續俳諧師 ──文太郎の死── 高濱虚子 Guide 扉 本文 目 次 續俳諧師 ──文太郎の死── 一 二 三 四 五 六 七 八 九 十 十一 十二 十三 十四 十五 十六 十七 十八 十九 二十 二十一 二十二 二十三 二十四 二十五 二十六 二十七 二十八 二十九 三十 三十一 三十二 三十三 三十四 三十五 三十六 三十七 三十八 三十九 四十 四十一 四十二 四十三 四十四 四十五 四十六 四十七 四十八 四十九 五十 五十一 五十二 五十三 五十四 五十五 五十六 五十七 五十八 五十九 六十 六十一 六十二 六十三 一  豫て手紙で言つて來て居つた春三郎の兄の佐治文太郎の上京が事實となつて現はれて來た。上野の停車場に文太郎を迎へに行つた春三郎は自分の兄が斯く迄に田舍者だとは思はなかつた。古風な綿ネルのシャツを著て大きな鞄を重さうに提げて人込みの中をうろ〳〵としてゐた。それから漸く春三郎を見つけて、 「おゝ春三郎か」と言つた人の善ささうな顏には嬉しさが包み切れなかつた。 「私持たう」と言つて春三郎が其鞄を受取らうとした時、 「なあにいゝよ」と言つて渡さうともしなかつた。文太郎は兄乍ら自分は春三郎より智慧も學問も劣つたものだと考へてゐて常に弟を尊敬して居た。弟に此重い鞄を持たすのは思ひも寄らぬと考へて手を振つた。それから二人で停車場を出た時、 「どうだ春三郎、己まだ晝飯を食はぬのだが、二人で暫くぶりに一緒に遣らうぢやないか」と言つて取附の安料理屋へ這入つた。それから、 「お前何か食ひ度いものはないか」とか、「さうか、よし〳〵お前が嗜なものなら食らう〳〵」とか言つて何でも春三郎のいふなりになつて文太郎は嬉しさうに盃をあげた。それから國許ではだん〳〵暮しが困難になつて多勢の子供は養ひ切れぬから愈〻出京する事に決心したといふ事などを話した。少し醉うた頬には酒が上つてゐたが、がさ〳〵した光澤の無い皮膚には淋しい影が漂うて居た。 「お前の言つて來て呉れた下宿屋は至極思ひつきだと思ふ。もう今度は己も身を落してかゝるより外には道が無いと思ふのだが、國では何分思ひ切つた事は出來ん。どうしても上京することと決心したやうなわけだ。そこで下宿屋だが、相當の賣家とか貸家とかいふものはあるものだらうね」  春三郎は時々盛春館の女將に聞いた事位の外に下宿屋に就て何の知識も無かつたのだが、愈〻の場合には萬事女將に周旋して貰ふ事に豫々約束がしてあるので力強く返辭をした。 「そりや幾らでもあるものでせう。又極親切な或下宿屋の女將を私知つてゐますから」 「さうか、そりやあ何よりぢや。お前の學問の邪魔をしてはすまぬが、これからいろ〳〵世話にならにやならぬ」 二  文太郎は芝に在る細君の親戚の家へ行つて泊つた。其翌日春三郎を猿樂町の山本の家へ訪ねて來た。 「私は春三郎の兄でございます」と文太郎はいかにも田舍者らしく丁寧に挨拶した。照ちやんは此が春三郎の兄さんかと少し意外らしく目を瞠つた。 「弟がいろ〳〵御世話になりまして」と文太郎はお霜婆さんに挨拶しながら不思議さうに照ちやんを見た。 「どう致しまして、手前方こそ佐治さんにはいろ〳〵お世話樣になりまして、此間此娘の病氣の時も一方ならぬ御厄介を掛けました」とお霜婆さんも照ちやんをふりかへつた。 「春三郎、暫く來なかつたので方角がわからなくて困る。お前間なら少し一諸に歩いて呉れぬか」と文太郎は照ちやんにも一應丁寧に挨拶した後春三郎に言つた。 「えゝようございますとも、序に盛春館へも參りませう」と春三郎は一緒に表へ出た。其時帽子やステッキを取つて春三郎に渡す照ちやんの容子を文太郎は又不思議さうに見た。  一町許り二人は無言で歩いたが、 「時にあの婦人はあの家の子か」と文太郎は春三郎の顏を見た。 「えゝ」と言つた春三郎の顏は覺えず赤くなつた。 「それであの家の御家族はお母さんとお二人ぎりか」  春三郎は其處で家族の模樣をはじめ自分の留守番に行つた理由から照ちやんの病氣の事もすつかり話した。唯自分と照ちやんとの關係だけは話さなかつた。文太郎は、 「さうか、成程さういふわけか」と萬事合點が行つたらしく、人の善ささうな顏に其上の疑點を挾まうとはしなかつた。自分より學問も才智も勝れた弟に間違があらう筈は無いと心で極めてしまつた。  文太郎は東京の變化が珍らしいので、二三箇處を面白さうに見物した後春三郎に盛春館へ案内された。 「一寸御免下さい」と言つて立つたり坐つたりして何事にか忙しさうにして居る女將を尊敬の眼を以て見乍ら、 「なか〳〵遣手らしい女將さんだねえ。これでは餘程儲かるだらう」と文太郎は春三郎に囁いた。其忙しい事が一かたづき片付いた後女將は、 「どうか、こちらへ」と二人を空室に案内して豫て春三郎から頼んで置いた貸下宿の事を委細話した。それから又下宿屋を始めるに就ての心得も概略話した。 「其貸下宿といふのはすぐ近邊ですから兎も角御覽なすつたらいゝでせう」と言つて女將は二人を案内して表に出た。 三 「春三郎、昨日の料理は旨かつた。流石東京ぢや。今日も一つ何處かで食らうか」と文太郎は今の貸下宿がもう自分のものに極つたやうな心持がして晴れ〴〵した顏をして言つた。 「えゝさうしませう」と春三郎も景氣よく答へた。  二人は今日は牛肉屋へ上つた。 「此牛肉屋もなか〳〵立派だ。額も油繪を挂けてゐるね」とコローム版の古びた額を文太郎は感心して見た。それから今の貸下宿を借りるとして一番に手を入れねばならぬのは壁や襖だと考へた。嘗て自分の田舍の家の壁や襖を張替へて見違へるやうになつた事を囘想した。  文太郎は矢張り昨日の如く盃を擧げるのが非常に樂しさうであつた。さうして、 「流石に東京だ、牛肉も旨い」と舌を鳴らして食つた。それから國許の家を賣つてあの貸下宿の雜作を買ひ取る件などを相談した。  何でも春三郎の言ふ事を信用する文太郎は初めから盛春館の女將を疑はなかつた。 「親切な女將だと弟はいつた。が、實際逢つて見ると親切な許りか、氣が利いて居て遣手らしい」と一々敬服した。 「女將さんが雜作が餘り高いから負けさすといふ話であつたがさう行けば結構だ」と殊に又それを頼母しく思つた。 「此間から聞かうと思つて居たのですが嫂さんは下宿屋に賛成なのですか」と春三郎は聞いた。 「嫂さんはあの通り餘り健康な方でないから第一東京へ來るのが厭らしいが、併しもう觀念して居るさ」と文太郎は無造作に言つた。けれども其顏は少し曇つた。  それからいろ〳〵今迄辛苦した生活難の話をして、家のほかもう殆ど財産は無くしてしまつたと言つた。春三郎が十歳前後の頃迄はまだ可なりの財産があつたのだが、其後種々の事業に手を出して大概は他人の爲めに損をした。尤も文太郎自身も茶屋酒を飮んで愉快を盡した事があつたのだといふやうな噂もあつたが、それも大概他人の爲めに遊ばされたのであつた。今年三十八になるまで何一つ彼に取つて成功と認められ愉快と感ぜられた事は無かつた。彼も其事を話して、 「今度はもうどんな事があつても成功せなけりやならん。國に居つても種々考へたが下宿とは思ひつかなかつた。いゝ事をお前は思ひ附いて呉れた。あの女將さんの家で月に三十圓の利益があるといふ話であつたが、さうするとあの貸下宿の方でも二十圓位はあるだらう。二十圓で無く十圓でも利益さへあれば結構だ。毎月食ひ減して行くのに比べたら往く前に樂しみがあるといふものだ」と一時曇つた顏が又樂しさうに晴々とした。  春三郎は此神樣のやうな人(春三郎はさう思つた)の前に立つて彼の一事だけ包み隱して置くのは何となく心に忍びぬやうに思つた。遂に思ひ切つて口を切つた。 「實はねえ、兄さん。……」  文太郎は驚いて春三郎の顏を見た。 「あの婦人をねえ……」 「あの婦人とは」と文太郎は判じ兼ねた。 「あの山本の娘です。あれを私貰ひ度いと思ふのですが、兄さんは御異存無いでせうか」と春三郎は極めて落著いて言つた。春三郎が餘り落著いて居つたので、 「そりやあもう……お前が信用する女なら……己は別に……」と文太郎の方が却つて狼狽した。 四  文太郎は豫て知合であつた同郷の先輩を訪問して其先輩から田舍者のぽつと出が下宿業などを營む事の危險な事、盛春館の女將をも餘り信用しては險難な事、春三郎が此頃山本一家の爲めに誤られつゝあるのではないかといふ事などを忠告された。  文太郎は上京後萬事好都合に運ぶのに頗る勇を爲して居つたが此忠告を聞いた時は一時大いに落膽した。俄に東京が恐ろしくなり、前途が暗黒になり、自分のやうなものが馬車や人力車が走せ違ふ此都會に居るのが抑〻の間違で、矢張り靜かな故郷に引込んで居る方が安全なやうな心持もした。殊に又大事な弟の身の上が心配で、若し山本一家の爲めに騙されてゐるのが事實としたなら棄て措かれぬことだと胸を痛めた。けれども、其後お霜婆さんや照ちやんと屡〻逢つて話して見ると文太郎の眼には少しも惡人のやうには見えなかつた。又春三郎からより〳〵に不幸なる山本一家の内情をも聞いて自分の身に引き較べて同情した。盛春館の女將とも屡〻會見を重ぬるに從つて其親切を疑はうとしても疑ふ事は出來なかつた。遂に女將の盡力の結果三百五十圓といふ雜作を二百五十圓迄に負けてもらふ事になつて愈〻例の貸下宿を借りる事に相談が極つた。唯先方の都合もあり、此方も準備の時日を要するので旁〻授受は二月後といふ事になつた。文太郎は一應歸郷した。  文太郎が歸郷してから一月は瞬く間に經つた。山本の家の狹い庭にも一本の小さい櫻の樹があつて今が滿開であつた。或日お霜婆さんは留守であつて春三郎と照ちやんの二人は縁端に立つて默つて此櫻の花を見て居た。 「ねえ貴方」と照ちやんは瞬し乍ら春三郎を見た。春三郎は默つた儘で笑顏を作つて照ちやんに答へた。 「私ねえ。此頃少し體工合が變なんですよ」と言つて照ちやんは俯いた。照ちやんは先刻から櫻の花を見て居たのではなかつた。照ちやんの見て居たのは櫻の花を透しての曇つた空であつた。 五  其夜春三郎は寢られなかつた。耳を立てるとお霜婆さんの鼾の外に照ちやんの幽かな寢息も聞えた。春三郎は蒲團から顏を出して闇の室内を見𢌞した。  春三郎はつく〴〵淋しさを覺えた。孤獨の感に堪へなかつた。頼み難き照ちやんの寢息に耳を傾けた。  けれども翌朝早く暗いうちに目が覺めたのは照ちやんであつた。今少し眠らうと思つてもどうしても眠れなかつた。  其後春三郎は機會を得てお霜婆さんに打明けて話した。お霜婆さんは己に其下心があつたものと十分春三郎には想像されてゐたに拘らず、意外にも極めて眞面目な調子で、母らしい威嚴を保つて、 「もうさうなつた以上は仕方がありませんけれども困つた事になりましたのね。餘所の手前もある事ですから、殊に大阪の兄はさういふ方には喧しい方ですから……」と言つた。 六  春三郎は又照ちやんの兄の常藏に手紙を出した。常藏の返事はお霜婆さん宛のと春三郎宛のとが同時に來た。其春三郎に宛てた手紙の中には、『愚妹如きものが貴下の戀人たることを得るのは非常の光榮といはねばならぬ。唯既に姙娠したといふ事だけは殘念に思はぬでも無いが、これも致し方が無い』といふやうな意味の事が書いてあつた。  お霜婆さんは常藏の手紙を受取つた日春三郎に斯う言つた。 「常藏からの手紙に、貴下へは直に申上げたからといふ事でございますから別にもう申上げません。此上は不束ものでございますが何うか幾久しくお見棄てないやうに照の一身はお頼み申します」さう言つてお霜婆さんが頭を下げた時春三郎も頭を下げた。照ちやんも稍後れて極まりわるさうに頭を下げた。それから其日は小さい徳利に一本の酒を三人で酌み交はした。  其翌日照ちやんは丸髷に結つた。照ちやんは急に細君らしくなつて赤い手絡が目立つて見えたが春三郎はもとのつんつるてんの書生さんであつた。 七  春三郎は已に一度文太郎に手紙を出した。其には主として照ちやんの姙娠の事を書いて遣つた。其時の文太郎の返事は斯うであつた。 『委細承知した。お前の信ずる女とお前が結婚することに己は少しも異論は無い。若しそれが爲めに金が入用なら少々は送る。心配せずに言つてよこせ』と細々と親切に書いてあつて、終りの方に、『若し萬一どうかした都合で山本の方に異議でも起り、お前が困る場合には、子供は己が引取つてやる。其邊も決して屈託すな』と斯んな事も書いてあつた。  春三郎は又文太郎に宛てた手紙を書いた。其手紙には其後の概況を報じて遣つて其中に斯ういふ事を書いた。 『扨て私の折入つてのお願は、私に極めて少額でもいゝから或資金を貸して戴きたい。私は其金で商賣をやらうと思ひます』と斯んな事をも書いた。  お霜婆さんは兎も角二人を表向の夫婦にして「目出度い〳〵」と盃を下に置いた時ほつと息を吐いた。何事も失望に慣れた頭には、照ちやんが角かくしをした姿を見ぬのを殘念だと思つたのも束の間であつた。 「まあ〳〵よかつた。これで夫婦仲さへよければいゝ」と考へた。大きな眼鏡を掛けたまゝ次の間から襖越に座敷の二人を見て滿足らしい顏をした。  郵便が二通來た。一つは文太郎からで一つは常藏からであつた。文太郎のは此間の手紙の返事であつた。 『お前の折入つての願といふのは承知したが、どれ程入用なのか至急知らして呉れ。出來るだけは融通せう』とあつて次に又、 『此は決してお前達に強ふる譯では無い、唯ほんの相談で、それも今手紙を書きながら思ひ附いた程の事だから、若しお前達二人のうち一人でも氣が進まぬやうなら必ず心配なく斷つて貰ひ度い。……』と念の入つた前置があつて斯ういふ事が書いてあつた。 八  其相談といふのは大略斯ういふ事であつた。『下宿屋を讓受けるのももう半月許り後の事だが、早々多勢の子供を連れて出掛けるより、子供と嫂さんは今暫時國許へ置いて己は單身で上京して三四ヶ月は一人で遣つて見る積りで居る。だからお前等夫婦も小間物店や荒物店を出すよりも寧ろ同居をするとしてはどうか。さうすればお互に力になる事が出來て心丈夫だと思ふがどうであらう。但し呉々も強ふるのでは無い。厭なら心配無く厭と言つて呉れ』と大體斯ういふ意味の事であつた。  春三郎は此手紙を見て文太郎が今度の下宿屋で最後の一戰を試むる積りで居ながらも多勢の子供と病身な嫂とを控へて居て心細く思つて居る容子をあり〳〵と想像した。どうしても今度は兄を成功させて遣らねばならぬ、といふことは已に屡〻起つた考へであつた。此時も亦其考へがむら〳〵と起つた。  嘗て此衣食問題は春三郎の心を悶えさせたが、其はより重大な戀の問題で暫く忘るゝとも無く忘られてゐた。けれども今になつて見ると、戀の結果は矢張り衣食問題であつた。殊に從前よりはより切迫した問題であつた。彼は一も二も無く兄の意見に賛同せうと思つた。彼は手紙を疊み乍ら照ちやんに、 「お前下宿屋の女將さんになるの厭か」と試に戲談らしく言つて見た。 「何にでもなりますわ」と照ちやんは戲談らしく答へた。  春三郎は次に常藏の手紙を開封した。之は簡單な走り書きで、 『實は段々事態切迫し今後如何なる結果生ずるやも計り難きにつき一寸歸京萬事御相談致置度存候。明夜遲く新橋著の豫定。萬事拜眉』とあつた。 「大阪の兄さんが今夜一寸歸つていらつしやるさうだ」 「おやさう」と照ちやんは嬉しさうな顏をした。 「事態が切迫したとあるがどんな事になつたのであらう」と春三郎は心配さうな顏をした。 「まあさうですか」と照ちやんも同じく心配さうな顏をした。二人とも暫く默つてゐた。春三郎の顏は逸早く衣食問題に戻つた。春三郎は今度は嚴肅な口調で、 「國の兄さんが下宿屋を一緒に遣らぬかと仰しやるのだが、お前遣つて見る氣があるかい」と照ちやんの顏を見た。 「何でも私に出來ることなら遣りますわ」と照ちやんも今度は眞面目に答へた。 九  事件は急轉直下した。其夜歸京する筈の常藏は歸京しなかつた。其翌日常藏は拘引されたといふ飛報があつた。お霜婆さんは皺の多い顏に又血を上せて騒いだ。春三郎は常藏の會社の上役の所へ事情を聞きに行つた。詳しい事は判らなかつたが、何でも委託金費消の罪名で、其實會社の爲めに行使した賄賂を自分一人で背負つてしまつたのだといふ事であつた。尤も一部分は自分一己の遊蕩費に使つたのだといふ噂もあつたさうだが、其にしても常藏にして若し辯護せうとすれば幾らでも辯護の餘地はあつたのだ。