二つの鞄 夢野久作 Guide 扉 本文 目 次 二つの鞄  小さな鞄と大きな鞄と二つ店に並んでおりました。大きな鞄はいつも小さな鞄を馬鹿にして、 「お前なんぞはおれの口の中に入ってしまう」  と冷かしました。  二つの鞄は同じ時に同じ人に買われて、同じ家に行きました。すると小さな鞄の中にはお金や何か貴いものが詰められて、人間に大切に抱えられて行きます。大きな鞄はあべこべにつまらないものばかり詰められて、荷車に積まれたり投げ飛ばされたりしておりました。小さな鞄は大威張りで、 「大きな鞄の意気地なし」  と笑っておりました。大きな鞄は大層口惜しがって、自分をいじめる人間を怨んでおりました。  ある日大火事があってこの家の人が逃げ出す時、衣服と一緒に小さな鞄を大きな鞄の中に入れて逃げ出しました。大きな鞄はここで敵を取ってやろうと思って、火事が済んだあとで人が開けようとすると、口をしっかりと閉じて中の小さな鞄を出すまいとしました。人間は大層困っていろいろやってみましたが、どうしても開きません。 「この鞄は駄目だよ。口を開かなきゃ鞄の役に立ちはしない。中の小さな鞄が入り用だからしかたがない。こうしてやろう」  と言いながら横腹を切り破ってしまいました。 底本:「夢野久作全集7」三一書房    1970(昭和45)年1月31日第1版第1刷発行    1992(平成4)年2月29日第1版第12刷発行 初出:「九州日報」    1923(大正12)年11月20日 ※底本の解題によれば、初出時の署名は「香倶土三鳥」です。 入力:川山隆 校正:土屋隆 2007年7月21日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。