おおかみと七ひきのこどもやぎ DER WOLF UND DIE SIEBEN JUNGEN GEISSLEIN グリム兄弟 Bruder Grimm 楠山正雄訳 Guide 扉 本文 目 次 おおかみと七ひきのこどもやぎ DER WOLF UND DIE SIEBEN JUNGEN GEISSLEIN          一  むかし、あるところに、おかあさんのやぎがいました。このおかあさんやぎには、かわいいこどもやぎが七ひきあって、それをかわいがることは、人間のおかあさんが、そのこどもをかわいがるのと、すこしもちがったところはありませんでした。  ある日、おかあさんやぎは、こどもたちのたべものをとりに森まで出かけて行くので、七ひきのこどもやぎをよんで、こういいきかせました。 「おまえたちにいっておくがね、かあさんが森へ行ってくるあいだ、気をつけてよくおるすばんしてね、けっしておおかみをうちへ入れてはならないよ。あいつは、おまえたちのこらず、まるのまんま、それこそ皮も毛もあまさずたべてしまうのだよ。あのわるものは、わからせまいとして、ときどき、すがたをかえてやってくるけれど、なあに、声はしゃがれて、があがあごえだし、足はまっ黒だし、すぐと見わけはつくのだからね。」  すると、こどもやぎは、声をそろえて、 「かあさん、だいじょうぶ、あたいたち、よく気をつけて、おるすばんしますから、心配しないで行っておいでなさい。」と、いいました。  そこで、おかあさんやぎは、メエ、メエといって、安心して出かけて行きました。          二  やがて、まもなく、たれか、おもての戸をとんとんたたくものがありました。そうして、 「さあ、こどもたち、あけておくれ、おかあさんだよ。めいめいに、いいおみやげをもって来たのだよ。」と、よびました。  でも、こどもやぎは、それがしゃがれた、があがあ声なので、すぐおおかみだということがわかりました。そこで、 「あけてやらない。おかあさんじゃないから。おかあさんは、きれいな、いい声してるけれど、おまえはしゃがれっ声のがあがあ声だもの。おまえはおおかみだい。」と、さけびました。  そこで、おおかみは、荒物屋の店へ出かけて、大きな白ぼくを一本買って来て、それをたべて、声をよくしました。それからまたもどってきて、戸をたたいて、大きな声で、 「さあ、こどもたち、あけておくれ。おかあさんだよ、みんなにいいものをもって来たのだよ。」と、どなりました。  でも、おおかみはまっ黒な前足を、窓のところにかけていたので、こやぎたちはそれをみつけて、 「あけてはやらない。うちのおかあさんは、おまえのようなまっ黒な足をしていない。おまえはおおかみだい。」と、さけびました。  そこで、おおかみは、パン屋の店へ出かけて、 「けつまづいて足をいためたから、ねり粉をなすっておくれ。」と、いいました。  で、パン屋が、おおかみの前足にねったこなをなすってやりますと、こんどは、粉屋へかけつけて行って、 「おい、前足に白いこなをふりかけてくれ。」と、いいました。 「おおかみのやつ、まただれかだますつもりだな。」  そう粉屋はおもって、ぐずぐずしていました。  するとおおかみは、 「すぐしないと、くっちまうぞ。」と、どなりました。  そこで、粉屋はこわくなって、おおかみの前足を白くしてやりました。まあ、こういうところが、人間のだめなところですね。  さて、わるものは、三どめに、やぎのおうちの戸口に立って、とんとん、戸をたたいて、こういいました。 「さあこどもたちや、あけておくれ、おかあさんがかえって来たのだよ、おまえたちめいめいに、森でいいものをみつけて来たのだよ。」  子やぎたちは、声をそろえて、 「さきに足をおみせ、うちのおかあさんだかどうだか、みてやるから。」  そういわれて、おおかみは、前足を窓にのせました。こどもやぎがそれを見ますと、白かったので、おおかみのいうことを、すっかりほんとうにして、戸をあけました。  ところで、はいって来たのはたれでしたろう、おおかみだったではありませんか。  みんな、わあっとおどろいて、ふるえあがって、てんでんにかくれ場所をさがして、かくれようとしました。ひとりは、つくえの下にとびこみました。次は寝床にはいこみました。三ばんめは、炉の中にかくれました。四ばんめは、台所へにげました。五ばんめは、棚にあがりました。六ばんめは、洗面だらいの下にもぐりました。七ばんめは、柱時計の箱のなかにかくれました。  ところが、おおかみは、そばからみつけだして、ぞうさなく、ひとりひとり、かたはしからつかまえて、ただひと口に、あんぐりやってしまいました。ただ、大時計の箱のなかにかくれた、いちばん小さな子だけは、みつからずにすみました。さて、たらふくたべたいだけたべて、おなかがくちくなると、おおかみはおもてへにげ出して、木のかげになって、青あおとしているしばの上に、ながながとねそべって、ぐうぐういびきをかきだしました。          