唯其を辯護することにすると會社の重役に迷惑を及ぼすので、常藏は一人で背負つてしまつたのだ。其處がえらいと其上役は頻りに感服してゐた。  家族の處分問題になると上役は、 「兎も角お霜さんは家へ引取りませう」と言つた。  失望に馴れたお霜婆さんはあきらめが善くつて餘り厭な顏もせずに四五日經つてから上役の家へ手傳旁〻行つた。 十  文太郎は間もなく上京した。それから見學の爲めに軈て自分のものとなる下宿(松葉屋)に寢泊りする事にした。春三郎夫婦も愈〻文太郎を補助して營業を共にする事に極めて荷物を纒めて引越した。  お霜婆さんの取亂さなかつたのと反對に照ちやんは常藏の拘引騒ぎから頻りに鬱いで居た。春三郎はそれを意氣地が無いと齒痒く思つた。 「何故そんなに鬱ぎ込んで居るのだ。暢氣に鬱ぎ込んで居る場合では無いぢやないか」と勵ますやうに言つた。 「何も暢氣になんか鬱いでゐやしませんわ」と照ちやんは恨めしさうに春三郎の顏を見て言つた。 「そんな事をくよ〳〵思つて居るより一つ大奮發をして下宿屋を遣つて見ようぢやないか。嫂さんがいらつしやる迄はお前が主婦の積りで居なけりやならぬ」と又激勵するやうに言つた。 「遣れるだけ遣りますわ」と照ちやんは從順に言つた。けれども淋しさうな頼り無ささうな顏色であつた。  照ちやんは松葉屋に這入つた時眉間を曇らせて其邊を見𢌞した。上り口には亂雜に草履が脱ぎ棄ててあつた。盛春館などとは違つて障子もなくすぐ其處が店になつて居た。長火鉢が一つ置いてあつて其向うに坐つてゐるのが女將であらう、長煙管で煙草を吹かせ乍ら立て膝をして居た。人相の惡い變な女だと照ちやんは思つた。長火鉢を隔てて坐つて居た二人の書生は下宿人であらう。妙な眼附をして照ちやんを見た。春三郎と照ちやんとは文太郎が假りの居間にして居る六疊の室に這入つた。 「愈〻照ちやんの世話にならなけりやならぬ」と文太郎は第一に言つた。二三日うちには自分のものになつて愈〻奮鬪を始めるのだと思ふと文太郎は何かにつけて心が引立つた。殊に細君の上京する迄何よりの頼みは春三郎夫婦であつた。文太郎は二人の顏を頼母しさうに見た。  文太郎も春三郎も照ちやんの勇ましい答を待設けて居た。けれども照ちやんは、何とも答へなかつた。悲しさうな顏をして古びた天井を見上げた。猿樂町の家は狹かつた。けれども小ざつぱりした家であつた。照ちやんは此天井や壁を見𢌞して何とも知れぬ悲しい心持がした。  春三郎は不快を覺えた。照ちやんに代つて勉めて景氣よく、 「さうですとも、當人も其氣で大いに奮發して居ります」と答へた。  文太郎の引立つた心には何事も愉快に感ぜられた。照ちやんも春三郎も自分同樣勇を爲して居るもののやうに見えた。 十一  照ちやんは其翌日から臺所に出て襷がけになつて下女に交つて膳拵などの練習をした。女將は初め照ちやんが感じた程厭な女でもなかつた。それから斯んな事を教へて呉れた。 「御飯は少し硬い位の方がお客が澤山食べないから徳用よ。それからお汁は餘り度々拵へると損よ。お汁があると、どうしても御飯が澤山行けるからね。さうさ一寸言や豆腐糟のやうなものが一番兩爲さ。うまく煎ればなか〳〵おいしいものだし、それで御飯には直ぐ響くからね。何でもさういふ事に氣を附けないと迚もお前さん此商賣は遣れないよ」それから又斯んな事も話した。「三番のお客は見榮坊でね。晩のお菜は香物だけでもいゝからお晝の辨當にはお肴か肉を附けないと機嫌が惡いのさ。さうさ、何でも市役所の土木係とかださうで、あのよく道を直す時工夫と一緒に立つて居る洋服を著た人があるでせうあれだあね。時々は工夫の辨當の方に御馳走がある位ださうだから無理も無いのさ。それから七番の夫婦連れね。あの内儀さんは姙娠でね。それはひどい惡阻さ。それで我儘で何を買へ彼を買へと家の女中許り使つて、此方の忙しい時であらうが何であらうが考へ無しなんだから遣り切れないやね」  女將は斯ういふ事を喋り乍ら手ばしこく大きな飯櫃から小さな飯櫃に飯を入れたり、女中が下げて來た膳をすぐ洗つて拭巾で拭いたかと思ふと、もう其上に菜を載せたり茶碗を乘せたり目まぐるしく働いて居た。それから、 「今度お前さん之を一番へ持つて行つて御覽なさい」と女將は照ちやんに一つの膳と飯櫃とを突附けた。照ちやんは躊躇したが、已むを得ず女中の竹がするやうに膳の上の茶碗や皿やを片寄せて其一隅に飯櫃を載せて段梯子を上つて其を二階の一番へ持つて行つた。一番の客人といふのは髭の生えた人で、粗末な火鉢の上に自分で買つて來た藥罐を挂けて之も自分で買つて來た茶器で仔細らしく茶を入れて居る處であつたが、 「姉さん、今度の炭はくすぼつていかんね。こんな炭は困る」とむつかしい顏をして炭取を突出した。照ちやんは其を提げて段梯子を下り乍ら厭あな心持がした。が同時に又兄の事や母の事や自分の今の境遇やが一時に思ひ出されて、 「さうだ。厭でも應でも辛抱しなけりやならぬのだ」と考へた。  文太郎は誰よりも早く起きて表の掃除から雪隱の掃除迄一人で遣つた。春三郎は帳場に坐つて帳面の附け方を教はつた。 十二  愈〻明日から松葉屋は自分のものとなるといふ前夜文太郎は萬事の引繼を受けた。それから今迄の主人が客室の方に移つて文太郎や春三郎や照ちやんが居間の方に這入つた。居間といふのは八疊であつたが汚い事は一層であつた。いつ頃から疊替をせぬのか波打つたやうになつて居る上に處々破れたのが反古で張つてあつた。臺所道具は固より油蟲の無闇に澤山居る長火鉢や、觀世撚で縛つた十露盤や蓋の無い硯箱迄一切讓受けた。  翌朝文太郎はいつもより一層早く起出でた。さうしてもう雨戸をがら〳〵と繰つた。まだ東雲の光が一筋か二筋絲のやうに隣の屋根の物干を這つて居る頃であつたが文太郎は此光景を希望に充ちた目で眺めた。これから奮鬪するのだと思ふと雨戸を繰る手に力が溢れるやうであつた。客人の中には餘り早い雨戸の音に夢を破つたものもあつた。  春三郎も照ちやんも文太郎が起きたのに寢てゐるわけには行かなかつた。臺所には昨夜の燻ぼつたラムプが其儘にぶら下つて居た。兎も角其に灯を點けた。棚の上には膳が並べてあつて片方には飯櫃が積み重ねてあつた。昨夜寢たのは一時を過ぎてゐた。今朝はまだ四時を打つた許りであつた。睡眠不足の頭にはこれだけを意識して照ちやんは暫くぼんやりと突立つてゐた。文太郎は雨戸を引いてしまつていつの間にかもう竈に火を焚きつけて居た。 「照ちやん、今日はいゝ天氣らしい。商賣始の日が上天氣は縁起がいゝ」と極めて愉快さうに言つた。 「さうで御座いますねえ」と照ちやんは尚ぼんやりした頭で答へたが、竈の向うに煙の爲めに顰めてゐる文太郎の顏が、薪の火影に赤く光つて居るのを見て急に心が引締るやうに覺えた。それから漸く味噌汁の實にと若和布を小桶の水に浸けた。  春三郎は昨日迄文太郎の役目であつた表の掃除をした。今迄餘り勞働をした事の無い腕には竹箒を持つのも樂では無かつた。漸く表の掃除を終へてこれから雪隱の掃除に掛らうとする時、自分が何故に斯んな仕事を遣らうと思ひ立つたのであらうかと考へるとも無く考へて見た。  下女の竹は當分居殘る事に相談が極つて居た。其竹の起出たのは五時を過ぎて居た。さうして口のうちで何かぶつ〳〵と怒つて居た。何を怒るのかはつきり判らなかつたが何でも照ちやんなどが度外れに早く起出たのが不平らしかつた。其うち廊下で腹立たしさうな客の聲が聞えた。 「おい、手水の水が無いよ」  文太郎が狼狽へて、「はい」と答へる前に、 「お竹〳〵」と客は繰返して呼んだ。 「少し待つていらつしやい。すぐ持つて行くから」とお竹は馴れ〳〵しく答へた。 十三  客室で手が鳴る時には文太郎が一番に大きな聲で「はい」と答へた。けれども客の方では「お竹〳〵」と萬事お竹でなければ間に合はなかつた。恰もお竹が主人で其他のものは居候のやうな有樣であつた。殊に又お竹を通して客は種々の不平を申込んで來た。其は菜が前よりもまづくなつたとか、靴の掃除がぞんざいだとかいふやうな不平であつた。靴の掃除は主として文太郎がした。十分に念を入れてするに拘らずかゝる不平が聞えた。けれども文太郎は怒らなかつた。 「かしこまりました。十分氣をつけます」とお竹をして返答せしめた。お竹は店へ來ては客の惡口を言つた。客の所へ行つては店の惡口を言つた。文太郎の實直な返辭を、お竹は輕薄な言葉で客に傳へた。  春三郎には下宿して居る客人のどれもこれもが自分よりは劣つた人のやうに思はれた。文太郎が其人々の靴を懸命に磨いて居るのを見て情無く思つた。文太郎は他の用事に携はつて居る時は已むを得ず春三郎自身が磨かなければならなかつた。春三郎は其人々の爲めに磨くと思ふと腹が立つた。兄の爲めに磨くのだと思つて僅に我慢した。けれども春三郎の磨いた靴は文太郎の磨いた程光らなかつた。客人はお竹に向つて、 「斯んな磨きやうでどうなりや」と叱りつけ乍ら横柄に其靴を穿いた。  照ちやんの顏色は段々惡くなつて來た。朝など頭痛がすると言つて青白い額にいら〳〵筋を立てて居る事もあつた。夜寢床へ這入つてから春三郎の手を自分の腹に持つて來て、 「此頃どういふわけだか此處が斯んなに冷たくなるのよ」と言つた。腹の眞中が掌程の廣さに冷え切つて居る。 「お腹の子が死んでゐるんぢやないでせうか」と怨めしさうに言つた。春三郎は此頃の照ちやんの活氣が無いのを見て頗る物足らなく思つて居た。一度照ちやんに對すると自分自身が靴を磨く時の不平や雪隱を掃除する時の苦痛やは忘れてしまつて、我等が下宿屋を遣るのは一つは兄の爲め又一つは我等自身で新らしい運命を開拓するが爲めではないか。それに照ちやんはもう弱りかけた。無責任極まる。と直ぐ例の狂氣じみた癇癪を起した。 「勇氣が無いからだ」と叱りつけた。 「だつて斯んな體なんですもの。一生懸命に遣る積りなんだけれど……」と照ちやんは涙ぐんだ。其時は春三郎は何處迄も承知しなかつた。が、斯く現在腹の眞中の冷たく冷えてゐるのを知つた時流石に驚いた。其翌日早速醫者のうちへ診て貰ひに遣つた。醫者は暫く安靜にして居なければ流産する虞があると言つた。照ちやんは汚い八疊の間に寢た。 十四  盛春館の女將は下宿が文太郎の手に渡つた日から毎日一度は顏を出して何かと注意をした。文太郎は忙しい中を一寸表に出たと思つたら柱掛になつて居る長い鏡を買つて來て其を店の正面の柱に掛けた。その邊一面に燻ぼつた古びた中に獨り此鏡許りが今めかしく輝き渡つた。文太郎は又極めて不思議な形をした柱時計を買つて來て其を又其鏡の上に掛けた。これで一層此柱は時めいて、家に居る下宿人も、表から這入つて來る人も皆此比例の取れぬ二つの道具に目を注がぬものは無かつた。文太郎はせつせと客人の靴を磨き乍ら目は此時計と鏡とにとまつて罪の無い誇を覺えた。盛春館の女將が來た時、 「女將さん、此二つを昨日買つて來ました。なか〳〵いゝでせう」と文太郎は言つた。女將は、 「大變面白い形の時計ですことね、まあ鏡もいゝ鏡だ」と已むを得ず讃めたが其顏は曇つた。暫くしてから、 「併しねえお兄さん。金が殘つてゐれば少しでも殘してお置きなさる方がようございますよ」と言つて斯んな贅澤な物は成るべく買はずに置けと忠告した。  照ちやんは女將を何よりも頼りに思つた。眞青な顏をして臺所の眞中で途方に暮れて居る時など女將が折よく來合せて自分の事のやうに手傳つて呉れるのを心より嬉しく思つた。女將は又春三郎が無器用な手附で膳を拭いて居るのを見た時など、 「まあ不思議ねえ。家のお客樣の頃は自分の蒲團さへ上げなかつた人が」と笑つてそれに代つた。  照ちやんが臥つてしまつてから春三郎は一倍の苦痛を感じた。文太郎の顏には失望の色は隱されなかつた。春三郎は其を見て殘念に思つた。けれども文太郎は不平らしい顏はしなかつた。照ちやんの臥つた日から、お竹を使つて臺所の事を自分で遣つた。お竹はぶつ〳〵言ひながらそれでも相當に働いた。さうして客の處へ行つては、 「斯んな妙な下宿屋つてありやあしないわ」と不平を零した。  彼此するうち半月餘りも經つて兄弟とも大分下宿の事に馴れた。以前程大騒をしなくとも用を辨ずるやうになつた。照ちやんは蒲團を被つて終日八疊の室に心細さうに寢て居た。  文太郎はいろ〳〵と考へた末、照ちやんが此鹽梅では迚も主婦として働けさうにない、どうせ連れて來ねばならぬ妻の事であるから一日も早く連れて來る事にせうと決心した。 十五  照ちやんが今日は少し氣持がよいからといふので不味い顏をし乍ら臺所に出て手傳つて居た日であつた。文太郎は春三郎に斯う言つた。 「照ちやんがあの體で無理をしてだん〳〵惡くなつても困るし、どうせ嫂さんも早いか晩いか來ねばならぬのだから、一つ至急に歸郷して家族を纒めて來うかと思ふが、どうであらう」  春三郎は即答し兼ねた。 「まあ考へて見て呉れ。どうなとお前の意見に從ふから」と文太郎は言つた。  春三郎はくれ〴〵も照ちやんの役に立たぬのを殘念に思つた。けれどもさういふ自分自身も斯ういふ仕事には全く不適當であることをつく〴〵悟つた今日になつてはもう文太郎の意見に逆つて此上照ちやんを鞭撻して自分等夫婦でやつて見ようといふ勇氣も起らなかつた。遂に、 「ぢやあお嫂さんに來て戴くことに願ひませうか」と春三郎は言つた。  文太郎は早速其日の夜汽車で國へ立つた。東京へ來た許りの文太郎は才智も學問も自分より勝れたと信ずる春三郎の言ふ事は一も二もなく聽き、又萬事春三郎に頼るやうな傾があつたが、扨て實際事に當つて見ると春三郎はまだ全くのお坊ちやんで少しも役に立たぬのを見て失望した。春三郎にも失望し照ちやんにも失望した文太郎は唯無闇に働いた。利害得失を靜かに打算する事の出來ぬ文太郎は斯る際に自分自身の體を粉にして働くより外取るべき方法は無かつた。文太郎は最後の望を自分の妻に繋いで國に歸つた。  照ちやんは一二日起きて働いて居たがすぐ又床に倒れてしまつた。春三郎はお竹を腫物に障るやうにして使ひ乍ら自分で飯も焚き菜も煮た。お竹はぶつ〳〵と怒つてゐて春三郎のいふ事は少しも聞かなかつた。春三郎が、 「今日の晝は牛肉にするから買ひに行つて來て呉れ」と頼んでもお竹は返事もしなかつた。それから三番の客の處へ行つて斯んな事を言つた。 「たつた一人で遣り切れないわ。臺所の事もしなけりやならないし、お座敷の方の事もしなけりやならないし、給料はもとの通りで斯んな馬鹿々々しい事ありやあしない。それに何だか家内がごた〳〵してゐて此鹽梅ではいつ迄續くんだか知れたもんぢやない。旦那が國へ歸つたといふのも逃げたのかも知れないわ」それから其日の夕方一寸先の主人の家へ行つて來ると言つて出たつきり歸つて來なかつた。  春三郎は到頭獨りぼつちになつてしまつた。其夜客室で手が鳴ると「はい」と無器用な返辭をして春三郎が面を出したので客人は皆厭な顏をした。 十六  翌朝になつてもお竹は歸らなかつた。昨夜春三郎が寢たのは一時過ぎて居た。それから今朝は四時に起きた。自分で飯も焚き味噌汁も拵へた。扨てこれから膳を出すといふ時になつて、ふと照ちやんの知らん風をして八疊の室に寢てゐるのが癪に障つた。今迄は醫者の注意もあるし癪に障つた事のある時も成るべく我慢してゐたのだが、此時ばかりはどうしても我慢が出來なかつた行きなり蒲團の上から照ちやんの腰のあたりと思ふ處をうんといふ程足蹴にした。照ちやんは昨夜中神經が昂つていろんな事が氣になつて眠れなかつた。今曉の光に青白い死人のやうな貌をして口を開けて眠つてゐた處であつた。春三郎は行きなり、 「起きないとなぐるぞ」と叫んだ。照ちやんはあつけに取られて居たが、その青白い顏に少し血の氣を見せて稍怒りを含んだ聲で、 「起きなけりやならんのなら起きますよ。そんなに人を蹴つたりなんかしなくつたつてもいゝわ。あゝ痛。お腹の赤ン坊を責め殺す積りなんかしら」  春三郎は赫と怒つた。 「何だ責め殺すだ。己が何を責めた。自分の無責任な事を棚に上げて置いて何をいふ。糞ッ。貴樣のやうな奴は頼みにはしない」  さう言つた儘突立つて暫く睨み据ゑてゐた。  照ちやんは何故自分は斯んな下宿屋のやうな事を遣らなけりやならんのであらうかと其が根柢に於て疑問であつた。 「遣らなけりやならん事なら遣りますわ」と春三郎にも答へ又自分自身でもさう考へては居たが其根柢に疑問があるだけに春三郎が待設けて居た程乘氣にはなれなかつた。