売られていった靴 新美南吉 Guide 扉 本文 目 次 売られていった靴  靴屋のこぞう、兵助が、はじめていっそくの靴をつくりました。  するとひとりの旅人がやってきて、その靴を買いました。  兵助は、じぶんのつくった靴がはじめて売れたので、うれしくてうれしくてたまりません。 「もしもし、この靴ずみとブラシをあげますから、その靴をだいじにして、かあいがってやってください。」 と、兵助はいいました。  旅人は、めずらしいことをいうこぞうだ、とかんしんしていきました。  しばらくすると兵助は、つかつかと旅人のあとを追っかけていきました。 「もしもし、その靴のうらの釘がぬけたら、この釘をそこにうってください。」 といって、釘をポケットから出してやりました。  しばらくすると、また兵助は、おもいだしたように、旅人のあとを追っかけていきました。 「もしもし、その靴、だいじにはいてやってください。」  旅人はとうとうおこりだしてしまいました。 「うるさいこぞうだね、この靴をどんなふうにはこうとわたしのかってだ。」  兵助は、 「ごめんなさい。」 とあやまりました。  そして、旅人のすがたがみえなくなるまで、じっとみおくっていました。  兵助は、あの靴がいつまでもかあいがられてくれればよい、とおもいました。 底本:「ごんぎつね 新美南吉童話作品集1」てのり文庫、大日本図書    1988(昭和63)年7月8日第1刷発行 底本の親本:「校定 新美南吉全集」大日本図書 入力:めいこ 校正:鈴木厚司、もりみつじゅんじ 2003年9月29日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。