怨霊借用 泉鏡花 Guide 扉 本文 目 次 怨霊借用        一  婦人は、座の傍に人気のまるでない時、ひとりでは按摩を取らないが可いと、昔気質の誰でもそう云う。上はそうまでもない。あの下の事を言うのである。閨では別段に注意を要するだろう。以前は影絵、うつし絵などでは、巫山戯たその光景を見せたそうで。──御新姐さん、……奥さま。……さ、お横に、とこれから腰を揉むのだが、横にもすれば、俯向にもする、一つくるりと返して、ふわりと柔くまた横にもしよう。水々しい魚は、真綿、羽二重の俎に寝て、術者はまな箸を持たない料理人である。衣を透して、肉を揉み、筋を萎すのであるから恍惚と身うちが溶ける。ついたしなみも粗末になって、下じめも解けかかれば、帯も緩くなる。きちんとしていてさえざっとこの趣。……遊山旅籠、温泉宿などで寝衣、浴衣に、扱帯、伊達巻一つの時の様子は、ほぼ……お互に、しなくっても可いが想像が出来る。膚を左右に揉む拍子に、いわゆる青練も溢れようし、緋縮緬も友染も敷いて落ちよう。按摩をされる方は、対手を盲にしている。そこに姿の油断がある。足くびの時なぞは、一応は職業行儀に心得て、太脛から曲げて引上げるのに、すんなりと衣服の褄を巻いて包むが、療治をするうちには双方の気のたるみから、踵を摺下って褄が波のようにはらりと落ちると、包ましい膝のあたりから、白い踵が、空にふらふらとなり、しなしなとして、按摩の手の裡に糸の乱るるがごとく縺れて、艶に媚かしい上掻、下掻、ただ卍巴に降る雪の中を倒に歩行く風情になる。バッタリ真暗になって、……影絵は消えたものだそうである。  ──聞くにつけても、たしなむべきであろうと思う。──  が、これから話す、わが下町娘のお桂ちゃん──いまは嫁して、河崎夫人であるのに、この行為、この状があったと言うのでは決してない。  問題に触れるのは、お桂ちゃんの母親で、もう一昨年頃故人の数に入ったが、照降町の背負商いから、やがて宗右衛門町の角地面に問屋となるまで、その大島屋の身代八分は、その人の働きだったと言う。体量も二十一貫ずッしりとした太腹で、女長兵衛と称えられた。──末娘で可愛いお桂ちゃんに、小遣の出振りが面白い……小買ものや、芝居へ出かけに、お母さんが店頭に、多人数立働く小僧中僧若衆たちに、気は配っても見ないふりで、くくり頤の福々しいのに、円々とした両肱の頬杖で、薄眠りをしている、一段高い帳場の前へ、わざと澄ました顔して、(お母さん、少しばかり。)黙って金箱から、ずらりと掴出して渡すのが、掌が大きく、慈愛が余るから、……痩ぎすで華奢なお桂ちゃんの片手では受切れない、両の掌に積んで、銀貨の小粒なのは指からざらざらと溢れたと言う。……亡きあとでも、その常用だった粗末な手ぶんこの中に、なおざりにちょっと半紙に包んで、(桂坊へ、)といけぞんざいに書いたものを開けると、水晶の浄土珠数一聯、とって十九のまだ嫁入前の娘に、と傍で思ったのは大違い、粒の揃った百幾顆の、皆真珠であった。  姉娘に養子が出来て、養子の魂を見取ってからは、いきぬきに、時々伊豆の湯治に出掛けた。──この温泉旅館の井菊屋と云うのが定宿で、十幾年来、馴染も深く、ほとんど親類づき合いになっている。その都度秘蔵娘のお桂さんの結綿島田に、緋鹿子、匹田、絞の切、色の白い細面、目に張のある、眉の優しい、純下町風俗のを、山が育てた白百合の精のように、袖に包んでいたのは言うまでもない。…… 「……その大島屋の先の大きいおかみさんが、ごふびんに思召しましてな。……はい、ええ、右の小僧按摩を──小一と申したでござりますが、本名で、まだ市名でも、斎号でもござりません、……見た処が余り小こいので、お客様方には十六と申す事に、師匠も言いきけてはありますし、当人も、左様に人様には申しておりましたが、この川の下流の釜ヶ淵──いえ、もし、渡月橋で見えます白糸の滝の下の……あれではござりません。もっとずッと下流になります。──その釜ヶ淵へ身を投げました時、──小一は二十で、従って色気があったでござりますよ。」 「二十にならなくったって、色気の方は大丈夫あるよ。──私が手本だ。」  と言って、肩を揉ませながら、快活に笑ったのは、川崎欣七郎、お桂ちゃんの夫で、高等商業出の秀才で、銀行員のいい処、年は四十だが若々しい、年齢にちと相違はあるが、この縁組に申分はない。次の室つき井菊屋の奥、香都良川添の十畳に、もう床は並べて、膝まで沈むばかりの羽根毛蒲団に、ふっくりと、たんぜんで寛いだ。……  寝床を辷って、窓下の紫檀の机に、うしろ向きで、紺地に茶の縞お召の袷羽織を、撫肩にぞろりと掛けて、道中の髪を解放し、あすあたりは髪結が来ようという櫛巻が、房りしながら、清らかな耳許に簪の珊瑚が薄色に透通る。……男を知って二十四の、きじの雪が一層あくが抜けて色が白い。眉が意気で、口許に情が籠って、きりりとしながら、ちょっとお転婆に片褄の緋の紋縮緬の崩れた媚かしさは、田舎源氏の──名も通う──桂樹という風がある。  お桂夫人は知らぬ顔して、間違って、愛読する……泉の作で「山吹」と云う、まがいものの戯曲を、軽い頬杖で読んでいた。 「御意で、へ、へ、へ、」  と唯今の御前のおおせに、恐入った体して、肩からずり下って、背中でお叩頭をして、ポンと浮上ったように顔を擡げて、鼻をひこひこと行った。この謙斎坊さんは、座敷は暖かだし、精を張って、つかまったから、十月の末だと云うのに、むき身絞の襦袢、大肌脱になっていて、綿八丈の襟の左右へ開けた毛だらけの胸の下から、紐のついた大蝦蟇口を溢出させて、揉んでいる。 「で、旦那、身投げがござりましてから、その釜ヶ淵……これはただ底が深いというだけの事でありましょうで、以来そこを、提灯ヶ淵──これは死にます時に、小一が冥途を照しますつもりか、持っておりましたので、それに、夕顔ヶ淵……またこれは、その小按摩に様子が似ました処から。」 