雪だるまの幻想(ラジオ・ドラマ) 岸田國士 Guide 扉 本文 目 次 雪だるまの幻想(ラジオ・ドラマ) 音楽 少女たちの合唱(歌の節にならぬやう、遠くより次第に近く) 雪の降る日 わたしたちは眼覚め 雪の消える日 わたしたちは眠る 悲しみもなく 怒りもなく よろこびもなく ただ静かに わたしたちは 息づき 風に舞ひ 大地にいこふ 雪はわたしたちのいのち 雪はわたしたちのよそほひ 白く 冷く もろく そーつと そーつと わたしたちは ひとりぽつちのひとと話をする 少女A  あのおぢいさんはどうだらう? いつも、ひとりつきりで、川つぷちの小屋にすんでゐるわ。 少女B  さうね。七年も前から、あそこにゐるのね。 少女C  来たときはひとりぢやなかつたわ。 少女A  戦争がすむ少し前に、家族といつしよに疎開して来たのよ。使へなくなつた水車小屋を借りたんだわ。 少女D  さうさう、あん時は、おぢいさんのほかに、三人ゐたわ。息子のお嫁さん二人と、一番下の娘と……。 少女E  それがみんな東京へ帰つてしまつたのに、おぢいさんひとり帰りたがらないのは、どういふわけ? 少女F  この土地が気に入つたんでせう。 少女G  東京が住みにくいからよ。 少女A  それもさうだけれど、第一、あのおぢいさんは、ひとぎらひなのよ。誰もそばにゐてほしくないのよ。 少女B  わがままなのね。 少女C  へんくつなのよ。 少女D  さうぢやないわ。子供たちとは、それやうまくいつてるのよ。みんなおぢいさんを愛してゐて、おぢいさんも、子供たちには、ほんとにやさしいのよ。 少女E  そんなら、文句ないぢやないの。 少女D  そこが不思議なのよ。ごらんよ。きのふから、長男夫婦と下の娘が、東京からわざわざ訪ねてきて、一生懸命、連れて帰へらうとして口説いてゐるわ。 少女A  むだよ。そんなこと……、おぢいさん、動くもんか。 少女B  とにかく、様子を見に行かう。 音楽 独立したもの、前後にかぶせても可。 この部分だけブリツジ。 少女C  珍らしいこと……うちのまはりの雪が、きれいに掻き寄せてあるわ。 少女D  ああ、けさ、みんなで雪掻きしたらしい。まだ、ふたり、おもてにゐるわ。 少女E  なにしてるの、あのふたあり? 少女F  雪だるまをこしらへてるのよ。 少女G  あら、あんな年をして、おまけに、夫婦で……。 少女A  あの息子は彫刻家なのよ。みてごらん。ちやんとした女の半身よ。 少女B  おぢいさんが縁側にしやがんで、にこにこ笑つてるわ。 少女C  下の娘は、もうストーブにかぢりついて、バカらしいつていふやうな顔をしてるわ。 音楽 ………… 俊爾  雪の彫刻は、ちかごろ、あつちこつちで始めたやうだが、なかなか面白いもんなんだ。しかし、相当、冷たいね。 晴子  肩はそれでいいの? もう少し丸みをおつけになつたら? 俊爾  うむ。ひとしやくひ、もらはうか? お父さん、どんな顔してる? 晴子  とても、おうれしさう……なにか、おつしやりたいんだわ。 俊爾  ここへ来て、ごらんなさいつて、いつてあげろよ。ああ、長靴を二人で占領しちまつたな。君のを貸してあげなさい。 晴子  (そばへ寄つてツンボに話しかけるやうに)おぢいちやま、そばへいつてごらんになりません? 老人  ちつとも寒くない。 晴子  (さらに声をはりあげて)もつとそばで、ごらんになりたくありません? 長靴おはきになります? 老人  (やつとわかつて)杖が台所の隅にある。 晴子  お待ちになつて……すぐもつて参りますわ。好子ちやん、おぢいちやまにお外套、お着せしてね。 好子  おぢいちやまは、だつて、いつでも、外套なしで散歩なさるわよ。あ、あ、早く東京へ帰りたくなつちやつた。 晴子  靴の中に雪が入りましたから、少しお気持が悪いかも知れませんよ。はい、お杖……大丈夫ですか……。 音楽 ………… 俊爾  横からも見て下さい。