チューリップの芽 小川未明 Guide 扉 本文 目 次 チューリップの芽  チューリップは、土の中で、お母さんから、世の中に出てからの、いろいろのおもしろい話をきいて、早く芽を出したいものと思っていました。 「ちょうちょうは、どんなに、美しいの?」と、お母さんにたずねたりしました。 「そんなに、いそいではいけません。いい時分になったら、お母さんがいってあげます。それまでは、おとなしくして、待っておいでなさい。」と、お母さんは、さとされました。  けれど、今年出るチューリップは、がまんしていることができませんでした。 「お母さん、もう、芽を出してもいいでしょう。」といいました。 「いいえ、まだ、いけません。」と、お母さんは許されなかったのです。  けれど、とうとうチューリップは、がまんができなくなって、銀色のかわいらしい芽を土の上へ出しました。  なんという明るい世界でありましたでしょう。けれど、まだ、すこし早かったので、太陽は遠く、風が寒うございました。かわいらしいチューリップは、身ぶるいしなければなりませんでした。  しかし、一度、芽を出したからは、もはやどうすることもできませんでした。チューリップは、土の中の暗い世界が恋しくなって、お母さんのいうことを聞かなかったことを後悔しました。  このとき、畑をみまってきた、しんせつなおじいさんは、チューリップの芽が、ふるえているのを見て、「ああ、まだすこし早い。いま出たら霜に傷んでしまおう。」といって、くわで、チューリップの頭の上へ、土をかけてくれました。  チューリップは、ふたたび、暖かな世界へはいって、春のくるのを待つことになりました。 底本:「定本小川未明童話全集 4」講談社    1977(昭和52)年2月10日第1刷発行    1977(昭和52)年C第2刷発行 底本の親本:「ある夜の星だち」イデア書院    1924(大正13)年11月20日 初出:「子供之友」    1924(大正13)年3月 ※表題は底本では、「チューリップの芽」となっています。 ※初出時の表題は「チユリツプの芽」です。 入力:特定非営利活動法人はるかぜ 校正:栗田美恵子 2019年4月26日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。