話の種 寺田寅彦 Guide 扉 本文 目 次 話の種 二 三 四 五 六 七 八 九 十 十一 十二 十三 十四 十五 十六 十七 十八 十九 二十 二十一 二十二 二十三 二十四 二十五 二十六 二十七 二十八 二十九 三十 三十一 三十二 三十三 三十四 三十五 三十六 三十七 三十八 三十九 四十 四十一 四十二 四十三 四十四 四十五 四十六 四十七 四十八 四十九 五十 五十一 五十二 五十三 五十四 五十五 五十六 五十七 五十八 五十九 六十 六十一 六十二 六十三 六十四 六十五 六十六 六十七 六十八 六十九 七十 七十一 七十二 七十三 七十四 七十五 七十六 七十七 七十八 七十九 八十 八十一 八十二 八十三 八十四 八十五 八十六 八十七 八十八          一       給仕人は電気  今春米国モンタナの工科大学で卒業生のために祝宴を開いた時、ボーイの代りに電気を使って御馳走した。一列に並べた食卓の真中に二条のレールを据え付け、この上を御馳走を満載した可愛らしい電車が徐々と進行する。卓の両側に陣取った御客様の前に来るごとに、宜しく召上がれと停車する。この給仕車の進退を食卓の片隅でやっていた主人役は、その学校の教授某先生であったという話である。       磁石に感ぜぬ鉄の合金  一に一を加えて二になるのは当り前だが、白い物と白い物を合せれば必ずしも白くなると限らぬ。合金などの性質も一般にその組成金属の性質から推して知られぬ妙な事がある。例えば普通金属中で最も磁石に感じやすいものは鉄とニッケルだが、不思議な事には鉄を七十七、ニッケルを二十三の割合に交ぜて作った合金は常温ではほとんど磁石に感じない。ハイカラ同志が結婚して急に世帯染みたという訳でもあるまいが、とにかくこの不思議な合金を航海の方に応用する事になった。一体近来の汽船には鉄を多量に使用するため、ややもすれば船体の鉄材が船の生命──羅針盤の磁石に感じて多少の誤差を起させる。さればと云って鉄の代りに他の金属を用いては高くなる。これには前述の二十三プロセントニッケル鋼を羅針盤の近傍必要の箇所に使ったらよいというので、目下ブレメンで新造中の船にはこれを採用するはずになっている。 (明治四十年九月三日『東京朝日新聞』)          二       罪人を発見する器械  近頃サイコメーターすなわち測心器とでも名づくべき器械を作った人がある。その人の説によると、人体に適度な弱い電流を通し、これを鋭敏な電流計に接続しておくと、その人の心の状態によって電流の強さが変り電流計に感じる。非常に驚いたり、また恐れたり、著しい心の劇動があると、そのために筋肉や血行に急変を起し、即座に電流が変るから電流計の鏡が著しく動く。この事を利用して重罪嫌疑者の審問に使おうというのがいわゆる測心器の目的であるそうな。先ず嫌疑者の両の手に器械の電極をシッカリ握らせておいて、色々の問を掛ける、そのうちにギックリ胸にこたえる事があると器械の鏡から反射する光線がピクリと動く。いくら平気を粧うて胡麻化そうとしても駄目だという事である。この器械がいよいよ成効するかどうかは未だ判らぬが、とにかく面白い発明である。も少し早くこの器械が出来ていてそして男三郎の審問などに使ったら面白かったろうに。       電気療法のさまざま  強い電光で皮膚病、殊に狼瘡などを治すいわゆるフィンゼン療法は数年前から行われている。またエッキス線で照らして皮膚や血液の病を癒す事も往々あるが、しかしこの線のために癌腫を生じた例があるから注意を要するとの事。次に電気浴の新しいやり方は盥四つに四肢を別々に入れ電気を通すので心臓病や痛風などに好いという。また強い電光に全身を浴するとトルコ風呂よりも薬になるそうである。次にちょっと耳新しいのはロシアの某医師が患者の咽喉の中へ紫色の電灯を点じて喉頭の病を治した事である。その他、中耳や眼の治療にも電灯を用いる事があるそうな。次には痛みなしに歯を抜くためテスラ電流を用いる事。このテスラ電流というのは非常に高圧なそして非常に頻繁な交番電流であるが、これを局部に通すと一時そこが麻痺してしまう、その間に手早く引抜いてしまうという趣向で、この法は他の外科手術にも応用される事と思う。次には電気按摩器械、これは以前から我邦へも渡っている。槌のような形をした物の中に小さい電動器があってこれが回転すると槌がブルブルふるえる、そこで槌の頭を肩なり腰なり、すきな処へ当てれば、好い工合に按摩が出来るという仕掛けである。 (明治四十年九月四日『東京朝日新聞』)          三       火災と電気  灯用としての瓦斯と電気と、どちらが火事を起しやすいかという事は議論の種になっているが、近頃新しい統計によると、電気から起るのが〇・一五ないし〇・二〇プロセント、瓦斯から起る方が〇・二三ないし〇・四〇プロセントだという。すなわち瓦斯の方が少し悪い事になっている。       航海と無線電信  遠洋航海の途中で船の位地を知るために、正確な時計を要するは誰も知る通り。しかるに長い航海の間にはどんな良い時計でも多少の誤差を生ずるのは免れ難い。この不都合をなくするには陸上の天文台で定めた正確な時刻を無線電信で海上の船に毎朝報じ時計の誤りを正すようにすればよいというので、今度カナダ政府ではこれを実行する事になったそうな。       肉類の中の結核  獣肉中に結核の有無を見るには従来ただこれを切開して吟味するより外に手段はなかったが、近頃ある人がX光線で透して見てすぐに病所の有無を知る事を発見した。       カナリヤの雛  近頃英国で、ある学者が二軒の小鳥屋についてカナリヤが生む雛鳥の雌雄の数を調べてみた処、甲の家では雌百に対し雄が七十七であったが、これに反して乙の鳥屋では雌百に対する雄が三百五十三の大多数を占めていた。そこで甲の家のカナリヤを一番選んで乙の家に移し、その後に孵化した雛について、雌雄の割合如何と調べてみると、面白い事には乙の家に来て以後は雄を多く生むようになった。これから考えると、生れる雛の雌雄いずれが多いかという事はその親鳥の食餌や鳥屋の温度その他の周囲の状況できまるものだという事が分る。もし他の諸動物についても同様の事があるかないか調べてみたら面白いだろう。       指頭の渦紋  人間の指の渦紋の形は生れ落ちてから死ぬるまで変らないもの故、人間の見覚えをするには最もよい目印しである。それで現に罪人などの指形を紙に写しておいて再犯の時の参考にする事がある。これならば額のほくろや瘤などよりは確かな事は勿論であろう。そこで十本の指の紋がことごとく符合するようなものが二人以上あるだろうかと云うに、ある数学者の計算した結果によればザット六十四万億以上の人間を集めなければ同じ指の人は二人とはあるまいという事である。世界の人口悉皆でもわずかに二十億に足らずだから、先ず同じ人はないと見てよかろう。今に指形を印に親子の再会などという新聞種が出来るかも知れぬ。 (明治四十年九月七日『東京朝日新聞』)          四       脳髄の重さ  仏国の某学者が、種々の動物について、その全体量と脳髄の重量との比例を調べてみた。その結果によれば、比較的重い脳をもっているものは人間の外に手長猿、鸚鵡、はつか鼠、駒鳥などで、これらのものの脳は体量の二十分の一ないし百分の一くらいの目方である。百分の一近辺のものは猩々、鹿、猫など、それから下って百分の一より千分の一の間にあるのが麒麟、象、羚羊、獅子、袋鼠、鷲、白鳥、雉、鼠、蛙、鯉など、なお一層下って千分の一より一万分の一の間には海馬、鯨、鰐、海鰻、章魚などがひかえている。それで現世界における動物の脳の目方は体量の二十分の一以下万分の一の間にあるものと思えばよい。尤も畸形児などでは大きな頭のもあるがそういうのは別である。右の結果で鸚鵡が比較的重い脳をもっている事や、象などが鼠や蛙と相伍しているのはちょっと面白い。       野獣の写真  動物園で色々の野獣の形状だけは見る事が出来ても、その天然の棲所でどんな挙動をしているかという事は分らぬ。殊に人目を嫌って逃げるものや、夜間のみ出あるく獣の天真の態度はなおさら知り難い。が、近頃自働的写真器械を森や藪に仕掛けて野獣自身に写真を撮らせた人がある。これには写真器械から小さい糸を前方に張り、獣がこれに触るると同時に器械のシャッターが開いて種板に写る仕掛けがしてある。また夜間ならば糸に触れると点火器の引金が落ち、マグネシウムがパッと燃え上がって、動物は驚いて遁げる間のない中にカメラに写される。こうして撮った写真を現像する時には、どんな獣が写っているか予め分っていぬだけ非常に楽しみなものだそうな。       談話に費やす労力  人間が談話をしたり、歌ったり、演説したりする時には、肺の中の空気を若干の圧力で押し出しているが、このために要する器械的の仕事はどれだけであるか、平たく云えば一時間しゃべるにはどれだけの労力をするかという事を測定した人がある。この結果に拠れば、広い室で演説する場合ならば、一時間につき一四四ないし二八八キログラムメートルの仕事をする。もう少し分りやすく換算すれば、一秒ごとに三十五匁ないし七十匁くらいのものを一尺くらい持ち上げるのとほとんど同じくらいである。普通の対話ならばこの五分の一くらいなものだという。但し演壇をあちこち歩き廻ったり、拳固を振りまわす労力はこの外であるのは勿論の事だ。 (明治四十年九月十五日『東京朝日新聞』)          五       土を食う人間  各種の土や灰を食う人間はあまり珍しくない。我邦でも昔から壁土や土器をかじる子供があるが、他人種でもやはり胃病やヒステリーあるいは悪阻のために土を食いたがる者が往々あるそうである。