睡眠不足や過勞の爲め體を損じてからは此頃はヒステリーを起してしく〳〵一人泣いて居る事もあつた。  春三郎も亦何故に下宿屋を遣るのかと聞かれたら、兄の爲め、自分等の新らしい運命を拓く爲めと答へるだけで、其以上の質問には答へる事は出來なかつた。兄を補けるにしても補けやうは幾らでもある。自分自身新らしい運命を拓くにも幾らでも方法がある。果して下宿屋が最善の方法か。是等の疑問には答へる事は出來なかつた。彼は唯無闇に下宿屋を遣ろうと決心したのであつた。此點に於て彼の性質は文太郎に似て居た。彼はいつも文太郎の思慮が足らぬのを氣の毒に思つて居た。さうして自分が同樣の性質であることに氣が附かなかつた。  其日は殆ど狂氣のやうになつて何も彼も一人でした。客膳の上げ下げもした。客室の掃除もした。ラムプ掃除もした。例の七番の夫婦連れの使ひ歩きもした。岡持を持つて豆腐屋へも行つた。照ちやんはげえ〳〵吐げ乍ら一日苦しんで居た。 十七  其翌日から盛春館に頼んでちびを手傳に來て貰う事にした。ちびはまだ十四で其に年よりも柄の小さい方であつたがそれでも三十餘人の下宿人のある盛春館で訓練されてゐるだけあつて此十餘人の松葉屋位其小さい手一つで樂々と切𢌞した。春三郎は以前盛春館に下宿して居た時などちびなどは人間扱にはしなかつた。ちびなるものの存在をすら認めなかつた。然るに今目の前に活動してゐる彼はどうであらう。殆ど松葉屋を一人で背負つて立つて居た。春三郎はうつて變つて世の中にちび程頼母しいものは無いやうに思つた。  ちびは鼻歌を謠ひ乍ら何の苦もなささうに臺所で働いてゐた。それから客室で手が鳴ると「はいー」と無造作な鋭い聲をして、段梯子を輕々と走り上つた。さうして客人をものの數ともせぬやうな口を利いて却つて客人に喜ばれて居た。ちび一人の爲めに松葉屋が俄に生々として下宿屋らしくなつた。  ちびが來て以來春三郎の心は大分落著いた。竊に照ちやんを足蹴にした事を後悔するやうになつた。「今日はどうだ。少しはいゝかね」と枕許に坐つて優しく尋ねた。照ちやんは久しぶりに春三郎の優しい顏を見て蘇つたやうに覺えた。 「有難う。今日は大分氣持がいゝわ」  さう答へた顏には微かな微笑さへ漂うてゐた。  それから二三日して照ちやんの顏色は大分よくなつて、譯もなくしく〳〵泣くやうな事も無くなつた。さうして病後の體を力めて力一杯働いて居た。春三郎はそれを見て今これだけ力める位なら何故せつぱ詰つた場合に獻身的に働いて呉れなかつたのかと恨めしく思つた。お竹に逃げられた時は春三郎に取つては絶體絶命の時であつた。照ちやんは假令臺所で卒倒する迄も此際病を力めて補けて呉れるべきだと春三郎は考へた。ところが照ちやんの方では病氣の自分に此頃に限つて優しい言葉を掛けて呉れぬ春三郎を怨んでゐた。春三郎の期待する處と照ちやんの希望とは餘りに離れてゐた。春三郎が照ちやんを足蹴にまでして激怒して居る心持は照ちやんの解せぬところであつた。春三郎が怒れば怒る程照ちやんは怨んだ。照ちやんは赫と逆上せて本當にお腹の赤ン坊を殺す積りでは無いかとまで疑つた。これで春三郎の氣狂じみた癇癪が益〻募れば照ちやんのヒステリーは愈〻重くなる許りであつたらう。が、幸ひな事にちびが來た。ちびは二人に取つての救世主であつた。先づ春三郎の心は彼の爲めに柔いだ。さうして其春三郎の優しい一言が忽ち照ちやんを蘇生せしめた。春三郎が照ちやんに獻身的の働き──そんな大きな事を望んだのは間違つてゐた。照ちやんは唯春三郎の優しい一言に蘇つて働くのであつた。 十八  春三郎は照ちやんが起きた翌日から輕微な發熱で床に這入つた。矢張り過勞の爲めであつた。照ちやんの臥床中春三郎が竊に不平を抱いてゐたのと反對に、照ちやんは心から氣を附けて春三郎を勞つた。春三郎は其に對して優しい感謝の辭を與へれば與へる程照ちやんの顏色は冴々とした。ちびは春三郎をば、 「佐治さん、──もと盛春館に下宿してゐたので、さう呼びならはしてゐた──そんなお味噌の磨りやうしては駄目だわ」などと言つて輕蔑して居たに拘らず、照ちやんには、「女將さん女將さん」と何事も一々相談して遣つた。其爲め春三郎は寢てゐても下宿の事は無事に運んだ。  春三郎は昨日迄自分で奮鬪した臺所の物音や客の出這入りの音等を今は遠く隔つた世の響のやうな心持をして聞き乍ら、瞬く間に劇變した自分の運命を考へるともなく考へた。自分は何故に常藏の家に同居して遂に照ちやんと今日のやうな關係になつたかを考へた。自分などより遙に世に劫を經た常藏が巧みに自分を導いたやうに解せられた。けれども自分が好んで深みにはひつたといふ方が穩當らしく思はれた。この下宿屋を遣つて今日の苦痛を嘗めることも亦文太郎からの勸めによつたとは言へ大部分は自ら好んで渦中に投じたのであつた。心を靜めて考へて見ると誰をも恨むことはなく唯自らを責めるより外は無かつた。  其翌日もう解熱したのを幸ひに起き出でた。其後四五日は彼が下宿營業に携はつてから最も氣乘のした日であつた。照ちやんも稍目に立つ腹を抱へて、額に青い筋を立てて機嫌よく働いた。ちびは例の通り鼻歌を謠ひながら氣輕く働いた。この鹽梅ならば兄夫婦が居なくとも結構これ位の仕事は遣りおほせて見せると春三郎は愉快に覺えた。  併しそれも長くは續かなかつた。肝腎なちびが病氣に罹つたので又途方に暮れねばならなかつた。 十九  春三郎は竈の前にしやがんで飯を焚いて居た。ちびを使ひに出したので自分で水加減をして焚きつけた。此頃は飯を焚くのも上手になつた。ちびや照ちやんが焚く飯は目分量で水加減をしたり、薪もよい加減に突込んだりするので出來不出來があるが、春三郎のは嘗て教はつた通り一々杓子を浸けて或目印の處迄ちやんと水の來るやうにするし、火を燃すにも薪の立て挂けやうから、木片に火を移す工合迄、これも教はつた通り一定してゐるので、決して出來不出來はなかつた。今日も其順序に則つて、木片の火が勢よく薪に移るのを愉快に眺めて居たところへ、ちびは使から歸つて來た。  照ちやんは春三郎に、 「あの女(ちびの事)がお腹が惡いやうですよ。今朝からもう七八度も手水に行つたでせう」と言つた。手水から出て來たちびの顏を見ると成程いつもより惡かつた。よく聞いて見ると使に出た間も二三度は下痢したと言つた。額に手を當てて見ると少し熱があつた。使に出た間も定めて苦しかつたらうといふと、 「そんなでもなかつたわ」と言つてちびは存外平氣であつた。けれども早速近處の醫者の家へ遣つた。赤痢に變症せぬやうに注意しろと醫者は言つた。此事を盛春館に知らせたら、手少なの處に病人は困るだらうと言つて女將は直ぐにちびを引取つて呉れた。 二十  春三郎は體の羸弱なのに拘らず今迄餘り病氣にはかゝらなかつた。打臥したところでほんの風邪とか腹下しとかで二三日すれば大概癒つた。だから病氣といふものに就てたいした不便を感じたことはなかつた。殊に何も仕事を持たなかつたので少し加減が惡いと氣が附けば直ぐ臥つて靜養する事が出來た。盛春館に居た頃隣室に日給の腰辨が居た。此人は病氣を何より恐がつて、少し頭でも重いと餘所目にも氣の毒な程苦い顏をして居た。其癖少々の熱位は推して出勤した。其爲め些細な風邪をこぢらせて肺病にならねばよいがと獨りで氣を揉んで居た。春三郎は馬鹿な男だといつも其思慮の無いのを氣の毒に思つてゐた。  ところが下宿屋の主人となつて以來、病氣といふ事は大問題になつた。自分の病氣ばかりでなく他人の病氣も大問題になつた。以前のやうに病氣になればすぐ床を延べて靜臥するといふやうなことは思ひも寄らぬ境遇となつた。照ちやんの病氣でもちびの病氣でも忽ち此機關の運行に大影響を及ぼすのだから寒心せざるを得なかつた。春三郎はちびの腹下しを知つた時大打撃を感じた。早速醫者に見せて服藥させ、車に乘せて盛春館に歸してから臺所の中央に立つて、忽ち其晝膳の事に當惑した。實は照ちやんも昨日あたりから少し横腹の筋が突張ると言つて居た。段梯子を上り下りして膳を運ぶのは餘程苦しからうと想像された。ちびあるが爲めに滑かに運んでゐた機關が忽ち又以前の如く大故障を生じさうに見えて安き心も無かつた。兎も角釜の熱い飯を飯櫃に移して、いつも日曜の御馳走に極つて居る絲蒟蒻と牛肉とを鍋で煮た。 二十一  其日の夕方車ががら〳〵と三臺門前に止つたと思つたらそれは文太郎と嫂のお金と四人の子供とであつた。文太郎はにこ〳〵し乍ら上から二番目の子供を抱いて眞先に這入つて來た。 「そらこれが坊のお家だよ」と言つて其子供を店に下ろした。子供は大きな目をして其邊を見𢌞した。其あとから上の子供が二人田舍者らしい服裝をして這入つて來た。最後に元來病身なお金が汽車に弱つて殊に血色の勝れぬ顏をして下の乳飮兒を抱いて這入つて來た。これも田舍風の丸髷に田舍好みの生々しい色をした手絡を掛けてゐた。  客が二人表に出ようとしたがこの一行に遮斷せられて突立つた儘ぼんやり眺めて居た。文太郎は氣がついて、 「やあ、これはどうも、さあどうぞお通り下さいまし。さあお前等こちらに寄らないか」とお金や子供を片方に寄せるやうにした。子供は皆恐ろしさうな眼附をして二人の客人を眺めた。お金は慇懃に腰を曲めて家中の内儀らしい態度で會釋をした。此二人の客人は文太郎歸郷後に下宿した人であつたので此一行を此家の主と知るよしもなく不審さうに眺めて表に出た。  春三郎は膳を洗つて居た手を止めて飛んで出た。前に報告も無かつたので、豫期しなかつた援軍が突然現れたやうな心持がして覺えず涙ぐまれる程嬉しかつた。 「大變遲くなつて氣の毒でした。定めて待兼ねて居るだらうと思つて氣が氣で無かつたのだがね」と文太郎は春三郎の勞を犒ひ顏に斯う言つた。其實後片附をする、親戚へ挨拶𢌞りをする、何や彼やで一日も休息無しに駈けずり𢌞り漸く出京する運になつたのであつた。文太郎は春三郎の顏の著しく衰へてゐるのに驚いたが、春三郎は又文太郎の眼のいつもより一層落窪んでゐるのを氣の毒に思つた。  お金は春三郎にも一別以來の時儀を詳しく陳べた。それから照ちやんにも初對面の挨拶を念入りにした。周圍の騒々しい物音で其しとやかな低い稍田舍訛の言葉は半分も照ちやんには聽取れなかつた。二處で同時に手が鳴つた。文太郎はもう大きな聲で「はい」と返辭をした。 二十二  文太郎は大概の出來事は時々遣した春三郎の手紙で知つて居たが、固より最近の出來事であるちびの病氣の事は知る筈がなかつた。 「其は定めて困つたらう。早速桂庵へでも頼めばよかつたに」と文太郎は言つた。春三郎は桂庵といふもののある事は固より知つて居た。其處へ頼めば下女が來て呉れるといふ事は氣附かぬでもなかつたが、何だか見ず知らずの女が突然遣つて來てどんな事を振舞ふかも知れぬと思ふと恐ろしいやうな心持がして頼まうとも思はなかつた。兎に角下女が無くては困るからといふので、文太郎は疲れた體を休めうともせず、其夜盛春館に行つて禮を陳べ女將と相談の上或る桂庵に頼みに行つた。  其夜はお金と四人の子供は早くから寢かせた。お金は枕につきはしたが矢張り汽車に乘つて居る時と同じやうな心持で、これが自分の家とはどうしても思へなかつた。汚い襖や壁や、取亂らした棚の上やが皆見馴れぬもの許りで、其上絶えず喧嘩でもして居るのかと思はれるやうな表の人聲や其他雜多の物音が耳について眠らうとしても眠れなかつた。さつき一寸見た臺所の光景や店の有樣が目の前に浮かみ出て、自分にあんな仕事が果して出來るであらうかと危まれもした。照ちやんも亦文太郎に勸められて床に就いてお金と少し離れて寢て居たが其照ちやんの亂れた束髪は又お金の眼に恐ろしく映つた。 「兄さん、今晩は早くお寢みなさい」と春三郎は勸めた。 「さうか、それぢや明日からは己が代るから今晩だけ頼まう」と言つて文太郎も床に這入つた。  春三郎は獨り店に坐つて夜の更けるのを待つて居た。十時を過ぎたがまだ歸らぬ客が二人あつた。此夜は靜かであつて餘り客室で手も鳴らなかつた。八疊の室にはいかにも疲勞したらしい文太郎の高い鼾が聞えた。其内子供の泣聲がして、 「誰が〳〵」とそれをすかすお金の聲が聞えた。其泣聲のやがて物で蔽ひかぶされるらしいのは乳房を含めるのであつた。其泣聲が漸く靜まつたと思ふ頃又別の泣聲が起つた。それは下から二番目の子の聲であつた。今度は今迄鼾の聞えて居た文太郎の聲で、 「尿が出たいのか。よし〳〵」と言つて軈て其子供を抱へて眠さうな顏をして出て來た。それからまぶしさうな眼をして時計を見上げて、 「もう十一時が近いぢやないか、眠いだらう」と氣の毒さうに春三郎に言つた。軈て小便をさせて再び床に這入つたと思ふともう又文太郎の高い鼾が始まつた。春三郎は四人の子を抱へて此營業を遣らねばならぬ兄夫婦の勞苦を思ひ遣つた。 二十三  翌朝春三郎や照ちやんの起き出でた時分には文太郎はもう竈の下を焚きつけ、表の掃除もすませて居た。春三郎の床を離れる時分にお金ももう目を覺して居たが下の子が泣くので乳房を銜めて居た。あとの三人の子は思ひ〳〵の顏をして思ひ〳〵の容子をしてまだ熟睡して居た。  それから三十分もしてお金は漸く末の子を寢かしつけて臺所に出て來た。汽車の疲勞がまだ癒えず體がふら〳〵するやうに覺えて苦しいのを我慢して手傳つた。 「まあ嫂さん今朝は休んでいらつしやい」といひ乍ら春三郎は膳立をした。  其内四人の子が順々に起き出でたのでお金は暫くの間其世話にかゝらねばならなかつた。春三郎は又四人の子持で此營業は容易なことではないと思つた。  桂庵から下女を一人連れて來たのは午少し前であつた。ぽつと出らしい下女で以前のお竹などとは大變な相違であつたが斯んな女なら使ひやすからうと文太郎も春三郎も思つた。午飯から膳を運ぶにも湯を運ぶにも早速下女を使つた。  下の子二人は孰れもよく泣く子であつた。上二人の兄弟は恐る〳〵手を引き合つて表に出て往來を眺めてゐた。 二十四  文太郎が歸つてから松葉屋は暫く小康を得た形であつた。新來の下女のお高は妙に言葉尻の上る田舍辯で時々無作法なことを言つたりぼんやりして氣の附かぬ事も多かつたが、それでも全くの初心で少しも摺れてゐない上に力惜しみといふ事をしなかつた。ちび程に切𢌞すことは出來なかつたが又ちびよりも間に合ふ點も多かつた。それ故お金は四人の子供の世話に手を取られてしまつてゐても左程差支へるといふやうなことはなかつた。──上の二人の子供は間もなく學校へ行くやうになつた。下の二人は相變らずよく泣き立てたが春三郎も照ちやんもだん〳〵其泣聲になれた。春三郎や照ちやん許りでなく下宿人一同も俄に二人もの泣聲が一時に響き始めたので初めの間はぶつ〳〵不平を言つてゐたがそれも間も無く問題にしないやうになつた。──けれどもお金は、元來日の長いゆつたりした田舍の家中町で暮して來たのが、俄に都の中央で下宿營業といふやうなごた〳〵した食物商賣に携はつたのであるから、假令文太郎其他が萬事を引受けて遣つては呉れるもののどうも心から此營業に安んずる事が出來なかつた。弟嫁の照ちやんも惡い人でないことは判つた。けれども全く育ちも違へば性質も違つて、國の隣家の内儀などに對する程にも打解けられぬやうな心持がした。上の二人の子供に見苦しくないやうに袴を著けてやり髪も結つてやり──其髪は田舍染みた髪であつたが──學校に出してしまつてから下の子の世話をし乍ら、時々淋しさうな悲しさうな眼附をしてぢつと考へてゐる事などもあつた。  文太郎は何を考へる間も無く豫々氣になつてゐた壁の修覆を思ひ立つた。壁の修覆と言つても塗替へるとなると大變であるから豫ての計畫通り壁土のやうな色をした洋紙で一面に張り詰める事を思ひ立つた。  其を思ひ立つてから文太郎は一倍の勇氣を振ひ起して一應仕事が片づくと二三服急がしさうに煙草を喫んで、煙管を置くが早いか刷毛と糊を溶いた皿を持つて部屋々々を𢌞つた。 「三番を行つて見て呉れ、見かへるやうに綺麗になつた」と文太郎はにこ〳〵して春三郎に言つた。行つて見ると成程てか〳〵光つた洋紙で一面に張り詰められてあつた。 二十五  春三郎は文太郎が一生懸命に壁張りに從事して居る間いつも帳場に坐つて店番をして居た。或日其處へ、 「遲くなりました」と言つて一人の小僧がガラスを嵌めた小さい額を持つて來た。