約束 夢野久作 Guide 扉 本文 目 次 約束 「ある人が橋の下で友達に会う約束をして待っていた。そのうちに雨が降って水がだんだん深くなって、その人の胸まで来た。けれどもその人は約束を守って立っていた。そのうちに水はいよいよ深くなって、その人の口の処まで来た。けれどもその人は動かなかった。そのうちに水は口から鼻から眼まで来て、とうとうその人は溺れ死んでしまった。だから約束を守るのはわるい事だ」  とある人が言いました。するとも一人の人がこう尋ねました。 「橋の下で溺れ死ぬ約束をしたのじゃないだろう。その人に間違いなく会うために約束をしたのだから、ほかのよくわかる処で待っていたっていいじゃないか」 「そうじゃない」  と初めの人は言いました。 「大体、約束を守ると言う事は馬鹿な事なんだ」  するとも一人の人がこう言いました。 「つまりお前は自分だけ約束を守らないで、ほかの人にだけ守って貰いたいのだろう」 底本:「夢野久作全集7」三一書房    1970(昭和45)年1月31日第1版第1刷発行    1992(平成4)年2月29日第1版第12刷発行 初出:「九州日報」    1923(大正12)年11月10日 ※底本の解題によれば、初出時の署名は「香倶土三鳥」です。 入力:川山隆 校正:土屋隆 2007年7月21日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。