南アメリカの一部では土人のみか白人までも病的に土を嗜み、子供などは夜中に壁の泥や漆喰を剥がして食うから、それを制するため仮面を着せて寝かせるそうである。以上は病的な例であるが、また一方では一種の風味のために食用にする事がある。昔ローマ人は穀物に混じてプテオリという土地から出る白堊を食ったという。ボルネオ辺では菓子に粘土を使う。ボリビアでは馬鈴薯に粘土のソースをかけて食う。ペルシアでも塩気のある土を食う。それからセネガル地方では米に土を交ぜて食うが、これは単に腹を膨らせるためで味がよいためではないらしい。インドでは饑饉の時灰や土を木の皮に交ぜて間に合わせる事がある。また医薬として土を用いた例はアルメニアやスペインにもある。それから魔法を使うために土を呑む事もあるそうである。土を食う分量はもとより一定せぬが、オットマック土人は一日に半ポンドも食うという。食い方は生で食うのも焼いて食うのもあり、また粉のままで食う事もあれば、人の形、動物の形あるいは皿のような形にこねてかじる事もあるという話である。       航海の未来  近頃英国の製鉄所で所長のサー・ヒュー・ベル氏が愉快な未来記めいた演説をやった。すなわち遠からざる将来において、船には蒸気機関のような重い場ふさげなものは入らなくなり、ナイアガラ辺で起した強大な電力を無線電信で洋上の船に送り、軽少な器械で巨船を動かすような事になるだろう。今日こんな話はあまりに夢のように聞えるかも知れぬが、過去百年間の歴史に鑑みればそのくらいな事は出来るはずだと云ったと聞き及ぶ。 (明治四十年九月十七日『東京朝日新聞』)          六       結核の初期診断法  一時有名であったコッホのツベルクリンは、その後ただ結核病の診断にのみ用いられていた。すなわち結核の疑いある患者にこれを注射すると、もしそうであれば発熱などの反応を起すからわかるというのであった。しかるに今度仏国のカルメットという人の発表した所に拠ると、酒精で沈澱させたツベルクリンの一プロセント溶液を眼に点ずると、健康体ならば何の異状も起らぬが、少しでも結核のあるものならば、二十四時間内に充血して紅くなるという事である。千人近くの患者について試験をしてこの事を確かめたが、ある場合殊に小児などでは、他の方法でどうしても知れなかった結核の存在をこの法で見付けたと称している。 (明治四十年九月二十六日『東京朝日新聞』)          七       アフリカの杜鵑  アフリカに、杜鵑の一種で俗名を「蜂蜜の案内者」と称する鳥が居る。蜜蜂の巣の所在を人に知らせるからこういう名が付いているのだそうな。しかるに近頃ある動物学者が調べた処によれば、この鳥は普通の杜鵑のように、他の鳥の巣へ自分の卵を産んで孵化させるのみならず、一層性の悪い事をする。すなわち巣の中にある他鳥の卵、云わば我子の乳兄弟を嘴で突き破って殺してしまうそうである。それが万一僥倖に助かって孵化しても、親に似て性の悪い杜鵑の雛鳥に鋭い嘴で啄き出されてしまうという。       家の貧富と子供の体格  近頃スコットランドの文部省でグラスゴー府の小学児童の体格検査をした結果を発表した。この報告によれば親が貧しくてただ一室だけに住まっているものは、体量も身長も最劣等であるが、二室持っている者の子はこれよりは少し良く、三室、四室と増すに従ってだんだん良くなる。例えば男児だけについて見ても、二室のものの子は四室の者の子に比べて平均十一ボンド七分軽く、四・七インチ丈が低い。女の児の方はこれよりも一層この差が大きいようである。つまり貧家の子供は自然に栄養その他の欠乏から体格が悪くなるのだろう。 (明治四十年九月二十八日『東京朝日新聞』)          八       煙の中で呼吸する器械   仏国のチソーという人が、煙や硫気その他の毒瓦斯の中で仕事をする人のために呼吸器を作って発表した。背嚢のような箱から管が二本出て口と鼻とに連絡し、巧みに弁の作用で、一方から新しい空気を送り、他方に呼気を出すようになっている。いったん吸うて出した汚れた空気は、背嚢に帰って苛性加里で清浄にされ、再び用いられる。なお不足な空気は箱の一部に圧搾した酸素が必要に応じて少しずつ補われる仕掛けになっている。この器を用うれば五時間くらい毒瓦斯の中で働いても差支えがないという事である。 (明治四十年九月二十九日『東京朝日新聞』)          九       心臓の鼓動  犢から取った血清を水に浸しておくとその中の塩分がだんだんに脱けて来る。遂に〇・六プロセントくらいになったのを蛙あるいは亀の心臓に注入すると、その心臓の鼓動が全く止まって一時間くらいは動かないでいる。この鼓動の休止中何か他から刺戟を与えると、一回あるいは数回強く鼓動してまた静止する。これらの試験の結果から考えると心臓の鼓動するのは塩のごとき化学的の刺戟物が心臓の神経に作用するためで、この種の刺戟がなければ自ずから鼓動する事は出来ぬだろうという。これはある学者の新説である。 (明治四十年九月三十日『東京朝日新聞』)          十       新奇な風見鴉  これは倶楽部あるいは宿屋の室内に粧飾用を兼ねて据え置き、時々刻々の風の方向を知らせる器械である。一見置時計のような形をしているが、その前面の円盤には羅針盤と同じように方角を誌し、その周囲には小さい豆電灯が一列に輪をなして並んでいる。もし北風ならば盤の北と誌した針のさきのランプが光っている。南ならば南、西北なら西北といつでも風向に応じて盤の豆ランプが点るのである。内部の仕掛けは簡単なものでただ屋根の上に備えた風見鴉から針金を引き電池一個を接続すればよい。店先きに備え付けて人寄せの広告などに使ったら妙だろう。 (明治四十年十月一日『東京朝日新聞』)          十一       磁力起重機  強い電磁石を使って重い鉄片などを吸い付けて吊し上げ、汽車や汽船の荷上げや荷積みをする器械が近来処々で用いられる。今度米国の某鉄道会社で試験した結果によれば、人夫が六人掛かりで半日にやっとする仕事を、この器械でやれば四人でわずか一時間に片付けてしまうそうである。       米国の電話  北米合衆国の電話に関する最近の統計を見ると、国柄だけに盛んな勢いを示している。千九百〇三年におけると三年後の千九百〇六年すなわち昨年の暮におけると、電話機の数も電線の延長もザット倍になっている。すなわち個数の三百八十万弱が七百十万余になり、電線の三百万マイル足らずが六百万余になっている。加入者の数は全人口に割り当てると二十八人に一人となる。一日中の通話の回数が驚くなかれ千六百九十四万とある。 (明治四十年十月二日『東京朝日新聞』)          十二       風車の利用  風の力の大きい事は云うまでもない。この力を原動力に利用して各種の作業をすれば利益があるだろうという事はよく人の考える事だが、ただ一つ困る事は、風は至って気まぐれ者で、思う時に思うように吹いてくれぬので、始終きまった馬力を要する器械にはちょっと使いにくい。しかしこれには蓄電池という都合のよいものがあって、風の力を電気の力に変じて蓄え、必要に応じて勝手に使う事が出来るのである。現に英国バーミンガムでは十一年前から風車で電灯を点じている人がある。その風車は直径三十五フィートでこれを五十フィートの櫓の上に据え付け、十六燭の電灯二百個を点ずる外に、なお五馬力のモートル三個を運転しているが、未だかつて停電などを起さぬという事である。石炭や水力を得難い土地では風車を用いた方が石油機関よりは利益だという。 (明治四十年十月三日『東京朝日新聞』)          十三       霧中の汽車信号  鉄道線路の傍に巨人のごとく直立しあるいは片手あるいは両手を拡げて線路の安否を知らせる普通の信号標は、通常の天気ならば昼夜の別なく有効であるが、ただ霧が掛かって数歩の外は見え分かぬような日には何の役にも立たぬ。この不便と危険を防ぐため、近頃米国大西鉄道で採用する発音信号機というのは簡単な仕掛けであるが数ケ月間の試験によって有効な事が確かめられた。危険の時には汽笛、安全の場合には鐘を鳴らす事になっている。 (明治四十年十月四日『東京朝日新聞』)          十四       馬鈴薯の皮を剥く器械  大樽に一杯の馬鈴薯の皮をわずかに数分間で綺麗に剥いてしまうという器械が近頃米国で発明された。器械の桶の中に馬鈴薯を詰め込んで半馬力のモートルを運転させると、見る間に外皮は剥け落ち清浄に洗われて直ちに料理の出来るようになる。米国の海軍ではこの器械を四十台使っているが、水夫二、三人掛りで十五分間も運転させると一日の食糧くらいは楽に出来るという事である。馬鈴薯のみならず蕪や人参にも応用が出来るそうだから、我邦でも軍隊の炊事などに使えば便利かと思われる。如何にも米国人の拵えそうな器械である。記者がこの器械の事を近着の科学雑誌で読んだ後、場末の町を散歩していたら、とある米屋の店先で小僧がズックの袋に豆かなにか入れたのを一生懸命汗を垂らして振っていた。ずいぶんな対照だとその時にちょっとおかしかった。 (明治四十年十月八日『東京朝日新聞』)          十五       奇妙な病気  始終X光線を使っている人は往々不思議な恐ろしい病気に罹るそうである。この病のために死んだ人は米国だけで既に四人ある。第一に斃れたのが有名なエジソンの助手某。次にはボストンの医師某。第三がサンフランシスコの一婦人。第四に近頃やられたのはロチェスターの外科医ウィーゲル博士だという。この人は始めにその右手と左の指三本を切断したがなお駄目で、次には右肩より胸にかけて肉を取り去ったが、それでも遂に無効であったという。この恐ろしい病気は原因も全く分らず治療の方法も知れぬとの事である。 (明治四十年十月九日『東京朝日新聞』)          十六       脳髄の保存法  解剖学や人類学の参考品として脳を保存する方法を詳しく研究した学者の説に従えば、普通大の脳を漬けておく液にはフォルマリンを三、蒸餾水を四五ないし二五、酒精を五二ないし七五の割合に交ぜたものた宜い、そして脳の大きいほど水を少なく酒精の方を割合に多くするがよいという事である。 (明治四十年十月十一日『東京朝日新聞』)          十七       船内の消毒  船中で鼠を駆り、また消毒をするために亜硫酸瓦斯を用うる事があるが、その効験に関する詳細な調査の結果に拠れば、鼠や害虫の類はわずかに〇・五プロセントの亜硫酸を含む空気で二時間も燻せば絶滅する事が出来る。しかし積荷の奥底まで行き渡らせるためには約三プロセントくらいにしなければならぬ、これならば大抵の病菌も死ぬるという事である。織物類、金属器具等はこの瓦斯には害せられぬが、硫黄を燃やして亜硫酸を発生せしめる際硫酸の瓦斯も伴って出るからこれが少々損害を及ぼす。肉類、果物、蔬菜の類もまた多少の損害を免れぬという。 (明治四十年十月十三日『東京朝日新聞』)          十八       優しい返答  シカゴ市のある青年紳士が一日電話をかけようとしたが、どういう都合であったか接続が大変手間が取れるので紳士は癇癪を起して交換手を怒鳴りつけた。その相手の交換手はイリノイ州出の女であったが、非常に優しい声で可憐な返答をしたその声が妙に紳士の心を動かし、それが縁となってとうとう目出度く結婚する事となった。これは嘘のような話だが事実である。       長さ一マイルの手紙  米国のある水兵が電信用の紐紙に細々と書いた手紙をその友に送った。その長さ一マイル余でこれを書き上げるのに二週間かかったという。おそらく開闢以来の長い手紙であろう。こんな手紙を貰うた人こそ災難だったろう。 (明治四十年十月十四日『東京朝日新聞』)          十九       植物の生長  ロンドンの王立植物園で植物の生長に有効あるいは必要な諸種の条件について調査した結果の報告書によれば、第一に強烈な弧灯より出ずる紫外光線、第二には根より幹に不断に通う電気、第三には華氏七十ないし八十度において適当の湿度と炭酸瓦斯の供給、第四には理想的の窒素肥料、第五には根に充分なる水の供給、この五つの条件が揃えば植物は理想的に成長するとの事である。そして面白い事にはこれらの条件はただ石炭さえあればほとんどすべて充たされる。すなわち石炭を燃やして発電機も動かされる。熱も炭酸も湿気も出来る。窒素肥料の硫酸アンモニアもまた石炭から採ることが出来るという話である。その石炭なるものは太古の植物から生じたものだという事を考えるとなおさら面白い。 (明治四十年十月十五日『東京朝日新聞』)          二十       ボートレースに無線電話  今年の七月、北米の大湖エリーの水上で端艇競漕のあった時、その時々刻々の景況を陸上に報ずるためテルマと名づくる小蒸気船に無線電話機を載せて現場に臨ませた。これがおそらく無線電話の実用された最初の例であろう。その成績は予想外に良かった。話し声を聞いて相手が誰だかという事さえ知れたそうである。船は十八トンでアンテナを張った帆柱が低かったにもかかわらず四マイルの距離で通話自在であったという。 (明治四十年十月十六日『東京朝日新聞』)          二十一       日本の舞い鼠  子供の楽しみに飼うはつか鼠にちょっと歩いてはクルクルまわりまた歩いては舞ういわゆる舞い鼠というのがある。あの舞うのは何故かと調べてみると、内耳の一部をなしている三半規管の構造が不完全なため、始終に眩惑を起すからだという事である。そう聞けば可哀相で飼うのは厭になる。人間でも内耳の病患で三半規管に故障が起るとグラグラして直立歩行が出来なくなる。鼓膜の破れた人が耳を洗う時眩暈を感じたり、また健全な者でも少時間グルグル舞うた後には平均を失うて倒れたりするのは皆この三半規管を刺戟するためだという。船に酔うのもやはり同様な原因に帰する事が出来る。 (明治四十年十月十七日『東京朝日新聞』)          二十二       護謨の新原料  近頃葡国領西部アフリカで発見された一種の植物の球根は丁度蕪菁のような格好をしているが、その液汁中には護謨を含み、これを圧搾して酒精で凝らせると二分の一プロセントくらいのゴムが取れる。栽培後二年たてば一エーカーの地面につき百八十斤くらいの収穫がある見込みだという。 (明治四十年十月十九日『東京朝日新聞』)          二十三       章魚と烏賊との研究  (一)章魚の生殖作用  今年の英国科学会の総会でホイルという動物学者が講演した章魚や烏賊の類に関する研究の結果中で吾々素人にも面白く思われる二、三の事実を夜長の話柄にもと受け売りをしてみよう。  俗に章魚船と名づけられ、水面に浮んで風のまにまに帆かけて走る章魚の一種がある。その雌の体内で外套膜腔の中に奇妙な細長い虫のようなものが見出された事があるので、昔は一種の寄生虫だろうと考えられていた。ところがだんだん研究してみると、驚くべし、これは生殖作用を遂げるため、雄の足の一部が子種を運ぶために脱離し、雌の体内に侵入したものだという事がわかった。それ以来次第に研究を進めてみると、章魚船には限らず一般に頭足類の動物中にはこの種の生殖法が特有なものだという事が知れて来た。尤も種類によっては雄の足を脱離しなくってその代り雄は六本の足で相手を押さえ二本の足を外套膜の中に挿し込む、その時雌は呼吸を止められるから必死になって逃げ出そうと藻掻くそうである。けだし一奇観であろうと想像される。足の脱離する方の種類では、雄が自身に落ちた足を持って行くか、あるいはまた足が自働的に動いて行くか、そこまではまだ研究が届かぬそうである。 (明治四十年十月二十日『東京朝日新聞』)  (二)光を放つ烏賊  次に面白いのは海底で光を放つ烏賊の話である。一体頭足類の動物中で多少の光を放つものが三十種以上もある。中にも非常に深海底から発見されたソーマトランパスと名づけるもののごときは、その光彩の美実に宝石をはめたようだという。例えば眼の辺には紺青色と真珠色の光を放ち、腹部にはルビー色、雪白色および空色の光斑を具えている。こういう怪物が真暗な深海の底を照らして游泳する処もまた一奇観であろうと思われる。そこでこの種の動物の発光器はどんな仕掛けで出来ているものだろうと色々研究した結果、二種の区別が知れた。すなわち一種のものでは光を放つ液体を分泌する腺を備え、他の種類では動物の組織の一部が発光するのだそうである。後者に属する発光器にはこれに附属したレンズや反射鏡のごときものを備えた極めて精巧なものもあるという話で、また発光器の中には体の内腔にあって透明な肉を通して光を放つものもあるそうである。前に述べたソーマトランパスなどでは総計二十二個の発光器を分類するとおよそ十種類のおのおの異った仕掛けで出来ているそうな。そしてこれらの発光器は大抵みな腹の方ばかりにあるので、深海の底を照らしながら食餌を捜し歩くには都合のよい探海灯の用をするのだろうと思われる。 (明治四十年十月二十一日『東京朝日新聞』)  (三)熱の無い光線  如何なる作用で光を発するかという事はまだよく分らぬ。しかし一つ注意すべき事は、この種の発光器は大抵光線を出すばかりで熱を出さぬ。これに反して人工的の光ではいつも熱が伴うて起る。六かしく云えば機械力なり電気なりまた化学作用なり如何なる方法によるも熱くない光を作る事は出来ぬ。つまり使ったエネルギーの一部は必ず熱に変じて消費される、すなわちそれだけ余計な勢力を損している。しかるに造物者の手製の深海のランプはかくのごとく理想的に経済的にしかも美術的に出来ているのである。 (明治四十年十月二十二日『東京朝日新聞』)          二十四       水雷破壊器の発明  今度米国政府のためにアンリ・スタンフィーバンという仏国人が敷設水雷を破壊する器械を発明し、実地の試験をしたが好結果を得たという。しかしその器械の構造は勿論一切を極秘密にしているから分らぬが、とにかく磁力を利用したもので、これを載せた船の向かう処一定の距離にある沈設水雷をことごとく爆発して無効にするそうである。 (明治四十年十月二十五日『東京朝日新聞』)          二十五       火星の近状  今年の夏、火星が我が地球に最も接近した位地に来ていた頃、米国のロウエル天文台ではこの好機会を利用して種々の観測をした。その結果この星の表面を縦横に走っている運河のようなものが南北両極の氷塊の消長につれて隠見する有様が仔細に知れた。その模様を見ると火星の上にはどうしても智能を備えた人類のごときものが棲息していると考えざるを得ないと該天文台長のロウエル氏は断言している。また同台からは一隊の学者をアンデス山頂に派遣して火星の写真を撮らせたそうであるから、定めて有益な知識を斯学の上に齎す事であろう。 (明治四十年十月二十六日『東京朝日新聞』)          二十六       風向と漁業  英国南西部の海岸で年々にとれる魚の総数を漁夫の数に割り当てて統計してみると、漁夫一人の漁する数が年によって著しくちがう。その原因を詳しく調査してみると、これは全くその年々の平均の風向によるものだという事が知れた。すなわち風が多く沖の方へ吹く年は海岸の潮流も陸を遠く距れ、魚類の卵は逃げてしまうのでその後は不漁がつづく。これに反して風が潮流を陸近くへ吹き送れば自然に漁が増すのだそうである。 (明治四十年十月二十七日『東京朝日新聞』)          二十七       蟻の知覚  蟻が温度の変化に対してどれだけの感覚力をもっているかという事を調べた人の説によると、大抵の蟻は摂氏の〇・五度くらいなわずかな変化でも識別するそうである。