この角度からが一番いいと思ふんです。もう少し、こつちです。 老人  うむ……。 音楽 ………… 少女A  おぢいさんの瞳が、あんなに光つてきた。 少女B  おぢいさんの手が、あんなにふるへてゐる。 俊爾  材料つていふものは、不思議なものです。雪は、ある種の女の魂に通じてゐるやうな気がします。 老人  黙つてゐてくれ。 音楽 続く。 老人  生きてゐるやうだ。いや、生きてゐた時、そつくりだ。 少女C  おぢいさんは、あんなに顔をくつつけて、ぢつと雪人形の頸筋をみつめてる。 老人  (低く、口の中で)由紀子……由紀子……。 少女D  二十年前に亡くなつた奥さんの名だわ。 風の音。 晴子  おや、日がかげつたと思つたら、また空模様があやしくなつたわ。 俊爾  ああもう降つてきた。お父さん、家へお入りになりませんか? 雪崩の音。 カケスの啼声。 少女E  おぢいさんは、なかなか、その場をはなれようとしないわ。 少女F  名残惜しさうに、なんども、あとをふり返つて。 晴子  あら、いやだ、ストーブがあつたかくないわ。好子ちやんたら、薪もくべないであたつてたの? 好子  薪を持つと手がよごれるんですもの。 晴子  さあ、さ、お姫様、ここおどき遊ばせ、おぢいちやまのお坐りになるとこよ。 好子  ねえ、どうするの、いつたい? むりやりに、引つ張つて帰りませうよ。こんなとこで、あたし、二日もすごすのつまんないわ。 晴子  三人がかりなら、なんとかなると思つたんだけど、なかなかどうして……。はい、おぢいちやま、乾いたお足袋とおはきかへになつて……。 俊爾  僕も、靴下がぐしよぐしよだよ。 晴子  ちよつとおぬぎになつたら、すぐ乾かしますわ。おぢいちやんをすつかり感心させておしまひになつたわね。そんなに、おばあちやまに似てるんですの、あの雪だるま……。 俊爾  似てるらしいね。僕は、ただぼんやり憶へてる印象を、どの程度いかせるかと思つて、やつてみたんだが……。喉がかわいた。 晴子  いま、お茶をいれますわ。 好子  へえ、あれ、死んだお母さんなの? 好子がモデルだとばかり思つてた。 俊爾  バカ! 晴子  だつて、好子ちやんにしちや、老けてるわ。おばあちやまの若い頃なんて、あたしは想像もつかないけれど、お写真だつて、あたしは、一度も見てないから……。 俊爾  ああ、みんな家と一緒に焼けちまつた。おふくろが死んだのは二十年前で、四十になるかならないかだつたが、僕はその時分のおふくろより、もつと若い、君ぐらゐの年のおふくろを、一番、はつきり眼に浮べることができるんだ。なんかかう、透きとほるやうな感じのひとだつた。 晴子の茶をいれる音。 その茶をみながすする音。 俊爾  おい、好子、そこにあるイヤホーンをお父さんにとつてあげなさい。 好子  いやですつて……。 俊爾  (笑ひながら)いやは困るな。お父さん、もう少し、僕たちの話を聴いてください。うるさいかもしれないけど、なんだか、まだ、気がすまないんです。(イヤホーンをかけたことがわかるやうに、声をやや普通の調子に落し)きのふから、度々、申しあげたやうに、お父さんは、不自由はかまはんとおつしやるけれど、われわれ子供の立場からは、それを黙つて、ほうつとくわけにいかんのですよ。英三夫婦とも相談したんですが、せめて、われわれ兄弟の家へ、一と月づつ、といふ風に、或は、お父さんのお気の向くままに代る代る、来ていただくといふ風に、したらどうでせう? 老人  なんべん聴いても、おんなじだ。おれは、このまま、ここにおいてもらつた方がいい。日々のかかりは、もつと節約できんことはない。晴子のいふ、万一の場合は、誰に迷惑もかけんやうにする。医者や薬の心配はもういらん。おれは、ポクリと死ぬか、さもなければ、消えるやうに、眠つたまま息をひきとる。いづれ、見つけたものが、灰にしてから、知らせるだらう。さういふことに手筈をつけておくよ。