これは昨夜文太郎が湯から歸つた時、 「古道具屋に油繪の額があつたのを冷やかしたら負けたから買つて置いた。ガラスを代へさす事にして置いたから明日持つて來るであらう」と話した其であつた。春三郎は其を見て嘗て文太郎が東京に來た時分自分と一緒に牛肉屋へ上つた時此と同じやうなコローム版の額を見て、 「此牛肉屋もなか〳〵立派だ。額も油繪を掛けてゐるね」と言つて感心した事があつたのを思ひ出した。實際文太郎はそれ以來是非一枚あの牛肉屋で見たやうな油繪の額が欲しいと思つて居たのだが嘗て柱掛の鏡を買つて盛春館の女將に注意されてから殆ど斷念して居たのを昨夜ふと又出來心で所謂この油繪の額を買ふ事にしたのであつた。春三郎はこの俗つぽいコローム版と今も一生懸命に客室の壁を張りつゝある文太郎の後ろつき──骨張つた肩──とを想像して結びつけて見て、かゝる時いつも覺ゆる一種の淋しさを覺えたが、彼は筆を棄てて取敢へず其額を携へて文太郎の處へ持つて行つた。それから踏臺に上つて更に爪立てをして苦しさうに刷毛を使ひつゝあつた文太郎の後に立つて、 「兄さん昨日の額が來ました」と春三郎は言つた。 「さうか」と言つて急いで其額を見下ろした文太郎の顏は嬉しさうに輝いた。 二十六  春三郎の爲めには一年よりも長いやうに思はれた一月が漸く經過して、月末の計算をする運になつた。文太郎も春三郎も樂しみなやうな恐ろしいやうな心持がした。前の松葉屋の主人が一切の營業道具と共に讓つて行つた珠の大きい桁の少ない、片隅の壞れたのが觀世撚で縛つてある十露盤と春三郎は帳簿を繰り擴げて讀み上げた。 「十二錢五厘也」と春三郎は必ず「也」の字を附けて仔細らしく讀んだ。自分の書いた字は横綴の大幅帳には不似合なやうな字ではあつたが其でも容易く讀む事が出來たが、自分の病氣で寢て居つた時や其他の場合に時々照ちやんなどの附けた字には讀みにくいのが多かつた。屡〻照ちやんを臺所から呼び附けて、 「斯んな判らん字を書いて置くから困る。それにこれには日附が落ちて居る」などとぶつ〳〵と口小言を言つた。又文太郎の方は短い大きな指で不器用に珠を彈き乍ら、 「あゝ一寸待つて呉れ。三に七たすの十と。それから幾らやらと言つたね。七錢九厘か」と言つて舌打をして、「しまつた。少し間違つたやうだ。面倒だがも一度初めから遣つて呉れんか」などと度々置き直したりすることもあつた。それから又割算の九九は文太郎も春三郎も二人共覺えて居らぬので、割算となると春三郎が別に紙の上で俄に筆算を遣るのであつた。斯んな事の爲めに正しく計算を仕終るのは容易の事ではなかつた。  例の時計や鏡や文太郎等の旅費等を初めとして、近くは壁を張る紙やコローム版の額等に至る迄、性質上創業費中に繰り込む事の出來るものは成るべく繰り込む事にした。──創業費にしようが何にしようが結局費たる事には變りはないのであるが成るべく此月の支出を少くして帳面上利益を見るやうにし度いと苦心したのであつた。──が、其にも拘らず遂に二十圓程の損失になつた。殆ど空室といふものもなく特別の支出といふべきものは大概創業費の方に計上してあるのに其に二十圓の損失では今後どうしたら利益を見るやうになるものか一寸見當が附かなかつた。何か計算のしやうに手落でもあつたのではあるまいかと春三郎は再び遣り直して見たが別に氣附く點も無かつた。文太郎は非常に落膽して、 「此商賣が駄目では己はもう愈〻終ひだ」と言つて凄いやうな顏をして笑つたが、 「仕方がない。まあ遣れるだけ遣るのさ」と立上つたと思ふと又客室へ行つて壁張りを續けた。嘗て言つたやうに文太郎は斯る時靜かに思慮を𢌞して善後策を考へる事等は思ひも寄らなかつた。其日以來彼は以前にも増して身を粉に働いた。 二十七  文太郎は此營業が果して利益があるか無いかといふ事を考慮してから後決斷したわけではなかつた。春三郎からの手紙に『下宿屋といふものは利益のある商賣の由に候御上京の上は其でも遣つて御覽になつてはいかゞ』とあつた其を見た瞬間に、下宿屋といふものは利益のある商賣だと呑込んでしまつたのであつた。固より時々疑惑を挾まぬでもなかつたが春三郎の手紙を見た時の先入の感じが力強く其を排斥した。扨て營業に取りかゝつて見ると春三郎も照ちやんも嘗て自分で想像して居つたほど役にも立たず、又待設けて居つたほどの意氣込も無かつたので文太郎は失望し、扨て最後の希望を妻のお金の上に繋いで國から連れて來たのであつたが、もと〳〵柔順に教育された女だけに別に反抗するやうな事も無く出來るだけの事は遣るやうであつたが、これも亦何處となく氣乘のしない風が見えて文太郎は慊らず思つて居た。けれども斯る場合文太郎はいつでも自分が車輪に働くことを以て其不平を慰めた。尚ほ又少し心に餘裕のある場合にはこの自分の生命の繋がつてゐる──もうこれが最後の運だめしだと心得てゐる──下宿屋即ちこの粗末な古びた建物を飾ることを以て慰藉とした。それで彼は不思議な形の時計を買ひ、柱鏡を買ひ、コローム版を買ひ、洋紙で壁を張つた。──彼の服袋はいつも變らぬ古びた木綿著物であつたがそれを飾らうといふ念は起らうともしなかつた。  月末の計算が二十圓弱の損失と極つた時文太郎は暗い穴に落込んだやうな心持がして、兩方の耳が一時に鳴り出したやうに覺えた。此時の失望は以前春三郎や照ちやんやお金などに對して起した失望などとは比較することも出來ぬ程大きなものであつた。自分の前途が俄かに暗黒になつたやうに覺えた。お前の命はもう無いと運命の神から見離されてしまつたやうな心持がした。彼は殆ど無意識に立ち上つた。さうして刷毛を取つて洋紙に糊を附け始めた時もまだ自分は今何をして居るかといふ事を十分に覺へてゐなかつた。けれども彼は一生懸命に張つた。目はぎら〳〵輝き顏の筋肉は引緊つてゐた。其日以後彼は以前より一層早く起き夜も遲く寢るやうにして働いた。壁を張る事も矢張り日課のやうにしてやつた。唯以前は其間は何時も樂しさうで一壁濟む度ににこ〳〵し乍ら暫く其を眺めるのが常であつたが、其以後はもうさういふ心の餘裕は無くなつたやうであつた。張る時もいつも苦い顏をして居つた。さうして張つてしまつてからも其を樂しげに眺める事はしなくなつた。 二十八  けれどもそれより二三日後の事であつた。文太郎は盛春館を訪問して女將から盛春館も先月末は利益が少なかつたといふ事を聞いた。其上女將は斯う言つた。 「まあお兄さんさう初めから旨くは參りませんよ。幾ら上手に遣る積りでもどうしても初めは手落のあるものでしてね、責めて半歳は辛抱なさらんと巧者にはなれません。私等でもどうやら利益を見るやうになつたのは六七ヶ月してからの事でしたからね」さうして二十圓位の損ですんだのならまだ成績の善い方と思はねばならんといふやうな事をも言つた。  失望することの早い文太郎は又得意になることも早かつた。 「成程そりやさうでせうな。初めから利益を見ようといふのは少し慾張り過ぎましたかな」と初めて合點が行つたやうな晴れ〴〵とした顏をしてから〳〵と聲高く笑つた。 「まあそれ位慾張つてらつしやる方がようございますわ」と女將も笑つた。 「其に女將さんところ迄そんなに不成績であつたとすると……」と文太郎は重ねて言つて、「諸式がそれだけ上つたのでせうか」と首を傾けた。 「えゝ〳〵そりやもう此頃の上りやうといつたら大抵ぢやありませんからね」と女將は點頭した。 「御同樣に困りますねえ」と文太郎は歎息するやうに言つたが、内心には、 「それならば今少し物價の下落する時が必ず來ないとは言へぬ。それ迄の辛抱だ。これが自分とこの遣りやうが下手な爲めの不成績だと大いに落膽せなけりやならぬが、原因がさういふ風に外に在るとすれば決して落膽するには當らぬ」と考へたので愈〻活氣が出來て來た。初め來た時は何所となく滅入つて居たが歸る時分には例の人のよささうな目尻に皺を寄せてにこ〳〵してゐた。それからちびに向つて、「もうすつかりいゝかね。お前には留守中大變世話になつたさうだね。まあ少し待つてゐてお呉れ。其うち儲かつて來たらお嫁入衣裳の一枚位はきつと拵へて上げるから。ねえ女將さん、是非いゝお婿さんを世話しなけりやなりませんね」と何時にない戲談などを言つて、「あら厭だ。お婿さんなんか厭なこつた」とちびがまだ子供々々して顏を赤く染めたのを愉快さうに見乍ら上機嫌で歸つて行つた。 二十九  春三郎は文太郎の留守中の如きは骨身を削る位に辛抱したに拘らず尚ほ二十圓の損失を見るやうになつたので、文太郎が反動的に努力するのと反對に一二日はぼんやりして日を暮らしてゐた。さうして文太郎が盛春館の女將の話を聞いて歸つて、俄に機嫌よくにこ〳〵した顏に戻つて、春三郎にも其事を話したに拘らず、春三郎の失望は容易に恢復しなかつた。  春三郎は心身共に非常な倦怠を覺えた。これは必ずしも失望のみが原因で無く、文太郎の歸る迄は凡ての責任が自分に繋つて、其上過勞をすればする程神經が興奮して狂氣染みる迄活動してゐたのが、此頃は文太郎が萬事を遣つて呉れる許りか下女のお高がよく役に立ち、照ちやんも相當に働き、嫂のお金もすこしづつ馴れて手助をするので、春三郎は殆ど手持無沙汰な位暇になつたので、今迄の疲が一時に出て、節々の痛をさへ覺え、少し熱があるかと思ふ位に體がだるく頭もぼんやりして眠いやうな落込むやうな心持がして、帳場に坐つて帳面をつけるのさへ苦痛なやうになつた。或日試に體温を計つて見ると僅に一度餘りではあつたが熱があつた。  文太郎は盛春館の女將の言葉で元の如く景氣がついたやうであつたが、それでも何處となく不安な考へが時々頭の底に萌した。唯其考へが一寸でも起つた時は四邊が全く暗黒になつてしまふやうでぢつとしてゐる事が出來なくなる、其處で強ひて其を拭ひ消さうと力めた。 「此月は小だねえ。一日だけでも大變な違ひだからね」と其一日の爲めに此月の利益を頼むやうな口吻で春三郎に言つた。 「さうですねえ」と春三郎は言つたが氣乘がしなかつた。 「お前此頃どうかしたんぢやないか」と文太郎は或時不審して聞いた。 「たいした事は無いやうですが、少し許り熱があるやうです」 「そりやいかんぢやないか。此頃は手も揃つてゐるし、少しも早く臥つたらよからう」と文太郎は心配さうに言つた。 三十  醫者は春三郎の體が非常に疲勞してゐるから當分靜養する必要があると忠告した。文太郎は其を聞いて非常に心配しもう當分下宿屋の事には關係しないやうにして體を樂にしてゐよと勸めた。春三郎は寢たり起きたりしながらぼんやりして日を暮してゐた。  或時春三郎は何となく呼吸苦しく五體の痛を覺えて、はじめて熱の上つてゐるのに氣がついた。體温器を挾んで見ると九度近くあつた。手を叩いて照ちやんを呼んで熱ざましを服用した。照ちやんは、 「まあ目の中まで眞赤ですわ。どうしてそんなに熱が上つたのでせう」と心配さうに言つた。春三郎は口許に微笑を湛へて照ちやんを見上げるばかりであつた。さうして大きな息を鼻の穴から洩した。 「どうなすつたの。苦しけりや頭でも冷やして上げませうか」と照ちやんは再び心配さうに春三郎の顏を覗き込んだ。 三十一  春三郎の高い熱は四五日續いた。醫者は脾臟が大きくなつてゐると言つた。春三郎は其間始終何物かと奮鬪を續けてゐるやうな心持がした。其うと〳〵してゐる耳にも、臺所や店の物音は斷えず聞えた。照ちやんが介抱にかゝり切りになつた上にやれ氷を買つて來い藥を取つて來いとお高を使ふのでどうしても臺所の方が多少ごたついた。 「お高〳〵」と下女を呼んだり、 「四番でお手が鳴るぢやないか」とお金に警告したりする文太郎の大きな聲も聞えた。お金は朝早く眠がる二人の子を學校に送り出す迄が大抵の世話ではなかつた。其上、下の二人の子が相變らずよく泣き立てるのでそれを叱るつゝましげな聲にもどこか尖つた處が出來て來た。 「斯うまあ代りあつて病氣ばかりしてゐては仕樣がないのね」と照ちやんは足を擦り乍ら歎息した。春三郎は此時萬年町とか鮫ヶ橋とかいふやうな貧民窟に自分等も生活してゐるやうな心持がしてゐた。さうしてざあ〳〵と雨の音が聞えてゐるやうに思つた。多くの勞働者と共に暗い空を見上げて、いつ晴れる事かと不安を覺えつゝあつた。其耳元に照ちやんの聲は響いたのであつた。半睡の状態より覺めた春三郎は照ちやんの顏を見上げて、 「何?」と問ひ返した。 「斯う弱つては貴方も仕樣が無いのね」と照ちやんは染々と言つた。 「雨は降つてゐないのか」と春三郎は耳を欹てた。 「厭あねえ、そんな事言つて。いゝお天氣ぢやありませんか」と照ちやんは熱にほてつた春三郎の顏を恐ろしさうに見た。春三郎は苦しげに寢返りを打つて兩手の置場所が無いやうに並べて疊の上に投出した。 「どうなすつたの。冷えますよ」と照ちやんは春三郎の踏み抜いた蒲團をかけた。 三十二  程なく病苦は熱の下降と共に頓に薄らいだ。春三郎は一方ならず疲勞を覺えた。それから二三日は唯こん〳〵と眠る許りであつた。例の臺所の物音や子供の泣聲は以前と變らず響くのであつたが、彼はもう其を暗い音とは聞かなかつた。其間に彼は此頃の奮鬪的の生活とはかけ離れた平和な夢を屡〻見た。全く他愛の無い無意味な夢が多かつた。或時は無駄話をしながら玉川沿と思はるゝやうな芒の中を歩いて居つたこともあつた。或時は故郷の暗いやうな靜かな古家に亡くなつた母も居れば照ちやんもゐていつ迄經つても夜の更けぬ秋の夜長を澁茶を飮んで語り合つてゐるやうなこともあつた。  文太郎は非常に春三郎の病氣を心配して曉方など自分が起き出でてから四五分の間其寢息を覗つて見るのが常であつた。又夜になつて照ちやんのいぎたなく熟睡して、春三郎が呼ぶのにも返辭せぬ事などがあると、文太郎も晝の疲勞に口を開けて大きな鼾をかいて寢てゐるのが、はじめ二三度は鼾とも返辭ともつかぬ聲を出し即て愕然として跳ね起き、 「どうした〳〵。苦しいか」と言ひ乍ら心配さうに春三郎の顏を覗き込んだ事なども屡〻あつた。さうして醫者が、 「もと餘り健康で無い體で俄に慣れない勞働をなすつたのと其上睡眠不足などが原因で餘程體を壞していらつしやる。是非當分靜養する必要がありますな」と言つたのを聞いた時文太郎はつくづく考へた。 「弟の體は大事な體だ。學問も智慧も自分よりは遙に勝れてゐる弟の體は斯んな仕事の爲めに傷はしては申譯が無い」と。其處で或日春三郎の枕許に坐つて斯う言つた。 「幸に熱が下つてまあ安心したが、醫者もいふ通り是非當分保養しないと迚もお前の體は恢復はしない。今迄手傳つて貰つたのでもうどうか斯うか己等夫婦で遣つて行けさうだ。照ちやんもだん〳〵身重になつて來て斯ういふ仕事をするのは無理だから、何か一つ別の仕事を遣つて見てはどうか。急ぐ事では無いが店の事を氣にして無理に早く起きたりすると惡いから兎も角話して置くのだがね」  春三郎は此話を聞いた時、今の自分の心の奧底を文太郎に洞見されたやうな心持がして覺えず其顏を凝視した。併し文太郎は唯一途に弟の體を心配して眞心籠めて話してゐるのであつた。例の正直な顏にさういふ皮肉な影は探しても見當らなかつた。 三十三  文太郎は春三郎夫婦の出て行つたあとを想像して見た。一番氣になるのはお金であつた。お金は元來性質に多少嶮しい處のあつた女かも知れなかつた。けれども武士氣質の嚴格な父母の膝下に教育されて其嶮しい處は心の底深く叩き隱されてゐたのであらう、文太郎の家へ嫁入つて來てからもさういふ處はあまり現はれなかつた。だん〳〵家計が思はしくなくなつて後も四人の子の世話を一手でする取込んだ中に家中の内儀としての品位を保つだけのしとやかさは失はなかつた。處が東京に來て俄にこの煩劇な下等な──お金は何の爲めに斯んな食物商賣のやうなことをしなければならぬのか、それがどうしても腑に落ちなかつた。第一商賣といふ事が自分は好ましくないのだが、其商賣のうちで斯んな下等なものを特に選んだ夫の心が合點が行かなかつた。殊に又夫にこの仕事を勸めた春三郎の心が判らなかつた。──職業に携はつてから、久しく其心の底深く隱れてゐた、嶮しいところが少しづつ表面に現はれて來るやうになつた。初めは自分でも氣が附いてこれではならぬと心を取り直さうと試みもしたのであつたが、何分にも朝暗いうちから夜遲く迄、田舍では想像もつかぬ騒がしい物音の中に在つて、多勢の人の世話をする上に四人の子供の世話もしなければならぬので、氣を落著ける間といふものは殆ど無く、自然々々に心は荒み弛んだのであつた。