また人間の眼には見えぬ紫外光線でもよく感じ、この光を当てると嫌って逃げると云っている。       恐水病の予防  昨年中パリのパストゥール免疫所で狂犬に噛まれた人のために恐水病予防の注射を行うた件数が七百七十三、その中で不幸にして該病のために死んだのはわずかに二人しかない。すなわち恐水病というものはほとんど全く予防する事が出来ると云ってもよい。 (明治四十年十月二十八日『東京朝日新聞』)          二十八       癌腫の研究  英国では帝室の保護の下に癌の研究のみをやっている所がある。その基本金の現額は十一万八千余ポンドで、そのうち四万ポンドは某富豪が金婚式の際に寄附したそうである。ここの所長のパシュフォード博士が近頃報告したところに拠れば、癌の療法と称するものは色々あるが、いずれもあまり確実な効験はない。評判のあったトリプシンもあまりきかぬ。今日のところやはり外科手術で患部を取り去る外はあるまいという事である。 (明治四十年十月二十九日『東京朝日新聞』)          二十九       海水用セメント  普通のセメントは長く海水中に在れば次第に分解して崩れるので、これを防ぐ方法はないかと色々研究した人の説によれば、少量でも礬土を含んだセメントはこの分解が急に起りにくい。また火山灰を原料に用うればよほどよく海水に耐えるという事である。       銅鉱の電気分解  墺国の某鉱山では近来銅鉱から純銅を採るのに電気分解法を用いているそうだ。そのやり方はというと、先ず鉱石を粉砕し、湿った粘土と混じて焼けば硫酸銅と酸化銅が出来る。これをまた砕いて五プロセントの稀硫酸液に入れ大きな桶で電気分解をやる。陽極には大袋に亜鉛を入れたものを用い、陰極には銅板を用い、二・五ボルトの電圧で千アンペアの電流を通すと陰極の方へは純銅がだんだんに附着し、陽極には硫酸と酸素が出て来る。一時間に一キログラムの銅を得るためには約三馬力に当る電力を要する勘定になっているそうだ。この法で得た銅は非常に純良である事は勿論である。 (明治四十年十月三十日『東京朝日新聞』)          三十       水底信号機  霧の深い海上を航海する時には、往々海岸や他船の近づいた事を知らずにいて坐礁や衝突の災を招く事がある。これを防ぐためこの頃行われ始めた方法は、海岸ならばそこに繋留した灯台船の底に鳴鐘を附け、不断これを鳴らしている。船の方では船底に仕掛けた微音機でこの音を聞くという細工である。目下大西洋並びに沿岸航路でこれを使用している灯台船が五十六艘、汽船が二百十艘ある。英皇およびドイツ皇帝の遊船にもこの装置を備えてあるそうだ。 (明治四十年十月三十一日『東京朝日新聞』)          三十一       世界一の高圧電流  米国ミシガンのマスケゴン電力会社で昨年来使用している高圧電流は七万二千ボルトの高圧でけだし世界第一と称せられている。その電線の経路九十二マイルの間は近辺の樹林を切り開き、また人の近づかぬように不断巡邏している。何しろ非常な高圧であるから漏電を防ぐ絶縁器には特別のものを用いているが、それでも多少の放電が止みなくある故、柱の一部がだんだん焦げて来るそうである。一度落雷のために絶縁器がこわれた時などは、電柱は強い電流のために即座に焼けてしまった。この電線に障害を与えた者は一年間の禁錮に処せらるるという事である。       地下電車鉄道の衛生問題  地下鉄道で長い間隧道内の空気を呼吸するのは衛生上有害ではないかという事を近頃ニューヨークで調査した。隧道内の空気中にはレールや機関の摩擦のために生ずる微細な鉄粉がかなりに浮游しているが、これは案外人体を害わないそうである。むしろ坑内の温度の急変が健康に悪いだろうとの事である。 (明治四十年十一月一日『東京朝日新聞』)          三十二       有益な鼠  北米に産する地鼠の一種に尻尾の短いのがある。この鼠は蝸牛などを捕って食物とし、余った外は貯えておいて欲しい時に出して食い、殻は巣の内外に積んでおく。また作物を荒らす有害な野鼠や虫類なども捕って食うので農夫にとっては非常に有益なものだそうな。 (明治四十年十一月八日『東京朝日新聞』)          三十三       世界第一の巨船  現今世界で最大最速の汽船ルシタニア号は去る九月アイルランドのクイーンスタウンよりニューヨークまで二千七百八十二浬の航路を五昼夜と五十四分間に、すなわち一時間二十三浬〇一の速度で快走した。先年ドイチュランド号が二十三浬一五の速力を得たに比較して少々劣るようであるが、これは途中で霧に逢うたためだとの事である。今より二十三年の昔出来たアンプリア号という当時での巨船に比較すれば実に非常の進歩である。船の長さは五割も長くなり、トン数は三倍の余に達し、機関の馬力は五倍に届いたが、ただ速度のみはこの割に増す事が困難で二割五分くらいしか増していぬ。  ルシタニアは首尾の長さ七百六十フィート、幅八十八フィート、高さが六十フィート余と云えばずいぶん大きなものである。排水トン数は三万八千トンで、一航海に要する石炭が五千トン。それから機関はタービン式で六万八千馬力出る。千五百トンの荷物と二千二百人ほどの乗客の外に船員の数が八百二十七名と称している。 (明治四十年十一月九日『東京朝日新聞』)          三十四       北極探検気球隊の消息  気球を利用して北極を探検せんと企てたウェルマン氏の一隊は志を遂げずして去る九月ノルウェーに帰ったそうである。始めフォーゲルベー島まで船で進み、そこで気球を浮べたが生憎吹雪の風が烈しくてスピツバーゲンに吹き戻された。そこで止むを得ず瓦斯を抜き無事に地上に下りるを得た。残念ながら今年は失敗に終ったが、しかし今年の実験でこの気球が少々の風には逆らって疾走し得る事を確かめたから、更に来年の夏を待って再挙を計るはずだという。 (明治四十年十一月十日『東京朝日新聞』)          三十五       気球の競走  先々月ベルギーの首府で開かれた万国の気球研究者の会で高価な盃を懸賞にして気球の競走をやらせた。この競走に加わった気球は三十四あったが、最長の距離に達して月桂冠を得たのはドイツの気球で丁度千キロメートルを航した。それに次ぐべき距離に達したのはスイスのと英国のとであったという。来年はロンドンでこの会を開くとの事である。 (明治四十年十一月十一日『東京朝日新聞』)          三十六       ドイツの製粉研究所  ドイツ人がすべての工業の発達を計るためにその根本たる科学的の研究に注意する事は今に始めぬ事だが、今度また麺麭粉の研究所を新たに設立し既設の製糖並びに醸造研究所とともに三幅対を作るそうである。その設備のごときずいぶん大きなもので、例えばその倉庫には三十万貫に近い穀物を貯える事が出来る。動力には電気を用い、器械は最新式に依り十時間に四トンの粉を作る事が出来る。また麺麭製造部もあって大仕掛けの研究をやるようになっている。この設立に際して農務省は三十万円ほどの費用を支出し、なお年々保護を与えるはず、そしてドイツの製粉組合や製麭組合等の合同で維持して行くとの事である。貯蔵、製粉、製麭に関するあらゆる科学的並びに実用的の研究をする外、なお広く民間の需に応じて雑穀、粉、麺麭等の分析等をするそうである。 (明治四十年十一月十二日『東京朝日新聞』)          三十七       ロシアの蟻  露国のカザン大学は古来有名な科学者の出た処である。近頃ここのルスツキーという動物学者の著わした『ロシアの蟻』と題する書のごときも斯学上有益なものだそうである。初編だけ刊行されたが八百頁の大冊である。著者の調べただけでも露国全体に産する蟻の種類が三千五百もあるとの事である。 (明治四十年十一月十三日『東京朝日新聞』)          三十八       世界で最大のダイアモンド  近頃トランスバール政府ではその所有に属する世界最大の金剛石を英国皇帝に献ずる事に決した。この宝石の発見されたのは一昨年の正月の事であった。プレトリアという所に近い採掘場で地下十八フィートの穴から見出された。その重量三千二十四カラット強で、従来世界第一と称せられていたものの三倍以上である。長径四インチ短径二インチくらい、色はやや蒼味を帯びているが非常に純粋なるものだそうな。この石の結晶の形から察する所、これはよほど巨大な金剛石の一半が欠損したものだろうという。これを採掘したプレミアー会社社長の名を取ってクリナンダイアモンドと命名されている。 (明治四十年十一月十六日『東京朝日新聞』)          三十九       赤茄子の伝来  洋食に用いるトマトの来歴を調べた人の説によると、この植物は十六世紀の中頃に南米ペルーからスペインあるいはポルトガルに渡りそれから欧洲に拡がったものである。しかしその頃は単に飾り物に使うだけの事で栽培もあまり盛んでなかったが、十九世紀になって後だんだん食用せらるるようになったそうである。 (明治四十年十一月十七日『東京朝日新聞』)          四十       ノルウェーの夫婦匙  ノルウェーで結婚式の時に用いる木彫の匙がある。鎖で二つの匙をつないだようなものであるが、ただ一本の木で作るそうな。結婚の朝、新郎新婦はこの夫婦匙で睦まじく御馳走を食うという。       リウマチスと蜂の毒  蜂に刺されるとリウマチスが癒るという云い伝えが英国辺りで昔から行われているので、その真否を試すために材料を集めている人がある。我邦でもそういう例があるかどうだか御存じの方は教えて頂きたい。 (明治四十年十一月十九日『東京朝日新聞』)          四十一       一種の迷信  英国デボンシャイアのある町に百二十年来営業を続けている牛肉屋があるが、開店の昔から今日まで店に屋号というものがない。