僕の通るみち 小川未明 Guide 扉 本文 目 次 僕の通るみち  僕はまいにち、隣の信ちゃんと、学校へいきます。僕は、時計屋の前を通って、大きな時計を見るのがすきです。その時計は、時刻が正確でした。  また、果物屋の前で、いろいろの果物を見るのもすきです。どれも美しい色をして、いいにおいがしそうでした。  僕は、肉屋の前を通るのがきらいでした。だから、なるたけ、店の方を向かないようにして通りました。人間のため働いた牛や馬を食べるのは、かわいそうなことのように思います。  もう一つ、こまることがありました。魚屋の前に、いつも、赤い、強そうな犬がいることです。  この犬は、よく人にほえました。また、自転車に乗った人を追いかけました。だから、いつ、自分にも、ほえつくかもしれないからです。 「犬なんか、こわくないよ。」と、信ちゃんはいいました。  しかし、僕は、ひとりのときは、まわりみちをして、肉屋と魚屋の前を通らないようにしました。  ある日、信ちゃんは、僕に向かって、 「もう明日からは、いっしょに学校へいかれないね。」といいました。  それは、信ちゃんの組が、午後からになったためです。  僕は、悲しくなりました。そうして、二人が魚屋の前にくると、ちょうど、赤犬とよその子供が遊んでいました。 「君、その犬はどこの犬なの?」  勇敢な信ちゃんが、聞きました。 「さあ、どこの犬かな。いままで飼っていた人がいなくなって、うちがないのだよ。くつ屋のおじさんが、かわいがっているから、くつ屋の犬だろう。」と、男の子が、答えました。 「名は、なんというの?」 「赤といっているよ。」 「人に食いつかない?」 「かまわなければ、食いつきなどしないさ。」 「よくほえるだろう。」と、僕がいいました。 「おかしなようすをした人に、ほえるよ。」と、そばにいた女の子が、答えました。  信ちゃんは、犬のそばへいって、頭をなでてやりました。 「清ちゃんも、なでておやりよ。」と、信ちゃんが僕にいいました。  僕はこわくて、どうしてもなでる気になれませんでした。 「なでてやると、君になれるよ。」と、また、信ちゃんがいいました。  僕がまごまごしているのを見て、よその男の子が、笑っていました。すると、女の子が、 「いやなのを、むりにすると、食いつくかもしれないよ。」といいました。僕は、なでるのをやめました。  あくる日、僕が、ひとりで学校から帰ると、赤が尾をふって、僕のそばへやってきました。僕はうれしかったので、 「赤や、赤や……。」といって、赤の頭をなでてやりました。  このごろ、僕は、学校のいきかえりに、赤を見るのが、たのしみです。そうして、その姿を見ないときは、さびしい気がします。  僕は、女の子のいった言葉を、いつまでも忘れません。 底本:「定本小川未明童話全集 13」講談社    1977(昭和52)年11月10日第1刷発行    1983(昭和58)年1月19日第5刷発行 底本の親本:「僕の通るみち」南北書園    1947(昭和22)年2月 初出:「コクミン一年生」    1946(昭和21)年5、6月合併号 ※表題は底本では、「僕の通るみち」となっています。 ※初出時の表題は「ボクノトホルミチ」です。 入力:特定非営利活動法人はるかぜ 校正:酒井裕二 2020年2月21日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。