「いや、それは大したものだな。」  くわっ、とただ口を開けて、横向きに、声は出さずに按摩が笑って、 「ところが、もし、顔が黄色膨れの頭でっかち、えらい出額で。」 「それじゃあ、夕顔の方で迷惑だろう。」 「御意で。」  とまた一つ、ずり下りざまに叩頭をして、 「でござりますから瓢箪淵とでもいたした方が可かろうかとも申します。小一の顔色が青瓢箪を俯向けにして、底を一つ叩いたような塩梅と、わしども家内なども申しますので、はい、背が低くって小児同然、それで、時々相修業に肩につかまらせた事もござりますが、手足は大人なみに出来ております。大な日和下駄の傾いだのを引摺って、──まだ内弟子の小僧ゆえ、身分ではござりませんから羽織も着ませず……唯今頃はな、つんつるてんの、裾のまき上った手織縞か何かで陰気な顔を、がっくりがっくりと、振り振り、(ぴい、ぷう。)と笛を吹いて、杖を突張って流して歩行きますと、御存じのお客様は、あの小按摩の通る時は、どうやら毛の薄い頭の上を、不具の烏が一羽、お寺の山から出て附いて行くと申されましたもので。──心掛の可い、勉強家で、まあ、この湯治場は、お庇様とお出入さきで稼ぎがつきます。流さずともでござりますが、何も修業と申して、朝も早くから、その、(ぴい、ぷう。)と、橋を渡りましたり、路地を抜けましたり。……それが死にましてからはな、川向うの芸妓屋道に、どんな三味線が聞えましても、お客様がたは、按摩の笛というものをお聞きになりますまいでござります。何のまた聞えずともではござりますがな。──へい、いえ、いえそのままでお宜しゅう……はい。  そうした貴方様、勉強家でござりました癖に、さて、これが療治に掛りますと、希代にのべつ、坐睡をするでござります。古来、姑の目ざといのと、按摩の坐睡は、遠島ものだといたしたくらいなもので。」  とぱちぱちぱちと指を弾いて、 「わしども覚えがござります。修業中小僧のうちは、またその睡い事が、大蛇を枕でござりますて。けれども小一のははげしいので……お客様の肩へつかまりますと、──すぐに、そのこくりこくり。……まず、そのために生命を果しましたような次第でござりますが。」 「何かい、歩きながら、川へ落こちでもしたのかい。」 「いえ、それは、身投で。」 「ああ、そうだ、──こっちが坐睡をしやしないか。じゃ、客から叱言が出て、親方……その師匠にでも叱られたためなんだな。」 「……不断の事で……師匠も更めて叱言を云うがものはござりません。それに、晩も夜中も、坐睡ってばかりいると申すでもござりませんでな。」 「そりゃそうだろう──朝から坐睡っているんでは、半分死んでいるのも同じだ。」  と欣七郎は笑って言った。 「春秋の潮時でもござりましょうか。──大島屋の大きいお上が、半月と、一月、ずッと御逗留の事も毎度ありましたが、その御逗留中というと、小一の、持病の坐睡がまた激しく起ります。」 「ふ──」  と云って、欣七郎はお桂ちゃんの雪の頸許に、擽ったそうな目を遣った。が、夫人は振向きもしなかった。 「ために、主な出入場の、御当家では、方々のお客さんから、叱言が出ます。かれこれ、大島屋さんのお耳にも入りますな、おかみさんが、可哀相な盲小僧だ。……それ、十六七とばかり御承知で……肥満って身体が大いから、小按摩一人肩の上で寝た処で、蟷螂が留まったほどにも思わない。冥利として、ただで、お銭は遣れないから、肩で船を漕いでいなと、毎晩のように、お慈悲で療治をおさせになりました。……ところが旦那。」  と暗い方へ、黒い口を開けて、一息して、 「どうも意固地な……いえ、不思議なもので、その時だけは小按摩が決して坐睡をいたさないでござります。」 「その、おかみさんには電気でもあったのかな。」 「へ、へ、飛んでもない。おかみさんのお傍には、いつも、それはそれは綺麗な、お美しいお嬢さんが、大好きな、小説本を読んでいるのでござります。」 「娘ッ子が読むんじゃあ、どうせ碌な小説じゃあるまいし、碌な娘ではないのだろう。」 「勿体ない。──香都良川には月がある、天城山には雪が降る、井菊の霞に花が咲く、と土地ではやしましたほどのお嬢さんでござりますよ。」 「按摩さん、按摩さん。」  と欣七郎が声を刻んだ。 「は、」 「きみも土地じゃ古顔だと云うが。じゃあ、その座敷へも呼ばれただろうし、療治もしただろうと思うが、どうだね。」 「は、それが、つい、おうわさばかり伺いまして、お療治はいたしません、と申すが、此屋様なり、そのお座敷は、手前同業の正斎と申す……河豚のようではござりますが、腹に一向の毒のない男が持分に承っておりましたので、この正斎が、右の小一の師匠なのでござりまして。」 「成程、しかし狭い土地だ。そんなに逗留をしているうちには、きみなんか、その娘ッ子なり、おかみさんを、途中で見掛けた──いや、これは失礼した、見えなかったね。」 「旦那、口幅っとうはござりますが、目で見ますより聞く方が確でござります。それに、それお通りだなどと、途中で皆がひそひそ遣ります処へ出会いますと、芬とな、何とも申されません匂が。……温泉から上りまして、梅の花をその……嗅ぎますようで、はい。」  座には今、その白梅よりやや淡青い、春の李の薫がしたろう。  うっかり、ぷんと嗅いで、 「不躾け。」  と思わずしゃべった。 「その香の好さと申したら、通りすがりの私どもさえ、寐しなに衣ものを着換えましてからも、身うちが、ほんのりと爽いで、一晩、極楽天上の夢を見たでござりますで。一つ部屋で、お傍にでも居ましたら、もう、それだけで、生命も惜しゅうはござりますまい。