この店の先祖がどういう訳だか店の名を付けなかったが、商売は非常に繁昌し子孫代々名無しの牛屋で通っている。名を付けると先代以来の幸運に障るというような迷信から子も孫も屋号を付けなかったためだそうな。 (明治四十年十一月二十日『東京朝日新聞』)          四十二       ラジウムの新産地  従来ラジウムの産地と云えばほとんどボヘミアに限られていたが、この頃アルプス山で有名なシンプロン隧道附近にかなり多量のラジウムがあるという事がわかったそうな。同隧道の奥の方の地温が著しく高いのはラジウムが発する熱のためではないかという説がある。       水の清浄法  近頃汚水から清水を得るのに電気分解を用いる法が出来た。汚水中にアルミニウムの電極を入れて電流を通ずれば、過酸化アルミニウムを生じ、これが種々の汚物に結合して固まってしまう。これを一遍漉せば非常に清浄な水が得られるそうである。 (明治四十年十一月二十一日『東京朝日新聞』)          四十三       長距離の急行列車  去る九月十六日、北米の大西鉄道では二百六十三マイルの間を一度も停車せずに走る別仕立の三等客車を出したが、平均一時間に五十三マイルの速度で首尾よく目的地に達した。こんな長距離の急行はあまり例のない事である。       海底のランプ  近頃米国のデイオンという人が専売特許を得た海底灯というのは、港などの水底に強烈な電灯を点じて、闇の夜や霧のある時入港を容易ならしむる仕掛けであるそうな。 (明治四十年十一月二十五日『東京朝日新聞』)          四十四       象を馴らす事  アフリカのコンゴーでは象の馴致を盛んにやる。近頃同地へ視察に行った人の通信によれば、目下馴らしている象が二十五頭でそのうち十九頭には種々の作業をさせている。雨期が来ると皆解放して森林の棲家へ帰してやるが、また飼養所へ帰って来る。その際往々森の中から野象を連れて来る事があるが、大抵もう年を取り過ぎていて馴らしにくいものが多いそうな。アフリカの象は一体背が低く、コンゴーで馴らしているのは肩の高さ四フィート四インチくらいから五フィート七インチくらいなものだという。 (明治四十年十一月二十六日『東京朝日新聞』)          四十五       眼の濫用  近頃スコットという人が読書の眼に及ぼす害について某雑誌に述べている。その中に次のような事を云っている。「元来人類の眼はかなり遠距離の物体を見るように進化して出来ているものであるが、近年のように書籍や新聞雑誌などが無闇に沢山になっては一通りでも眼を通すのはなかなか大抵の事でない。それで眼というものの天然の役目の外に、新しいしかも不馴れな役目が増したから早晩どうしても何等かの害を生ずるようになる。」少年などにはあまり必要もない読書をさせぬようにせねばなるまいという事である。 (明治四十年十一月二十七日『東京朝日新聞』)          四十六       大洋中の拾い物  本月十四日の本紙に横浜の人が北太平洋で鮫漁中に英文の手紙の入った空瓶を拾うた記事が出ていたが、近着の科学雑誌を見ると次のような事が載せてある。「ウードジョーンスという人が一昨年の暮にインド洋から空瓶を数個海中に投じ、その中に手紙を封入して誰でもこれを拾うた人はその場所と時日を通知するように依頼してあった。ところが昨年の五月にアフリカのソマリの海岸でその中の一本を拾い上げ、また今年の七月同じ処で他の一本を拾い上げた。それでインド洋の真中から西の方へ向うた不断の潮流がある事が知れる、云々」。北太平洋のもあるいはこの仲間でないとも限らぬから罎の写真でも撮って知らしてやったらよかろうと思う。 (明治四十年十一月二十八日『東京朝日新聞』)          四十七       英国の軍用軽気球  先月初、ロンドン附近で軍用軽気球の試乗があった。アルダーショットからロンドンまで一時間二十四マイルの速度で飛行し、聖ポールの寺院を一まわりして今度は風に逆らって進んだが、あまり風が強かったから水晶宮の辺で地上に下った。飛行した全距離五十マイル、地面より平均七百五十フィートの高さを航したそうである。       狂人の眼と髪  これはスコットランドの話で我邦には応用し難いかも知れぬが、同地の瘋癲病院で調査した処によれば、統計上狂者には普通の人よりも眼の色が薄く髪の色が濃いのが多いという事である。 (明治四十年十一月三十日『東京朝日新聞』)          四十八       寒さと尿量  寒い時に三時間運動せずにいると尿酸の排出量が平日の五割増す。しかし筋肉を運動させていれば一割強くらいしか増さぬ。これに反して暖かに着物を着て盛んに運動すれば却って三割くらい減ずる。それで尿酸の分泌の幾分は体熱の損失に対する反応として起るものだろうという。       新発明の耳喇叭  スウェーデン政府の電話局で近頃発明された耳喇叭は交換手の耳にさし込んで通話をするためのものであるが、これはまた耳の遠い人のためにも重宝なものであるそうな。この器械の電線は耳の背後などに隠せば少しも目に立たぬそうである。 (明治四十年十二月一日『東京朝日新聞』)          四十九       宝石の人造法  近頃仏国のポルダという人が鋼玉石の粉を変じて種々の宝石とする方法を発見した。すなわちこの鉱石の砕片をラジウムと一緒に一ケ月も管に入れておけば、あるいは黄色なトッパズになり、あるいはルビー、サッファヤ等種々の宝石に変るそうである。この法で作った宝石をその道の目利きに見せたら真贋の区別が出来なかったという。従来各種の鉱物または硝子などがラジウムのために変色する事はよく知られていたが、今度の発見が確かなればよほど著しい事と云わねばならぬ。 (明治四十年十二月十六日『東京朝日新聞』)          五十       濃霧を消散する新案  ロンドンは霧の名所であるそうなが、近頃マジョラという人がこの霧を消す新案をして気象台でこれに関する研究をしているそうな。その法はと聞いてみるとずいぶん大仕掛けなものである。直径六フィート、高さ六十フィートの鋼鉄製の大砲を作り、その中でアセチリンその他の瓦斯を爆発させ空気に劇動を起させる趣向だという。遠からずこの研究に関する報告が出るはずになっている。 (明治四十年十二月十七日『東京朝日新聞』)          五十一       坑夫に賞牌  英皇エドワード陛下は今度新たに二種の賞牌を制定せられた。これは鉱山の坑夫などで多数の人の生命を救い危険を除くために自分の生命を賭した者に授与するはずだという。その綬は青に黄の縁を取ったもので一等二等に区別されてあるそうな。       結核病研究の万国会議  来年九月二十一日より十月十二日まで米国ワシントン府で表題の会議が開かれる。全体七部門に分れて、結核に関する病理、療法、予防その他一切の会議をするはずで、また開会中は該病に関する展覧会を開いて公衆に観せるそうである。 (明治四十年十二月十八日『東京朝日新聞』)          五十二       ペストと蚤  ペストと云えば鼠を聯想するが、鼠族の間にこの病毒を拡めるものは蚤だという事がだんだんに確かめられるらしい。ある人が天竺鼠について試験したところによれば、たとえ健全なのと病にかかっているのとを接近させぬようにしておいても蚤が移ると感染する。また健全な方を籠に入れて吊しておいても、蚤が飛び上がる事の出来るくらいの高さに吊したのではやはり感ずるが、それ以上高くするか、また細かい網に入れて蚤の出入りせぬようにしておけば伝染せぬという。もし鼠が人間なら捕蚤の懸賞でもするところだろう。ついでにペストの本家本元たるインドでは宗教上の迷信から殺生を絶対的に忌むので、鼠狩りの実行が甚だ困難なようである。 (明治四十年十二月十九日『東京朝日新聞』)          五十三       人造藍と天然藍  藍を人工的に合成する法が出来て以来、人造藍の需要が増すにつれて天然藍の産額が減ずる傾向をもっているのは著しい現象である。例えば天然藍の産地たるインドではこの二、三年の間に藍の栽培面積が半分以下に減少してしまった。また英国では一昨年と昨年との比較統計によると人造藍の輸入高が二割ほど増し、これに反して天然藍の方は七分くらいの減額を示している。しかしまだまだ天然のが人造のに圧倒されるところまでには月日がある。栽培法や製法の改良を加えて行けば、天然藍も当分市場に立ちゆかれる見込みだという。 (明治四十年十二月二十日『東京朝日新聞』)          五十四       水晶の鋳物  水晶は硝子とちがって容易に火熱のために融けぬから、これで種々の器物を製するは困難であった。しかるに先年来は酸水素吹管で水晶の小片を熔かして細い棒とし、これを沢山に熔かし合せて管やフラスコを作る事が出来るようになった。近頃また電気の熱で勝手な形の瓶などを作る法が発明されたそうである。その法は先ず鋳型の中へ水晶の粉を詰め、その中に炭の棒を挿し込んでこれに強い電流を送り、粉が熔けた時に型の口から空気を吹き込めばよいという事である。いったん熔かした水晶製の器物は耐火力が強く、また熱のために破れる憂いがない。真赤になるほど焼いたのを冷水中に投じても何の異状もないというのが特長である。 (明治四十年十二月二十七日『東京朝日新聞』)          五十五       巨船モーレタニア  先日ルシタニア号の話を掲げたが、その姉妹船モーレタニア号に関する概略の数字だけ比較のために挙ぐれば、船の長さ七百六十フィート、幅が八十八フィート、トン数三万二千。乗客の数は一等五百六十三人、二等四百六十一人、三等千百三十八人、試運転の平均速度二十六浬三である。       