それでいいぢやないか。 晴子  あら、そんなわけにいきませんわ。 俊爾  僕は、そのお気持もわからないわけぢやありませんが、お父さんの老後のご生活を、完壁なものにすることはちよつとできないんです。例えば、早い話が、ここで、かうしてお暮しになるにしても、誰か適当な、身のまはりのお世話をする人間をつけるといふやうなことですね。 老人  だから、そんなものは必要はないといつてるんだ。必要がないどころぢやない、むしろ、邪魔だ。 好子  あたしもさう思ふわ。ひとりでゐたいひとに、なにがいるつていふの?……若いお嫁さんでも来るなら別だけど……。 晴子  また、好子ちやん……。 好子  お兄さんたち、あんまりセンチにならない方がいいわ。 俊爾  そんなことはお前が言はなくつたつて、みんな考へてることだよ。 老人  少し永く生きすぎるといふことは、ほとほと苦労なことだ。自分の慾望はただ、なるたけ周囲に負担をかけたくないといふことだが、それすら、思ふやうにはいかんのだ。 俊爾  さういふ心遣ひをされることが、われわれには、案外大きな負担なんですよ。お父さん。 老人  さうかもしれん。だから、さういふことは、口に出さんつもりでゐたんだ。言ふことをきかん、厄介な老人で通しても、おれはかまはん。 晴子  あたしたちの言ひ方がへたなのかも知れないわ。諦めませうか? 好子  まあ、諦めた方がよささうね。もともとぢやない。 俊爾  くどいやうですが、もし、今後、誰かそばにゐる必要があるやうでしたら、すぐにさうおつしやつてください。晴子でもなんでもよこしますから……。それぢや、もう、われわれは、これくらゐで引きあげませう。 老人  もうイヤホーンは外してもいいか? どうもこいつをかけてると、うつたうしくつていかん。 好子  ひとりでいらしつても、これお使ひになることある? 老人  うん、春になると、夜明けに、小鳥の声が聞きたくなるんでね。 好子  お嫂さま。あたし、帰りには、白いセユタア着てくわ。その方がいいでせう? 晴子  さあ、雪の中を、白いもので似合ふかしらね……。あなた、この次の電車は、何時でしたつけ? 俊爾  知らん。おぢいちやんに訊いてごらん。 晴子  おぢいちやま……あら、どこへいらしつたの? 少女A  おぢいさんは、縁側に出て来て、ぢつと外を眺めてゐる。 少女B  さつきの、雪の彫刻を、焼けつくやうな眼で、見据ゑてゐる。 少女C  あ、おぢいさんは、はだしのまま、下へ降りた。 少女D  ふらふらと、杖にすがつて、歩いて来る。 音楽 ………… 少女E  おぢいさんは、一足一足、雪の中へ足を踏みこむ。 少女F  さつきから降り出した粉雪が、おぢいさんの肩を、頭を、そして、背中を真白にする。 少女G  おぢいさんは、雪人形のそばに近づいて、そのまはりをひとまはりする。 少女A  やがて、その横顔を手でなでる。 老人  由紀子……由紀子……おれの言ふことがわかるか? 雪人形  ええ、わかります……お声がききたかつたわ。 老人  ああ、お前の声だ……久しく聞かなかつたお前の声だ……。 雪人形  ずゐぶんお年を召しましたね。 老人  まあ、さう言ふな、お前は、まだ、そんなに若いままでゐるのか? 雪人形  俊爾が、あたしを若返らせてくれたんですわ。一番、美しかつた時分です。それだけに、また、ひとしほ淋しさを知りはじめた年頃です。 老人  お前は、自分の短命を、ひそかに覚悟してゐた、と、おれは、あとになつて、気がついた。 雪人形  お別れするのが、ずゐぶん辛かつたわ。 老人  (急に涙声になり)お、お、お……おれの方が、どんなに辛かつたか……おれは、しかし……お前をたうとう幸福にはできなかつた。 雪人形  そんなことないわ。あたしは幸福でした。 老人  いや、お前は、一度も、おれにさう言つたことはない。 雪人形  言はなくつても、さう思つてゐました。それでいいでせう? 