まして、人間のしいなでも、そこは血気の若い奴でござります。死ぬのは本望でござりましたろうが、もし、それや、これやで、釜ヶ淵へ押ぱまったでござりますよ。」  お桂のちょっと振返った目と合って、欣七郎は肩越に按摩を見た。 「じゃあ、なにかその娘さんに、かかり合いでもあったのかね。」        二 「飛んだ事を、お嬢さんは何も御存じではござりません。ただ、死にます晩の、その提灯の火を、お手ずから点けて遣わされただけでござります。」  お桂はそのまま机に凭った、袖が直って、八口が美しい。 「その晩も、小一按摩が、御当家へ、こッつりこッつりと入りまして、お帳場へ、精霊棚からぶら下りましたように。──もっとももう時雨の頃で──その瓢箪頭を俯向けますと、(おい、霞の五番さんじゃ、今夜御療治はないぞ。)と、こちらに、年久しい、半助と云う、送迎なり、宿引なり、手代なり、……頑固で、それでちょっと剽軽な、御存じかも知れません。威勢のいい、」 「あれだね。」  と欣七郎が云うと、お桂は黙って頷いた。 「半助がそう申すと、びしゃびしゃと青菜に塩になりましたっけが、(それでは外様を伺います。)(ああ、行って来な。内じゃお座敷を廻らせないんだが、お前の事だ。)もっとも、(霞の五番さん)大島屋さんのお上さんの他には、好んで揉ませ人はござりません。──どこをどう廻りましたか、宵に来た奴が十時過ぎ、船を漕いだものが故郷へ立帰ります時分に、ぽかんと帳場へ戻りまして、畏って、で、帰りがけに、(今夜は闇でございます、提灯を一つ。)と申したそうで、(おい、来た。)村の衆が出入りの便宜同様に、気軽に何心なく出したげで。──ここがその、少々変な塩梅なのでござりまして、先が盲だとも、盲だからとも、乃至、目あきでないとも、そんな事は一向心着かず……それには、ひけ頃で帳場もちょっとごたついていたでもござりましょうか。その提灯に火を点してやらなかったそうでござりますな。──後での話でござりますが。」 「おやおや、しかし、ありそうな事だ。」 「はい、その提灯を霞の五番へ持って参じました、小按摩が、逆戻りに。──(お桂様。)うちのものは、皆お心安だてにお名を申して呼んでおります。そこは御大家でも、お商人の難有さで、これがお邸づら……」  嚔の出損った顔をしたが、半間に手を留めて、腸のごとく手拭を手繰り出して、蝦蟇口の紐に搦むので、よじって俯むけに額を拭いた。  意味は推するに難くない。  欣七郎は、金口を点けながら、 「構わない構わない、俺も素町人だ。」 「いえ、そういうわけではござりませんが。──そのお桂様に、(暗闇の心細さに、提灯を借りましたけれど、盲に何が見えると、帳場で笑いつけて火を貸しません、どうぞお慈悲……お情に。)と、それ、不具根性、僻んだ事を申しますて。お上さんは、もうお床で、こう目をぱっちりと見てござったそうにござります。ところで、お娘ごは何の気なしに点けておやりになりました。──さて、霞から、ずっと参れば玄関へ出られますものを、どういうものか、廊下々々を大廻りをして、この……花から雪を掛けて千鳥に縫って出ましたそうで。……井菊屋のしるしはござりますが、陰気に灯して、暗い廊下を、黄色な鼠の霜げた小按摩が、影のように通ります。この提灯が、やがて、その夜中に、釜ヶ淵の上、土手の夜泣松の枝にさがって、小一は淵へ、巌の上に革緒の足駄ばかり、と聞いて、お一方病人が出来ました。……」 「ああ、娘さんかね。」 「それは……いえ、お優しいお嬢様の事でござります……親しく出入をしたものが、身を投げたとお聞きなされば、可哀相──とは、……それはさ、思召したでござりましょうが、何の義理時宜に、お煩いなさって可いものでござります。病みつきましたのは、雪にござった、独身の御老体で。……  京阪地の方だそうで、長逗留でござりました。──カチリ、」  と言った。按摩には冴えた音。 「カチリ、へへッへッ。」  とベソを掻いた顔をする。  欣七郎は引入れられて、 「カチリ?……どうしたい。」 「お簪が抜けて落ちました音で。」 「簪が?……ちょっと。」  名は呼びかねつつ注意する。 「いいえ。」  婀娜な夫人が言った。 「ええ、滅相な……奥方様、唯今ではござりません。その当時の事で。……上方のお客が宵寐が覚めて、退屈さにもう一風呂と、お出かけなさる障子際へ、すらすらと廊下を通って、大島屋のお桂様が。──と申すは、唯今の花、このお座敷、あるいはお隣に当りましょうか。お娘ごには叔父ごにならっしゃる、富沢町さんと申して両国の質屋の旦が、ちょっと異な寸法のわかい御婦人と御楽み、で、大いお上さんは、苦い顔をしてござったれど、そこは、長唄のお稽古ともだちか何かで、お桂様は、その若いのと知合でおいでなさる。そこへ──ここへでござります……貴女のお座敷は、その時は別棟、向うの霞で。……こちらへ遊びに見えました。もし、そのお帰りがけなのでござりますて。  上方の御老体が、それなり開けると出会頭になります。出口が次の間で、もう床の入りました座敷の襖は暗し、また雪と申すのが御存じの通り、当館切っての北国で、廊下も、それは怪しからず陰気だそうでござりますので、わしどもでも手さぐりでヒヤリとします。暗い処を不意に開けては、若いお娘ご、吃驚もなさろうと、ふと遠慮して立たっせえた。……お通りすがりが、何とも申されぬいい匂で、その香をたよりに、いきなり、横合の暗がりから、お白い頸へ噛りついたものがござります。」…… 「…………」 「声はお立てになりません、が、お桂様が、少し屈みなりに、颯と島田を横にお振りなすった、その時カチリと音がしました。思わず、えへんと咳をして、御老体が覗いてござった障子の破れめへそのまま手を掛けて、お開けなさると、するりと向うへ、お桂様は庭の池の橋がかりの上を、両袖を合せて、小刻みにおいでなさる。