女優と無線電信  有名な仏の女優サラ・ベルナールは近頃北米と欧洲との間に開通された無線電信について次のような事を云っている。「このようにヨーロッパとアメリカとが虚空を距てて睦まじく接吻するようになったのは科学の力の最も詩的な表現である」と。 (明治四十年十二月二十八日『東京朝日新聞』)          五十六       天然色写真  先日本紙に載せてあった天然色写真の新法よりなお一層新しい法が見出された。それはウワーナー・ポオリーの法と云うので、去る十月ロンドンで開かれた天然色写真会で展覧に供した。先日のリュミエール会社のオートクローム板は三色の澱粉を混合して作ったものだが、今度のは種板の上に三色の細い線を並べたもので大体の理窟は前のと変りはない。色のついた線を作るには細い格子のようなものと護謨写真と同じ法で板に写しこれを染めるのである。この種の写真では色はよく出ても一体に暗くなるのが欠点であるが、ポオリー氏は特別な仕掛けでこれを照らし一体を明るく見せるようにしたという事である。前のと今度のとの優劣は現物を較べてみねばわからぬ。 (明治四十年十二月二十九日『東京朝日新聞』)          五十七       婦人と動物学者  テキサス大学のモントゴメリー教授は、衣服その他の粧飾に鳥類の羽毛を使用する事を絶対的に禁じたいと論じている。単に米国で鳥の濫殺を禁ずるのみならず、輸入もやめなければ無効である。鳥の捕獲が盛んになればますます羽毛が安くなり使用高が次第に増して結局は鳥の種類が絶えるようになるだろうと云っている。 (明治四十年十二月三十日『東京朝日新聞』)          五十八       蜂に螫された時  アンモニア水が蜂の針の毒を消す事はよく人の知る処であるが、ある人の経験では、それよりも幾那をアンモニア水に溶かした丁幾が一層有効だそうである。       火山の変形  昨年四月イタリアのヴェスヴィアス山がやや烈しい噴火をやったが、その後同国陸軍地理局で測量を行った結果によると、噴火前における最高点の高さ海抜千三百三十五メートルあったのが千二百二十三メートルに減じている。その代りに地獄谷などという窪みは五メートルないし五十メートルの高さに埋められたそうである。 (明治四十一年一月一日『東京朝日新聞』)          五十九       結核病と食物  結核菌を接種した動物に種々の食物を与えて病の経過を試験した結果によると、脂肪分を主に与えたものは四十日くらいで死し、含水炭素殊に砂糖を多く与えたものは八十七日くらいで死んだ。これに反して含窒素食物を主に食わせた動物は三百七十一日生きていたそうである。 (明治四十一年一月二十五日『東京朝日新聞』)          六十       灯台の光色  海上で遠い灯台を見出した時その光の色が赤だか青だか分りにくい事がある。その時は双眼鏡か何かで見て肉眼で見たのと比較し、もし肉眼で見る方がよく見えればその灯色は赤光で、そうでなければ青か白だという。       屍体とX光線  生きている人体の腹部をX光線で照らし写真を撮っても胃や腸を識別する事が出来ぬが、死後間もなく写して見ると明らかにこれらの臓腑の所在がわかる。そして死後時間が経つに従っていよいよ明白になる。生きているうちは内臓が絶えず動いているから写らぬのだろうという説になっているらしい。 (明治四十一年一月二十六日『東京朝日新聞』)          六十一       猿と蛇  いろいろの動物について試験してみると、蛇を怖れるは猿猴の類に限る、但しその中で狐猿という一種のみは蛇をしかけても平気だという。       窒扶斯菌の寿命  北米シカゴ市ではミシガン湖から用水を取っているので市中の下水を湖水に流し込む訳に行かぬ。それで下水溝渠はすべてこれをミスシッピイ河に放流してしまうようになっている。ところでその下流なるセントルイ市で窒扶斯が蔓延し、これはシカゴの病菌が下水とともに河を下って来るためだろうというところからやかましくなり、その結果、窒扶斯菌が水中で幾日間生きているものかという問題を研究せねばならぬ事になった。そこで色々試験をしてみた結果だというのを聞いてみるに、普通下水溝渠のごとき汚水中では精々四日間くらいしか生きていぬが、水が清浄なほど永く生きているそうである。しかし日光がよく当ればそれだけ早く死ぬる。いずれにしてもシカゴからセントルイまで三百二十二マイルの流れを下るには十一日くらいかかるから、この間には病菌は大抵死滅するだろうという事に帰着したようである。ついでに人体や湿土中における該菌の寿命は数週ないし数月にもわたるという。 (明治四十一年一月二十七日『東京朝日新聞』)          六十二       迅速なるX線写真  従来X線で人体の内部などを写真するに当って一つの欠点は照射時間の長い事である。つまり早撮りが出来ぬから運動している臓腑を写す事が出来ぬ。もしこの早撮りが成効すれば体中の活動写真が撮れる事になるのである。しかるに近頃ローゼンタールは特別な感応コイルを発明し、これによってX線を生ずれば喉頭の写真をわずか二秒間で撮る事が出来るという事を発表した。もう一息早くなれば遂には内臓の活動写真も出来るだろうと思われる。 (明治四十一年一月三十日『東京朝日新聞』)          六十三       マホメットの墳墓  トルコ皇帝陛下は近頃メジナにある回々教祖マホメットの墓に電灯をつけて神聖な墓地の闇を照らそうという事を思し召し立たれて英国の某会社に右の工事一切を御下命になったと伝えられている。       女皇陛下の電話  昨年の暮ポルトガルの女皇アメリー陛下がパリに御滞在中の出来事である。一日パリ・ロンドン間の長距離電話に故障があってただ一線しか通じないので、電話申込人は何十人もつかえて順番の来るのを待ち兼ねている有様であった。その時ブリストル旅館から英京のバッキンガム宮へ通話を申込んだものがある。交換手は「七十五番ですからも少し御待ちなさい」とやると失望の嘆声が聞えてやがて「アメリー女皇から英皇へ御話しがしたいのだが」と云った。そこで交換局では畏って早速接続すると女皇陛下は御満足で、ものの小半時間もゆるゆる後対話があった。他の電話申込人等はそんな事とは知らず、待てども待てども順番が来ぬ、殊にパリの銀行家など一刻を争う経済上の交渉をひかえているので気は気でない。時の立つうちにどんな事が起ろうかと青くなり赤くなったという話である。 (明治四十一年二月四日『東京朝日新聞』)          六十四       煤煙問題  ロンドン地下電鉄会社の発電所で焚く石炭の煙がウェストミンスターの町へ掛かって損害を与えるというので、同市会から会社を相手取って訴訟を起した。が審理の結果、同会社の煙突から出る煤煙は十分な設備によって清められたものであって、そんなに害毒を生ずるような悪い煙でないという事になり、この訴訟は却下になったそうである。       面白い電灯  近頃室内に取りつけまたは卓上に置く電灯に面白い自働装置を附したものが工夫された。例えば人形が電灯を持って立っているのならば灯が点ると同時に電灯を高く振りあげる。また柱などに竜や鬼の頭をつけ、夕方が来るとこれが口を開けて電灯を吐き出すような仕掛けになっている。 (明治四十一年三月六日『東京朝日新聞』)          六十五       過失より起る火災  放火や悪戯より起る火災は人の不注意から起る火災に比すればほとんど云うに足らぬ少数であるそうな。米国での統計に拠れば、過去二十一年間に過失から起った火災の損害は金高にして二億六千六百三十四万〇五十八ドルになる勘定だという。電線、落雷、地震、おまけに野火を加えても過失から起るものの数には足らぬそうである。       新しい白熱電灯  近頃トムソン・ボーストン会社で専売特許となった白熱灯の炭素線は純粋な石墨だという。これを作るには、油煙を電炉の中で摂氏三千度に熱したものに或る糊を混じて線状とし、これを四百度に熱して糊を炭化させるのだそうである。 (明治四十一年三月七日『東京朝日新聞』)          六十六       黄金の産額  昨年中の世界各地で採掘された黄金の総額は六百七十四トンで、もしこれを集めて一塊とすればザット一丈四方に高さ九尺くらいになる勘定である。この内ほとんど三分の一はアフリカの南部から、また四分の一は北米合衆国およびアラスカから出たのだそうな。ついでにアメリカ発見以来去る明治三十三年までに該地で採った金の価額を見積ってみると二百五十億円ほどになるという。       樹木と遺伝  樅などの種子を播いてその生長の遅速を試験してみると、低い土地から取って来た種子の方が高地から取ったのに比してよほど生長が早いという事がスイスやオーストリー辺で確かめられた。なお一般に種子の重さや生長期の長短あるいは病にかかりやすい度などもその種子を採った母樹の土地によほど関係するそうである。それでこういう樹の種子を選ぶには播種すべき土地に応じて適当な処の産を用いねばなるまいという事を論じている人がある。但し樅の外の樹木にも同様の事があるかどうかは、まだよくわからぬようである。 (明治四十一年三月十九日『東京朝日新聞』)          六十七       新しい魔睡剤  塩化エチールを魔睡剤に使用せんと試みた人がある。その近頃に発表した論文によると、この薬剤に酸素を混じて試験用の動物に吸入させてみたが一時間ほどごく安静に魔睡し、睡りからさめる時も速やかに醒め切って、エーテルやクロロホルムのようにさめ際の悪いようなことがなかったそうである。しかしまだ人間には試みてみぬが多分同様の好結果を得る見込みだとの事である。       