花月の夜 徳冨蘆花 Guide 扉 本文 目 次 花月の夜 戸を明くれば、十六日の月桜の梢にあり。空色淡くして碧霞み、白雲団々、月に近きは銀の如く光り、遠きは綿の如く和らかなり。 春星影よりも微に空を綴る。微茫月色、花に映じて、密なる枝は月を鎖してほの闇く、疎なる一枝は月にさし出でゝほの白く、風情言ひ尽し難し。薄き影と、薄き光は、落花点々たる庭に落ちて、地を歩す、宛ながら天を歩むの感あり。 浜の方を望めば、砂洲茫々として白し。何処やらに俚歌を唱ふ声あり。        又 已にして雨はら〳〵と降り来ぬ。やがてまた止みぬ。 春雲月を籠めて、夜ほの白く、桜花澹として無からむとす。蛙の声いと静かなり。 底本:「日本の名随筆58 月」作品社    1987(昭和62)年8月25日第1刷発行 底本の親本:「自然と人生」岩波文庫、岩波書店    1933(昭和8)年5月 入力:土屋隆 校正:門田裕志 2006年9月21日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。