蝙蝠だか、蜘蛛だか、奴は、それなり、その角の片側の寝具部屋へ、ごそりとも言わず消えたげにござりますがな。  確に、カチリと、簪の落ちた音。お拾いなすった間もなかったがと、御老体はお目敏い。……翌朝、気をつけて御覧なさると、欄干が取附けてござります、巌組へ、池から水の落口の、きれいな小砂利の上に、巌の根に留まって、きらきら水が光って、もし、小雨のようにさします朝晴の日の影に、あたりの小砂利は五色に見えます。これは、その簪の橘が蘂に抱きました、真珠の威勢かにも申しますな。水は浅し、拾うのに仔細なかったでございますれども、御老体が飛んだ苦労をなさいましたのは……夜具部屋から、膠々粘々を筋を引いて、時なりませぬ蛞蝓の大きなのが一匹……ずるずるとあとを輪取って、舐廻って、ちょうど簪の見当の欄干の裏へ這込んだのが、屈んだ鼻のさきに見えました。──これには難儀をなすったげで。はい、もっとも、簪がお娘ごのお髪へ戻りましたについては、御老体から、大島屋のお上さんに、その辺のな、もし、従って、小按摩もそれとなくお遠ざけになったに相違ござりません、さ、さ、この上方の御仁でござりますよ。──あくる晩の夜ふけに、提灯を持った小按摩を見て、お煩いなさったのは。──御老体にして見れば、そこらの行がかり上、死際のめくらが、面当に形を顕わしたように思召しましたろうし、立入って申せば、小一の方でも、そのつもりでござりましたかも分りません。勿論、当のお桂様は、何事も御存じはないのでござります。第一、簪のカチリも、咳のえへんも、その御老体が、その後三度めにか四度めにか湯治にござって、(もう、あのお娘も、円髷に結われたそうな。実は、)とこれから帳場へも、つい出入のものへも知れ渡りましたでござります。──ところが、大島屋のお上さんはおなくなりなさいます、あとで、お嫁入など、かたがた、三年にも四年にも、さっぱりおいでがござりません。もっともお栄え遊ばすそうで。……ただ、もし、この頃も承りますれば、その上方の御老体は、今年当月も御湯治で、つい四五日あとにお立ちかえりだそうでござりますが。──ふと、その方が御覧になったら、今度のは御病気どころか、そのまま気絶をなさろうかも知れませぬ。  ──夜泣松の枝へ、提灯を下げまして、この……旧暦の霜月、二十七日でござりますな……真の暗やみの薄明に、しょんぼりと踞んでおります。そのむくみ加減といい、瓢箪頭のひしゃげました工合、肩つき、そっくり正のものそのままだと申すことで……現に、それ。」 「ええ。」  お桂もぞッとしたように振向いて肩をすぼめた。 「わしどもが、こちらへ伺います途中でも、もの好きなのは、見て来た、見に行くと、高声で往来が騒いでいました。」  謙斎のこの話の緒も、はじめは、その事からはじまった。  それ、谿川の瀬、池水の調べに通って、チャンチキ、チャンチキ、鉦入りに、笛の音、太鼓の響が、流れつ、堰かれつ、星の静な夜に、波を打って、手に取るごとく聞えよう。  実は、この温泉の村に、新に町制が敷かれたのと、山手に遊園地が出来たのと、名所に石の橋が竣成したのと、橋の欄干に、花電燈が点いたのと、従って景気が可いのと、儲るのと、ただその一つさえ祭の太鼓は賑うべき処に、繁昌が合奏を演るのであるから、鉦は鳴す、笛は吹く、続いて踊らずにはいられない。  何年めかに一度という書入れ日がまた快晴した。  昼は屋台が廻って、この玄関前へも練込んで来て、芸妓連は地に並ぶ、雛妓たちに、町の小女が交って、一様の花笠で、湯の花踊と云うのを演った。屋台のまがきに、藤、菖蒲、牡丹の造り花は飾ったが、その紅紫の色を奪って目立ったのは、膚脱の緋より、帯の萌葱と、伊達巻の鬱金縮緬で。揃って、むら兀の白粉が上気して、日向で、むらむらと手足を動かす形は、菜畠であからさまに狐が踊った。チャンチキ、チャンチキ、田舎の小春の長閑さよ。  客は一統、女中たち男衆まで、挙って式台に立ったのが、左右に分れて、妙に隅を取って、吹溜りのように重り合う。真中へ拭込んだ大廊下が通って、奥に、霞へ架けた反橋が庭のもみじに燃えた。池の水の青く澄んだのに、葉ざしの日加減で、薄藍に、朧の銀に、青い金に、鯉の影が悠然と浮いて泳いで、見ぶつに交った。ひとりお桂さんの姿を、肩を、褄を、帯腰を、彩ったものであった。  この夫婦は──新婚旅行の意味でなく──四五年来、久しぶりに──一昨日温泉へ着いたばかりだが、既に一週間も以前から、今日の祝日の次第、献立書が、処々、紅の二重圏点つきの比羅になって、辻々、塀、大寺の門、橋の欄干に顕われて、芸妓の屋台囃子とともに、最も注意を引いたのは、仮装行列の催であった。有志と、二重圏点、かさねて、飛入勝手次第として、祝賀委員が、審議の上、その仮装の優秀なるものには、三等まで賞金美景を呈すとしたのに、読者も更めて御注意を願いたい。  だから、踊屋台の引いて帰る囃子の音に誘われて、お桂が欣七郎とともに町に出た時は、橋の上で弁慶に出会い、豆府屋から出る緋縅の武者を見た。床屋の店に立掛ったのは五人男の随一人、だてにさした尺八に、雁がねと札を着けた。犬だって浮かれている。石垣下には、鶩が、がいがいと鳴立てた、が、それはこの川に多い鶺鴒が、仮装したものではない。  泰西の夜会の例に見ても、由来仮装は夜のものであるらしい。委員と名のる、もの識が、そんな事は心得た。行列は午後五時よりと、比羅に認めてある。昼はかくれて、不思議な星のごとく、颯と夜の幕を切って顕れる筈の処を、それらの英雄侠客は、髀肉の歎に堪えなかったに相違ない。かと思えば、桶屋の息子の、竹を削って大桝形に組みながら、せっせと小僧に手伝わして、しきりに紙を貼っているのがある。通りがかりの馬方と問答する。