けれども春三郎や照ちやんの前では尚ほ包み憚る處があつて主として文太郎の前に其變化は著しく現はれた。文太郎は初めは腹立たしくも覺えたが、もと〳〵お金には無理な仕事であつたのだとあきらめて大概な事は我慢して居た。唯或時、 「何故春さんは斯んな商賣を私等に勸めなすつたのでせう。其にしてもお照さんが少し氣を入れて働いて下さればいゝのに。私一人苦しい目に逢ふのだわ」とお金が言つた時文太郎はくわつとして、 「何を下らぬ事をいふ」と其處にあつた茶碗を取るより早く抛りつけた。幸に怪我は無かつたが其時お金の目には深い〳〵怨みの色が宿つた。さうして其後は文太郎にもあまり突掛らぬ代り獨り塞ぎ込んでゐる事や子供に當り散らす事が多かつた。春三郎夫婦が出て行くとして一番にお金の事が文太郎の氣に掛つたのはこの爲めであつた。 三十四  春三郎は文太郎から靜養の勸告を受けて後いろ〳〵と獨りで煩悶した。一方には一度投じたこの勞働的生活を離れともないと思つた。然るに一方では何處となくもう此苦しい下宿營業に飽いたやうな心持がした。  文太郎はいつもの通り大きな聲をして、 「お高〳〵。お高は何處に居る」と呼んでゐた。「八番さんにお客樣だよ。一寸伺つておいで」其聲が止んだと思ふ間も無く、何處かの部屋で勇しい拂塵の音が聞えるのはもう文太郎が其部屋の掃除に行つたものらしかつた。  其夜の事であつた、文太郎が芝の親戚の家へ行つて三十圓の金を調達して來たのは。其三十圓の金を枕許に置いて文太郎は春三郎に湯治を勸めた。春三郎は自分夫婦が今になつてこの營業を見棄てるのでさへ心苦しいのに、況して湯治などに行くのは思ひもよらぬ事だと思つた。それで遂に、それでは其金を貰つて別に小さい家を持つて家計を立てて見ようかといふ事を相談した。文太郎は、 「さうだ。其もよからう。湯治に行つた積りで一月位ぶら〳〵して見ろ」と無造作に賛成した。  扨て別に一家を構へるとなると一月位は遊ぶとしても行く〳〵は何か仕事を見出さねばならない。春三郎は其を考へて懊惱した。照ちやんは、 「下宿屋でさへなければ、どんな苦勞でも私するわ」と嬉しさうに言つた。 三十五  其後照ちやんは俄に元氣がついたやうに見えた。さうして間さへあれば棚の上に抛り上げたままになつてゐた自分の持物の埃を拂つたり中の物を整理したりしてゐた。以前照ちやんが此家に引移つて來た時は、何故にこの下宿營業に自分は從事せなければならぬのか其意味さへ十分に判らず、其上常藏の變事とか姙娠とか種々の事件が一時に起つたので、殆ど茫然として其邊の道具を掻集め手當り次第に此家へ運んだのであつて、其後も棚の上に抛り上げたまゝ手を附ける暇も無かつたのであつたが、其を暫くぶりに取出して整理するといふ事は此頃に覺えぬ靜かな樂しい心持であつた。  之に反してお金は、今度の事を文太郎から言ひ聞かされた時、 「憗他人を交ぜず、自分等夫婦だけで遣る方が却つていゝかも知れぬわ」と考えもしたが、どうも春三郎夫婦の仕打ちが十分に胸に落ちなかつた。 「兎に角宅の人にこの營業を勸めたのは春さんではないか。それでどういふ話合であつたのか自分は離れてゐたのだから知りやうは無いが、何でも宅の人の口振りでは、兄弟夫婦が力を合はせて遣るといふ事らしかつたのに、まだ二月にもなるかならぬのに、早や二人で逃げ出して、この多勢の子持の自分に何も彼もおつかぶせてしまふといふのは隨分蟲のいゝ話ではあるまいか。殊にいくら姙娠だつて彼の照ちやんの我儘つたらありやしない。あれを默つてゐる春さんも春さんだ。また何かにつけて妾許りを叱つて春さん夫婦の事となると大騒ぎをする宅の人も宅の人だ」と此頃頭痛持ちの青い顏に深い怨みの色を浮べたが、流石に見苦しく其を擧動に現はさなかつた。さうして照ちやんのもう此方の仕事には氣が添はず何かそは〳〵としてゐるのを心の底で腹立たしく妬ましく思ふのであつた。  春三郎は嘗て「新生活に入るのだ」と決心して非常な勇氣を鼓してこの下宿營業に從事した當時の心持を囘想して、どうも此まゝ此家を出て行くに忍びぬやうにも思つたが、一方には早く平和な新らしい住家を見出し度いやうな遣瀬の無い心持もして、床拂ひをしてから間も無く貸家を探しに出歩いた。  文太郎は例のコローム版の額も店の神棚の横に掛けたまゝで此頃は餘り其を眺めうともしなかつた。客室の壁張りも紙が無くなつたのを界に一先づ中止した。さうしてなるべく儉約をせなければならぬといつて自分では殆ど漬物許りで飯を食ふやうにして、たゞ時々大福餠を買つて來て其を子供にも食はせ自分でも食ふのを何よりの御馳走にして居た。 三十六  春三郎は或日貸家札を眺めて神田錦町の裏通に立つた。貸家札には四疊半に三疊に二疊とあつた。路次を這入つた突當りより一軒手前の左つ側に此頃建つたと思はるゝ小ざつぱりした家が其であつた。大家さんを尋ね當てて家賃は四圓五十錢敷金は二月分といふ事を聞いた。案内されて中に這入つて見ると、疊も新らしく、今迄の松葉屋の八疊などとは比べ物にならなかつた。春三郎は理想的の平和な新らしい住家を見出し得たやうに覺えて直ちに契約した。猿樂町に居た時は恰も山本の家に寄寓してゐた形であつた。又松葉屋は戰場であつて住家ではなかつた。彼は照ちやんと共に初めて此處に住家らしい住家を造り得るのだと思ふと嬉しさが込上げて來た。 三十七  二度目の月末の計算を終へてから春三郎は轉宅する事にした。其決算の模樣は先月末の如く觀世撚で縛つた十露盤を文太郎が持つと春三郎は「何錢何厘也」と「也」の字を附けて讀上げた。割算に入ると急に紙の上で筆算を遣る事も前と變らなかつた。さうして其結果矢張り十五圓といふ損失になつた。 「矢張り損か」と文太郎は落膽した。 「それでも先月より五圓だけ少なくなりましたね」と春三郎は慰め顏に言つた。 「それはまあさうだ。盛春館の女將さんの言つた通り半年やそこいらは損失と極まつたものとすれば、責めて五圓だけ減つたのを取り柄にでもするかね」と言つて淋しく笑つたが、「實際此月なんか子供等に迄ろく〳〵肴や肉は食はさなかつたのだがね」と悲痛な色が眉宇の間に現はれた。春三郎はもう此上慰むべき言葉を見出さなかつた。腹の中では我等夫婦が別居すればそれだけ食扶持が減ずる譯だから少くとも十圓位は違ふやうになるだらうと考へもしたが其は口には出さなかつた。  文太郎は暫く忘れてゐた暗い穴に落込むやうな心持を又新らしく思ひ出したが、之を忘れるには外に方法が無かつた。 「仕方ない、遣れるだけ遣るさ」斯くして再び身を粉に働くのであつた。  翌月の一日春三郎は遂に錦町の家へ移つた。文太郎は棚を吊つたり竈を買つて來たりする世話までして、斯う言つた。 「これは中々いゝ家だ。此處を病院の積りにして精出して保養するがいゝ」 三十八  お霜婆さんは松葉屋迄二三度來た事があつた。いつも照ちやんの元氣に働いて居る時であつたので、安心して歸つた。それに上役の子供のうち誰か一人を必ず連れて來たので大概長話はせずに歸つた。常藏の事には餘程心を痛めてゐるらしかつたが餘り愚癡は並べなかつた。  錦町に移つてから轉宅の事をお霜婆さんに報ずる序に、子供などは連れずにゆつくり遊びに來いと言つて遣つた。それに拘らずお霜婆さんは矢張り子供を連れて遣つて來た。さうして嬉しさうに其邊を見廻して、 「これでこそ新夫婦の住家らしい」と漸く松葉屋の羈絆を免れた照ちやんの身の上を喜ぶらしかつた。  春三郎夫婦は長火鉢とか茶箪笥とか其他大方の小道具を大概山本から讓り受けて使用してゐる此新家庭にお霜婆さんも引取り度いと思つたが、それは目下の處文太郎に對して實行しにくいやうなところもあるし──文太郎に話したら却つて心置きなく賛成したかも知れなかつたが……又お霜婆さんの方で承知しさうに見えなかつた。春三郎夫婦は一方には文太郎夫婦の其後の苦鬪を想像して氣の毒に思ひながら、從來嘗て覺えなかつた平和な樂しい新生活に入つた。 「貴方、赤ん坊の著物を買ひに行かうと思ふのですがどんな柄がいゝか、一緒に行つて見て下さいな」照ちやんは甘えたやうな聲を出して斯ういふと、春三郎は暫く躊躇してゐたが遂に同行し、小川町通の呉服屋の店前に、例のつんつるてんの書生と腹の大きい女とが赤ん坊の著物の柄を選り分けた事もあつた。今度は、 「おい今晩寄席に行かないか」と春三郎の方から切り出すと、 「だつて暢氣なやうで兄さんに惡いわ。それに今晩は久しぶりにお刺身を取らうかと思つてゐたのだから」と照ちやんは一應不承知を稱へたが、遂に刺身は斷つてお茶漬を掻込んで、其代り二人で寄席に行つた事もあつた。 三十九 「自分は何時迄も兄に厄介を掛けてゐる譯には行かん。三十圓の金も到底長くこの生活を支へる事は出來ん。一日も早く衣食の道を見出さねばならぬ」と斯ういふ考へは此頃の春三郎の弛んだやうな頭の中にも絶えず往來してゐた。唯それにしても如何なる職業を見出すべきか、其を決するのは容易ではなかつた。松葉屋を訪問して文太郎の辛勞を見て歸つた時と、朝寢の目をこすつて靜かな障子の日影を眺めた時とは其考へが一致しなかつた。其結果此頃になつて漸く一條の活路を見出した。それは或事業に携はることであつた。下宿屋の如き勞働生活ではなく、春三郎に適當した事業であつた。 四十  それから春三郎は一心に其事業に沒頭した。其の店の番頭なるものに逢つて賣捌上の相談をした。この番頭は今迄春三郎の逢つた事のない種類の人であつた。皮膚は生白くつて光澤が無く、笑ふ時は猿のやうな聲を出して、並びのいゝ白い齒を見せるのが癖であつた。大概な場合は笑つて居て、「御尤で」とか「いかにも」とか他愛もなくいふのであるが、一旦利益上の問題になると顏の筋肉が俄に引締つて、奧底の知れぬやうな慳貪な眼附をして、「はい」と一言人を冷殺するやうな厭な返辭をした。  それから今迄表を通つて亂雜な器械の音許り聞いてゐた或工場にも出入りした。其處には髭を生やした、色の燻つた、齒の汚い、それに何を聞いても明確な答を與へぬ、さうして追求しても外の用事をしてゐて圖々しく知らぬ風を裝ふ人であつた。  斯ういふ人々に出逢ふ度に春三郎は心細く思つた。下宿營業に携はつた時、自分は初めて世の中に飛び出したのだ、漸く世の中といふものが判つた、といふやうな心持がしたが、扨て更に別種の方面にぶつかつて見るとどうして〳〵世の中は判つたやうでまだなか〳〵判らなかつた。けれども心細い半面には未見の地に足を踏入れたやうな大膽な誇を覺えた。  かゝる間に松葉屋では三度目の月末計算をやつた。今度は帳面上では三圓某の利益を見ることになつたが九番の客が下宿料を拂はずに四五日前出た切りで歸つて來ない──あとに殘つたのは新聞殼の一束と、單物が一枚にシャツが二枚這入つてゐる古びた行李許りであつた──ので其を差引くと矢張り十圓足らずの損失となつた。  春三郎の事業は種々の故障があつて中々容易く運ばなかつた。春三郎は朋友から借りた資金を食ひ込んだ。松葉屋の計算は相變らず損失が續いた。照ちやんの腹はだん〳〵せり出して來た。 四十一  八月の盛暑の頃であつた。春三郎が暫く無沙汰をした擧句に松葉屋を訪ねると、文太郎は晝寢をしてゐた。それからお金は斯んな話をした。 「どういふ譯ですかね此頃は三番と四番と五番とに南京蟲が出るやうになりましてね。えゝさうです、初めは四番にゐたお客樣が多分持つてらしつたんでせうけれど半月も經たぬうちに三番にも五番にも擴がつてしまつたんです。此鹽梅だと瞬く間に家中に擴がつてしまふかも知れぬといつて兄さんが大變心配なすつていろ〳〵藥を買つて來て撒いて見なすつたけれども全く駄目なんです。そこで貴方三番のお客も五番のお客も此間夏休みで國へ歸ると言つて出てしまはれたんですが、大方南京蟲の爲めに轉居しなすつたんでせうよ。そんな風になつて段々お客が減つては大變だから、この夏休みの部屋の空いてゐる間に撲滅してしまひ度いといふので、到頭貴方、兄さんが裸になつて夜中起きてらしつて、ちくッと南京蟲が兄さんの體を食つた處を捕まへる事になすつてね、もう彼此十日餘しも毎晩のやうに起きてらつしやるのです。初めのうちはどうしても旨く捕まへる事が出來なかつたさうですが段々上手になつて、昨晩なんか十五匹も捕まへたと言つて今朝も威張つてらつしやいました。さうですとも、私もそんな事をして體を毀しては大變だからと言つて止めるのですけれど例の一途でね、なか〳〵私のいふ事なんかお聞きにならないんですよ。春さんからもよく話して見て下さいな」お金は心配さうに斯う言つた。  さらぬだに此頃の松葉屋の空氣はだん〳〵冷たく室内の光はだん〳〵暗くなるやうな心持がして、例の時計も柱鏡もコローム版の繪も文太郎が之を買つた當時の得意氣な色はもう止めぬやうになつた。お金の顏や姿からも以前のつゝましやかな内儀らしい氣色は漸次消え失せて、粗野な、荒々しい容子が目につくやうになつて來た。毎月末の計算は大方損失で、彼の芝の親戚で借りた三十圓も春三郎が朋友から借りた事業の資金のうちで融通するまで支拂ふ事が出來なかつた。文太郎は相變らず骨身を惜しまずに働きはした。けれども未來の希望がだん〳〵薄くなつて來て、殆ど絶望的に、唯手足を器械的に働かして居るに過ぎぬ事が多かつた。此文太郎の淋しい心持は春三郎は十分知つてゐた。けれども春三郎の力ではどうすることも出來なかつた。今の所春三郎は唯一途に事業の方を成功させるより外道が無かつた。この事業さへ成功すれば文太郎の窮境を救ふ方法はいくらでもある事と考へた。斯して春三郎は唯專念に奔走してゐたのであつた。今春三郎はお金の話によつて、覺えず文太郎の夜中目を怒らして、南京蟲と奮鬪しつゝある絶望的の顏を世界終末の圖の如くに目の前に描き出した。 四十二  一寸考へると隨分馬鹿氣た話であつた。南京蟲を撲滅するに適當な藥が無いと言つた處で何も裸になつて夜中起きてゐる必要は無かつた。けれども春三郎はそれを馬鹿氣てゐるとは考へなかつた。世の中の總ての事に敗北して來た文太郎が、今度こそと志した下宿營業も亦遂に同樣の運命と略相場の極まり挂けた今日如何にしてこの悶を遣るべきか。文太郎は例によつて奮鬪を續ける外に方法を見出すことが出來なかつた。實にこの南京蟲狩も亦其奮鬪の一つであるに相違ないと春三郎は考へた。文太郎は正直に一途に骨身を殺いで働いて居るに何者の狡兒か寄つてたかつて彼を不運の淵に陷いれようとする。目に其形は認めぬけれども周圍は皆讎敵のやうな心持がしてゐる矢先にこの南京蟲が現はれた。文太郎は責めてこの蟲に向つて勝利を希つた。生藥屋で二三品の藥を買つたがどれも此も無效であつた。此上思慮ある謀を𢌞らすことは文太郎に取つて寧ろ苦痛であつた。若かず裸になつて自分の體を蟲に食はせて生體を見屆けた處で捕獲するには、これ程確實で痛快な方法は無いと思つた。そこで連夜彼は奮鬪を續けた。この奮鬪は苦痛といふよりは寧ろ一種の慰藉であつた。一夜に十五匹をも捕まへた時の心持は彼が未だ何物にも經驗する事の出來なかつた勝利の味を初めて味ひ得たのであつた。「今朝も威張つてらつしやいました」といふお金の言葉は正しくこの淋しい誇を示して居ると言つてよかつた。春三郎は斯る意味に於てこの南京蟲捕獲の奮鬪の光景を世界終末の圖の如く物凄く想像したのであつた。太陽の光が赤く燒けたやうな色に減退した下に人間が最後の奮鬪を爲しつゝある圖、カンテラの薄赤い光の中に骨立つた裸の男が光澤の無い皮膚に汗を流しつゝ一昆蟲と奮鬪を爲しつゝある處の圖、兩者の間にたいした差違は無いと思つた。  其うち文太郎は眼を覺まして出て來た。頭は暫く刈らぬと見えて蓬髪が長く延びてゐるので顏が小さく病人らしく見えた。それに目の中に赤く血走つて毛穴の汚れた青白い皮膚には脂が冷たさうに光つてゐた。粘つた口に二三服煙草を喫んで、 「時にお前の事業はどうなつた。何か故障でも起つたのではないかい。昨夜も南京蟲狩りを遣り乍らひよつと氣になつたので今日は聞きに行かうかと思つてゐたのだ」と心配さうに言つた。斯く々々の手順になつてゐるのだといふ事を話すと、 「さうかそりや結構だ。お前の事だから旨く遣る事とは思つてゐるが時々氣になつての」斯く言つて全く安心したやうに心地よく笑つた。 