高い木とからす 小川未明 Guide 扉 本文 目 次 高い木とからす  林の中に、一本、とりわけ高いすぎの木がありました。秋が近づくと、いろいろの渡り鳥が飛んできて、その木のいただきへとまりました。群れをなしてくるものもあれば、なかには、つれもなく、一羽だけのものもありました。  村の子供たちは、そのさえずる声を聞いて、自由に、大空を飛んでいける鳥の身の上をうらやんだのであります。 「あの木に、もちぼうをつけておけば、鳥がとれるね。」 「とっても、飼い方を知らなければ、しかたがないじゃないか。」  友だちが、こんな話をしていると、重ちゃんが、そばから、 「どんな鳥も、すり餌をやれば、いつくんだよ。」といいました。  しかし、その木のいただきまで上れるものは、重ちゃんくらいのもので、ほかの子には、目がまわるほど、あまりに高かったのです。  ある日、新しいしらせがはいって、子供たちの間で、話に花がさきました。それというのは、からすが、あの高いすぎの木に巣をつくったというのでした。 「それは、ほんとうかい。どうして、こんな人のたくさんなところへ巣をつくったろうね。」  そういった子供は、からすは、毎朝早く、まだ暗いうちから、山を出て、遠い里へいき、また晩方になると、いく組も列をなして、頭の上を鳴きながら、山へ帰るのを見たからです。 「いつか、鳥屋のおじいさんが、からすの子供を上手に飼うとおもしろいといったよ。」と、一人がいいました。 「どうしてかい?」と、ほかの一人がたずねました。 「よくなれると、人のいうことをきくし、いろいろな口まねをするって。」 「そうかい。そんなら、僕、巣をとって、からすの子を飼おうかな。」といったのは、重ちゃんでした。 「重ちゃん、およしよ。からすは親孝行の鳥だと、うちのおばあさんがいったよ。子供の時分、やしなってもらったご恩を忘れないで、大きくなると、年とった親を食べさせてあげるって。」と、一人の子がいいました。  すると、別の子が、 「学校の先生は、からすは害鳥だ。まいた豆や麦をほじくりだして食べるから、畑へきたら、追っぱらえといったよ。」といいました。  重ちゃんは、どちらが正しいだろうかと、だまって、聞いていました。  しかし、重ちゃんは家へ帰ると、物置から、あいている鶏かごを取り出して、きれいにそうじしました。それから、ひとりで林の方へといきました。  林へきてみると、高いすぎの木が、ほかの木立を見おろして、こんもりとした姿で、そびえていました。青い空と、白い雲が、足ばやに走っていました。このとき、どこからかもどったからすが、木の下に人の立っているのを見つけると、警戒するように、カア、カアと、仲間を呼びました。  重ちゃんは、自分も、友だちの助けなしに、ひとり木に上って、巣をとれないとさとったので、この日は、そのまま帰ることにしました。  ところが、あくる日は、ひどい風でありました。おじいさんは庭へ出て、たなにのっている鉢をかたづけていられました。 「おじいさん、台風だろうかね。」と、重ちゃんは聞きました。 「とうとうやってきたな。この風は、いまにもっとひどくなるだろう。」と、おじいさんはおっしゃいました。  そのうち、雨と風がもつれあって、ますますひどくなり、はたして、家も木立も、地上にあるいっさいのものが、もみくちゃにされそうに見えました。  重ちゃんは、またおじいさんのそばへいって、 「この風では、鳥の巣なんか、飛んでしまうだろうね。」と、聞きました。 「どこかに、巣があるのか?」と、おじいさんはいわれました。 「あの高いすぎの木に、からすが巣をつくったんだよ。しかし、木が大波にもまれるようだろう。」 「だが、からすはりこうな鳥だから、日ごろ、こんなときの用心をしているかもしれない。」と、おじいさんはおっしゃいました。  これを聞くと、重ちゃんは、急にからすがいとしくなりました。小さな鳥の身ながら、よく大きな自然の力にうちかとうとする精神をもつものだ、と考えたからです。それなのに、自分がその巣をとっていいものだろうか。雨風の音に、耳をすましながら、 「どうか、からすの巣がぶじでありますように……。」と、重ちゃんは神に祈りました。  台風は、晩方までに去ったとみえて、夜は、星が、きらきらとかがやきました。そして、めっきり涼しくなりました。  あくる日、林へいってみると、ほかの木立は、枝が折れたり、葉がちぎれたりしていたけれど、すぎの木は、もとのままの姿で、高くそびえていました。からすの巣もぶじで、親がらすは早くから、子供たちのために餌さがしに出かけ、やがて帰ると、待ちわびていた子がらすが、巣の中で、しきりに鳴くのが聞こえました。  重ちゃんは、自分も、りっぱな人間となるために、ふだん、その心がけを怠ってならぬと、感じました。 底本:「定本小川未明童話全集 13」講談社    1977(昭和52)年11月10日第1刷発行    1983(昭和58)年1月19日第5刷発行 底本の親本:「僕の通るみち」南北書園    1947(昭和22)年2月 初出:「こくみん三年生」    1946(昭和21)年9月 ※表題は底本では、「高い木とからす」となっています。 入力:特定非営利活動法人はるかぜ 校正:酒井裕二 2017年10月25日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。