ひばりのおじさん 小川未明 Guide 扉 本文 目 次 ひばりのおじさん  町の中で、かごからひばりを出して、みんなに見せながら、あめを売る男がありました。その男を見ると、あそんでいる子供たちは、 「ひばりのおじさんだ。」と、いって、そばへよってきました。  あき地になっている、すこしのひろばへ、かたから、あめの箱と、下げているかごを下ろしました。 「さあ、お坊ちゃんも、おじょうちゃんも、あめを買ってください。ひばりをはなして見せますよ。」と、男は、こしをおろしながら、子供たちの顔をながめました。だいぶあめが売れると、男は、かごのふたをあけて、 「さあ、とべよ。」と、いわぬばかりに、片手を上げて、後さがりをしました。  ひばりは、やがて、ピイチク、ピイチク、なきながら、高く、高く、空へ上がりました。そして、このまま、どこへかとんでいってしまいそうに、見えなくなったが、そのうちおじさんが、ピイ、ピイ、笛を鳴らすと、けんとうを、あやまらずに、えんとつや、たてものの間を分けて、すぐ近くへ下りて、またかごの中へ入ってしまいました。  おじさんは笑いながら、「私のいのちより、大事にしていますよ。」と、いつもいうのでした。  ある日、おじさんは、いつもの場所へきて、年ちゃんや、義ちゃんや、とめ子さんのいる前で、ひばりをかごからはなしたのでした。  ピイチク、ピイチク、となきながら、いつものように、ひばりは、空へ高く、高く、上がっていきました。  このとき、人間の耳には入らなかったけれど、はるかかなたの空で、ピイチク、ピイチクとなき声がしたのであります。 「はてな、どこかしらん。」と、ひばりは、思いました。それで、いっそう声をはり上げたけれど、むこうの声は、すこしも近よるようすがなかったのです。 「いってみよう。」と、ひばりは、その声のする方へ、とんでいきました。青い、青い、野原の上で、二羽のひばりが、たのしそうに、とんでいるのです。 「やっぱり、野原はいいですね。」と、かごのひばりが、いいました。 「町も、にぎやかで、いいでしょうね。」 「私が、よんだとき、なぜこなかったのですか。」 「かわいい子供が、あの黄色くなりかけた麦のはたけにいますので、私たちは、心配で、どこへもいくことができないのですよ。」と、野のひばりが、こたえました。  日がくれかかると、野のひばりは、麦ばたけの巣の中へ帰りました。そこには、かわいい子ひばりが、お母さんや、お父さんの帰るのを待っていました。ひとり取りのこされたかごのひばりは、 「ああ、やはり私は、かごの中へかえろう。」と、町の方へとんできました。おじさんは、ひばりがいなくなったので、気を、もんでいました。  そのとき、ピイチク、ピイチク、ひばりの声がしました。おじさんは、よろこんで、ピイ、ビイ、笛をふきました。ひばりは、だんだん地上へちかづくと、じっと自分を見上げているおじさんの顔と、年ちゃんや、義ちゃん、とめ子さんたちのかわいらしい顔を見たのであります。 底本:「定本小川未明童話全集 12」講談社    1977(昭和52)年10月10日第1刷発行    1982(昭和57)年9月10日第5刷発行 底本の親本:「せうがく三年生」    1938(昭和13)年6月号 初出:「せうがく三年生」    1938(昭和13)年6月号 ※初出時の表題は「雲雀の小父さん」です。 入力:特定非営利活動法人はるかぜ 校正:酒井裕二 2017年10月25日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。