四十三  春三郎は嘗て松葉屋の營業に猪突した如く又此新事業に猛進するより外もう取る可き道は無いのであつた。  斯して愈〻九月一日を以て緒についた。  事業は案外の好成績であつた。  十月の末に照ちやんは分娩した。お霜婆さんは暫くの間手傳に來た。照ちやんが産褥に就いてから春三郎は又下宿屋當時のやうな種々の不便を經驗することになつた。殊にお霜婆さんが二日許りして歸つた後は已むを得ず襁褓の洗濯をもした。赤ン坊の糞が飴のやうに粘著してゐる上に自暴に石鹸を塗りつけてごし〳〵と洗つたりもした。 四十四  松葉屋の暗い冷たいやうな感じとは反對に春三郎の家は狹い乍らも明るく暖く、照ちやんの顏にも春三郎の顏にも生き〳〵した色が見えてゐた。 「まあ春さんが働きがあるから斯ういふ事になつて來たのだ。お前は仕合せだよ」とお霜婆さんは照ちやんに言つた。お霜婆さんは斯く照ちやんの身の上を喜べば喜ぶ程常藏の今の境遇を悲しむ情も亦自ら禁ずる事が出來なかつた。尤も常藏に就ては辯護、差入れ其他萬事上役に任してあるので唯時々の手紙を見て僅に安否を知る位に止まつてゐた。斯してお霜婆さんは宮詣が濟むまで赤ン坊の世話を見てそれから上役の宅へ歸つた。 「此機會に斷つてしまつたらいゝでせう」と春三郎は言つた。 「そりや私だつて孫の世話をする方が幾ら樂しみか知れないけれど、それでは義理が濟まんから」と言つてお霜婆さんは聞かなかつた。けれども其後照ちやんが少し腹をいためたとか、今日は忙しいとか言つて何かにつけてお霜婆さんを呼び附けた。お霜婆さんも其都度又喜んで來た。  松葉屋の方は盛春館の女將の言つた通り半年越ぎた後は漸く損失が少くなつて帳面づらだけでは四五圓の利益を見る月すらあつた。文太郎は非常に喜んで、 「流石に盛春館の女將さんは旨いもんだ。ちやんと言ひ當てたから豪い」と言つて嬉しさの餘り頻りに盛春館の女將に感服してゐた。春三郎もそれを聞いて嬉しく思つたが、此頃だん〳〵文太郎の皮膚の色が惡くなつて、少し瘠も見え、どことなく元氣も銷沈してゐるのを氣にして、時々牛肉位は食ふやうにしたらよからうと注意した。 「そんな事をしたらお前、折角の利益がすぐ又無くなつてしまふぢやないか。ハヽヽヽ」と淋しく笑つたが、「けれども子供にだけは月に一二度位は食はせて遣ることにせうかねえ」と思ひ入つたやうに言つた。さうして其後逢つた時、 「此間お前があんなに言つたので、二三日前ひよつと思ひついて馬肉を食つて見た。少し臭いが併しなか〳〵食へるよ。子供なんかも喜んで食つた」と言つた。けれども亦其次ぎ出逢つた時は、相變らず色の惡い皮膚をして元氣が優れぬやうであつたが、 「馬肉も一度や二度はいゝが度々は矢張り駄目だね」と笑つた。もう馬肉は懲りて止めたものと見えた。それかと言つて牛肉を食ふ容子などは更に見えなかつた。  事業の方は漸く盛大に赴くやうであつた。  赤ン坊は滯りなく肥立つた。唯乳が不足するので牛乳で育てねばならなかつた。牛乳を蒸す器械を買ふ時に照ちやんは餘り高いからよさうと言つた。春三郎はいくら高くつても生の牛乳を子供に飮ますことは出來ぬと言つて其を買つた。照ちやんは蒲團でくるんだ赤ン坊を更にねんねこで負つて表の井戸の水も酌むし板間の雜巾がけもした。  赤ン坊の秀子はだん〳〵に成人してふら〳〵と歩くやうになり、お霜婆さんも遂に同居するやうになり、晩飯の食卓を照らす灯火は明るく、秀子を中心に一家が笑ひ崩れる事も珍しくなくなる程事業はだん〳〵歩を進めて、折節の北清事變が多少經濟界に影響を及ぼしたに拘らずかなりの成績をあげた。  斯る同じ状態を持續して其翌年も半ば以上を過した八月の末頃であつた。暫く無沙汰をしてゐた文太郎から葉書が來た。見ると稍震へた字で斯うあつた。 『小生十餘日以前より發熱、八九度の間を上下して今に解熱せず、少し御相談致し度、御閑暇ならば御光來を待つ』 四十五  春三郎は取敢へず行つて見た。此日は殊に蒸し暑い日であつたが例の八疊の室に文太郎は薄い蒲團を延べて肌脱ぎになつた儘暑苦しさうに寢てゐた。筋肉に弛みが見えて青白い皮膚に光澤が無かつた。「春、失策つた」と春三郎の顏を見ると行きなり文太郎は大きな聲で言つた。體の上部は肌脱ぎになつてゐるに拘らず、腹部には厚ぼつたいものを卷き附けて、更に又幅の廣いフランネルの切を後から股をくゞらせて臍の邊まで當てがつて其端を片方の手で握つてゐた。 「下痢でもするのですか」と春三郎は其大きな聲に一驚を喫して聞いた。 「此間何も敷かずに晝寢をして腹を冷やしたのが因らしい」といかにも殘念さうに言つて文太郎は彼の股をくゞらせて居たフランネルを力を入れてぐつと引締めた。二本の脚も露出したまゝ投げ出してゐた。 「それで醫者は何といふのですか」 「醫者はマラリヤだといふのだがね、これを見て呉れなか〳〵熱が下らない」と言つて文太郎は枕頭に自分で亂雜に書き留めた體温表を示した。熱は頑固さうに三十八度一二分から九度四五分の間を毎日のやうに上下してゐた。こんな激しい熱でゐて自分で體温表を認めてゐるのを春三郎は哀れに思つた。 「腹を冷やしたのが因でマラリヤといふのは變ですね。下痢は激しいですか」 「下痢は餘りしない。唯時々腹が痛くつて困る。それに食慾が無くつての」と顏を顰めた。それから俄に噴き出すやうに笑つて、一昨日餘り何も食へぬから鮨が食ひ度いと思つて醫者に内々で食つたところがさあしまつたね。直ぐ身顫が附いて吐き出してしまつた」其笑つた顏は衰へてゐるに拘らず目の縁など熱の爲めに赤く色づいてゐた。  春三郎は母の命を取られたチブスを病氣の中で最も恐るべきものとして嫌つてゐた。さうして少し熱の頑固な病人を見ると直ぐチブスではあるまいかと想像して怖氣立つのが常であつた。嘗て照ちやんの病氣もさうではあるまいかと一時は心配したがそれは幸にさうではなかつた。今文太郎の此熱もどうやら疑へば疑はるゝ點の多いのに少からず心を痛めた。さうして兎も角も今一人確かな醫者に見せてはどうかと勸めた。文太郎は、 「其ももの入りだからね」と淋しい眼で一寸春三郎の顏を見た。春三郎は、 「馬鹿な、命に代へられますか」と言つて早速車を命じて或國手を訪問した。車の上でも春三郎の心は騒ぎ立つて容易に靜まらなかつた。國手は幸に在宅であつて日暮には往診して遣るとの事であつた。  國手を待ち兼ねて春三郎は文太郎の傍に坐つた儘恐ろしい想像を𢌞らしては打消してゐた。其時文太郎は斯んな話をした。 四十六 「實はお前にもゆつくり相談せうと思つてゐたのだが、一時漸く利益を見るやうになつたのも僅かの間であつて、近頃の景氣では迚も此商賣で食つて行くだけの事は難かしい。いつかお前ところに掛けた厄介もまだ其儘になつてゐるし、其他二三軒も同樣の始末だし、僅かばかりあつた嫂さんのものも皆質屋に入れてしまつたし、先々月あたりから月末の諸拂も滯り勝ちの有樣で、もう愈〻といふ處迄行き詰めてしまつた、矢張り此商賣も駄目であつたね」  文太郎はこの二年間の奮鬪も從來の各種の事業と同樣に遂に失敗に終つた事を考へて熱にほてつた頬にほろ〳〵と涙を傳はせた。春三郎は覺えず暗い室内を見𢌞した。自分が共に營業して居つた時取り散らしてあつた棚の上が矢張り其儘に取り散らしてあつた。この棚の上を片附ける餘裕すら無しに文太郎は奮鬪を續けて來たのだと考へると、春三郎は涙ぐまずに居られなかつた。 「其處でお前に相談し度いといふのは、もう此上は仕方が無いから思ひ切つて一つ身を落して見ようかと思うのだがどんなものであろう」 「身を落すといふのは?」と春三郎は病人の顏を見詰めて聞いた。 「屋臺店で餅屋でも遣つて見ようかと思ふのだ」  春三郎はこの悲しい言葉を聞くに堪へなかつた。力めて戲談にして笑つてしまはうとしたがそれは無益の努力であつた。 「屋臺店は僅かの損料で日借りが出來るし餅の買入れも知れたもんだから資本といふ程のものは殆どいらないし、それに其日の利益だけで燒芋でも買つて子供に食はせて置くとすれば第一氣樂なのが何よりだ」  この「氣樂なのが何よりだ」といふ言葉は一層悲痛な響を春三郎の耳に傳へた。文太郎はもう奮鬪に飽いたのだ。飽いたといふよりも疲れ切つたのだ。子供の口にせめて馬肉でも食はさうといふ考へのあつた時はまだ今日に比べて多少の勇氣があつた。燒芋で饑を凌がすので滿足して唯氣樂な事を欲するやうになつたのはもう全く勇氣を銷耗し盡して心身共に疲れ切つたといふ證據であつた。見ると文太郎の眼の涙はいつの間にか乾いてしまつて曇つた瞳で熱心に春三郎の顏を見詰めてゐた。春三郎は慰むべき言葉を見出すのに苦しみつゝ唯國手の車の響を今か今かと待焦れた。 四十七  夜の八時頃に國手は漸く來診した。さうして診察の結果、 「これはマラリヤではない。チブスだ」と診斷した。國手は風邪とチブスとの間に別に輕重をも認めぬやうな無造作な口吻であつたが、春三郎は戰々兢々として唯此一撃を恐れつゝあつたので體の肉の慄くのを覺えた。暗い灯火の下に稍落著かぬ樣で國手の宣告を待ちつゝあつた文太郎は、「チブスですつて。これは怪しからん」と非常に興奮した調子で言つて絶望したやうな物凄い笑ひ方をした。國手は赤十字社病院に關係があるところから文太郎は翌日其病院に入院することに極つたので、春三郎は其夜一先づ歸宅した。  松葉屋を表に出ると清い涼しい風がさつと膚に當つた。今迄熱臭い蒸れたやうな空氣を吸うてゐた春三郎は蘇つたやうに覺えた。浴衣がけに團扇を持つた健康さうな人がぞろ〳〵と明るい灯の町を歩いてゐた。春三郎は土地を踏む足が一高一低でまだ本當に心が落著かぬやうに思はれた。 「チブス? いかに忌むべき病名であらう。母も此病氣の爲めに取られた。憐れむべき兄──神の如き兄──も亦此病氣の爲めに殪れるのではあるまいか」と此處迄考へて來て、まだそんな不愉快な事を考へる可き場合ではなかつたと急いで其を打消した。さうして「入院するとなると附添うて看護するのは誰であらう。子持の姉、而も今では肝腎な女將たる姉は迚も松葉屋を出ることは出來ぬ。さうなれば自分より外にない。宜しい自分で遣らう」と斯う決心すると漸く心が落著き始めた。次に問題は金の事であつた。「入院料、是はどうしたものであらう。今は施療患者は滿員だ、三等は空いてゐるだらうと思ふが若し塞がつてゐたら二等になるかも知れぬと國手は言つた。よろしい。二等でも宜しい」此時春三郎は一種の誇ともいふべき滿足を覺えた。彼の事業を經營する以前は此の東京で十圓の金の融通も容易ではなかつた。たとひ一時の急を救ふに過ぎぬとは言へ取引先で百圓二百圓の金の調達は左程困難とは覺えなかつた。若し金ある爲めに文太郎の病氣を救ひ得るとすると此一事だけでも相當に意味ある仕事を爲し得たことになる。春三郎の心は愈〻落著いた。 四十八  春三郎が家に歸つた時、お霜婆さんと照ちやんとの間には嬉しいやうな悲しいやうな談話が交換されてゐた。お霜婆さんは今日上役の家を訪問して常藏の出獄のもう半月の後に迫つてゐることを聞いて來たのであつた。之より先、常藏は第一審で有罪と決し、二審三審を經て矢張り原裁判通りに判決され遂に一年餘の刑に問はるゝ事となつて昨年の今頃既決監に移されたのであつた。其出獄の時如何に瘠せ衰へて居るであらうかといふ考へは口には出さなかつたが母娘の胸には同時に起つた。 「けれども無事に出られるのを何よりの仕合せと思はねばならん。今後の兄さんの一身は心配すな、決して惡いやうには取計らはんからと仰しやつて下さるから其點もまあ大船に乘つた氣で安心してゐる」と萬事上役の言葉にすがつてゐるお霜婆さんは斯う言つた。 「だけれど、もう會社なんかへは二度と這入らんやうにしたいのね」と照ちやんは言つた。  それから母娘で、出獄する時分に著る著物を至急仕立てて送らうかと相談したり、歸京前に家を借りて置かうかとか、まあ此家に當分同居する方が善からうとか、そんな事を相談して流石に出獄の喜びを包み切れずにゐるところへ春三郎は歸つて來たのであつた。  常藏の出獄の件は春三郎をも喜ばせたけれども、文太郎の病氣はそれ以上に母娘を驚かした。尚ほ當分病人に附きつきりで介抱するといふ春三郎の決心を聞いた時に母娘は傳染の危險をも考えたが、又嘗て照ちやんの病氣の時に春三郎が親切に介抱して呉れたことをも囘想せずには居られなかつた。「まあ、どうしてそんな病氣に罹りなすつたのでせう。と照ちやんは秀子に白い胸を開けて乳房を含ませながら言つた。 「少し手遲れなのが何より殘念だ。マラリヤだなんて近所の醫者がよい加減の事を言つてゐたらしいのだ。チブスならチブスとしてもつと早く其手當をせなければならなかつたらうに」と斯くいひながら春三郎は照ちやんのはだけた胸や掻上げた鬢に目を留めていつの間にか全く世帶染みて三年前の娘らしい面影の殆ど消えて無くなつてゐるのを見た。 四十九  取引先に一本の手紙を認めて照ちやんに持たせて遣つた。暫くして秀子を負つた照ちやんは返事を持つて歸つて來た。春三郎の要求した程は難かしいが責めて半額だけはどうかせうとあつた。春三郎は固より返事を豫想して態と大袈裟に二百圓の前借を申込んだのであつたから、半額だけといふことで別に驚きもしなかつた。  其夜は夜更しをして事業の方の整理をした。二時が打つた時、 「まだお休みなさらないの」とお霜婆さんは聲をかけた。お霜婆さんはいつも眠つてゐるのかと思ふと覺めてゐた、又覺めてゐるのかと思ふと眠つてゐた。眠と現との距離が極めて短く、熟睡といふやうな事は殆ど無いやうであつた。體の疲れ切つた老人になると誰も斯んなものであらうかと春三郎はいつも不思議に思つてゐた。 「えゝもう少し起きてゐます」  其時もう幽かな鼾は聞えてゐたに拘らずお霜婆さんは、 「さうですか」と明かに返辭をした。さうして鼾はすぐ又聞え始めた。それから又間も無く、 「照や〳〵、秀が踏み脱いだよ」と照ちやんを起す聲が聞えた。  暫くしてから春三郎は餘り鼠の荒れるのに業を煮やして、 「しッ」と聲高く追うた。お霜婆さんは、 「本常に腹の立つ鼠ですことね」と聲に應ずるが如く言つた。けれども一分間も經たぬうちに又例の幽かな鼾を洩らした。 「もうお霜婆さんの命も長くはないのだ」といふ考へが春三郎の胸に浮んだ。 五十  翌朝早く春三郎は松葉屋に行くと文太郎の熱は矢張り八度四五分あつた。 「もう此頃は熱になれたから、朝など九度以下になつて居る時は別に熱があるやうな心持はしない」と文太郎は言つた。けれども衰へた目の縁の赤味を帶びてゐるのは昨日に異ならず、口を開けた時に荒れた白い舌の見えるのを春三郎は傷ましく覺えた。重湯は土鍋のまゝ枕許に置かれまだ一口も飮まぬものらしかつた。 「貴方昨晩も食らなかつたし少し召食らんとお體がだん〳〵弱る許りですよ」とお金は珍しく枕許についてゐて斯う言つた。此頃は客が減つてゐる方ではあるけれども文太郎の病氣以來はお金が萬事を主宰せなければならぬので殆ど染々枕許に坐つて介抱する間も無かつた。 「そりやいけませんよ。少しは自分でも奮發して食らなきやあ」と春三郎も傍から言葉を添へた。けれども文太郎は、 「よし今少し經つたら飮む」と言つて容易に承知しなかつた。  其中赤十字社病院から釣臺が來た。 「釣臺には及ばんと言つて置いたのに、人力車で行けない事はない」と文太郎は不機嫌さうに言つた。  漸く重湯に口をつけたが茶碗に半分許りで止めた。それからお金が箪笥から出した洗張りをした田舍縞に著替へて床の上に坐つたまゝ淋しさうに其邊を見𢌞した。三人の子供は皆學校に行つてゐた。下の子供は一人の下女が連れて買物に行つた留守であつた。お金は手拭に塵紙に著替などを取り揃へて風呂敷に包んだ。 「おやまあどうなすつたんです」と言つて這入つて來たのは盛春館の女將であつた。 「到頭入院するやうになりました」と文太郎は女將の顏を見ると情なさうに言つた。 「まあさうですか。だけれどお兄さん、病氣をした以上は入院に限りますよ。一週間か二週間辛抱なすつたらすぐ御全快ですよ」と女將は何も彼も判つたもののやうに挨拶をした。 「えゝ一日も早く癒つて歸ります」と、文太郎は快活に答へた。  即て文太郎は春三郎が手を添へる間も無く突と立上つたと思ふとヒョロ〳〵とよろめいた。春三郎は急いで後から支へた。 「どうぞ旦那樣早くよくおなりなすつて」と臺所から出て來た下女は涙乍らに言つた。  