白壁のうち 小川未明 Guide 扉 本文 目 次 白壁のうち  私は、学校にいるとき、いまごろ、お母さんは、なにをなさっていらっしゃるだろうか、またおばあさんは、どうしておいでになるだろうか、と考えます。すると、おうちのようすが、ありありと、目にうつります。 「ああ、お母さんは、おせんたくをなさって、もう、おわったころだ。」 「いまごろ、おばあさんは、いつもの場所にすわって、眼鏡をかけ、お仕事をなさっているだろう。」と、思いました。  早くおうちへ帰りたいと思っていたので、学校のおわったときは、ほんとうにうれしかったのです。帰りは、たいてい、お友だちといっしょでした。  町を出はずれたところに、お寺がありました。そのお寺の裏は、大きな暗い森になっていました。そこを過ぎると、もうあちらに、私たちの村が見えます。そして、まっききに目にはいるのは、白壁のうちです。 「ああ、なつかしい白壁……。」  そのおうちが、私の生まれた家です。どこへいった帰りでも、この白壁が目にはいると、私は、もうおうちへ帰ったような気がしました。 「また、あとで遊ぼうね。」  おたがいが別れるとき、こういいました。道が、そこから二すじになっていました。  私は、小道をいきました。道の両がわに、かぼちゃ畑があって、黄色な花が咲いていました。くまばちが、みつをさがしに、花の中へはいったり、出たりしていました。頭の上で、日の光が、きらきらとしたが、あちらの青い空には、白い入道雲が、もくもくと出ていました。  私は、赤いほうせんかの咲いている裏口をはいって、元気よく、 「ただいま。」といいました。  すると、やさしい声で、 「お帰りなさい。」と、お母さんが返事をなさいました。そして、にこにこしながら出ていらっしゃったのは、おばあさんでありました。 「暑かったろう、さあ、はやく顔をお洗いなさい。」と、おっしゃって、帽子や、かばんをはこんでくださいました。  晩方、私は往来で、お友だちと遊んでいました。夕日があかあかと、遠く、白壁にうつっていました。  このとき、包みを肩にかけた、ひとりの旅人が通りかかり、つかれたようすで、汗をふきながら、 「ここから浜まで、まだだいぶありますか。今夜、舟に乗ろうと思うのですが。」と、たずねました。 「二里ばかりあります。」と、私が答えると、 「この道を、まっすぐいけばいいのですか?」と、聞きました。 「そうです。つきあたったら、右にいきます。」 「ありがとうございます。」と、旅人はていねいに、頭を下げていきました。  私は、うしろ姿を見送り、「どうか、時間にまにあい、ぶじに舟に乗れますように。」と、旅人のために、心から祈りました。 底本:「定本小川未明童話全集 13」講談社    1977(昭和52)年11月10日第1刷発行    1983(昭和58)年1月19日第5刷発行 底本の親本:「僕の通るみち」南北書園    1947(昭和22)年2月 初出:「コクミン二年生」    1946(昭和21)年8月 ※表題は底本では、「白壁のうち」となっています。 ※初出時の表題は「白かべのうち」です。 入力:特定非営利活動法人はるかぜ 校正:酒井裕二 2020年1月24日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。