老人  一度でいいから、それを言つてほしかつた。 雪人形  どうしても、それをあなたの前では言へなかつたの。あたしは、さういふ女でしたわ。 老人  わるいといふんぢやない。お前が今まで生きてゐて、おれと一緒に年をとつたら、きつと、黙つてゐてもわかつたのだ。 雪人形  どうして、あとの奥さんをおもらひにならなかつたの? 老人  …………。 雪人形  あたしは、ちつともかまはなかつたのに……。お別れする時、それを言はうと思つて、つひ、言ひそびれてしまつたの。 老人  お前は、子供のことが気がかりだつたのだらう。 雪人形  いいえ、子供のためには、ほんといふと、それはむづかしいと思つてゐました。それよりも、なにしろ、あなたは、いろんな意味で、おひとりでは困ると思つたの。あなたは、いろんなことがぶきつちようだし、よく物忘れはなさるし、筆不精で、どこへも手紙の返事はお出しにならないし……。それに、ほんといふと、あなたは、ご自分でご自分を慰めるつていふことが出来ない方なんですもの。誰かが、そばから、それとなく、元気をつけてあげなければ、すぐに気を腐らせておしまひになるんだわ。ねえ、さうでせう……。あたしが、すこしは、さういふお役に立つてゐたでせう? どうしてあたしの代りになるひとを、おみつけにならなかつたの? 老人  理由はない、ただ、なんとなく、自信がもてなかつたのだ。 雪人形  さうでせうね。それくらゐのところだわ。 老人  もちろん、お前のことを忘れかねた、といふ理由をあげてもいい。 雪人形  それとこれとは別だわ。忘れてほしいつて言つてるんぢやないわ。さうなのよ。あなたは、あたしに対してだつて、ほんとは、自信がおありにならなかつたのよ。 老人  さう言はれれば、さういふところもあつた。お前は、おれよりも、もつと、すぐれた男をみつけるべきだつたと、しじゆう思つてゐたからな。 雪人形  それが、あなたの欠点よ。悪徳だわ、まつたく。 老人  その悪徳も、もうあと、そんなに永くは続かないよ。 雪人形  いいえ、さうお思ひになつたら間違ひよ。あたしも、あれからずつと、いまだに自分の悪いところを、捨てきれないでゐるんです。 老人  お前に、悪いところなんかあつたかしら? もし、あつたとすれば、世の中を少し甘くみてゐたぐらゐのもんだ。 雪人形  ええ、それもさうですけど、あたしは、なによりも、情熱つていふものを軽蔑してゐました。それが自分に無いから、といふよりも、それをひとから指摘されるのが、いやだつたんです。 老人  ひとからぢやない。相手の男からだ。 雪人形  ずばりですわ。つまり、あなたから……。 老人  おれから……。 雪人形  愛される以上に愛することの淋しさを、いつの間にか、教はつてゐたんです。 老人  ところが、その逆も、また、淋しいことを、お前は知らなかつたのだ。 雪人形  ひとりになつて、それがわかりましたわ。 老人  ひとりになつたからではあるまい。肉体と関はりのない世界に行つたからだらう? 雪人形  さうお思ひになつて? あたしは、肉体を失つて、あとに何が残るかを問題にしてゐませんわ。あたしは、肌に自分を感じ、あなたを感じてゐます。あたしの肌は冷たいかも知れないけれど、それで、苦痛も、よろこびも、受け入れることができるのですわ。 老人  お前にたづねたいのだが、お前のゐる世界で、夫婦は一緒に暮すことはできるのか? 雪人形  できると思ひますわ。さうしてゐるものがいくらもゐますから……。 老人  めぐり会へないものもゐるだらうな? 雪人形  それはいくらもゐますわ。その方が多いくらゐですわ。 老人  新しい相手を、そこで作ることは許されないのか? 雪人形  ちがふんです、まつたくちがふんです。この世界では、恋愛も、情事もありません。あるのは、ただ、前世の記憶が結びつくといふことだけですわ。 