あし 新美南吉 Guide 扉 本文 目 次 あし  二ひきの馬が、まどのところでぐうるぐうるとひるねをしていました。  すると、すずしい風がでてきたので、一ぴきがくしゃめをしてめをさましました。  ところが、あとあしがいっぽんしびれていたので、よろよろとよろけてしまいました。 「おやおや。」  そのあしに力をいれようとしても、さっぱりはいりません。  そこでともだちの馬をゆりおこしました。 「たいへんだ、あとあしをいっぽん、だれかにぬすまれてしまった。」 「だって、ちゃんとついてるじゃないか。」 「いやこれはちがう。だれかのあしだ。」 「どうして。」 「ぼくの思うままに歩かないもの。ちょっとこのあしをけとばしてくれ。」  そこで、ともだちの馬は、ひづめでそのあしをぽォんとけとばしました。 「やっぱりこれはぼくのじゃない、いたくないもの。ぼくのあしならいたいはずだ。よし、はやく、ぬすまれたあしをみつけてこよう。」  そこで、その馬はよろよろと歩いてゆきました。 「やァ、椅子がある。椅子がぼくのあしをぬすんだのかもしれない。よし、けとばしてやろう、ぼくのあしならいたいはずだ。」  馬はかたあしで、椅子のあしをけとばしました。  椅子は、いたいとも、なんともいわないで、こわれてしまいました。  馬は、テーブルのあしや、ベッドのあしを、ぽんぽんけってまわりました。けれど、どれもいたいといわなくて、こわれてしまいました。  いくらさがしてもぬすまれたあしはありません。 「ひょっとしたら、あいつがとったのかもしれない。」 と馬は思いました。  そこで、馬はともだちの馬のところへかえってきました。そして、すきをみて、ともだちのあとあしをぽォんとけとばしました。  するとともだちは、 「いたいッ。」 とさけんでとびあがりました。 「そォらみろ、それがぼくのあしだ。きみだろう、ぬすんだのは。」 「このとんまめが。」  ともだちの馬は力いっぱいけかえしました。  しびれがもうなおっていたので、その馬も、 「いたいッ。」 と、とびあがりました。  そして、やっとのことで、じぶんのあしはぬすまれたのではなく、しびれていたのだとわかりました。 底本:「ごんぎつね 新美南吉童話作品集1」てのり文庫、大日本図書    1988(昭和63)年7月8日第1刷発行 底本の親本:「校定 新美南吉全集」大日本図書 入力:めいこ 校正:もりみつじゅんじ 2002年12月26日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。