写真の無線電送  近頃写真電送という事が大分評判になったが、従来の法はみな電線によって電流を伝えるのである。ところが、昨年の暮に仏国で試験したペルジョンノオ式というのは、長い導線を引かずに無線で写真を電送するのだそうな。パリとマルセーユ間で試験の結果、好成績を得たと伝えられている。 (明治四十一年三月二十日『東京朝日新聞』)          六十八       真珠の採取にX光線の応用  世界中の真珠産地で年々に採る母貝の数は夥しいものであるが、その中で真珠を含んでいるのは比較的に少ない、それで母貝の多数はつまり無駄に殺されてしまう事になる。もし貝を開かずに真珠の有無を験する事が出来れば非常に無駄が省ける訳である。ところが今から七年前にジュボアという人がX線で真珠貝の写真を撮り珠を験する事を考え出したが、なにしろ沢山な貝の写真を撮るのはかなりに手数でもあり費用もかかるところから、実業社会の注意を惹くに至らなかった。しかるにまた近来ニューヨークのソロモンという人が同じ考えを起して大仕掛けに資本をかけてこの法を用いる事になったそうである。叺のような物に母貝を沢山に並べたのを一度に写真にとる。そして真珠のあるのはすぐに採り出し、ないのは養殖場へかえすそうである。この法が果して収支相償って利益があるかどうかは他日を待たねば分らぬが、とにかく米国人が科学の応用に熱心な一例と見る事が出来る。 (明治四十一年三月二十一日『東京朝日新聞』)          六十九       光線と眼  薄暗がりで読書などすると、じきに眼が疲れて来る。永く続けると非常に眼を害するのは誰も知る通りであるが、またあまり強い光も眼に害がある。例えば太陽などを長く見つめるのは恐ろしい病の基である。インドでは宗教上の迷信から太陽を強いて直視するために内障眼を起す者が沢山ある。またロシアのある地方で牧牛が白皚々たる雪の強い光のため眼病を起すのを防ぐとて一種の眼鏡をかけさせた話がある。それほどに強くない光でも永い間には案外の害を及ぼすから、灯光などでもなるべく裸火を廃して磨硝子の玉ボヤのようなものをかけた方がよい。近頃の話だが、米国のある夜学校で強い電灯を点じてやっていたが学生中に眼病が非常に出来て困った。そこで電灯の下に反射鏡を取り付け光を天井から反射させるように改良したら、その後は眼を病む者がサッパリなくなったという事である。 (明治四十一年三月二十九日『東京朝日新聞』)          七十       料理に音楽       近頃シカゴ市で電気応用諸器械の展覧会があったが、これに関する同地の新聞の記事中に次のような奇抜な意匠が述べてある。すなわち料理番が肉なり野菜なりを竈に仕かけて煮えるのを待っていると丁度よい時分には電気仕掛けのピアノが鳴り出す、その煮物に相応したような曲を奏するというのである。あまり面白過ぎたような考案ではあるが、如何ほどまで電気が万能な勢力であるかという一例として御紹介するのである。但し考案だけで器械が出来たのではない。 (明治四十一年三月三十日『東京朝日新聞』)          七十一       土星の輪  太陽系に属する諸遊星の中で土星を取巻いている輪ほど不思議な面白いものはない。ガリレオ以来幾多の星学者、物理学者の脳を苦しませた代物である。それでその形状なども充分に研究されていた訳であるが、この頃仏国のある高山の天文台で観測していたら従来人の知っている輪の外側にもう一つボンヤリした輪のある事を発見した。この輪がこれまで発見せられなかったのは、従来の観測は皆低地でするのみであったため、下層の濁った空気に障られて見えなかったのだろうという事である。       科学の通俗講義集  近頃コロンビヤ大学で最近の科学の進歩を通俗的に講義した小冊子二十二篇を出版した。なるべく専門的な術語などを使わずにごくわかりやすく説いたものである。代価は一冊五十銭くらいで同大学の刊行になっている。この種の通俗講義の必要は何処でも感ぜられていたが、今率先してこれに着手したのは同大学の美挙といわねばならぬ。 (明治四十一年三月三十一日『東京朝日新聞』)          七十二       瓦斯の液化  水蒸気を冷せば水になる事は日常目撃するところだが、すべての瓦斯体も適当の寒冷と圧力を加えれば皆液体になってしまうはずである。炭酸瓦斯などは通常の温度でも圧縮すれば液化するが、空気のごときは摂氏零度以下百四十度という極寒に会わぬといくら圧縮しても液体にならぬ。近来瓦斯を液体にする事が大変に進歩して大抵の瓦斯は皆液化されるようになったが、独り空気中に混ぜるヘリウムのみはどうしても液体にならなかった。しかるに今年三月初めに至って和蘭ライデンの大学教授オンネス氏はついにこれをも液化し得たと伝えられる。 (明治四十一年四月五日『東京朝日新聞』)          七十三       露国政府と前世界の巨獣  近頃シベリアの東北部ヤクーツク地方で、前世界の巨象マンモスの遺骸が発見せられたので、露国政府ではその研究のために学者を同地方に派遣することとなり、同国学士院の動物学博士等数名が出張を命ぜられたそうである。約一年余の時日を費やす予定で、その費用として一万六千ルーブル(約一万三千円)を国庫より支出することとなったそうである。露国政府が純粋な科学の方面にも冷淡でない一つの例として御紹介するのである。 (明治四十一年四月八日『東京朝日新聞』)          七十四       温泉中のヘリウム瓦斯  前条にヘリウムの事を述べたついでにもう一つこの瓦斯に関する話をする。近頃鉱泉中にこの瓦斯が含まれている事が知られた。仏国で調べた結果によると〇・一ないし五・三プロセントくらいの割合で含まれている。これを採取するには液化した空気で冷却し木炭に吸収させるそうである。この瓦斯はもと太陽中に存する事は日光の分析から知られていてそのためにヘリウム(太陽素)と名づけられたが、しかし地球上の空気中にも存するという事はわずかに数年前発見せられたのである。最も軽いそして他元素と化合し難いものである。近年ラジウムの研究が進むにつれ、ヘリウムはラジウムより変化して出来るものだという事が知れ、元素というものは変化せぬ物だという従来の考えを打破ったので科学者の注目をひいている。 (明治四十一年四月九日『東京朝日新聞』)          七十五       唖に言語を教うる法  電話や蓄音機の発明に依って有名なグラハム・ベル氏はまた唖者に言語の発音を教うる法に関する著者として知られている。近頃その著書の再版が出た。この法はもと著者の父メルザル・ベル氏の考案したものである。一種の記号で文字の代用をさせ、またその記号の形によってその音を発するには舌や口腔を如何なる位置形状にすべきかという事を明らかに示したものである。この方法によって言語を発するようになった唖者は沢山あるそうな。 (明治四十一年五月一日『東京朝日新聞』)          七十六       空中の巡査  近刊の某地学雑誌に上のような表題を掲げて鳥類の保護を論じている人がある。その人の説によれば、鳥類が農作物の害虫を駆除する功は非常なもので、もし鳥類濫殺の結果有益な鳥が絶滅に近づく暁には、地上の植物は大半滅亡するに至るであろうというている。       植物標本の保存  植物を保存する時に一番物足らず思う事は美しい緑が褪めてしまうことである。この緑色をそのままに保存する法については色々試験をした人がある中に、数年前トレール博士は次の法を発表した。すなわち醋酸銅を醋酸に溶かしたものに植物を浸せば、葉緑素と銅との化合で不変の緑色素が出来るというのである。近頃更に発表したところによれば、この溶液を熱して沸騰しつつある時に用いる方がよいそうである。 (明治四十一年五月六日『東京朝日新聞』)          七十七       人を載せる紙鳶  昔鎮西八郎が大紙鳶にその子を縛して伊豆の島から空に放ったというのは馬琴の才筆によって面白く描かれているが、ここに述べるのは昨年の暮北米での話である。大きな紙鳶に中尉某を載せて地上百六十八フィートの処まで上げたそうである。この紙鳶は蝶の羽根を立てたような形の小さい紙鳶を三千四百個ほど組合せて風を受ける表面を多くしたものである。       回々教と新月形  回教では新月形を記章とする事あたかも基督教の十字架のごとくである。これは無論三日月に象ったものだろうと思われていたが、だんだん調べてみるとそうでない。動物の爪あるいは牙で作った護身符から起った形だという事が知れた。始めは二つの爪あるいは牙の根元を糸や金具で縛ったものを用いていたが、後には一片の彫刻物で代用するようになり、後には真中の継目の痕も略されて新月形になってしまったという事がわかった。 (明治四十一年五月十一日『東京朝日新聞』)          七十八       写真測量  経緯機などを用いて測量すれば無論精密な結果を得られるが、そのかわり時間をつぶし、人を沢山に使わねばならぬ。しかるに近頃はごく軽便な誰にも一人で出来る測量法がだんだん使われるようになった。すなわち写真機一つで山河の配置なり建物の形状大小なり大体の事を知る事が出来るのである。少し精密な測量をするには特別な写真機が出来ていて、これを持出して数葉の写真を撮ればあとは机の上の仕事で立派な地図でも何でも出来る。一日野外で馳けまわる必要はない。最近の米国雑誌によれば、この種の測量にパノラマ写真機を用うれば最も簡便だという事である。 (明治四十一年五月十五日『東京朝日新聞』)          七十九       変った製氷法  ドイツの南部で冬期人造氷を作る法というのを聞いてみると、ちょっと変っている。