王さまと靴屋 新美南吉 Guide 扉 本文 目 次 王さまと靴屋  ある日、王さまはこじきのようなようすをして、ひとりで町へやってゆきました。  町には小さな靴屋がいっけんあって、おじいさんがせっせと靴をつくっておりました。  王さまは靴屋の店にはいって、 「これこれ、じいや、そのほうはなんという名まえか。」 とたずねました。  靴屋のじいさんは、そのかたが王さまであるとは知りませんでしたので、 「ひとにものをきくなら、もっとていねいにいうものだよ。」 と、つっけんどんにいって、とんとんと仕事をしていました。 「これ、名まえはなんと申すぞ。」 とまた王さまはたずねました。 「ひとにくちをきくには、もっとていねいにいうものだというのに。」 とじいさんはまた、ぶっきらぼうにいって、仕事をしつづけました。  王さまは、なるほどじぶんがまちがっていた、と思って、こんどはやさしく、 「おまえの名まえを教えておくれ。」 とたのみました。 「わしの名まえは、マギステルだ。」 とじいさんは、やっと名まえを教えました。  そこで王さまは、 「マギステルのじいさん、ないしょのはなしだが、おまえはこの国の王さまはばかやろうだとおもわないか。」 とたずねました。 「おもわないよ。」 とマギステルじいさんはこたえました。 「それでは、こゆびのさきほどばかだとはおもわないか。」 と王さまはまたたずねました。 「おもわないよ。」 とマギステルじいさんはこたえて、靴のかかとをうちつけました。 「もしおまえが、王さまはこゆびのさきほどばかだといったら、わしはこれをやるよ。だれもほかにきいてやしないから、だいじょうぶだよ。」 と王さまは、金の時計をポケットから出して、じいさんのひざにのせました。 「この国の王さまがばかだといえばこれをくれるのかい。」 とじいさんは、金づちをもった手をわきにたれて、ひざの上の時計をみました。 「うん、小さい声で、ほんのひとくちいえばあげるよ。」 と王さまは手をもみあわせながらいいました。  するとじいさんは、やにわにその時計をひっつかんで床のうえにたたきつけました。 「さっさと出てうせろ。ぐずぐずしてるとぶちころしてしまうぞ。不忠者めが。この国の王さまほどごりっぱなおかたが、世界中にまたとあるかッ。」  そして、もっていた金づちをふりあげました。  王さまは靴屋の店からとびだしました。とびだすとき、ひおいの棒にごつんと頭をぶつけて、大きなこぶをつくりました。  けれど王さまは、こころを花のようにあかるくして、 「わしの人民はよい人民だ。わしの人民はよい人民だ。」 とくりかえしながら、宮殿のほうへかえってゆきました。 底本:「ごんぎつね 新美南吉童話作品集1」てのり文庫、大日本図書    1988(昭和63)年7月8日第1刷発行 底本の親本:「校定 新美南吉全集」大日本図書 入力:めいこ 校正:鈴木厚司、もりみつじゅんじ 2003年9月29日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。