「おいらは留めようと思ったが、この景気じゃあ、とても引込んでいられない。」「はあ、何に化けるね。」「凧だ……黙っていてくれよ。おいらが身体をそのまま大凧に張って飛歩行くんだ。両方の耳にうなりをつけるぜ。」「魂消たの、一等賞ずらえ。」「黙っててくんろよ。」馬がヒーンと嘶いた。この馬が迷惑した。のそりのそりと歩行き出すと、はじめ、出会ったのは緋縅の武者で、続いて出たのは雁がね、飛んで来たのは弁慶で、争って騎ろうとする。揉みに揉んで、太刀と長刀が左右へ開いて、尺八が馬上に跳返った。そのかわり横田圃へ振落された。  ただこのくらいな間だったが──山の根に演芸館、花見座の旗を、今日はわけて、山鳥のごとく飜した、町の角の芸妓屋の前に、先刻の囃子屋台が、大な虫籠のごとくに、紅白の幕のまま、寂寞として据って、踊子の影もない。はやく町中、一練は練廻って剰す処がなかったほど、温泉の町は、さて狭いのであった。やがて、新造の石橋で列を造って、町を巡りすました後では、揃ってこの演芸館へ練込んで、すなわち放楽の乱舞となるべき、仮装行列を待顔に、掃清められた状のこのあたりは、軒提灯のつらなった中に、かえって不断より寂しかった。  峰の落葉が、屋根越に──  日蔭の冷い細流を、軒に流して、ちょうどこの辻の向角に、二軒並んで、赤毛氈に、よごれ蒲団を継はぎしたような射的店がある。達磨落し、バットの狙撃はつい通りだが、二軒とも、揃って屋根裏に釣った幽霊がある。弾丸が当ると、ガタリざらざらと蛇腹に伸びて、天井から倒に、いずれも女の幽霊が、ぬけ上った青い額と、縹色の細い頤を、ひょろひょろ毛から突出して、背筋を中反りに蜘蛛のような手とともに、ぶらりと下る仕掛けである。 「可厭な、あいかわらずね……」  お桂さんが引返そうとした時、歩手前の店のは、白張の暖簾のような汚れた天蓋から、捌髪の垂れ下った中に、藍色の片頬に、薄目を開けて、片目で、置据えの囃子屋台を覗くように見ていたし、先隣なのは、釣上げた古行燈の破から、穴へ入ろうとする蝮の尾のように、かもじの尖ばかりが、ぶらぶらと下っていた。  帰りがけには、武蔵坊も、緋縅も、雁がねも、一所に床屋の店に見た。が、雁がねの臆面なく白粉を塗りつつ居たのは言うまでもなかろう。  ──小一按摩のちびな形が、現に、夜泣松の枝の下へ、仮装の一個として顕れている──  按摩の謙斎が、療治しつつ欣七郎に話したのは──その夜、食後の事なのであった。        三 「半助さん、半助さん。」  すらすらと、井菊の広い帳場の障子へ、姿を見せたのはお桂さんである。  あの奥の、花の座敷から来た途中は──この家での北国だという──雪の廊下を通った事は言うまでもない。  カチリ……  ハッと手を挙げて、珊瑚の六分珠をおさえながら、思わず膠についたように、足首からむずむずして、爪立ったなり小褄を取って上げたのは、謙斎の話の舌とともに、蛞蝓のあとを踏んだからで、スリッパを脱ぎ放しに釘でつけて、身ぶるいをして衝と抜いた。湯殿から蒸しかかる暖い霧も、そこで、さっと肩に消えて、池の欄干を伝う、緋鯉の鰭のこぼれかかる真白な足袋はだしは、素足よりなお冷い。で……霞へ渡る反橋を視れば、そこへ島田に結った初々しい魂が、我身を抜けて、うしろ向きに、気もそぞろに走る影がして、ソッと肩をすぼめたなりに、両袖を合せつつ呼んだのである。 「半助さん……」ここで踊屋台を視た、昼の姿は、鯉を遊ばせた薄もみじのさざ波であった。いまは、その跡を慕って大鯰が池から雫をひたひたと引いて襲う気勢がある。  謙斎の話は、あれからなお続いて、小一の顕われた夜泣松だが、土地の名所の一つとして、絵葉書で売るのとは場所が違う。それは港街道の路傍の小山の上に枝ぶりの佳いのを見立てたので。──真の夜泣松は、汽車から来る客たちのこの町へ入る本道に、古い石橋の際に土をあわれに装って、石地蔵が、苔蒸し、且つ砕けて十三体。それぞれに、樒、線香を手向けたのがあって、十三塚と云う……一揆の頭目でもなし、戦死をした勇士でもない。きいても気の滅入る事は、むかし大饑饉の年、近郷から、湯の煙を慕って、山谷を這出て来た老若男女の、救われずに、菜色して餓死した骨を拾い集めて葬ったので、その塚に沿った松なればこそ、夜泣松と言うのである。──昼でも泣く。──仮装した小按摩の妄念は、その枝下、十三地蔵とは、間に水車の野川が横に流れて石橋の下へ落ちて、香都良川へ流込む水筋を、一つ跨いだ処に、黄昏から、もう提灯を釣して、裾も濡れそうに、ぐしゃりと踞んでいる。  今度出来た、谷川に架けた新石橋は、ちょうど地蔵の斜向い。でその橋向うの大旅館の庭から、仮装は約束のごとく勢揃をして、温泉の町へ入ったが、──そう云ってはいかがだけれど、饑饉年の記念だから、行列が通るのに、四角な行燈も肩を円くして、地蔵前を半輪によけつつ通った。……そのあとへ、人魂が一つ離れたように、提灯の松の下、小按摩の妄念は、列の中へ加わらずに孤影㷀然として残っている。……  ぬしは分らない、仮装であるから。いずれ有志の一人と、仮装なかまで四五人も誘ったが、ちょっと手を引張っても、いやその手を引くのが不気味なほど、正のものの身投げ按摩で、びくとも動かないでいる。……と言うのであった。  ──これを云った謙斎は、しかし肝心な事を言いわすれた、あとで分ったが、誘うにも、同行を促すにも、なかまがこもごも声を掛けたのに、小按摩は、おくびほども口を利かない。「ぴい、ぷう。」舌のかわりに笛を。「ぴいぷう」とただ笛を吹いた。──  半ば聞ずてにして、すっと袖の香とともに、花の座敷を抜けた夫人は、何よりも先にその真偽のほどを、──そんな事は遊びずきだし一番明い──半助に、あらためて聞こうとした。懸念に処する、これがお桂のこの場合の第一の手段であったが。