釣臺には赤十字社の徽章の附いた雨合羽がかゝつてゐた。人夫は其雨合羽を取つて更に其下の蔽を揚げた。白い潔い蒲團の上に同じく白い切で包んだ枕が置かれてあつた。文太郎は仰向に寢て目を瞑つた。 五十一  釣臺が表の戸にかたつと當つた響を文太郎は意識した。釣臺は愈〻動き始めたのであつた。此時若し此病氣で自分は死ぬるのではあるまいかといふ不安の念が込上げて來たが釣臺はそれにも構はずずん〳〵と町へ出た。町の角に來た時年の若い下女は末の子を背負つて今買物から歸つたのがふと釣臺の傍に春三郎が附いてゐるのを見て目を瞠つた。末の子は何とも辨へず不思議さうに目送した。四人の人夫は二人づつ常に肩を入更へた。さつき少し降つた雨が上つて蒸すやうに暑いのに春三郎は汗を拭き〳〵釣臺の後に跟いて歩いた。さうして時々氣になつて釣臺の中を覗いて見ては、 「苦しくはありませんか」と聞いた。 「いゝえ」と文太郎は答へたが顏はいつもより一層赤く苦しげに見えた。 「これを上げませう」と言つて春三郎は自分の手に持つてゐた團扇を蔽の透きから文太郎に渡した。文太郎はそれを受取つてばた〳〵と煽いだ。春三郎は此傷ましい釣臺を氣味惡げに目送する路傍の人を腹立たしく見返した。  或坂の途中で人夫共は釣臺を地上に下ろした。この蒸すやうな大道に釣臺を下ろして何をするのだと春三郎は躍起になつて人夫を叱つたが、人夫は冷刻な顏に何の表情も無く悠々と緩んだ片隅の釣竹を直し始めた。 「兄さん氣分は惡くありませんか」と春三郎は心に躍る怒りを壓へて靜かに文太郎に聞いた。 「隨分暑いねえ、併し別に氣分は惡くない」と文太郎は激しく團扇使ひをし乍ら答へた。  天氣の晴れ渡つた日だと日は盛んに照り附けても風があつて涼しいのに、今日は誠に生憎の天氣だと春三郎は最前からこの天候をも腹立たしく思つてゐたに、又途中で釣臺に故障が出來るなどよく〳〵の事だと、斯る事にまで不運の附き纒ふこの病人を哀れに思つた。  本郷から澁谷迄は平常でも遠い路を此日は二倍にも三倍にも覺えた。哀れな釣臺が淋しく病院に舁ぎ込まれて門内の廣い空地を横ぎつて玄關に置かれた時春三郎は蘇生したやうに覺えた。 「兄さん愈〻病院へ著きました。もう大丈夫です」と釣臺の中に向つて言つた。文太郎は東か西かをも辨へず唯日の當らぬ涼しい空氣の中に舁ぎ下ろされた事許りを意識してゐたのであつたがこの言葉を聞いて春三郎以上に蘇生の思ひをした。人夫が草鞋を脱いで廊下傳ひに釣臺を病室の口まで舁ぎ込んだ時、白衣の看護婦が二三人ばら〳〵と現はれて、この蒲團のまま寢臺の上迄運ばうではないかと相談した。文太郎はそれにも拘らず立上つてよろめきながら歩いた。其熱の上つた顏は汗ばんで肩で呼吸をしてゐた。 五十二  純白の切で蔽はれてゐる寢臺の上に横になるや否や白衣の看護婦は體温器を挾んだ。文太郎は血走つた目を開けてきよろ〳〵と周圍を見𢌞した。白い壁が潔く光つて窓からは涼しげな庭の青葉が見えた。此處では已に幾多の人が呼吸を引取つたかも知れない傳染病室も今迄の暗い不潔な八疊に比べて恰も宮殿のやうな心持がした。體温器は熱が四十度二分に迄昇つてゐる事を示したに拘らず文太郎は苦痛を忘れたらしい調子で斯う言つた。 「あゝ此で樂になつた」  醫師は聽診器を握つた儘醫局から出て來て直ちに診察した。其あとで看護婦は敏捷に立働いた。今迄春三郎は斯る物の存在をすら知らなかつた水枕を持つて來て文太郎の頭の下に當てがつた。次に氷嚢を釣り下げる器械を枕許に置いて共に惜しげもなく氷を入れた二個の氷嚢をぶら下げて額に當てた。さうして心臟の上にも別に一個を當てがつた。其都度、 「あゝいゝ氣持だ」と心から嬉しさうに文太郎は言つた。それから心地よげに瞑つて居た目を開けて、「春、斯う行屆いた介抱をして貰ふ事になつたら己は大船に乘つた氣でゐられる。それにお前は忙しい體だ。留守宅の營業の方も時々氣を附けて貰ひたいから憗ひ歸つて呉れぬか。それに此處の費用萬端は……」と心配さうに言ひかけたのを春三郎は打消すやうに言つた。 「そんな事は氣にしないで置いて下さい。私もそれ位の融通はどうか斯うか附くやうになりましたから。それにまあ今日だけは兎も角泊つて行きませう。明日からは兄さんの方の模樣さへよけりや行つたり來たりする事にしてもいゝから」 「それぢやさうして貰はうか」と言つて又目を瞑つたと思ふと程なく口を開けて呼吸づかひは急がしいに拘らず熟睡した容子に見えた。春三郎は其間に事務室や醫局に往來して入院證を差入れたり醫者に病症の見込などを聞いた。さつき診察をした人は不在だとの事で年の若い背の高い背廣の洋服を著た一人の醫者が、 「まだはつきりチブスと極つた譯でもない。明日あたり病菌の試驗をして見た上で決定します。さうしてチブスとなれば一定の時日を經過せなければ到底解熱するものではないのですから靜かに其經過を待つより外仕方が無い」と極めて冷靜に言つた。さうして春三郎の、 「癒るでせうか、難しいでせうか」といふ質問に對して、 「そりや君難問だ。醫者はベストを盡すのみで、生死の預言は出來ぬ」斯う言つて同僚らしい同じく若い醫者と顏を見合せて得意らしく笑つた。其向うに椅子を並べてゐる他の醫者は皆この間答に無關係なるものの如く冷やかに各〻の職務に鞅掌してゐた。 五十三  春三郎は一種の冷たい空氣が自分や文太郎を包んでゐるやうな心持がして、頼母しく思つた廣大な建物も何處となく頼りなく感じつゝ長い廊下を通つて病室に歸つて見ると、一人の看護婦が文太郎に藥を進めつゝあつた。 「よく召し上りました。それで今少し經つたら今度は牛乳を飮んで戴かなけりやなりません」と看護婦は子供に對するやうな口吻で言つた。文太郎は默つて點頭いた。  文太郎の顏色は相變らず赤く熱が上つてゐるやうであつた。けれども殆ど苦痛を忘れてしまつたやうに看護婦が口に入れて呉れた氷を心持よい齒音をして噛みながら春三郎に向つて斯う言つた。 「一睡りしたので大變氣分も落著いた。さつき今晩泊るやうにお前は言つたが、此鹽梅ならもう大丈夫だから決してそれには及ばん。晩飯でも食つたら歸つて呉れ。若し急に用事でも出來たらあの三河屋であつたかね、彼處まで電話を掛けて取次いで貰ふ事にするから」  春三郎はこの文太郎の元氣や看護婦の周到な注意を見てさきに醫局で受けた冷たい感じはもう忘るゝともなく忘れてしまつて再び此廣大な建物、完備した組織に信頼する念が強くなつた。それと同時に自分自身の疲勞をいくらか覺え始めて來た。昨夜の睡眠不足や今日釣臺に跟いて暑い最中を氣を遣ひながら歩いた其等の疲勞がだん〳〵と出て來るやうに覺えた。今朝家を出掛ける時、 「貴方も亦あんまり體を使ひ過ぎていつかの松葉屋の時のやうに病氣になつてはいけませんよ」 と照ちやんの心配さうに言つた言葉も思ひ出された。 「歸つてぐつすりと熟睡して元氣を恢復した上で明日又來よう」さう考へ出すともう晩飯を此處で食ふといふ餘裕もなくなつた。 「早く歸り度い」といふ矢も楯も堪らぬやうな心持が込上げて來るやうに覺えた。 「それでは今日はこれから歸つて、明日朝早く來ませう」と春三郎は文太郎の枕許に立つて言つた。 「あゝさうして呉れ」と文太郎は機嫌よく目を瞑つたまゝで答へた。  春三郎は病院を出た時、昨夜松葉屋の門を出た時と同じやうな蘇生の思ひをした。 五十四  家へ歸つて見ると秀子は赤い鼻緒の下駄をくゝりつけてお霜婆さんに手を引かれ乍ら嬉々として表を歩いてゐた。さうして春三郎を見附けると、 「とうちやん」と飛び附いて來てぶら下つた。今晩は歸らぬ事と豫期してゐた主人が歸つたので照ちやんも狼狽するやうに迎へた。さうしてお霜婆さんは秀子の手を引いた儘すぐ近所の肴屋へ刺身を取りに行つた。晩酌の徳利が主人の勞を犒ひ顏にいつの間にか銅壺に浸つてゐた。春三郎は病院の冷たい鬱陶しい心持と比べてこの家庭の平和な暖かな味に醉ふやうに覺えた。けれども元氣不元氣は扨置きあの大病人を唯一人病院に殘して來たといふ事は何となく穩かで無いやうに思はれて多少の不安を其心に覺えずには居られなかつた。春三郎は盃を口にし乍ら戰場を逃れ歸つた兵士のやうな落著かぬ心持でゐた。  けれども草臥れてゐることも亦事實であつた。一合の醉が𢌞るか𢌞らぬうちにもう睡眠を催して死人の如く臥床の上に倒れた。さうして翌朝六時迄何事も知らず熟睡した。何か不穩な夢を見たやうに考えられもしたが思い出すことは出來なかつた。  翌朝は朝風に車を驅つて先づ松葉屋を訪うた。別に變りは無くお金も年輩の女中も唯文太郎の事を心配してゐた。春三郎はよい加減に慰めて置いて病院に車を向けた。  病室の戸を開ける時は萬一どうかした事が一夜の間に起りはしなかつたらうかと危まれたが、扨て内に這入つて見ると文太郎は昨日の如く氷嚢に頭を包まれ乍ら熟睡してゐた。春三郎は壁に掛けてある體温表を見た。夜中に八度五分に下つた熱は今朝又四十度二分に迄昇つてゐるのに驚かれた。其他は別に異状無く浣腸便一とある鉛筆の文字が目にとまつた。 五十五  其時一人の看護婦が兩手に湯氣の立騰る金盥を持つて這入つて來た。 「昨夜は如何でした」と春三郎は看護婦に聞いた。 「平穩でいらつしやいました」と年の若い看護婦は稍高慢氣に答へた。此人は昨日見た看護婦とは別の人であつた。其若い高慢氣な看護婦はそれでも白衣の袖をまくり上げて甲斐々々しく腕先を現はしつゝ其金盥の湯で手拭をしぼつた。さうして、 「もし〳〵」と病人を起して、 「お體を拭きますよ」と注意した。病人は目を覺まして乾いた唇を乾いた舌で濕さうと力め乍ら首肯いた。さうして看護婦に枕許の氷を口に入れて貰つてから漸くはつきりと目が覺めたらしく其邊を見𢌞した。 「お前早來たのか」と顏を突出した春三郎を見て言つた。 「苦しくはありませんか」と春三郎はさきの乾いた舌で乾いた唇を濕さうと力めた痛ましい光景に心を打たれ乍ら勞るやうに聞いた。 「格別苦しいとは思はん。家に居た時に比べれば大變樂だ」文太郎は斯く言つて二度目の氷を今度は自分で手探りに口に入れた。  斯る間に看護婦は手拭で文太郎の顏や胸や手足やを拭いた。春三郎は看護婦の一見高慢らしい態度を初めは不愉快に思つたが流石に職務には忠實なのを心地よく覺えた。文太郎は、 「いゝ心持だ」と拭はれた腕を目の前に突出して眺めながら言つた。  其日は格別變つた事は無かつた。彼の國手も今日は出勤して二三の若い醫者を從へて來診した。午前檢鏡の結果愈〻チブスと極つた。病室の表に「佐治文太郎」と書かれた札の外に「病名チブス」といふ札が直ちに又掲げられた。もう全快に近づいて杖を突いて散歩をする他の病室の患者などは恐ろしさうに此戸外を通り過ぎた。 五十六  其日午後も文太郎は靜かによく眠つた。唯牛乳や重湯などを今日は昨日程に飮まなかつた。例の子供に對する母のやうな口吻をする看護婦が、 「さあ召上れ。もう一寸。さうです〳〵よく召上つた」などと骨を折つて勸めた。  それから其日も文太郎は昨日の時刻になると春三郎に歸ることを勸めた。 「又お前が病氣でもすると大變だ。昨夜など殆ど目も覺めなかつた位に己は熟睡したのだから傍にゐて貰ふ必要は無い。歸つてゆつくり休息して來て呉れ」  春三郎も亦いつの間にか此處の重い空氣に壓迫されて耐へられないやうな心持がするのであつた。其日も亦歸つた。  翌日も亦前の日と同じ時刻に病院に來た。病室の戸を開ける時も昨朝と同じく萬一どうかした事が一夜の間に起きはしなかつたらうかといふ考へが閃いて少し心臟の鼓動が高まるやうに覺えた。戸を開けて見ると文太郎は矢張り昨朝の如く一人寢臺の上に寢たまゝで室内は寂寞としてゐたが唯昨日と異る所はぱつちりと眼を覺してゐた。さうして春三郎を見ると行きなり斯う言つた。 「昨夜は弱つた。どういふものだが腹が痛んで二度許り注射をして貰つた。其に急に心細くなつて矢鱈に煩悶した……」斯う言ひ挂けて文太郎は目を瞑つた。春三郎は其文太郎のもの言ひのどことなく判然せず少し舌の縺れる工合のあるのに一驚を喫した。さうして、 「さうでしたか、そりやいけなかつたですね、昨日歸らなけりやよかつた」と心から後悔して言つた。 「己もお前を呼んで貰ひ度いと思つて度々三河屋迄電話を挂けて呉れるやうに看護婦に頼んだのだけれど看護婦がどうしても呼んで呉れない。それで到頭昨夜は看護婦と喧嘩をしてね」自分でも其舌の縺れ工合なのが氣になると見えて一寸言葉を切つた。さうして十分に口繕をした上舌を出して唇を嘗めた。春三郎は其舌を見て驚いた。心からかも知れぬがいつもより少し萎縮してゐるやうで餘程唇の方を内部へ曲げ込むやうにせねば舌が其に屆かなかつた。殊に舌も唇もがさ〳〵強張つてゐるのが見るからに傷ましかつた。それから文太郎は又話し續けた。 「一人の看護婦の方は『すぐ呼んで上げます』とかなんとか口頭許りで子供を瞞すやうな事をいふし、若い方の看護婦は『其では私の職務がどうだ』とか高慢臭い事をいふし癇癪に障つたから『もう貴女方の世話にはならんから此部屋を出て呉れ』と叱り附けた。ところが出るかと思ふと容易に出ない。矢張り寢臺の傍に立つてゐるので愈〻癇癪が募つて來る。『目障りだから早く退かぬか』と叱りつけたら今度は寢臺の後に隱れてゐてどうしても此部屋を出て行かない……」 五十七 「まだ其處に看護婦が居るだらう」と文太郎は誰も居ない寢室の裾の方を顎で指した。春三郎はこの突然の質問に覺えず文太郎の顏を凝視した。 「其處に隱れて蹲んでゐるだらう」と文太郎は再び判然せぬ言葉で息卷くやうに言つた。 「いゝえ誰も居りはしませぬ」と春三郎は漸く答へて續いて何とか言つて文太郎の心を沈め度いと思つたが適當な言葉が見出せなかつた。 「熱はどんな鹽梅です」と獨言のやうに呟き乍ら春三郎は體温表を見た。今朝の處にはまだ何も記してなかつた。看護婦の方で計りに來ないのか、或は計りに來たのを文太郎の方で拒絶したのか、何にせよ此大病人と看護婦との間にさやうな衝突のあるといふ事は、甚だ困つた事だと春三郎は眉を寄せた。どうしたら善からうと唯當惑して體温表の前に突立つた。 「今朝の熱はまだ取らないのだ」と文太郎は冷かに言つて、 「自分では有るのだか無いのだか判らない。何でも昨夜は大變下降つたとかいふ事であつた」と物言ひの判然せぬ口許を氣にするやうに掌で撫で乍ら又言葉を切つた。春三郎は我に歸つて體温表を凝視すると、成程赤い鉛筆の線は急劇の變化を示して昨夜半の體温は六度二分に下つて居た。六度二分といふと平温よりもまだ低い位である。四十度二分から六度二分に急轉直下した赤鉛筆の破格に長い線は此現象の善か惡かを判斷する前に先づ春三郎の心を波立たせた。漸く心を取り靜めて脈拍の方の青鉛筆の線を見ると、これは赤鉛筆と勢を異にして百三十の數を示して居た。春三郎は體温表の前を彈かれた如く離れて我知らず又文太郎の枕許に立つた。昨日迄頭の周圍を包んでゐた氷嚢は全く取り去られて枕も丸枕に代つてゐた事が今になつて初めて目に留つた。つとめて平氣を裝うて其額に手を加へて見た。普通の人の額の冷たさに變つた物凄いやうな冷たさを掌に覺えた。次に尚乾びた唇を擦りつゝあつた文太郎の手を取つて脈を見た。あるか無きか判らぬやうな小さい脈が一つ〳〵を數へる間も無く小刻に打つた。文太郎は稍朦朧とした瞳にぢつと春三郎を見て、 「脈はどうだい。自分で取つて見たが一向判らぬ」と心許なささうに言つた。春三郎は何と答ふべきかを辨へず、 「兎に角に熱が下降つたのは何よりではありませんか。これなら全く平温だ」と心の動亂を隱して力めて平氣な風を裝うた。 「熱は下つたか知らぬが、どうも時々腹が痛くつて」と文太郎は又縺れる舌で言つた。 五十八  斯く話すうち文太郎は春三郎の來たのに安心したが爲めかいつの間にか眠つたやうであつた。口を開けて眼を半眼に開けて覺めて居るのか眠つて居るのか一寸見分がつかなかつたが、「一寸醫局へ行つて來ます」と言つた春三郎の言葉には返辭しなかつた。春三郎は抜き足をして戸を開けて廊下に出た時暫く茫然とした。續いて、 「これは大變な事になつた」といふ戰慄するやうな感じが全身に漲つた。わな〳〵と震へる足を踏占めて醫局へ行つた。醫局の戸を開けると多勢の醫者の眼は一樣に春三郎に集つた。春三郎の眼が多くの醫者を見分ける前に其中の一人は、 「やあ」と聲をかけた。