老人  面白いな、記憶が結びつくか……お前とおれの……あの、いろんな記憶が……。おれは、もう、生きるといふことにはあきあきした。しかし、このままでは、お前のそばに行けないだらうな。 雪人形  もう、ひと息だわ。 老人  それは、わかつてゐる。 雪人形  子供たちは、もう大丈夫でせうね。 老人  ああ、大丈夫だとも……。 雪人形  そんなら、早く、いらつしやい。 老人  どうすればいいんだ? 雪人形  あたしの肩におつかまりなさい。 老人  もう眼が見えないよ。 雪人形  しばらくの我慢よ。すぐ、眼の前が明るくなつてよ。 老人  思ひがけないことだ。ありがたいことだ。どこへでもつれていつてくれ。 雪人形  手をはなしちやだめよ。 音楽 ………… 少女B  おぢいさんは、さつきから、雪人形の前に膝をついて、さもうれしさうに話をしてゐた。 少女C  おぢいさんのからだは、腰まで雪の中に埋まり、 少女D  腰から上は、だんだん、降り積る雪につつまれて、 少女E  やがて、一つの雪だるまになつてしまふ。 少女F  しんしんと、雪は降りつづく。いつ止むともなく降りつづく。 少女G  しんしんと、雪は降りつづく。おぢいさんの話声は、ぴつたりとやんだ。 少女A  しんしんと、雪は降りつづく。おぢいさんの雪だるまは、いつまでも動かない。 音楽 ………… 晴子  おぢいちやま……おぢいちやま……どこへいらしつたんでせうね……。 好子  ご不浄でもないわ。 俊爾  まさか外ぢやあるまい。 晴子  お靴もちやんとあるし……。 俊爾  杖が見えないぜ。 晴子  あら、ほんとだわ。 好子  ちよつと、ちよつと、雪だるまがいつの間にか、一つできてるわ、あのすぐそばに……。 晴子  (けたたましく)あつ……あなた……。 音楽 ………… 三人の走り出す足音。 少女A  三人はおそるおそる新しい雪だるまのそばに近づき、三人は、てんでに、雪の表面を手で掻き落す。 少女B  いくら掻き落しても、なにも、それらしい手触りはない。 少女C  ない筈だわ……おぢいさんは、もうそこにはゐないのだもの……。 少女D  雪だるまは、あとかたもなく、崩された。一本の桜の杖が、突つ立つてゐた。 晴子  なんでせう、これは?……どういふ意味でせう?…… 好子  意味なんかあるもんですか。おぢいちやまは、気まぐれに、自分で雪だるまを作つたのよ。そして、杖を忘れたまま、ぶらぶら、そのへんを歩いてるのよ。 俊爾  おぢいちやんに、この雪だるまは作れない。 好子  そんなら、どうしてできたの? 俊爾  わからん。 晴子  とにかくそのへんを、もつと探してみませうよ。 好子  子供ぢやないから、大丈夫よ。勝手にさせとくといいわ。(お義理のやうに)おぢいちやまあ……。 晴子  (声を限りに)おぢいちやまあ……。 俊爾  (おなじく)おぢいちやん……おとうさあん……。 少女E  もうゐなくなつたものを、どこまで探しに行くんだらう……。 三人の老人を呼ぶ声がだんだん遠くなる。 音楽 少女たちの合唱(近くより次第に遠くへ) 雪の降る日 わたしたちは眼ざめ 雪の消える日 わたしたちは眠る 悲しみもなく 怒りもなく よろこびもなく ただ静かに わたしたちは 息づき 風に舞ひ 大地にいこふ 雪はわたしたちのいのち 雪はわたしたちのよそほひ 白く 冷たく もろく そーつと そーつと わたしたちは ひとりぽつちのひとをたづねる。 底本:「岸田國士全集7」岩波書店    1992(平成3)年2月7日発行 底本の親本:「ラジオ小劇場脚本選集 第五集」日本放送協会編、宝文館    1953(昭和28)年6月1日発行 初出:「ラジオ小劇場」NHK    1952(昭和27)年1月17日放送 入力:kompass 校正:門田裕志 2011年8月8日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。