……  居ない。 「おや、居ないの。」  一層袖口を引いて襟冷く、少しこごみ腰に障子の小間から覗くと、鉄の大火鉢ばかり、誰も見えぬ。 「まあ。」  式台わきの横口にこう、ひょこりと出るなり、モオニングのひょろりとしたのが、とまずシルクハットを取って高慢に叩頭したのは…… 「あら。」  附髯をした料理番。並んで出たのは、玄関下足番の好男子で、近頃夢中になっているから思いついた、頭から顔一面、厚紙を貼って、胡粉で潰した、不断女の子を悩ませる罪滅しに、真赤に塗った顔なりに、すなわちハアトの一である。真赤な中へ、おどけて、舌を出しておじぎをした。 「可厭だ。……ちょいと、半助さんは。」 「あいつは、もう。」  揃って二人ともまたおじぎをして、 「昼間っから行方知れずで。」  と口々に云う処へ、チャンチキ、チャンチキ、どどどん、ヒューラが、直ぐそこへ。──女中の影がむらむらと帳場へ湧く、客たちもぞろぞろ出て来る。……血の道らしい年増の女中が、裾長にしょろしょろしつつ、トランプの顔を見て、目で嬌態をやって、眉をひそめながら肩でよれついたのと、入交って、門際へどっと駈出す。  夫人も、つい誘われて門へ立った。  高張、弓張が門の左右へ、掛渡した酸漿提灯も、燦と光が増したのである。  桶屋の凧は、もう唸って先へ飛んだろう。馬二頭が、鼻あらしを霜夜にふつふつと吹いて曳く囃子屋台を真中に、磽确たる石ころ路を、坂なりに、大師道のいろはの辻のあたりから、次第さがりに人なだれを打って来た。弁慶の長刀が山鉾のように、見える、見える。御曹子は高足駄、おなじような桃太郎、義士の数が三人ばかり。五人男が七人居て、雁がねが三羽揃った。……チャンチキ、チャンチキ、ヒューラと囃して、がったり、がくり、列も、もう乱れ勝で、昼の編笠をてこ舞に早がわりの芸妓だちも、微酔のいい機嫌。青い髯も、白い顔も、紅を塗ったのも、一斉にうたうのは鰌すくいの安来節である。中にぶッぶッぶッぶッと喇叭ばかり鳴すのは、──これはどこかの新聞でも見た──自動車のつくりものを、腰にはめて行くのである。  時に、井菊屋はほとんど一方の町はずれにあるから、村方へこぼれた祝場を廻り済して、行列は、これから川向の演芸館へ繰込むのの、いまちょうど退汐時。人は一倍群ったが、向側が崖沿の石垣で、用水の流が急激に走るから、推されて蹈はずす憂があるので、群集は残らず井菊屋の片側に人垣を築いたため、背後の方の片袖の姿斜めな夫人の目には、山から星まじりに、祭屋台が、人の波に乗って、赤く、光って流れた。  その影も、灯も、犬が三匹ばかり、まごまご殿しながらついて、川端の酸漿提灯の中へぞろぞろと黒くなって紛れたあとは、彳んで見送る井菊屋の人たちばかり。早や内へ入るものがあって、急に寂しくなったと思うと、一足後れて、暗い坂から、──異形なものが下りて来た。  疣々打った鉄棒をさし荷いに、桶屋も籠屋も手伝ったろう。張抜らしい真黒な大釜を、蓋なしに担いだ、牛頭、馬頭の青鬼、赤鬼。青鬼が前へ、赤鬼が後棒で、可恐しい面を被った。縫いぐるみに相違ないが、あたりが暗くなるまで真に迫った。……大釜の底にはめらめらと真赤な炎を彩って燃している。  青鬼が、 「ぼうぼう、ぼうぼう、」  赤鬼が、 「ぐらッぐらッ、ぐらッぐらッ。」  と陰気な合言葉で、国境の連山を、黒雲に背負って顕れた。  青鬼が、 「ぼうぼう、ぼうぼう、」  赤鬼が、 「ぐらッぐらッ、ぐらッぐらッ。」  よくない洒落だ。──が、訳がある。……前に一度、この温泉町で、桜の盛に、仮装会を催した事があった。その時、墓を出た骸骨を装って、出歯をむきながら、卒堵婆を杖について、ひょろひょろ、ひょろひょろと行列のあとの暗がりを縫って歩行いて、女小児を怯えさせて、それが一等賞になったから。……  地獄の釜も、按摩の怨念も、それから思着いたものだと思う。一国の美術家でさえ模倣を行る、いわんや村の若衆においてをや、よくない真似をしたのである。 「ぼうぼう、ぼうぼう。」 「ぐらッぐらッ、ぐらッぐらッ。」 「あら、半助だわ。」  と、ひとりの若い女中が言った。  石を、青と赤い踵で踏んで抜けた二頭の鬼が、後から、前を引いて、ずしずしずしと小戻りして、人立の薄さに、植込の常磐木の影もあらわな、夫人の前へ寄って来た。  赤鬼が最も著しい造声で、 「牛頭よ、牛頭よ、青牛よ。」 「もうー、」  と牛の声で応じたのである。 「やい、十三塚にけつかる、小按摩な。」 「もう。」 「これから行って、釜へ打込め。」 「もう。」 「そりゃ──歩べい。」 「もう。」 「ああ、待って。」  お桂さんは袖を投げて一歩して、 「待って下さいな。」  と釜のふちを白い手で留めたと思うと、 「お熱々。」  と退って耳を圧えた。わきあけも、襟も、乱るる姿は、電燭の霜に、冬牡丹の葉ながらくずるるようであった。        四 「小一さん、小一さん。」  たとえば夜の睫毛のような、墨絵に似た松の枝の、白張の提灯は──こう呼んで、さしうつむいたお桂の前髪を濃く映した。  婀娜にもの優しい姿は、コオトも着ないで、襟に深く、黒に紫の裏すいた襟巻をまいたまま、むくんだ小按摩の前に立って、そと差覗きながら言ったのである。  褄が幻のもみじする、小流を横に、その一条の水を隔てて、今夜は分けて線香の香の芬と立つ、十三地蔵の塚の前には外套にくるまって、中折帽を目深く、欣七郎が杖をついて彳んだ。 (──実は、彼等が、ここに夜泣松の下を訪れたのは、今夜これで二度めなのであった──)  はじめに。……話の一筋が歯に挟ったほどの事だけれど、でも、その不快について処置をしたさに、二人が揃って、祭の夜を見物かたがた、ここへ来た時は。……「何だ、あの謙斎か、按摩め。