別離 中原中也 Guide 扉 本文 目 次 別離 1 2 3 4 5 1 さよなら、さよなら!   いろいろお世話になりました   いろいろお世話になりましたねえ   いろいろお世話になりました さよなら、さよなら!   こんなに良いお天気の日に   お別れしてゆくのかと思ふとほんとに辛い   こんなに良いお天気の日に さよなら、さよなら!   僕、午睡の夢から覚めてみると   みなさん家を空けておいでだつた   あの時を妙に思ひ出します さよなら、さよなら!   そして明日の今頃は   長の年月見馴れてる   故郷の土をば見てゐるのです さよなら、さよなら!   あなたはそんなにパラソルを振る   僕にはあんまり眩しいのです   あなたはそんなにパラソルを振る さよなら、さよなら! さよなら、さよなら! 2  僕、午睡から覚めてみると、 みなさん、家を空けてをられた  あの時を、妙に、思ひ出します  日向ぼつこをしながらに、 爪摘んだ時のことも思ひ出します、  みんな、みんな、思ひ出します 芝庭のことも、思ひ出します  薄い陽の、物音のない昼下り あの日、栗を食べたことも、思ひ出します 干された飯櫃がよく乾き 裏山に、烏が呑気に啼いてゐた あゝ、あのときのこと、あのときのこと……  僕はなんでも思ひ出します 僕はなんでも思ひ出します   でも、わけて思ひ出すことは わけても思ひ出すことは…… ──いいえ、もうもう云へません 決して、それは、云はないでせう 3 忘れがたない、虹と花   忘れがたない、虹と花   虹と花、虹と花 どこにまぎれてゆくのやら   どこにまぎれてゆくのやら   (そんなこと、考へるの馬鹿) その手、その脣、その唇の、   いつかは、消えてゆくでせう   (霙とおんなじことですよ) あなたは下を、向いてゐる   向いてゐる、向いてゐる   さも殊勝らしく向いてゐる いいえ、かういつたからといつて   なにも、怒つてゐるわけではないのです、   怒つてゐるわけではないのです 忘れがたない虹と花、   虹と花、虹と花、   (霙とおんなじことですよ) 4  何か、僕に、食べさして下さい。 何か、僕に、食べさして下さい。   きんとんでもよい、何でもよい、   何か、僕に食べさして下さい! いいえ、これは、僕の無理だ、     こんなに、野道を歩いてゐながら     野道に、食物、ありはしない。     ありません、ありはしません! 5 向ふに、水車が、見えてゐます、   苔むした、小屋の傍、 ではもう、此処からお帰りなさい、お帰りなさい   僕は一人で、行けます、行けます、 僕は、何を云つてるのでせう   いいえ、僕とて文明人らしく もつと、他の話も、すれば出来た   いいえ、やつぱり、出来ません出来ません。 (一九三四・一一・一三) 底本:「中原中也詩集」角川文庫、角川書店    1968(昭和43)年12月10日改版初版発行    1973(昭和48)年8月30日改版13版発行 入力:ゆうき 校正:木浦 2013年6月19日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。