暗い天候 中原中也 Guide 扉 本文 目 次 暗い天候 二 三 二 こんなにフケが落ちる、    秋の夜に、雨の音は トタン屋根の上でしてゐる……    お道化てゐるな── しかしあんまり哀しすぎる。 犬が吠える、虫が鳴く、    畜生! おまへ達には社交界も世間も、 ないだろ。着物一枚持たずに、    俺も生きてみたいんだよ。 吠えるなら吠えろ、    鳴くなら鳴け、 目に涙を湛へて俺は仰臥さ。    さて、俺は何時死ぬるのか、明日か明後日か…… ──やい、豚、寝ろ! こんなにフケが落ちる、    秋の夜に、雨の音は トタン屋根の上でしてゐる。    なんだかお道化てゐるな しかしあんまり哀しすぎる。 三 この穢れた涙に汚れて、 今日も一日、過ごしたんだ。 暗い冬の日が梁や壁を搾めつけるやうに、 私も搾められてゐるんだ。 赤ン坊の泣声や、おひきずりの靴の音や、 昆布や烏賊や洟紙や首巻や、 みんなみんな、街頭沿ひの電線の方へ 荷馬車の音も耳に入らずに、舞ひ颺り舞ひ颺り 吁! はたして昨日が晴日であつたかどうかも、 私は思ひ出せないのであつた。 底本:「中原中也詩集」角川文庫、角川書店    1968(昭和43)年12月10日改版初版発行    1973(昭和48)年8月30日改版13版発行 ※第一節(「一」)がないのは底本通りです。第一節は「山羊の歌」に収録されている「冬の雨の夜」です。 入力:ゆうき 校正:木浦 2013年1月23日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。