こくめいで律儀らしい癖に法螺を吹いたな。」そこには松ばかり、地蔵ばかり、水ばかり、何の影も見えなかった。空の星も晃々として、二人の顔も冴々と、古橋を渡りかけて、何心なく、薬研の底のような、この横流の細滝に続く谷川の方を見ると、岸から映るのではなく、川瀬に提灯が一つ映った。  土地を知った二人が、ふとこれに心を取られて、松の方へ小戻りして、向合った崖縁に立って、谿河を深く透かすと、──ここは、いまの新石橋が架らない以前に、対岸から山伝いの近道するのに、樹の根、巌角を絶壁に刻んだ径があって、底へ下りると、激流の巌から巌へ、中洲の大巌で一度中絶えがして、板ばかりの橋が飛々に、一煽り飜って落つる白波のすぐ下流は、たちまち、白昼も暗闇を包んだ釜ヶ淵なのである。  そのほとんど狼の食い散した白骨のごとき仮橋の上に、陰気な暗い提灯の一つ灯に、ぼやりぼやりと小按摩が蠢めいた。  思いがけない事ではない。二人が顔を見合せながら、目を放さず、立つうちに、提灯はこちらに動いて、しばらくして一度、ふわりと消えた。それは、巌の根にかくれたので、やがて、縁日ものの竜燈のごとく、雑樹の梢へかかった。それは崖へ上って街道へ出たのであった。  ──その時は、お桂の方が、衝と地蔵の前へ身を躱すと、街道を横に、夜泣松の小按摩の寄る処を、 「や、御趣向だなあ。」と欣七郎が、のっけに快活に砕けて出て、 「疑いなしだ、一等賞。」  小按摩は、何も聞かない振をして、蛙が手を掙くがごとく、指で捜りながら、松の枝に提灯を釣すと、謙斎が饒舌った約束のごとく、そのまま、しょぼんと、根に踞んで、つくばい立の膝の上へ、だらりと両手を下げたのであった。 「おい。一等賞君、おい一杯飲もう。一所に来たまえ。」  その時だ。 「ぴい、ぷう。」  笛を銜えて、唇を空ざまに吹上げた。 「分ったよ、一等賞だよ。」 「ぴい、ぷう。」 「さ、祝杯を上げようよ。」 「ぴい、ぷう。」  空嘯いて、笛を鳴す。  夫人が手招きをした。何が故に、そのうしろに竜女の祠がないのであろう、塚の前に面影に立った。 「ちえッ」舌うちとともに欣七郎は、強情、我慢、且つ執拗な小按摩を見棄てて、招かれた手と肩を合せた、そうして低声をかわしかわし、町の祭の灯の中へ、並んでスッと立去った。 「ぴい、ぷう。……」 「小一さん。」  しばらくして、引返して二人来た時は、さきにも言った、欣七郎が地蔵の前に控えて、夫人自ら小按摩に対したのである。 「ぴい、ぷう。」 「小一さん。」 「ぴい、ぷう。」 「大島屋の娘はね、幽霊になってしまったのよ。」  と一歩ひきさま、暗い方に隠れて待った、あの射的店の幽霊を──片目で覗いていた方のである──竹棹に結えたなり、ずるりと出すと、ぶらりと下って、青い女が、さばき髪とともに提灯を舐めた。その幽霊の顔とともに、夫人の黒髪、びん掻に、当代の名匠が本質へ、肉筆で葉を黒漆一面に、緋の一輪椿の櫛をさしたのが、したたるばかり色に立って、かえって打仰いだ按摩の化ものの真向に、一太刀、血を浴びせた趣があった。 「一所に、おいでなさいな、幽霊と。」  水ぶくれの按摩の面は、いちじくの実の腐れたように、口をえみわって、ニヤリとして、ひょろりと立った。  お桂さんの考慮では、そうした……この手段を選んで、小按摩を芸妓屋町の演芸館。……仮装会の中心点へ送込もうとしたのである。そうしてしまえば、ねだ下、天井裏のばけものまでもない……雨戸の外の葉裏にいても気味の悪い芋虫を、銀座の真中へ押放したも同然で、あとは、さばさばと寐覚が可い。  ……思いつきで、幽霊は、射的店で借りた。──欣七郎は紳士だから、さすがにこれは阻んだので、かけあいはお桂さんが自分でした。毛氈に片膝のせて、「私も仮装をするんですわ。」令夫人といえども、下町娘だから、お祭り気は、頸脚に幽な、肌襦袢ほどは紅に膚を覗いた。……  もう容易い。……つくりものの幽霊を真中に、小按摩と連立って、お桂さんが白木の両ぐりを町に鳴すと、既に、まばらに、消えたのもあり、消えそうなのもある、軒提灯の蔭を、つかず離れず、欣七郎が護って行く。  芸妓屋町へ渡る橋手前へ、あたかも巨寺の門前へ、向うから渡る地蔵の釜。 「ぼうぼう、ぼうぼう。」 「ぐらッぐらッ、ぐらッぐらッ。」 「や、小按摩が来た……出掛けるには及ばぬわ、青牛よ。」 「もう。」  と、吠える。 「ぴい、ぷう。」 「ぼうぼう、ぼうぼう。」 「ぐらッぐらッ、ぐらッぐらッ。」  そこで、一行異形のものは、鶩の夢を踏んで、橋を渡った。  鬼は、お桂のために心を配って来たらしい。  演芸館の旗は、人の顔と、頭との中に、電飾に輝いた。……町の角から、館の前の広場へひしと詰って、露台に溢れたからである。この時は、軒提灯のあと始末と、火の用心だけに家々に残ったもののほか、町を挙げてここへ詰掛けたと言って可い。  そのかわり、群集の一重うしろは、道を白く引いて寂然としている。 「おう、お嬢さん……そいつを持ちます、俺の役だ。」  赤鬼は、直ちに半助の地声であった。  按摩の頭は、提灯とともに、人垣の群集の背後についた。 「もう、要らないわ、此店へ返して、ね。」  と言った。 「青牛よ。」 「もう。」 「生白い、いい肴だ。釜で煮べい。」 「もう。」  館の電飾が流るるように、町並の飾竹が、桜のつくり枝とともに颯と鳴った。更けて山颪がしたのである。  竹を掉抜きに、たとえば串から倒に幽霊の女を釜の中へ入れようとした時である。砂礫を捲いて、地を一陣の迅き風がびゅうと、吹添うと、すっと抜けて、軒を斜に、大屋根の上へ、あれあれ、もの干を離れて、白帷子の裾を空に、幽霊の姿は、煙筒の煙が懐手をしたように、遥に虚空へ、遥に虚空へ──  群集はもとより、立溢れて、石の点頭くがごとく、踞みながら視ていた、人々は、羊のごとく立って、あッと言った。  