先ず長さ二丈くらいの大きな櫓を作り、その天井と中段とに横木を並べて置く、そして天井の上に水道を引いてその口から噴き出す水を天井一面に散乱させる。すると小さい飛沫になって落ちる水は寒い空気に触れ、皆氷柱の形になって天井および中段の横木から垂れ遂には地上に達する。かくして出来た大きな氷柱を片端から折り取って氷蔵へ収め、夏まで貯蔵するのである。この法でやれば一夜に九尺四方くらいな氷塊が出来るそうな。但し気温が摂氏零度以下数度に降らねば駄目な事は勿論である。 (明治四十一年五月十八日『東京朝日新聞』)          八十       水の消毒  空気中に電気の火花を通ずる時一種の臭気を帯びたるいわゆるオゾン瓦斯が出来る。この瓦斯は酸素の変形したもので非常に酸化力が強く、黴菌類はこれに遇えば皆死んでしまう。この性質を利用して飲料水等の殺菌消毒をする法が近年欧洲諸国で行われている。オゾンを作るには交番電流を特別な変圧器に通じ、この器内に生じた瓦斯を給水管中に吸い込ませるようにしてある。この法で消毒すればどんなバクテリアでも残らず死んでしまう、そして蒸餾水などとはちがって水の固有の味が少しも変らぬという利益がある。尤も汲み出した時にはオゾンの臭気がするが、これはすぐに消失するという事である。 (明治四十一年五月十九日『東京朝日新聞』)          八十一       パリの高塔  有名なパリのエイフェル塔は近年しばしば無線電信の発信所に用いられたが、近頃仏国学士院のブーケ・ド・ラグリー氏はこの塔を利用して遠近の海岸を航海しつつある船舶に正確な時刻を電報し、航海に最も必要な時辰儀の調整をさせたらよかろうという事を建議した。仏国政府はこれを容れ、先ず手始めとして大西洋および地中海を航行する自国の船について試験をする事になったという。パリの夜の正零時に信号を発すると、海上の船は一斉に時計を験して幾何の遅速があるかを知る事が出来る。夜中を選んだのは畢竟無線電信には夜間の方が故障が少ないためだという。       金剛石と炭  金剛石はほとんど純粋な炭素から出来たもので、これを空気中で高熱すれば燃えて炭酸瓦斯に変る事は人のよく知るところである。近頃ある人が金剛石を真空管内に封入し、これに強い陰極線を当ててみたところが、金剛石は摂氏二千度近く熱せられ真黒な骸炭に変化したそうである。 (明治四十一年五月二十日『東京朝日新聞』)          八十二       学者の犠牲  英国のホールエドワードという学者はX線のために左の手全体と右の手の指とを失った。その犠牲の報酬として年金千二百円ほどと一時金八千円くらいとを貰う事になったと伝えられる。       メキシコ人の飲料  メキシコや中央アメリカ辺で一般に飲料として賞味するパルクというものがある。これは竜舌蘭の厚い葉の汁から製するそうで、近刊の某誌によれば次のような方法によるという。先ず適当の時期に大きな葉の皮を剥いて髄を露出しておく。それから一年後に、この髄を切断し根元に穴を穿っておくと切口から澄み切った汁が出て穴にたまる。この汁は丁度椰子の汁のような味がするそうな。これを集めて革袋に貯えておくと、一種の発酵を起していわゆるパルクが出来上がる。一種の腐敗したような臭味があるが、飲んでみると存外好いものだという話である。 (明治四十一年五月二十五日『東京朝日新聞』)          八十三       六千年前の肉塊  近頃エジプトの医学校で木乃伊の解剖分析に従事している学者がある。その研究の材料中には優に六千年を経たものもあるが、これらの肉塊を分析してみると驚くべき事には蛋白質脂酸のごとき有機成分が歴然と分解せずに存している。しかし血球などは全く痕跡もなくなっているそうである。木乃伊を作るには始め塩水に死体を漬け種々の樹脂の類を塗って固めたものらしい。これが六千年後の今日まで存しているのは、全くエジプトの空気が非常に乾燥しているためである。 (明治四十一年六月二日『東京朝日新聞』)          八十四       柔能く剛を制す  比較的に柔らかい鋼鉄の円板を急速度に廻転させ、その縁にごく硬い鋼鉄を当てると硬い方の鉄が容易に截断される。この不思議な事実を研究した学者の説によれば、鉄と鉄との触れる処は摩擦のために高熱を生じ鋼鉄が熔けて行くためであるという。       蜂の智恵  仏国学士院の報告中にボンニエーという人が次のような実験の結果を述べている。一日庭に角砂糖をいくつか出しておいたら、やがて一群の蜜蜂がこれにとまってしきりに骨折っていたが、堅くて喰い欠く事が出来ぬと見えて一時飛び去ってしもうた。少時して後、今度は泉水のある処から水を含んで来てそれで砂糖を溶かしその汁を吸うて巣に帰った。 (明治四十一年六月十九日『東京朝日新聞』)          八十五       天然色活動写真の発明  活動写真を見て遺憾に思う事はこれに天然の色彩の欠けている一事である。しかるに近頃アルバート・スミスという人が天然色の活動写真を発明してこの欠点を補うに到った。尤も以前にアイヴスという人が三色写真を応用して三色の活動写真を一つの障子に重ね映じた事はあったが、何分にも三個の器械を合せ用いるには種々の困難があって到底広く実用に適するに至らず、そのままになっていたのである。しかるに今度スミス氏の発明したものでは、たた一つの幻灯器に一枚の長いフィルムを使って天然色を現すのである。その法は先ず実物の刻々の写真を感光膜に写す際、交互に赤と緑の障子を使って実物の赤い色ばかり撮ったものと緑色のみ撮ったものを交番に連ねる。かくして得たフィルムを普通の活動幻灯器で写し出し、同時にフィルムの後で赤と緑の膜を張った円板を廻転し、赤の光で撮った写真の出る時は赤の膜が来るように、緑の写真には緑の膜が出るようにすればよい。さすれば二色の写真が迅速に引続いて交互に現れるから、眼には丁度二色の写真を重ねて見るとほとんど同じ結果になり、従ってほぼ天然色に近いものが現れるのである。従来の三色写真に対しただ二色をもって如何なる程度まで天然色を模する事が出来るかは多少疑問であるが、とにかく相応の好結果を得たと伝えられている。この写真並びに幻灯に用いる赤緑二色の膜の色が最も研究を要するところであるらしい。 (明治四十一年六月二十八日『東京朝日新聞』)          八十六       写真の無線電送  写真電送という事が近頃大分流行の話柄となり、先達て仏国で無線電送の試験をしたとの記事もあったが、この頃また英国でクニューデンという人が非常に簡単な写真図画等の無線電送法を発見し大分評判になっているようである。その法はなんでもない。写真の種板が十分乾かぬうちに粉のようなものを振りかけると、光に感じている処だけ粉が粘着しそこだけ突起する。そこで今この種板の面に接近して針のようなものを万遍なく動かし、針の尖端が板の全面を隈なく通過するようにする。そして針と種板に発電器の両極をつないでおけば、針が種板の突起すなわち光に感じた部に触れるごとに電流が通る。この電流で適当の電波を起せば、この波は空中を伝わって目的地に達し受信器に感じて普通の無線電信と同様小さい針を動かす。この針の下には煤を塗った硝子板のようなものを置き、この板の上を針が往復運動する事ちょうど発信所と同じくしておけば、針は煤硝子の上に現物とほとんど変らぬものを描き出すのである。発明者の考えでは、この法を印刷物に利用すれば、遠い異郷で毎朝出る新聞を同日同刻にそのまま見る事も出来るだろうとの事である。 (明治四十一年七月四日『東京朝日新聞』)          八十七       死産児の鑑定法  嬰児の死体を検してこれが果して本当に死んで後分娩されたかあるいは出産後死亡したかという事を容易に判別する新法が近頃仏国学士院の報告に発表された。その所説に拠れば、疑問の死体をX線で透して撮影すれば、もし本当の死産なれば体内の機関は一つも写らぬが、少しでも空気を呼吸したものなれば胃だけが現れる。またもし胃と腸とが写れば、その子は出生後一時間ないし十四時間生存していたものである。もし数日栄養をとらず生きていたのなれば胃腸の外に肺並びに肝臓が写る。また数日間食物で養われたものなれば内臓諸機関はいよいよ明らかで、なお腸部に発生する瓦斯のためこの部が特に明らかに写るとの事である。 (明治四十一年七月二十日『東京朝日新聞』)          八十八       科学者の不遇  科学者が世界の文明に貢献し自国の栄誉を高めつつあるにもかかわらず一般に不遇であるのは何処も同じと見える。近頃英国の某新聞で陸海軍人の待遇を論じたのについて某科学雑誌記者は次のような事を云っている。「科学研究の重要な事は誰も認めているが何かの場合にはとかく不遇になりがちである。これはつまり国務大臣や宮中の人が科学に縁のない人ばかりだからであろう。先達て宮中の園遊会で音楽者、戯曲家、文学者を招待されたが科学者は呼ばれなかった」とこぼしている。       蚊の撲滅  北米バルチモアーでは蚊のためにいろんな病気の流行るのを防ぐために一昨年市会で二万円ほど支出して撲滅にかかったが、結果がよかったので今年また一万円ほど支出したそうである。方法はやはり水溜りに石油を撒き、井戸やタンクには金網を蔽うのである。 (明治四十一年十月二十五日『東京朝日新聞』) 底本:「寺田寅彦全集 第十二巻」岩波書店    1997(平成9)年11月21日発行 底本の親本:「寺田寅彦全集 文学篇」岩波書店    1985(昭和60)年 初出:「東京朝日新聞」    1907(明治40)年9月3日~1908(明治41)年10月25日(不定期88回連載) 入力:Nana ohbe 校正:松永正敏 2006年7月13日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。