「いやだ。ぼく、せっかく取ったのだもの。」と、目をみはりました。  次郎さんは、どうしたらとんぼを助けることができるかと考えました。 「君は、浦島太郎が龍宮へいった話を知っている?」 「知っているよ。だけど、あれはおとぎばなしだろう。」 「うそのことは、本に書いてあるわけはないよ。これは浦島太郎の絵本だよ。これと、とんぼととりかえっこをしようよ。」と、次郎さんがたのみました。 「この大きなやんまは、おしいな。」勇ちゃんはやんまをながめました。 「勇ちゃん、いいだろう?」 「じゃ、とりかえっこしてあげよう。」  二人は、絵本ととんぼととりかえっこをしました。次郎さんはとんぼを持って、はらっぱの方へ走っていきました。 「さあ、みんなにげていけ。もうけっして子どもたちにつかまるなよ。」と、浦島太郎がかめをにがしたときのように、いいました。  次郎さんは、かね子さんに、じゅず玉を取ってあげようと思って、原っぱへ三りん車にのってやってくると、やはり三りん車にのった子が、一人であそんでいました。 「君は、どこの子かい?」と、次郎さんがききました。 「ぼくの町はこっちだよ。そうして、ぼくの名は、とんぼこぞうというのだよ。」と、その子はいいました。 「おもしろい名だね。」 「君とぼくと、三りん車の競争をしようよ。」と、とんぼこぞうがいいました。 「ぼくは、じゅず玉を取ろうと思って、ここへきたのだよ。」と、次郎さんは答えました。  すると、とんぼこぞうは、 「じゅず玉は女の子の持つものだぜ。」といって、わらいました。 「そうさ。ぼくは、かね子さんという目のわるい、かわいそうな女の子のために取りにきたのだよ。」と、次郎さんがいうと 「目がわるいの? そんなら、いいお薬があるよ。」と、とんぼこぞうがいいました。 「ある? どこに?」 「ぼくの町にいっしょにおいでよ。」と、とんぼこぞうが先になって走りました。  次郎さんはその町がどこかと思って、つづいて走りました。赤い夕やけの空を見ながら、二人がいくと、きれいなきれいな町にきました。たくさん、ちょうちんがついていて、にぎやかでした。 「おまつりがあるの?」と、次郎さんがききました。 「おはぐろとんぼのお姉さんが、およめにいくのだよ。」と、とんぼこぞうがいいました。 「ここは、とんぼの町なの?」と、次郎さんはおどろきました。 「とんぼの町だよ。めったに人のこられぬところさ。君はいい子だから、ぼくがつれてきたのだよ。」と、とんぼこぞうがいいました。 「どこに目薬があるの?」 「あすこ……。」と、とんぼこぞうが、ゆびさしました。  いってみると、むらさき色のびんがならんでいました。 「よくきくかい?」と、次郎さんがきくと 「とんぼの目をごらんよ。みんないい目をしているだろう。」と、とんぼこぞうが答えました。 「どうぞこの町を忘れませぬように。」と、次郎さんは、いくたびも神さまにねがいました。  そうして、かえりには、しんせつなとんぼこぞうに、原っぱまでおくってもらいました。 底本:「定本小川未明童話全集 10」講談社    1977(昭和52)年8月10日第1刷    1983(昭和58)年1月19日第6刷 ※表題は底本では、「きれいなきれいな町」となっています。 入力:特定非営利活動法人はるかぜ 校正:酒井裕二 2015年5月24日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。