去年の木 新美南吉 Guide 扉 本文 目 次 去年の木  いっぽんの木と、いちわの小鳥とはたいへんなかよしでした。小鳥はいちんちその木の枝で歌をうたい、木はいちんちじゅう小鳥の歌をきいていました。  けれど寒い冬がちかづいてきたので、小鳥は木からわかれてゆかねばなりませんでした。 「さよなら。また来年きて、歌をきかせてください。」 と木はいいました。 「え。それまで待っててね。」 と、小鳥はいって、南の方へとんでゆきました。  春がめぐってきました。野や森から、雪がきえていきました。  小鳥は、なかよしの去年の木のところへまたかえっていきました。  ところが、これはどうしたことでしょう。木はそこにありませんでした。根っこだけがのこっていました。 「ここに立ってた木は、どこへいったの。」 と小鳥は根っこにききました。  根っこは、 「きこりが斧でうちたおして、谷のほうへもっていっちゃったよ。」 といいました。  小鳥は谷のほうへとんでいきました。  谷の底には大きな工場があって、木をきる音が、びィんびィん、としていました。  小鳥は工場の門の上にとまって、 「門さん、わたしのなかよしの木は、どうなったか知りませんか。」 とききました。  門は、 「木なら、工場の中でこまかくきりきざまれて、マッチになってあっちの村へ売られていったよ。」 といいました。  小鳥は村のほうへとんでいきました。  ランプのそばに女の子がいました。  そこで小鳥は、 「もしもし、マッチをごぞんじありませんか。」 とききました。  すると女の子は、 「マッチはもえてしまいました。けれどマッチのともした火が、まだこのランプにともっています。」 といいました。  小鳥は、ランプの火をじっとみつめておりました。  それから、去年の歌をうたって火にきかせてやりました。火はゆらゆらとゆらめいて、こころからよろこんでいるようにみえました。  歌をうたってしまうと、小鳥はまたじっとランプの火をみていました。それから、どこかへとんでいってしまいました。 底本:「ごんぎつね 新美南吉童話作品集1」てのり文庫、大日本図書    1988(昭和63)年7月8日第1刷発行 底本の親本:「校定 新美南吉全集」大日本図書 入力:めいこ 校正:鈴木厚司、もりみつじゅんじ 2003年9月29日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。