小一按摩の妄念も、人混の中へ消えたのである。        五  土地の風説に残り、ふとして、浴客の耳に伝うる処は……これだけであろうと思う。  しかし、少し余談がある。とにかく、お桂さんたちは、来た時のように、一所に二人では帰らなかった。──  風に乗って、飛んで、宙へ消えた幽霊のあと始末は、半助が赤鬼の形相のままで、蝙蝠を吹かしながら、射的店へ話をつけた。此奴は褌にするため、野良猫の三毛を退治て、二月越内証で、もの置で皮を乾したそうである。  笑話の翌朝は、引続き快晴した。近山裏の谷間には、初茸の残り、乾びた占地茸もまだあるだろう、山へ行く浴客も少くなかった。  お桂さんたちも、そぞろ歩行きした。掛稲に嫁菜の花、大根畑に霜の濡色も暖い。  畑中の坂の中途から、巨刹の峰におわす大観音に詣でる広い道が、松の中を上りになる山懐を高く蜒って、枯草葉の径が細く分れて、立札の道しるべ。歓喜天御堂、と指して、……福徳を授け給う……と記してある。 「福徳って、お金ばかりじゃありませんわ。」  欣七郎は朝飯前の道がものういと言うのに、ちょいと軽い小競合があったあとで、参詣の間を一人待つ事になった。 「ここを、……わきへ去っては可厭ですよ……一人ですから。」  お桂さんは勢よく乾いた草を分けて攀じ上った。欣七郎の目に、その姿が雑樹に隠れた時、夫人の前には再びやや急な石段が顕われた。軽く喘いで、それを上ると、小高い皿地の中窪みに、垣も、折戸もない、破屋が一軒あった。  出た、山の端に松が一樹。幹のやさしい、そこの見晴しで、ちょっと下に待つ人を見ようと思ったが、上って来た方は、紅甍と粉壁と、そればかりで夫は見えない。あと三方はまばらな農家を一面の畑の中に、弘法大師奥の院、四十七町いろは道が見えて、向うの山の根を香都良川が光って流れる。わきへ引込んだ、あの、辻堂の小さく見える処まで、昨日、午ごろ夫婦で歩行いた、──かえってそこに、欣七郎の中折帽が眺められるようである。  ああ、今朝もそのままな、野道を挟んだ、飾竹に祭提灯の、稲田ずれに、さらさらちらちらと風に揺れる処で、欣七郎が巻煙草を出すと、燐寸を忘れた。……道の奥の方から、帽子も被らないで、土地のものらしい。霜げた若い男が、蝋燭を一束買ったらしく、手にして来たので、湯治場の心安さ、遊山気分で声を掛けた。 「ちょいと、燐寸はありませんか。」  ぼんやり立停って、二人を熟と視て、 「はい、私どもの袂には、あっても人魂でしてな。」  すたすたと分れたのが、小上りの、畦を横に切れて入った。 「坊主らしいな。……提灯の蝋燭を配るのかと思ったが。」  俗ではあったが、うしろつきに、欣七郎がそう云った。  そう言った笑顔に。──自分が引添うているようで、現在、朝湯の前でも乳のほてり、胸のときめきを幹でおさえて、手を遠見に翳すと、出端のあし許の危さに、片手をその松の枝にすがった、浮腰を、朝風が美しく吹靡かした。  しさって褄を合せた、夫に対する、若き夫人の優しい身だしなみである。  まさか、この破屋に、──いや、この松と、それより梢の少し高い、対の松が、破屋の横にややまた上坂の上にあって、根は分れつつ、枝は連理に連った、濃い翠の色越に、額を捧げて御堂がある。  夫人は衣紋を直しつつ近着いた。  近づくと、 「あッ、」  思わず、忍音を立てた──見透す六尺ばかりの枝に、倒に裾を巻いて、毛を蓬に落ちかかったのは、虚空に消えた幽霊である。と見ると顔が動いた、袖へ毛だらけの脚が生え、脇腹の裂目に獣の尾の動くのを、狐とも思わず、気は確に、しかと犬と見た。が、人の香を慕ったか、そばえて幽霊を噛みちらし、まつわり振った、そのままで、裾を曳いて、ずるずると寄って来るのに、はらはらと、慌しく踵を返すと、坂を落ち下りるほどの間さえなく、帯腰へ疾く附着いて、ぶるりと触るは、髪か、顔か。  花の吹雪に散るごとく、裾も袖も輪に廻って、夫人は朽ち腐れた破屋の縁へ飛縋った。 「誰か、誰方か、誰方か。」 「うう、うう。」  と寝惚声して、破障子を開けたのは、頭も、顔も、そのままの小一按摩の怨念であった。 「あれえ。」  声は死んで、夫人は倒れた。  この声が聞えるのには間遠であった。最愛最惜の夫人の、消息の遅さを案じて、急心に草を攀じた欣七郎は、歓喜天の御堂より先に、たとえば孤屋の縁外の欠けた手水鉢に、ぐったりと頤をつけて、朽木の台にひざまずいて縋った、青ざめた幽霊を見た。  横ざまに、杖で、敲き払った。が、人気勢のする破障子を、及腰に差覗くと、目よりも先に鼻を撲った、このふきぬけの戸障子にも似ず、したたかな酒の香である。  酒ぎらいな紳士は眉をひそめて、手巾で鼻を蔽いながら、密と再び覗くと斉しく、色が変って真蒼になった。  竹の皮散り、貧乏徳利の転った中に、小一按摩は、夫人に噛りついていたのである。  読む方は、筆者が最初に言ったある場合を、ごく内端に想像さるるが可い。  小一に仮装したのは、この山の麓に、井菊屋の畠の畑つくりの老僕と日頃懇意な、一人棲の堂守であった。 大正十四(一九二五)年三月 底本:「泉鏡花集成7」ちくま文庫、筑摩書房    1995(平成7)年12月4日第1刷発行 底本の親本:「鏡花全集 第二十二巻」岩波書店    1940(昭和15)年11月20日第1刷発行 ※疑問点の確認にあたっては、底本の親本を参照しました。 ※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。 入力:門田裕志 校正:今井忠夫 2003年8月30日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。