煙と兄弟 小川未明 Guide 扉 本文 目 次 煙と兄弟  うすぐもりのした空を、冷たい風が吹いていました。少年は、お母さんの、針仕事をなさる、窓のところで、ぼんやり、外の方をながめていました。もはや、木の葉がうすく色づいて、秋もふけてきました。 「さっきから、そこで、なにを見ているの。」と、お母さんが、少年のようすに気がついて、聞かれました。 「ぼく、煙を見ていたの。」  お母さんは、ちょっと手を止めて、その方を見ると、となりの家の煙突から青白い煙が上っていました。 「お風呂の煙でしょう。」  それは、少年にわかっていました。彼は、それを知らなかったのでありません。 「そうじゃないの。先に出た煙が、あとからくる煙をまっていて、いっしょに空へ上がろうとすると、いじわるい風が吹いて、みんな、どこへかさらっていくのだよ。だって、同じ木から出た兄弟だろう。かわいそうじゃないか。」と、少年は、いいました。  お母さんは、しばらく、煙を見ていました。人間にたとえれば、手をとり合って、おぼつかなく、遠い道をいくようです。 「そう考えるのが、正しいのですよ。どこの兄弟も、やさしいお母さんのおなかから生まれて、おなじ乳をのんで、わけへだてなく育てられたのです。それを大きくなってから、すこしの損得で、兄弟げんかをしたり、たがいにゆききしないものがあれば、また中には、大恩のある、母親をきらって、よせつけないものがあるといいますから、世の中は、おそろしいところですね。」と、なにか深く感じて、こういった、お母さんの目には、光るものがありました。このとき、 「ぼくは、そんな人間に、ならないよ。」と、少年はお母さんのひざに、とびつきました。 底本:「定本小川未明童話全集 14」講談社    1977(昭和52)年12月10日第1刷発行    1983(昭和58)年1月19日第5刷発行 底本の親本:「太陽と星の下」あかね書房    1952(昭和27)年1月 ※表題は底本では、「煙と兄弟」となっています。 入力:特定非営利活動法人はるかぜ 校正:酒井裕二 2019年2月22日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。