三  それから間もなく、おかあさんやぎは、森からかえって来ました。ところで、まあ、おかあさんやぎは、そのときなにを見たでしょう。おもての戸は、いっぱいにあけひろげてありました。テーブルも、いすも、腰かけも、ほうりだされていました。洗面だらいは、こなごなにこわれていました。夜着もまくらも、寝台からころげおちていました。  おかあさんやぎは、こどもたちをさがしましたが、ひとりもみつかりません。ひとりひとり、名前をよんでも、たれも返事をするものがありません。おしまいに、いちばん下の子の名前まで来て、はじめて、ほそい声で、 「かあさん、あたい、時計のお箱にかくれているよ。」というのが、きこえました。  おかあさんやぎは、この子をひっぱりだしてやりました。そこで、この子の口から、はじめておおかみが来て、ほかのこどもたちみんなたべてしまったことが、わかりました。そのとき、おかあさんやぎは、かわいそうな子やぎたちのことを、どんなに泣いてかなしんだか、みなさん、さっしてみてください。  やっとのことで、おかあさんやぎは、泣くことをやめて、末っ子やぎといっしょに、そとへ出ました。原っぱまでくると、おおかみは、やはり木のかげにながながとねそべって、それこそ木の枝も葉も、ぶるぶるふるい動くほどの高いびきを立てていました。  ところで、おかあさんやぎが、おおかみのようすを遠くからよく見ますと、そのふくれかえったおなかの中で、なにかもそもそ動いているのがわかりました。 「まあ、ありがたい、おおかみのやつ、うちのこどもたちを、お夕飯にして、うのみにのみこんだままだから、みんなきっとまだ生きているのだよ。」  こうおもって、おかあさんやぎは、さっそく、うちへかけこんで行って、はさみと針と糸をとって来ました。それから、おかあさんやぎは、このばけもののどてっ腹を、ちょきんとはさみで、ひとはさみはさみました。するともうそこに、一ぴきのこどもやぎが、ぴょこんとあたまを出しました。おかあさんはよろこんで、またじょきじょきはさんで行きますと、ひとり出、ふたり出して、とうとう六ぴきのこどもやぎのこらずが、とびだしました。みんなぶじで、たれひとり、けがひとつしたものもありません。なにしろ、この大ばけものは、むやみとがつがつしていて、ただもう、ぐっく、ぐっく、そのまま、のどのおくへほうりこんでしまっていたからです。  まあうれしいこと。こどもたちは、おかあさんやぎにしっかりだきつきました。それから、およめさんをもらう式の日の、仕立屋のように、ぴょんぴょんはねまわりました。  でも、おかあさんやぎは、こどもたちをとめて、 「さあ、そこらで、みんな行って、ごろた石をひろっておいで、この罰あたりなけだものが寝ているうちに、おなかにつめてやるのだから。」といいました。  そこで、こどもたちは、われがちにかけだして行って、えんやら、えんやら、ごろた石をあつめて、ひきずって来ました。そうして、それを、おおかみのおなかに、つまるだけつめこみました。すると、おかあさんやぎが、あとから、ちょっちょっと、手ばしこく、もとのようにぬいつけてしまいました。それがいかにも早かったので、おおかみがまるで気がつかないし、ごそりともしないまにすんでしまいました。  おおかみは、やっとのこと、寝たいだけ寝て、立ちあがりました。なにしろ、胃袋のなかは石がいっぱいで、のどがからからにかわいてたまらないので、ふき井戸のところへ行って、水をのもうとしました。ところが、からだを動かしかけますと、おなかの中で、ごろた石がぶつかりあって、がらがら、ごろごろ、いいました。 がらがら、ごろごろ、なにがなる そりゃどこでなる、腹でなる。 六ぴきこやぎのなくこえか、 こりゃ、そうじゃない、ごろた石、  おおかみは、こううたいました。  さて、やっとこすっとこ、ふき井戸の所まで来て、水の上にかがもうとすると、おなかの石のおもみに引かれて、おおかみは、のめりました。そうして、いやおうなしに、泣き泣きおおかみは、水の中におちこみました。  遠くで見ていた七ひきのこどもやぎは、みんなかけよって来て、 「おおかみ死んだよ。おおかみ死んだよ。」とさけびながら、おかあさんやぎと手をつなぎながら、おおよろこびで、井戸のまわりをおどりまわりました。 底本:「世界おとぎ文庫(グリム篇)森の小人」小峰書店    1949(昭和24)年2月20日初版発行    1949(昭和24)年12月30日4版発行 ※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の表記をあらためました。 入力:大久保ゆう 校正:浅原庸子 2004年4月29日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。