見ると彼の年の若い背の高い背廣の洋服を著た醫者であつた。 「君ところへ使を出したところであつた」といひながら空いてゐた椅子を春三郎に與へた。春三郎は如何なる言葉がこの醫者の口から出るかと堅唾を呑んで目を瞠つた。醫者は無造作に斯う言つた。 「腹膜炎を併發したやうですな。腸出血をやりましてね。それに心臟が非常に弱つてゐるから餘程氣を附けないと」 「それでは昨夜から腹が痛むといふのは腹膜炎の爲めですか」 「さうです」と言つたきり醫者は後は默つて煙草を吹かした。春三郎の心の中は沸立つやうであつたが暫くいふべき言葉を知らなかつた。腹膜炎といふ病氣の性質は十分には知らなかつたが彼の中學校時代の朋友の一人が其病にかゝつて非常な苦痛を訴へた擧句遂に死んだ事だけを傳聞してゐた。腹膜炎と聞いた時今朝病室に這入つた時以來彼の心の中を彷徨しつゝあつた恐ろしい感じが愈〻當面に迫つて來たことを知つた。 「それでは最う危篤といふ状態なんですか」と春三郎は血相を變へて聞いた。 「まあさういふ状態ですな」と醫者は投げ出すやうに言つた。春三郎は何といふ譯も無く腹立たしく恰も醫者を自分の讎敵であるかの如く感じつゝ詰め寄るやうに聞いた。 「それでは全く絶望ですか。十中十迄悉く望が無いのですか」  此問には醫者は困つたらしかつたが、斯う答へた。 「まあ十中七迄絶望ですが、三位の望はありませう」  この三といふ數字は何によつて割り出したのか恐らく醫者が當座逃れの遁辭に過ぎなかつたのであらう。けれども此場合春三郎に取つては之が責めてもの力綱であつた。 「さうですか、三だけの望はありますか」と彼の眼は一種の輝きを以て醫者を見詰めて言つた。 「えゝ三だけの望はあります」と醫者は已むを得ず答へた。 五十九  春三郎の心の裡には種々の不平もあり種々の疑問もあつた。中にも、 「斯んな急劇な變化の起る病人ならば何故前から其だけの注意を與へて置いて呉れなかつたのですか」とも詰問したかつた。 「度々腹痛を覺えるやうになる迄腹膜炎といふことを知る事が出來なかつたのですか」とも聞いて遣り度かつた。 「何故に熱は俄然として平温以下に下つたものでせう」と其も不審し度く思つた。けれども是等の問題が其狼狽して居る頭に生じては消え生じては消えしつゝある時に「三の望はある」といふ醫者の言葉を耳にしてもう其等の問題を提出する遑もなく絶望中の此一條の光明に縋つてどうかして今一度恢復させて遣り度いといふ希望に全心を支配された。 「それでは今後の看護上の注意は?」と春三郎は熱心に聞いた。 「まあ成るべく氣分を落著けていらつしやるやうに注意するのと今一つはどうかして少し滋養物を攝取されるやうに勸めることが大事ですね」と醫者は言つた。  病室に歸つて見ると文太郎は前と同じく口も開け眼も半眼に開けたまゝ熟睡してゐた。春三郎はつく〴〵其顏を見た。心から此時は全く死の相を現じてゐるやうに思はれたのを、 「そんな事は斷じて無い。どうしても恢復ささねば置かぬ」と心に誓つた。  其日は前夜に眠らなかつた疲勞もあつたのであらう、午過ぎまで安眠した。目が覺めたと思つた時文太郎は獨言かと思はれるやうに斯う言つた。 「己はどうやらした譯で此方へ來たのであつたね」  寢起きであつた爲めかもの言ひが今朝よりは一層判らなかつたが多分このやうに言つたものと春三郎は聽取つた。けれども此方へ來たといふのは此病院に這入つた事を言つたのか、國を出て東京へ來た事を言つたのかどちらであらうかと春三郎は一寸判じ兼ねた。意識は慥かなやうであつたけれども高い熱であつた爲め入院前後の事を覺えてゐないのか、それとも遙々國を出て此地に來て一途に下宿營業に苦しんだ擧句遂に此大病に取付かれたのを感慨の餘りに發した言葉であつたのか、孰れにしても餘り突然の質問であつたので春三郎は狼狽いた。 「此方と仰しやるのは此病院の事ですか」と春三郎は聞いたけれど文太郎は默つてゐた。 「それとも東京の事ですか」と春三郎は重ねて聞いたが文太郎はそれにも答へようとしなかつた。  ふと見ると文太郎は又半眼に瞑つた儘再び眠りに落ちたやうであつた。春三郎は再び椅子に腰を下ろした。室内は寂寞として廊下を行く草履の音が一つ近づいたかと思ふと又遠ざかつた。 六十  其日は午後二時頃に愈〻目が覺めて近頃にない好い心持だと病人は言つた。昨夜看護婦と喧嘩をした事などは殆ど忘れてしまつてゐるやうであつた。看護婦が來て藥を勸めると柔順に飮んだ。さうして脇の下に挾んで置いた體温器がつい落ちてゐたのを氣の毒がつて、 「惡い事をしましたね」と挨拶迄した。けれども例の若い高慢臭つた看護婦は何か含んでゐるやうな顏附をして自分の役目が濟むとついと出て行つてしまつた。母の子に對するやうな態度の看護婦も上部だけは矢張り丁寧であつたが何處にか前と違つた冷淡な影が潜んでゐるやうに春三郎には見えた。春三郎は斯る事に迄不運の附纒ふ文太郎の爲め耐へ難き寂寞を感じた。けれども文太郎は其等に頓著なく、 「幾らかよくなつたんだらうね。斯んな樂なことは近頃ない」と氣も心も延び〳〵としたやうに言つた。舌の縺れること脈の弱く早いことは依然として變らなかつたが所謂十中三の望に春三郎は愈〻頼みを挂けて文太郎の飮みたがらない牛乳をも言葉を盡して飮ませた。  併し平和は極めて短かつた。その夜から又激しい腹痛を訴へるやうになり、當直醫は屡〻來て注射をした。さうして注射で痛みを忘れてゐる間だけ昏睡し、目が覺めると又痛みを訴へた。翌日は晝間になつて同樣に苦痛を訴へたばかりか折角一度降つた熱が又四十度近くに昇つた。春三郎は夜の目も合はずに介抱した。  文太郎の苦痛は日に増して増進した。腹部は遂に板のやうに腫脹して臍の如きは爪の痕程の痕跡になつてしまつた。斯うなると寢臺の上に釘附にせられたのも同樣で仰向に寢たつきり横になる事も出來なくなつた。從つて背中も胴も痛むので病人は覺えず死力を出して寢返りを打たうとすると其板の如く腫脹してゐる腹は遮二無二突張つて是亦耐へ難き痛みを起すので已むを得ず又原の位置に復した。さうして、 「駄目だ。此痛みをどうするのだ」と文太郎は男泣きに泣いた。  春三郎は病人の絶ゆる間の無い阿鼻叫喚の聲に自分も身を切られるやうに悶えた。或時、「何とか方法は無いのですか」と唯手を束ねて病人の寢臺の傍に立つてゐる醫者を詰つた。其時醫者は何とも答へずに其儘病室を去らうとしたので、春三郎は覺へず其後を追うて、 「全體この病人をどうする積りです」と威丈高になつて詰問した。醫者は冷笑を洩して春三郎の方を顧みもせず廊下に高い靴の音を立てて去つてしまつた。春三郎は手に刃を持つて居れば後から其冷刻な臭骸を屠つて遣り度いと迄逆上したが病人の事も氣になつて已むを得ず踵を返した。 六十一  其時病室に歸つて見ると看護婦がいつもの高慢らしき顏に似合はず少し物に恐れたやうな眞面目な顏をして何事かを文太郎と言ひ爭つてゐた。春三郎は彼の醫者に對する憤怒の情の收まらぬ胸を更に波立たせて容子を見た。 「自殺をするから刃物を持つて來いなんて仰しやるんです」と看護婦は怯えたやうな、けれども同情の無い口吻で言つて春三郎に目くばせした。 「どうなすつたのです。氣分を落著けていらつしやらないといけません」と春三郎は文太郎の手を取つて推靜めるやうに言つた。文太郎は、「春、後生だ。どうか刃物を貸して呉れ。早くこの苦痛を逃れ度い」と言つてはら〳〵と目から涙を落した。春三郎は狼狽へた。 「お前には迷惑は挂けん。己が自分で死ぬる」と文太郎は朧氣乍らも力の籠つた言葉で重ねて言つた。春三郎は一種の鬼氣に襲はれて全身に粟を生じつゝ、 「いけません。そんな事は斷じていけません」と強く文太郎の手を握つて答へた。暫く默つて春三郎の顏を睨めつゝあつた文太郎は、 「さうか、それも出來ぬのか」と絶望したやうな悲しげな聲を出して行きなり毛布を頭から被つた。春三郎は形容の出來ぬ心持に暫く茫然として眺めつゝあると、だん〳〵毛布は頭上の方に幅を擴げて行つてはつと思ふ間に其中にあつた手は枕許の手拭を掴まうとした。春三郎は再び一種の鬼氣に襲われつゝ狼狽へて其手拭を奪ひ取つた。毛布の中ではすゝり泣く文太郎の聲が聞えた。  文太郎は暫く毛布を被つた儘動かなかつた。春三郎も默然として棒の如く寢臺の傍に突立つた。  此間に看護婦は醫局に急を告げた。二三の若い醫者を從へて來たのは初め文太郎を診た例の國手であつた。或大官の病を診る爲めに數日間何處かに旅行をして居るとの事であつたのが漸く歸京をしたものと見えた。 「少し腹が痛むさうだね」と寢臺の傍に立つて靜かに彼の毛布を取つた。文太郎も流石に此聲を懷かしく聞いたのか、國手の爲すが儘に任してぢつと目を瞑つてゐた。國手は同じ處に兩三度も聽診器を當て乍ら其顏はだん〳〵曇つた。國手は後で醫局に來るやうに春三郎に耳打して何事も言はずに歸つた。  この一頓挫で文太郎の心は稍靜まつたのであらうかそれとも疲勞を極めたのであらうか暫く靜平な状態を續けて眠りに落ちたやうであつた。春三郎が醫局に行つてゐる間看護婦は文太郎の寢臺の裾に椅子を置いて暫く容子を覗つてゐたが先刻來に引較べ餘り靜かになつたので欠びを催した。彼はあたり憚らぬ大きな欠びをして懷から袖珍の或醫書を取り出して讀み始めた。 六十二  國手は春三郎にもう危篤はこの二三日に迫つてゐると言つた。それから、 「生憎某伯爵の病氣を診に行つてゐた留守中であつたので殘念をした」と附加へて言つた。それは自分が居さへすればもう少し手當の方法もあつたらうといふ意味にも取れた。某伯爵の病氣と同時であつた事が文太郎の不幸であつたといふ意味にも取れた。さうして又文太郎の手當に落度があつたとしても、其責任は伯爵の病氣といふ事で十分解除され得るものの如く國手は信じてゐるものとも取れた。春三郎は怨めしくも思ひ腹立たしくも思つたが今それを國手の前で陳述する心の餘裕を見出さなかつた。彼は空中を踏むやうな心持がしつゝ病室に歸つて見ると文太郎はこの二三日來珍らしく平穩なる眠りに落つる事が出來たのが今や再び大苦痛の意識界に戻らうとしてゐる處であつた。看護婦は唯此病人は瀕死の人であるといふ事實の認識以外に何等の感情をも有する事なく彼の袖珍の醫書に目を曝しつゝあつたが、文太郎の苦悶の聲の漸く聞え始めたので又自己の職務に就くべき時が來たと感じそれをポケットに收めて立上つた。  阿鼻叫喚の幕は再び開始された。それから二日二晩疲勞の爲め時々三十分一時間昏睡に落ちる時がある外は殆ど苦悶の聲の絶ゆる時が無かつた。初めの間は其血を吐くやうな聲に春三郎は一々身を切られる如く感じつゝ生きた心持は無かつたが、睡眠不足と心配とから來る心身の疲勞と漸く其聲に馴れた神經の遲鈍とで遂には看護婦同樣唯器械的に看護する迄となつた。  けれども文太郎が其大苦悶の裡に殆ど聞き取れ難き聲を絞つて、 「舟乘々々」と連呼したのを聞いた時、春三郎は愕然として我に返つて、 「舟乘がどうしました」と聞きかへした。が返答は無かつた。文太郎の意識は漸く朦朧として此も夢で言つたのか現で言つたのか溷濁した其眼は覺めてゐるのか眠つてゐるのか其すら判明しなかつた。けれども此言葉は甚く春三郎の心を掻亂した。文太郎は何と思つて舟乘々々と連呼したのであらう。この地上の奮鬪世界に飽き果てて、遠く塵界を離れた大洋の上に浮び、唯波濤を友とし櫓櫂を命とする單純なる生活に憧れた聲とも聞かれた。春三郎は考へた。 「併しながら舟乘も亦風浪と戰はねばならぬ。舟中の小天地に居る少數の人類とも戰はねばならぬ」と。斯く考へて春三郎は憮然とした。文太郎は決して戰を囘避しなかつた。彼は健氣にも人生と惡戰苦鬪をして破れ、今又最後に病魔と惡戰苦鬪をして破れつゝあるのであつた。文太郎は又斯う叫んだ。 「この上生きたところが二十年だ。二十年が何だ。馬鹿な話だ」と。 六十三  文太郎は遂に死んだ。縡切れる數時間前お金や子供は寢臺を圍繞して暖い涙を灑ぎ掛けた。之が彼の最後に於ける責めてもの慰藉であつたらう。やがて看護婦は彼の屍に種々の侮辱を加へた。其斷末魔の苦しみに食ひしばつた齒の間に、看護婦は鐡製の螺旋形樣の物を當てがつて囘轉した。がり〳〵と音を發して齒の間には空虚が出來た。無念らしくこの鐡製の捩子を齧んだ屍はやがて又裸にされた。續いて綿を以て耳、鼻、口を初め體中の孔を悉く塞がれ、繃帶を以て四肢五體を包まれた。屍は斯る侮辱に反抗することも出來ず、彼等の爲すがまゝに動搖された。  春三郎は病室を出て月明りに庭に出た。四邊は寂寞として人影一つ見えず病院の夜半の淋しさを今更のやうに覺えた。彼はせき來る涙を壓へることが出來ずベンチに凭れて心ゆくまで泣いた。涙は後から〳〵と迸り出て暫く止める事が出來なかつた。  人の足音が聞えたやうに思つて顏を上げた。けれどもそれらしいものは見えなかつた。今迄氣が附かなかつたが此夜は寸翳の無い月明であつた。露が空中に滿ちて月光は物毎に煌いてゐた。春三郎は茫然として暫く大空を眺めた。 「兄の死は固より悲しい。けれども今病室に横はつて居る彼の屍は實に美しい。恰もこの月明の空の如く美しい。彼の生涯は徹頭徹尾惡戰苦鬪の生涯であつた。さうして悉く失敗の歴史であつた。けれども彼の屍には一の汚點も無い。玲瓏玉の如く潔い」  斯く考へる事が春三郎に取つて此上無き慰藉であつた。涙に濡れた顏を上げて月を見た。文太郎の死とこの月明と其處に何等かの神祕があるやうに思はれて暫く莊嚴の感に打たれた。 「國手が某伯爵を診る爲めに旅行をして其留守中に腹膜炎を併發した。某伯爵の病は恐らく癒えたらう。さうして兄は遂に死なねばならなかつた」春三郎は此時某伯爵なる人を想像して舌打をした。「如何なる人か知らないが、美しい褥に横はつて、妻子眷族に圍繞せられ、國手を東京より呼び寄せて、風清く水澄める畔に病を養ふ人は死ぬる壽命をも取り留むる人である。獨り夜半の病室に呻吟して冷刻なる醫師、看護婦と爭はねばならぬ人は生きる壽命をも殺す人である」此に至つて春三郎は又深い悔恨の念の萌すを覺えた。「自分が本當に一生懸命になつて兄の看護に盡したのは醫師から難かしいといふ宣告を受けてからであつた。其以前は何故に屡〻この病院を見捨てたのであつたらう。兄と自分と地を換へたら果して兄は自分の如く振舞つたであらうか。否、兄は如何なる場合にもそんな熱誠缺く處の人ではなかつた。自分は衷心この月明に恥ぢねばならぬ。然り自分は衷心この月明に恥ぢ兄の屍に恥ぢねばならぬ」  彼は大地に喝と唾を吐いた。自分の體をこの月明の下に置くに忍びぬやうな心持がした。立上つて其邊を歩いた。二三本の玉卷芭蕉は月光を受けて劍の如く光つてゐた。彼は暫く其葉蔭に佇んだ。空寂に堪へぬやうな感じが其胸を襲うて來た。何者か頻りに戀しくなつて來た。「何者であらう」と彼は考へた。逝いた文太郎でもなかつた。秀子でもなく、照ちやんでもなかつた。 「常藏!」彼は最後に此人に想到して微笑した。「今日照ちやんからの便りに常藏は明朝歸京するとあつた。三年間の入牢に彼は如何なる修養を加へたであらう。明朝といふのももう數時間を餘すのみである。月光が稍薄れて已に東雲に近いやうな心持がする。彼に逢はう。さうして此空寂の情を遣らう」春三郎は再び大地を歩き始めた。二三の木立を縫うて歩くうちふと一點の赤い沈んだ灯火を見た。それは豫て知つて居る死室であつた。病院で死んだ患者の屍を置いて一夜を守る死室であつた。文太郎の屍も亦此處に運ばれべきものを既に前に一人の死者があつた爲め其儘病室に置かれたのであつた。心を留めて聞くと私な人語が其方向から洩れて來た。其屍を守る人の濕やかな私語と聞かれた。獨り病室に委棄されて冷血なる看護婦の手に守られつゝある文太郎の屍に想到して彼は卒然として歩を病室の方に返した。 底本:「俳諧師・續俳諧師」岩波文庫、岩波書店    1952(昭和27)年8月25日第1刷発行 初出:「國民新聞」    1909(明治42)年1月~6月 ※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。 入力:青空文庫 校正:酒井和郎 2016年3月4日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。